2009年6月21日日曜日

食品組成物発明の新規性に関する審決判決の紹介

1.問題点
 従来公知の成分を有効成分とする機能性食品に関する特許権の取得を目指す場合の請求項の記載形式は大きく分けて二通りある。

(1)用途を限定した請求項
「成分Aを含有する、血中コレステロール低下剤。」
のように、用途を特定する形式。
 この記載形式は、「成分Aを含有する食品組成物」が公知であった場合でも、用途が新規で従来技術から自明ではない場合には、新規性、進歩性が肯定される可能性がある、という点でメリットがある。
 ただし、「血中コレステロール低下」の効能を表示等しない食品は、上記請求項の権利範囲に入らないと考えられる。認可された特定保健用食品以外は、効能を表示したくても表示ができないのであるから、第三者が実施する、成分Aを含んだ食品組成物は、摂食により血中コレステロール低下が生じていたとしても、原則として権利範囲に入らないであろう。

(2)組成を限定し、用途を限定しない請求項
「成分Aを組成物全量に対して0.1重量%以上含有する、食品組成物。」
「成分Aと成分Bとを含有し、成分A:成分Bの重量比が10:1~1:10である、食品組成物。」
などのように、組成のみを限定し、用途は限定しない形式。
 この記載形式は、特許権の権利範囲が特定の用途に限定されないという点でメリットがある。
 ただし、対象発明と同一の組成を有する食品組成物が従来公知であれば、たとえ先行技術で意図されていた用途が対象発明とは異なっているとしても、新規性が否定されることとなる。

 上記(1)の記載形式の新規性の判断の基準は、医薬発明と実質的に同じであると考えられる。医薬発明については、特許実用新案審査基準などにも詳しく検討がされている。
 一方、上記(2)の記載形式により特定された発明の新規性の判断基準は、特許実用新案審査基準上は明確には記載されていない。
 そこで上記(2)の判断において参考になると思われる審決、判決例を挙げる。

 下記3の判決から、「食品組成物に用いる各成分を所望の比率で配合することは、通常の調理行為なのだから自明である」という結論にはならない、ということは少なくとも言ってよさそうである。ただし、下記2の審決から、従来技術との相違点が公知であるか、実質的に公知である場合には、新規性又は進歩性が否定されると考えられる。

2.無効審判において組成物の新規性、進歩性が否定された例(従来技術との相違点が実質的な相違でないとされた例)
無効2005-80124
平成18年5月26日

本件発明:
「ガゴメ昆布またはマ昆布由来のフコイダンを含有する食品又は飲料であって、アルギン酸及びフコイダンの重量の合計値に対するフコイダンの重量の比が43%以上のフコイダン抽出物もしくは純化されたフコイダンを含有する穀物加工品、油脂加工品、大豆加工品、食肉加工品、乳製品、野菜・果実加工品、菓子類、アルコール飲料、嗜好飲料から選択される食品又は飲料であって、前記フコイダン抽出物もしくは純化されたフコイダンの含有により食感が改善されていることを特徴とする食品又は飲料。」

 本件発明は、「食感の改善」を期待して、所定のフコイダン抽出物もしくは純化されたフコイダンを配合することを特徴とする。ただし、請求項上は用途は特定されていない(機能は特定されているが)。

審決の要点
(1)特許法第29条第1項第3号違反について
「・・刊行物1には・・・フコイダンの市販試薬或いは精製品若しくは海藻の抽出物或いは精製物を、抗潰瘍剤として飲食品に添加して日常的に摂取することが記載されているから、「フコイダン市販精製品若しくは海藻の精製物を添加した飲食品」が記載されているといえる。
 本件発明と上記刊行物1に記載された発明(以下、「引用発明」という。)とを対比すると、後者の「フコイダンの市販精製品若しくは海藻の精製物」は、前者の「純化されたフコイダン」に相当するといえるから、
両者は、「純化されたフコイダンを含有する食品又は飲料」である点で一致しており、
前者が、
(1)フコイダンの由来について、ガゴメ昆布またはマ昆布と、
(2)飲食品について、穀物加工品、油脂加工品、大豆加工品、食肉加工品、乳製品、野菜・果実加工品、菓子類、アルコール飲料、嗜好飲料から選択される食品又は飲料と、
(3)飲食品の性質について、純化されたフコイダンの含有により食感が改善されていると、
夫々限定している点で、両者は一応相違している。」

