2009年10月11日日曜日

補正が新規事項追加に該当するか否かが争われた事例

知財高裁平成21年9月30日判決

平成20年(行ケ)第10420号審決取消請求事件

 出願人が拒絶査定不服審判請求時に行った本件補正が新規事項の追加に該当するとして、特許庁は補正を却下した。裁判所は、本件補正は新規事項の追加に該当しないと判断し審決を取り消した。

 出願時の請求項1:

「【請求項1】リチウムマンガン複合酸化物用のマンガン化合物の製造方法であって,マンガン化合物に機械的な力と熱エネルギーを同時に加えてマンガン化合物の粒子内部に存在する欠陥を除去し,微細粒子の凝集及び凝集した粒子の形状を調節する段階を含むマンガン化合物の製造方法。」

 本件補正後の請求項1:

「【請求項1】リチウムマンガン複合酸化物用のマンガン化合物の製造方法であって,電解二酸化マンガン(MnO2;EMD),化学二酸化マンガン(MnO2;CMD),Mn2O3及びMn3O4からなる群から選択されるマンガン化合物のみに機械的な力と熱エネルギーを同時に加えてマンガン化合物の粒子内部に存在する欠陥を除去し,微細粒子の凝集及び凝集した粒子の形状を調節する段階を含み,前記機械的な力が前記マンガン化合物の微細粒子を凝集して,粒径を増大させ,且つ,粒径分布を狭くし,前記凝集した粒子を球形とし,前記機械的な力が粉砕を含まない,製造方法。」

 要するに本件補正は、機械的な力と熱エネルギーを同時に加える処理(「MH処理」と呼ばれる)の対象を、リチウム化合物などの他の成分が共存したマンガン化合物をも包含する「マンガン化合物」から、他の成分が共存したマンガン化合物を排除する「マンガン化合物のみ」に限定する補正である。

 被告(特許庁)は、上記補正が新規事項の追加に該当する理由として種々の理由を挙げているが、その中で興味深いのは以下の理由である:

本願当初明細書の実施例1では,MH処理される対象にはマンガン化合物以外にも水素イオン及びその他の揮発可能なイオンや結晶水が含まれ,これらの物質が揮発する以上,MH処理を受けていることは明らかであり,また本願発明の請求項は「原料マンガン化合物」と特定せず,単に「マンガン化合物」としている。したがって,実施例1の記載を参酌しても,本件補正事項は本願当初明細書等に記載がなく,本件補正は,その事項の範囲内においてしたものとはいえない。」

 上記被告の主張に対する裁判所の判断は以下の通り、きわめて常識的なものであった。

「イ 被告は,本願当初明細書等の実施例1では,MH処理の対象にマンガン化合物以外にも水素イオン及びその他の揮発可能なイオンや結晶水を含み,これらがMH処理を受けるから,マンガン化合物のみに機械的な力と熱エネルギーを同時に加えることは新規事項の追加に当たると主張する。

 しかし,被告の上記主張は失当である。すなわち,前記認定の本願当初明細書等の記載によれば,本願発明において,MH処理を実施する目的は,原料の2次粒子内部に存在する吸着水,結晶水,水素イオン及びその他の揮発可能なイオンを揮発させることにあり,当業者であれば,このような不純物の除去を当然の前提としていると解するのが相当である。そうすると,当業者は,本件補正における「マンガン化合物のみ」を,このような不純物をも含んだMH処理前の「マンガン化合物のみ」との意味であると理解するといえる。

 ウ したがって,被告の上記主張は理由がない。その他,被告は,取消事由1に関して縷々反論するが,いずれも理由がない。」