2010年1月11日月曜日

引用文献に記載されていない「自明な課題」に関する事例

平成16年9月6日判決
東京高裁平成14年(行ケ)第86号特許取消決定取消事件

1.概要
 特許法29条第2項(進歩性)に関する審査基準には、複数の引用文献を組み合わせる動機付けが存在するか否かの判断のための材料として「課題の共通性」が挙げられている(特許実用新案審査基準第II部第2章新規性・進歩性/2.進歩性/2.5/(2)②)。具体的には、「課題が共通することは、当業者が引用発明を適用したり結び付けて請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。」「引用発明が、請求項に係る発明と共通する課題を意識したものといえない場合は、その課題が自明な課題であるか、容易に着想しうる課題であるかどうかについて、さらに技術水準に基づく検討を要する。」という記載がある。

 本事例は、引用文献に記載の発明が、本件請求項に係る発明等と共通する課題を意識したとはいえないものの「自明な課題」において共通すると認定され、引用文献1、2等と組み合わせ本件発明の進歩性が否定された事例である。

2.判決の要点
本件発明1:
「放電型オゾン発生機で発生させた加圧状態のオゾンガスを中空糸膜を介して被処理水に溶解するオゾン水製造方法において,中空糸膜内側の水圧をガス圧より高く維持し,処理水中のオゾン濃度をオゾンガス濃度に基づき制御することを特徴とするオゾン水製造方法。」

本件発明は、電子工業、精密機械加工分野などでの精密洗浄水として用いるためのオゾン水の製造方法であって、被処理水中に微細気泡ならびに不純物を含まず、なおかつ、濃度及び流量、圧力を一定に制御した高純度オゾン水製造方法を提供することなどを解決課題とする発明である。

刊行物1:
「加圧状態のオゾンガス23をポリ四弗化エチレン系の中空系のガス透過膜33の内側に供給して,該ガス透過膜33を介して,ガス透過膜外側の被処理水13に溶解する,不純物を除去したオゾン水製造方法」の発明(刊行物1記載の発明A)が記載されている。

刊行物2:
「加圧状態の炭酸ガスを,ポリテトラフルオルエチレンからなる中空繊維状多孔質膜を介して飲料水に溶解するに際して,中空繊維状多孔質膜に飲料水を通し,中空繊維状多孔質膜内側の水圧をガス圧と同等又はそれ以上に維持して,気泡の混入を防止すること」が記載されている。

刊行物3:
「膜式気体溶解法によって液体に気体を溶解させる場合,・・・液体の溶解気体濃度を高くするためには,気体圧力を高くすることが有利である。しかしながら,例えば,液体圧力を常圧に保ち,気体圧力を次第に上げてゆくと,最初は液体中に気泡が発生しない状態で気体が溶解するが,気体圧力を更に上げると少量の気泡が膜表面より発生し出し,さらに圧力を上昇させると,ついには多量の気泡が発生するいわゆる散気状態となる。」と記載されている。

取消決定が認定した本件発明1と、刊行物1記載の発明Aとの一致点:
「加圧状態のオゾンガスを中空糸膜を介して被処理水に溶解するオゾン水製造法である点」
本件発明1と、刊行物1記載の発明Aとの相違点2:
「本件発明1は,中空糸膜内側の水圧をガス圧より高く維持するのに対して,刊行物1記載の発明Aは,被処理水を中空糸膜内側に通すものではなく,また,水圧とガス圧との関係が明らかではない点」

相違点2についての取消決定の判断:
「加圧状態のガスを中空糸膜を介して被処理水に溶解させるに際して,被処理水を中空糸膜内側に通すこと,また,中空糸膜内側の水圧をガス圧と同等又はそれ以上に維持して,気泡が混入しないように設けることは,刊行物2に記載されている。
 そして,刊行物2記載の発明は,刊行物1記載の発明Aと同じく,「ガスを中空糸膜を介して被処理水に溶解させる」技術に属するものであって,「膜式気体溶解法によって液体に各種気体を溶解させる場合,気体圧力が高すぎると,気泡が発生する」という課題のあることは,刊行物3に記載されているように,本件特許の出願前周知の事項であることも考慮すると,刊行物1記載の発明Aに,刊行物2記載の発明を組み合わせ,被処理水を中空糸膜内側に通すとともに,中空糸膜内側の水圧をガス圧より高く維持するように設けることは,当業者が容易になし得ることと認められる。
 また,本件発明1の「被処理水中に気泡並びに不純物を含まず」(本件明細書の【発明の効果】を参照)との作用効果は,刊行物1記載の発明A及び刊行物2記載の発明から・・・当業者が予測可能な範囲内のものである。」