「相違点(1)について
 引用発明は・・・フコイダンを抽出するための原料として褐藻類が挙げられているが、フコイダンを抽出するための原料として、褐藻類であるマ昆布を使用することは周知のこと・・・であり、ガゴメ昆布またはマ昆布を使用することにより、他の褐藻類を使用した場合と比べて効果上の差異を奏するものとも認められないから、この点は実質的な相違点ではない。」

「相違点(2)について
 引用発明は・・・胃癌に進行する胃粘膜の炎症を予防する薬剤として、フコイダンを任意の飲食品に添加して日常的に摂取するものであるが、癌転移を予防する薬剤を冷菓、パン、ゼリー等の固形状食品、牛乳、果汁等の液状食品に使用することは周知のこと・・・であり、飲食品を、穀物加工品、油脂加工品、大豆加工品、食肉加工品、乳製品、野菜・果実加工品、菓子類、アルコール飲料、嗜好飲料と特定することにより、他の飲食品と比べて効果上の差異を奏するものとも認められないから、この点は実質的な相違点ではない。 」

「相違点(3)について
 飲食品の成分が同じであれば、同じ性質を示すことは自明のことであり、引用発明は純化されたフコイダンを含有しているのだから、純化されたフコイダンにより食感が改善されていることは自明であり、この点も実質的な相違点ではない。」

「したがって、本件発明は、上記刊行物1に記載された発明である。」

(2)特許法第29条第2項違反について
「本件発明の、アルギン酸及びフコイダンの重量の合計値に対するフコイダンの重量の比が43%以上のフコダイン抽出物を用いる態様と、引用発明とを対比すると、
両者は、フコイダンを含有する食品又は飲料である点で一致しており、
前者が、
(1)フコイダンの由来について、ガゴメ昆布またはマ昆布と、
(2)飲食品について、穀物加工品、油脂加工品、大豆加工品、食肉加工品、乳製品、野菜・果実加工品、菓子類、アルコール飲料、嗜好飲料から選択される食品又は飲料と、
(3)フコイダンについて、前者が、アルギン酸及びフコイダンの重量の合計値に対するフコイダンの比が43%以上のフコイダン抽出物であり、これにより食感が改善されていると特定しているのに対して、後者が、純化されたフコイダンである点で、
両者は相違している。」

「相違点(1)乃至(2)について
 上記のとおり、これらの点は実質的な相違点ではない。」

「相違点(3)について
 褐藻類からの粘質抽出液がアルギン酸、フコイダンを含有することは周知のことであり、引用発明においても・・・褐藻類からフコイダンを抽出する際にアルギン酸を除去するものである。
 ここで、飲食品に天然物から抽出された成分を配合する際に、純化精製物は高コストであるため、飲食品の品質に問題のない範囲で、ある程度不純物を含んだ抽出物を配合することは当業者が通常行っているところである。そして、引用発明も・・・褐藻類の抽出物も精製物と同様に使用することができるものであるから、引用発明において、純化されたフコイダンに代えて、アルギン酸を不純物として含んだ完全には精製されていないフコイダン抽出物を使用することは、当業者が適宜なし得るところである。
 その際に、アルギン酸の含量は、フコイダンの薬理作用や、食味等食品の品質を考慮して当業者が適宜最適化するものであるから、アルギン酸及びフコイダンの重量の合計値に対するフコイダンの比を43%以上として、食感を改善することに、格別の困難性は認められず、それにより当業者の予期し得ない格別の効果を奏するものでもない。 」

「そして、本件発明の効果も、純化されたフコイダンを配合する引用発明と比較して、格別優れたものということはできない。
 被請求人は、平成17年9月5日付け意見書において、「刊行物1、2の発明でフコイダンを飲食品に添加する目的は医薬品を日常的に摂取できるようにするためにすぎず、本件特許発明のように飲食品の食感を改善するためではない、本件特許発明のようなフコイダンの使用方法は刊行物1、2には全く開示されていない。」旨主張しているので検討する。
 本件発明は、「食品又は飲料」自体に関する発明であって、「前記フコイダン抽出物もしくは純化されたフコイダンの含有により食感が改善されている」という発明特定事項は、「食品又は飲料」そのものの性質を特定したものにすぎないから、フコイダンの使用方法が相違するからといって、本件発明と引用例発明がこの点において相違するということはできず、被請求人の主張は採用できない。
 したがって、本件発明は、上記刊行物1乃至2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものである。」


