2010年1月23日土曜日

医薬発明のような「剤」に関する判決

知財高裁平成22年1月20日判決 平成21年(行ケ)第10134号審決取消請求事件

1.概要

1.1.本件補正後の請求項1:

「【請求項1】大麦を原料とする焼酎製造において副成する大麦焼酎蒸留残液を固液分離して液体分を得,該液体分を芳香族系又はメタクリル系合成吸着剤を用いる吸着処理に付して合成吸着剤吸着画分を得,該合成吸着剤吸着画分をアルカリ又はエタノールを用いて溶出することにより得られる脱着画分からなり,乾燥物重量で,粗タンパク40乃至60重量%,ポリフェノール7乃至12重量%,多糖類5乃至10重量%(糖組成:グルコース0乃至2重量%,キシロース3乃至5重量%,及びアラビノース2乃至5重量%),有機酸4乃至10重量%(リンゴ酸1乃至3重量%,クエン酸2乃至4重量%,コハク酸0乃至1重量%,乳酸0乃至6重量%,及び酢酸0乃至1重量%),及び遊離糖類0乃至2重量%(マルトース0乃至1重量%,キシロース0乃至1重量%,アラビノース0乃至1重量%,及びグルコース0乃至1重量%)の成分組成を有する組成物からなる活性酸素によって誘発される生活習慣病に対して有効であるヒドロキシラジカル消去剤。」

1.2.審決の判断:

サポート要件違反:「活性酸素によって誘発される生活習慣病に対して有効であるヒドロキシラジカル消去剤」という用途発明は、ヒドロキシラジカル消去剤としてのインビトロデータのみでは裏付けられているとはいえない。

進歩性要件違反:引用発明1における「酸化防止剤」と、本件発明の「活性酸素によって誘発される生活習慣病に対して有効であるヒドロキシラジカル消去剤」とは異なる(相違点3)ものの、容易に想到可能。

1.3.判決の結論:

審決取消の理由あり。

1.4.コメント:

 「活性酸素によって誘発される生活習慣病に対して有効であるヒドロキシラジカル消去剤」という請求項1の記載が、(1)用途の限定なのか、(2)性質の特定なのかという点については明示的には示されていない。

 裁判所は「・・引用発明によっては,活性酸素によって誘発される生活習慣病に対して有効であるという物性を有するヒドロキシラジカル消去剤に当業者が容易に想到することができたものということはできない。」と記載していることから、(2)のスタンスのようである。

 しかしながら「生活習慣病に対する効果」が引用発明に示唆されていないことを理由として本願発明の進歩性を肯定しているようにも読める。仮に、本件発明が、「活性酸素によって誘発される生活習慣病に対して有効である」という限定のない「ヒドロキシラジカル消去剤」だったとすれば結論は変わるのだろうか?

2.サポート要件違反について

2.1.明細書の記載

 本願明細書に具体的に記載されている活性データは、本発明の組成物が、ヒドロキシラジカル消去活性を有することを示すインビトロデータのみであった。

 明細書中には「本発明の抗酸化作用を有する組成物は、従来公知である、焼酎粕の液体分を卓越した極めて強力なヒドロキシラジカル消去活性からなる抗酸化作用を有するので、活性酸素によって誘発される老化や動脈硬化等の種々の生活習慣病の予防に極めて好適である。」という記載が【発明の効果】の欄にある。

2.2.サポート要件に関する被告(特許庁長官)の主張

 本件審決は,新請求項1には「活性酸素によって誘発される生活習慣病に対して有効であるヒドロキシラジカル消去剤」が記載されているが,本願明細書の発明の詳細な説明には,(活性酸素によって誘発される)生活習慣病(の予防)に対する効果の有無及び当該効果とヒドロキシラジカル消去活性などの抗酸化作用の大小との対応関係(例えば,どの程度の抗酸化作用を有していれば,生活習慣病(の予防)に対する効果を有するとするのかなど)に係る記載又はそれらを示唆する記載はないこと,また,疾病(の予防)に対する効果の有無を論じる場合,生体に対する薬理的又は臨床的な検証を要するが,同検証に係る記載又はそれを示唆する記載もないことを挙げ,本件補正発明が明細書の発明の詳細な説明に記載したものであるということができないとした。

2.2.サポート要件に関する裁判所の判断

「・・・特許請求の範囲が,特許法36条6項1号に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

ウ そこで,上記見地から検討すると,本願明細書・・・には,次の記載がある。

・・・

() 大麦焼酎製造の蒸留工程で得られた大麦焼酎蒸留残液を固液分離して得た液体分を吸着処理に付して得た合成吸着剤吸着画分から溶出させることによって分取した脱着画分を強酸性陽イオン交換樹脂を充填したカラムに接触させた後に凍結乾燥させるなどして得た本件補正発明に係る実施例1の組成物・・・と比較例1~3の各組成物・・・につき,デオキシリボース法によるヒドロキシラジカル消去活性の測定を行ったところ・・・,実施例1で得た組成物は,対照に比較して試料のヒドロキシラジカル活性を40%以下に減少させ,比較例1~3で得た組成物よりも強いヒドロキシラジカル消去活性を示したこと・・・。

