2009年9月20日日曜日

拒絶査定とは異なる用語の解釈に基づいて進歩性を判断していることを理由に審決が取り消された事例

知財高裁平成21年9月16日判決
平成20年(行ケ)第10433号審決取消

1.事件経緯
本願発明
「(請求項1) 排ガス流路にNOx浄化触媒を配置した内燃機関の排ガス浄化方法において,前記NOx浄化触媒が,アルカリ金属及びアルカリ土類金属から選ばれる少なくとも一種の元素と,希土類金属から選ばれる少なくとも一種の元素と,白金族金属(いわゆる貴金属)から選ばれる少なくとも一種の元素と,チタン(Ti)とを含む組成物で,排ガスがリーンのときに排ガス中のNOxを表面に吸着し,排ガスがストイキもしくはリッチのとき吸着したNOxをN2に還元するものであって,内燃機関がリーン運転しているとき,前記NOx浄化触媒で排ガス中のNOxを吸着し,吸着後に,排ガスを0.5秒間乃至4.5秒の間ストイキもしくはリッチの状態とし,前記排ガスのストイキもしくはリッチは,そのリッチ状態の深さを空燃比A/F値で,13.0乃至14.7の間とし,前記NOx浄化触媒で吸着したNOxを還元剤と接触反応させてN2に還元して排ガスを浄化する内燃機関の排ガス浄化方法。」

 本発明では、NOx浄化触媒はNOxを表面に「吸着」する作用を有する。NOxの「吸収」とは異なるというのが原告(特許出願人)の解釈であり、明細書中においても、「吸収」と「吸着」とを明確に使い分けている。

 裁判所の解釈によれば、拒絶査定では、主引用例(引用例1、本件訴訟の甲1と同じ)にはNOxの「吸収」について記載されているものの、「吸着」については記載されていないという原告の解釈、すなわち、「吸収」と「吸着」とは異なる現象であるという解釈、を受容したうえで、
「NOx浄化触媒として,NOxを触媒表面への吸着するものは,例示するまでもなく本願出願前において周知である。所謂リッチスパイクの頻度及びそのリッチ状態の深さは,当業者が,燃費,浄化性能等を考慮し,実験等を繰り返すことにより最適値を得ることができるものである。」
と判断した。
 ただし、「NOx浄化触媒として,NOxを触媒表面への吸着するもの」は周知であると述べられているに止まり、何ら証拠は提示されていない拒絶査定では通知されていない。

 一方、拒絶審決では主引用例と本願発明との相違点を補完する周知例を新たに追加して、
「排ガスがリーンのときに,NOx浄化触媒としてNOxを触媒表面へ吸着するものは周知(例えば,周知例1及び周知例2参照。以下「周知技術1」という。)であることから,相違点1に係る本願発明の発明特定事項は周知である。」
と説示した。
 ただし、周知例1、2にはNOxが「吸着」されるという表現は記載されていない。
 裁判所の判断によれば、被告(特許庁)は、「表面に吸着する」とは「触媒表面に吸着するとともに,さらに触媒内部まで拡散(吸収)する」場合に含まれていること,すなわち,「吸着」と「吸収」とは同時に起こる現象であるとの前提に立って拒絶審決を下している。

 以上の点で、拒絶査定と拒絶審決とは異なる基準に基づいて判断を下しており、原告らに反論の機会を与えなかった点で違法性があると判断された。

2.裁判所の判断のポイント
「以上の経緯を考えると,・・・審査官は,「NOxを表面に吸着し」に関して,「吸着」と「吸収」の意義及び関係についての原告ら(出願人)の解釈を受容した上で検討を加え,その結果,「表面への吸着」という相違点については,引用発明又は前記(1) エ(ア)記載の引用文献2に記載された発明を含む周知技術に基づいて,本願発明は容易想到であると判断したものと理解するのが自然である。
 一方,・・・審決においては,触媒の表面上でO2-,O2-とNOが反応し,かつ硝酸イオンNO3-の形で吸収剤内に拡散するという一連の現象を捉えて,「表面に吸着する」現象と認定していることが窺われ,これは,本件において被告が主張するように,「表面に吸着する」とは「触媒表面に吸着するとともに,さらに触媒内部まで拡散(吸収)する」場合に含まれていること,すなわち,「吸着」と「吸収」とは同時に起こる現象であるとの前提に立つ判断であると推断される。
 
