2009年8月1日土曜日

特許請求の範囲の用語の解釈にまつわる判決(その2)

特許成立前の審査審判における新規性進歩性の判断のための「用語の意義の解釈」においては、明細書の記載は当然に参酌される。
前回投稿場面(2)に近いが少し違う

平成20年(行ケ)第10166号審決取消請求事件
判決言渡平成21年1月27日

ポイント:特許請求の範囲に記載された用語(この場合は「熱粘着式造粒」という用語)の意義を解釈するにあたり、明細書の記載は当然に参酌されるべきであると判断された。

 また、引用文献の記載を実施すれば必然的に本願発明の現象が生じているとしても、その旨の記載がなければ本願発明の新規性は否定されないとも判断されている点で面白い判決である。本件は先行技術が「刊行物公知」であったが、仮に先行技術が「公然実施」であれば、結論は変わるのであろうか?

1.審決概要
 審決では、本願発明が、引用例に記載された発明に基づいて容易に発明することができると判断された。

本願発明:
「【請求項1】A)一種または一種以上の希釈賦形剤約5~約99重量%及び/または薬学的活性成分0~約99重量%,
B)結合剤約1~約99重量%,及び
必要に応じて,
C)崩壊剤0~約10重量%
の全部または一部を使用した混合物を含み,
初期水分を約0.1~20%,及び/または薬学的に許容できる有機溶剤を約0.1~20%含む条件下において,約30℃~約130℃の温度範囲まで加熱し,密閉系統中で転動回転,混合しつつ顆粒を形成することを特徴とする直接錠剤化用調合物または補助剤を調合するための熱粘着式造粒方法。」

審決の内容:
「その理由の要点は,本願発明は,前記引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたから特許法29条2項により特許を受けることができない,というものである。」

 なお,審決は,上記判断をするに当たり,引用発明の内容を以下のとおり認定した上,本願発明と引用発明との一致点及び相違点を次のとおりとした。
<引用発明の内容>
「薬学的に活性な成分及びそれを希釈・賦形するための生薬粉体30重量部,塩酸セトラキサート30重量部,及び,トウモロコシデンプン15重量部を含む混合物と,それらの水分を加熱前に特別除去することなく,転動機能付きの造粒装置で65℃以上の温度で加熱し,密閉系の転動機能付きの造粒装置中で攪拌・転動しつつ顆粒を形成する粒状物の製造方法。」
<一致点>
いずれも,
「A)一種または一種以上の希釈賦形剤約5~約99重量%及び/または薬学的活性成分0~約99重量%,
B)結合剤約1~約99重量%,及び
必要に応じて,
C)崩壊剤0~約10重量%
の全部または一部を使用した混合物を含み,
初期水分を約0.1~20%,及び/または薬学的に許容できる有機溶剤を約0.1~20%含む条件下において,約30℃~約130℃の温度範囲まで加熱し,密閉系統中で転動回転,混合しつつ顆粒を形成する熱粘着式造粒方法。」であること。
<相違点>
本願発明は,直接錠剤化用調合物または補助剤を調合するための熱粘着式造粒方法であるのに対して,引用発明は,直接錠剤化用調合物または補助剤を調合するための熱粘着式造粒方法であるか否か明確でない点。

2.裁判所の判断のポイント
2.1.明細書の記載に基づく用語の解釈
「・・・本願明細書の発明の詳細な説明には,次の内容が記載さ
れていることが認められる。
 すなわち,本願発明は,従来の湿式造粒法において大量の水又は有機溶剤の添加が必要とされ,そのために乾燥工程が必要となるなどの欠点があったのに対し,わずかな水分又は有機溶剤によって造粒できるようにすることを目的としたものである。そして,諸材料の混合物中に含まれる初期水分又は有機溶剤(エタノール等)の含有量を約0.1~20%とし,密閉系で加熱して造粒を行うことにより,加熱工程で希釈剤等から発生する蒸気が,外部に放出されることなく容器の内壁のより温度が低い区域で凝結し,吸湿性が高いポリビニルピロリドン(PVP)などの結合剤に吸収されて,結合剤に粘性を生じ,周囲の粒子を粘着させることにより造粒が行われる。このような造粒方法は,従来の湿式造粒法とは異なる新しい造粒方法として開発されたものであり,「熱粘着式造粒方法」(Thermal
adhesion granulation)と命名された。
 そうすると,本願発明にいう「熱粘着式造粒方法」とは,希釈賦形剤・薬学的活性成分・結合剤等の混合物を加熱することにより発生する蒸気が密閉系統中で凝結することを利用して,凝結した水分により結合剤に粘性を生じさせ,周囲の粒子を粘着させるという造粒方法をいうものと理解される。

2.2.明細書を参酌して用語を解釈することの妥当性
「なお被告は,本願発明に関して特許請求の範囲の記載に何ら不明確な点はなく,発明の詳細な説明の記載を参酌すべき特段の事情も存在しないから,審決が本願発明の「熱粘着式造粒方法」は加熱して粒状物を製造する方法であるとした点に誤りはないと主張する。しかし,特段の事情が存在しない限り発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されないのは,あくまでも特許出願に係る発明の要旨の認定との関係においてであって,上記のように特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するに当たっては,特許出願に関する一件書類に含まれる発明の詳細な説明の記載や図面を参酌すべきことは当然であるから,被告の上記主張は採用することができない。

2.3.一致点の判断
「以上の記載によれば,引用発明は,揮発性物質の造粒に関して,従来の湿式造粒法では多量の水分を含有するため乾燥操作が必要となり,通風工程において水分と共に揮発性物質が揮散してしまうという欠点があったので,揮発性物質の損失をできるだけ少なくすることを目的としたものである。そして,課題を解決するための手段として,融点が30~100℃の低融点物質を使用し,密閉系で加熱造粒することにより低融点物質を溶融させ,これを攪拌・混合して粒状物を得るという方法を採用している。そうすると,引用発明は,従来の湿式造粒法における欠点を克服し,多量の水分を含有させずに粒状物を製造するという点では本願発明と共通の目的を有するものの,その目的を達成するための手段として低融点物質を加熱して溶融させるという方法を採用している点で,本願発明とは異なる
方法によるものである。
 したがって,引用発明における「粒状物の製造方法」が本願発明の「熱粘着式造粒方法」に相当するものとした審決の判断は誤りである。」

2.4.引用発明を実施した場合に必然的に本発明の現象が生じている可能性と、新規性との関係
「しかし,仮に,引用発明の諸材料中に1%を超える水分が含まれ,これを密閉系で加熱することによって容器内で水分が凝結することがあるとしても,引用例(甲1)には凝結した水分が結合剤に吸収されて粘性を生じさせるという記載はなく,低融点物質を溶融させて造粒を行うことが上記のとおり記載されているのである。そうすると,引用発明の諸材料中に通常含まれる水分が粒状物の製造に寄与するか,仮に寄与するとしてどのような役割を果たすのかについては,引用例には教示も示唆もされていないといわざるを得ない。
したがって,引用発明の諸材料中に本願発明における「約0.1~20%」の範囲内の水分が含まれているとしても,それを根拠として引用発明における「粒状物の製造方法」が本願発明の「熱粘着式造粒方法」に相当するということはできない
。」