() 本願発明の抗酸化作用を有する組成物は,従来公知である焼酎粕の液体分の抗酸化作用を有する組成物を卓越した極めて強力なヒドロキシラジカル消去活性からなる抗酸化作用を有するもので,活性酸素によって誘発される老化や動脈硬化等の種々の生活習慣病の予防に極めて好適であること・・・。

エ また,・・・甲22・・・甲23・・・甲24・・・に記載されているように,ヒドロキシラジカル消去活性を有する物質が種々の生活習慣病にかかわる疾患の予防に有効であることが,本件出願当時において当業者にとって公知の知見であったことが認められる。

オ 以上によると,上記ウのとおり,当業者が,ヒドロキシラジカル消去活性の大小や本願発明の抗酸化作用を有する組成物が強力なヒドロキシラジカル消去活性からなる抗酸化作用を有して種々の生活習慣病の予防に好適であること等を記載する本願明細書に接し,上記エの公知の知見をも加味すると,本件補正発明の組成物が,活性酸素によって誘発される生活習慣病の予防に対して効果を有することを認識することができるものであって,本件補正発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,その記載によって,生活習慣病などの疾患に対して有効である抗酸化物質を提供しようとする課題を解決できると認識できる範囲のものであるということができる。

・・・

 また,本件審決は,疾病(の予防)に対する効果の有無を論じる場合,生体に対する薬理的又は臨床的な検証を要することが当業者に自明であるところ,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討しても,同検証に係る記載又はそれを示唆する記載はないから,新請求項1について,本願明細書の発明の詳細な説明はサポート要件を満たすということができないとも説示する。

 しかしながら,医薬についての用途発明において,疾病の予防に対する効果の有無を論ずる場合,たとえ生体に対する薬理的又は臨床的な検証の記載又は示唆がないとしても,生体を用いない実験において,どのような化合物等をどのような実験方法において適用し,どのような結果が得られたのか,その適用方法が特許請求の範囲の記載における医薬の用途とどのような関連性があるのかが明らかにされているならば,公開された発明について権利を請求するものとして,特許法36条6項1号に適合するものということができるところ,上記ウのとおりの本願明細書の実施例1や図1の記載,本願発明の抗酸化作用を有する組成物は,極めて強力なヒドロキシラジカル消去活性からなる抗酸化作用を有するもので,活性酸素によって誘発される老化や動脈硬化等の種々の生活習慣病の予防に極めて好適であることなどの記載によると,同号で求められる要件を満たしているものということができる。

・・・

 被告は,さらに,生体に適用する抗酸化剤については,食品又は医薬として経口摂取又は外用された場合に,消化・吸収されて生体内に取り込まれるか否か,さらに,生体内に吸収又は静脈注射などで投与された抗酸化剤がヒドロキシラジカルなどの活性酸素が生成する部位に適切な濃度以上で到達するか否かなどを確認する必要があるとも主張するが,上記オのとおり,本件補正発明の組成物が活性酸素によって誘発される生活習慣病の予防に対して効果を有することを当業者が認識できるものであるから,被告の主張は採用することができない。」

3.進歩性判断/相違点3(本件補正発明は,「活性酸素によって誘発される生活習慣病に対して有効であるヒドロキシラジカル消去剤」であるのに対し,引用発明1 では「酸化防止剤」である点)の争点

3.1.本件補正発明と引用発明1との相違点3

相違点3:本件補正発明は,「活性酸素によって誘発される生活習慣病に対して有効であるヒドロキシラジカル消去剤」であるのに対し,引用発明1では「酸化防止剤」である点

3.2.相違点3に関する被告(特許庁)の主張

「新請求項1における「活性酸素によって誘発される生活習慣病に対して有効である」との記載は,「ヒドロキシラジカル消去剤」の具体的用途を表すものではなく,「ヒドロキシラジカル消去剤」は「抗酸化剤」の一種であり,「酸化防止剤」と「抗酸化剤」は実質的に同義であって,「酸化防止剤」(又は「抗酸化剤」)と「ヒドロキシラジカル消去剤」との間で発明が属する技術分野が異なるということができないものであるから,本件審決は,具体的な用途を考慮することなく,「酸化防止剤」の用語を「抗酸化剤(又は抗酸化物質)」の用語に置き換えるという形式的な用語の意味を操作したものではない。」

3.3.相違点3に関する裁判所の判断

「引用発明1は,金属,食品等の酸化防止対象と接触させて酸化防止作用を発揮する酸化防止剤についての発明ということができる。

 一方,引用例1には,生体内にかかわる抗酸化剤,活性酸素によって誘発される疾病の存在,活性酸素によって誘発される生活習慣病についての記載及び示唆はない。」

「以上によると,引用発明1は,防錆剤や食品等の酸化防止剤についての発明であり,活性酸素によって誘発される生活習慣病について記載又は示唆するところはなく,また,引用発明2~4についても同様であるから,引用発明によっては,活性酸素によって誘発される生活習慣病に対して有効であるという物性を有するヒドロキシラジカル消去剤に当業者が容易に想到することができたものということはできない。」