このように,拒絶査定と審決とでは,「表面に吸着」する点に関し,同一性のある解釈をしていたとは認められず,むしろ,拒絶査定及び審決における各説示の文言等に照らし,前者はこれを「表面への吸着」と解釈し,後者は表面のみならず「吸収」を含む現象と解釈していることが認められる。したがって,審決は,拒絶査定の理由と異なる理由に基づいて判断したといわざるを得ない。
 そして,前記第3で主張するとおりの原告らの解釈及び前提に立てば,この「表面に吸着」する点はまさしく本願発明の重要な部分であるところ,原告らの意見書や審判請求書における主張からすれば,「表面に吸着」する点に関し,原告らは,審判合議体とは異なる解釈をし,本願発明や引用発明を異なる前提で捉えていることが認められるのであるから,これに対して,審決が,拒絶査定の理由と異なる理由に基づいて,「表面に吸着し」との点について判断をしている以上,原告らに対し,意見を述べる機会を与えることが必要であったというべきである。
 なお,審決が原告らに対し上記のような意見を述べる機会を付与しなかったとしても,その双方の場合について実質上審理が行われ,原告らが必要な意見を述べているなどの特段の事情があれば,審決のとった措置は実質上違法性がないということもできないではないが(知的財産高等裁判所平成18年(行ケ)第10538号,同20年2月21日判決の第5の1(4) 参照*),本件においては,そのような特段の事情を認めることはできない。

「被告主張のように周知技術1及び2が著名な発明として周知であるとしても,周知技術であるというだけで,拒絶理由に摘示されていなくとも,同法29条1,2項の引用発明として用いることができるといえないことは,同法29条1,2項及び50条の解釈上明らかである。
確かに,拒絶理由に摘示されていない周知技術であっても,例外的に同法29条2項の容易想到性の認定判断の中で許容されることがあるが,それは,拒絶理由を構成する引用発明の認定上の微修整や,容易性の判断の過程で補助的に用いる場合,ないし関係する技術分野で周知性が高く技術の理解の上で当然又は暗黙の前提となる知識として用いる場合に限られるのであって,周知技術でありさえすれば,拒絶理由に摘示されていなくても当然に引用できるわけではない。被告の主張する周知技術は,著名であり,多くの関係者に知れ渡っていることが想像されるが,本件の容易想到性の認定判断の手続で重要な役割を果たすものであることにかんがみれば,単なる引用発明の認定上の微修整,容易想到性の判断の過程で補助的に用いる場合ないし当然又は暗黙の前提となる知識として用いる場合にあたるということはできないから,本件において,容易想到性を肯定する判断要素になり得るということはできない。」


*参考:知財高裁平成20年2月21日判決、平成18年(行ケ)第10538号事件から抜粋

「・・・
本件拒絶査定においては,引用文献2(引用刊行物)について何ら言及することなく,備考欄でも引用文献3(周知例1)を中心として拒絶すべき理由を説明していることなどをみると,審査段階では,引用文献2(引用刊行物)を引用文献として掲げながらも,審査官は,引用文献2(引用刊行物)を実質的には拒絶理由としておらず,このため,引用文献2(引用刊行物)を主引用例とする審決については,出願人である原告に意見・反論等の機会が実質上十分に与えられなかったなど,具体的な不利益を生じている疑念が生じるので,吟味することとする。
 本願発明の構成についてみると,本件明細書によれば,本願発明の祭用地下たびは,底部に衝撃吸収シート,これと接地底との間に空気封入弾性片を介在させ,かつ,アッパー爪先部にクッション材を装填すること等という簡素なものであり,その材質は,衝撃吸収シートは「ゴムや合成樹脂或いはそれらの発泡材料等」が,空気封入弾性片は「合成樹脂シート」が,クッション材は「ゴム,合成樹脂又は不織布等」が用いられるというのであるから,材質等に格別のものが使用されているというわけでもなく,また,発明の効果も,「本発明は以上詳述した如き構成からなるものであるから,祭用地下たびとして要求される軽快性,軽量性及び外観を維持しつつ,底部の衝撃吸収性及び踵の弾力性を十分発揮させ,かつ,爪先部の保護も同時に可能としたもの」(本件明細書の段落【0017】)であるところ,拒絶理由通知に掲記された引用文献1~4も,程度の差こそあれ,いずれも類似した構成の履物であって,各構成について比較対比するについて,格別の困難があるとは考えられない。
 しかも,原告は,上記認定判示したように,本件意見書(前記(1)イ)において,引用文献2(引用刊行物)に関して意見・反論をしており,また,審判請求書(前記(1)エ)においても同様であるほか,本願発明と引用文献2(引用刊行物)との比較検討もしており,本件における原告の取消事由2,3に関する主張と比較検討しても,
実質的に必要なところは論じ尽くしているとみることができ,原告に具体的な不利益が生じていたとは認められない。
・・・
以上によれば,審決の上記違法は本件の具体的な事情の下において審決を取り消すべき違法はないということができるから,原告主張の取消事由1は理由がない。」