相違点についての原告(特許権者)の主張:
「しかし,まず刊行物2記載の発明は,刊行物1記載の発明Aと同じ技術分野に属するとしているが,刊行物1記載の発明は,電子工業,医薬品工業等に用いる超純水の製造に関するものであるのに対し,刊行物2記載の発明は,単に炭酸ガスを飲料水へ溶解させるものにすぎず,両者は技術分野としては異なるものである。
 また,刊行物3記載の発明は,圧力を上げすぎると散気状態となり妥当でないとするものにすぎず,そこでは,気体圧力は液体圧力より高いことがあくまで前提となっており,本件発明1のように,微細気泡や不純物の混入を防止するために,気体圧力を液体圧力より下げるという技術思想はない。したがって,刊行物3記載の発明には,本件発明1の微細気泡や不純物の混入を防止するとの課題は一切記載されていない。
 このように,刊行物2,3のどこにも,本件発明1における,微細気泡や不純物の混入を防止するとの課題は記載されていないのであるから,刊行物1記載の発明Aに,刊行物2記載の発明を組み合わせることなど,当業者が容易に推考し得るものでない。よって,決定の「刊行物1記載の発明Aに,刊行物2記載の発明を組み合わせ,被処理水を中空糸膜内側に通すとともに,中空糸膜内側の水圧をガス圧より高く維持するように設けることは,当業者が容易になし得ることと認められる。」との判断は誤りである。 」

相違点2についての裁判所の判断:
「(1)刊行物2(甲5)に係る発明の表題は,原告主張のとおり,「飲料水への炭酸ガス溶解装置」であるが,発明の名称が「気液接触用隔膜,気液接触装置及び気体溶解液体の製造方法」と題された刊行物3(甲6)には,発明の詳細な説明の項の【産業上の利用分野】の段落に,「本発明は膜を介して液体と気体を接触せしめ,液体中への気体の溶解,若しくは液体中に含有される気体や揮発性物質の放出,若しくはこれらの溶解と放出を同じに行わしめることを目的とした..隔膜,..装置,及び..気体溶解液体の製造方法に関するものであり,中でも液体中へ効率よく気体を溶解させる隔膜及び装置に関する。本発明は,例えば医薬品や食品産業分野での微生物の培養における培養液への酸素供給と炭酸ガス放出,好気性菌による排水処理における排水への酸素供給と炭酸ガス放出,懸濁液の加圧浮上分離や浮遊選鉱における懸濁液への空気溶解,化学工業や医薬品工業における空気酸化や酸素酸化,養魚や魚類の運搬における水や海水への酸素供給,炭酸水の製造,廃ガス中のCO2,NOX,SOX,H2Sなどの除去,発酵メタンガスからのCO2の除去などの分野に利用できる。」(【0001】及び【0002】)と記載されている。
 すなわち,刊行物3記載の「気液接触用隔膜」や該隔膜を利用した「気体溶解液体の製造方法」に関する発明は,医薬品や食品産業分野での微生物培養に係る酸素供給や炭酸ガス放出,浮遊選鉱における懸濁液への空気溶解,水や海水への酸素供給などとともに,炭酸水の製造にも適用加能であることが明記されている。してみれば,刊行物2記載の「飲料水への炭酸ガス溶解装置」もまた,「炭酸水の製造」に係る発明であることは明らかであり,刊行物2と刊行物3とに記載された技術が同一技術分野に属することが明らかである。
(2)また,刊行物1記載の発明Aが「オゾン水の製造」に係る技術として把握できることは,前記1において説示したとおりであるから,結局,刊行物1記載の発明Aと刊行物2,3記載の発明は,「気液接触によって気体溶解液体を製造」する技術に属する点で,技術分野を一にするものということができ,各刊行物に記載されている技術を相互に参照するのに阻害要因はない。
 なお,
原告は,刊行物3記載の発明には,本件発明1の微細気泡や不純物の混入を防止するとの課題は一切記載されていない,と主張するが,そもそも製造された製品中に不純物が極力混入しないようにすることは,あらゆる製品の製造において当然の課題であり,半導体洗浄や電子工業におけるオゾン水中の微細気泡も,オゾン水という液相中の異相である気相である上,洗浄作用を害するという点ではオゾン水中の「不純物」ともいえるものである以上,微細気泡と不純物とを併せて,これらの混入を防止するという課題は当然のものであるから,刊行物3記載の発明に本件発明1の課題が記載されていないことが,刊行物1記載の発明Aに,刊行物2記載の発明を組み合わせる際に,刊行物3記載の事項を考慮する際の阻害要因とはなり得ない。
(3)よって,本件発明1の取消事由3に関する原告の主張は理由がない。」