3.特許権侵害訴訟において特許権の無効理由の有無が争われ、組成物の新規性、進歩性が肯定された例

特許権侵害差止等請求事件
東京地方裁判所平成18年(ワ)第29554号
平成20年3月27日判決

本件特許発明を分節すると、
「A 次の一般式(I):
(省略)
(式中,R1,R2,R3,R4,R5及びR6はそれぞれ独立に水素原子又は炭素数1~3のアルキル基であり,あるいはR1とR2,及び/又はR4とR5は一緒になってメチレン基もしくはエチレン基を表し,そしてn,m,及びlは0又は1を表す)で表されるジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン誘導体と,
B α-トコフェロールとを,
C 前記ジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン誘導体1重量部に対して前記α-トコフェロールが0.1~20重量部となる量で含有する
D ことを特徴とする飲食物。」

裁判所の判断の要点(争われた無効理由が多岐にわたるので、一点のみを抽出した)

「a)乙7発明には,その成分として食用ごま油が配合されていることから,オクタン誘導体の一種であるセサミン及びセサモリンが存在することは,本件特許出願当時の当業者が技術常識として理解するところである(争いがない)。したがって,乙7発明は,構成要件Aにおいて本件特許発明と一致する。
b)乙7発明には,その成分として食用大豆油が配合されており,食用大豆油中には(具体的な含有量はともかくとして)α-トコフェロールが含まれていることは当事者間に争いがないから,乙7発明は,構成要件Bにおいて本件特許発明と一致する。
c)他方,乙第7号証の1・2には,「オクタン誘導体1重量部に対してα-トコフェロールが0.1~20重量部となる量で含有する」ことが記載されておらず,乙7発明は,構成要件Cにおいて本件特許発明と相違する(以下「相違点c3」という。)。
d)乙7発明は「飲食物」であるから,構成要件Dにおいて本件特許発明と一致する。

「相違点c3についての判断
a)被告らは,乙第7号証の1・2には,本件特許発明の構成要件Cが明示的には記載されていないにもかかわらず,乙7発明が構成要件Cにおいて本件特許発明と一致する(すなわち,相違点c3は相違点ではない)と主張するために,「ごま油中のオクタン誘導体の含有量は0.3~1.4重量%である」という前提に立って,乙7発明における食用ごま油の量からオクタン誘導体の含有量を計算している。
b)しかしながら・・・本件において,「ごま油中のオクタン誘導体の含有量は0.3~1.4重量%である」という事実が客観的に立証されているということはできないし,もちろん,本件特許出願当時において当該事実が当業者における技術常識であったということもできない。むしろ,ごま油中のオクタン誘導体の含有量は(一定の幅をもった数値としても)特定することはできない。
 また,乙第7号証の2においては,「食用ごま油」との記載があるだけで,いかなる種類のごま油を使用したのかも不明である(乙7発明の内容が天ぷら油であることから,せいぜい精製度の低いごま原油が使用された蓋然性は低いということができるにとどまる。)。
 ところで,乙第19号証においては,ごま油加熱時の抗酸化性物質の変化の実験に用いられた竹本油脂製造の焙煎ごま油には,加熱前にセサミンが9.0mg/ml,セサモリンが4.0mg/ml含有されていたことが示されている。しかしながら,上記焙煎ごま油と乙7発明に成分として配合されている食用ごま油とがオクタン誘導体の含有量において同等であることについては,何らの証拠も存在しない。
 結局,乙7発明に成分として配合された食用ごま油中のオクタン誘導体の含有量については,これを特定することができない。
・・・・
d)以上によれば,「ごま油中のオクタン誘導体の含有量は0.3~1.4重量%である」ことが本件特許出願当時における当業者の技術常識であることは立証されておらず,むしろ,乙7発明に成分として配合されている食用ごま油中のオクタン誘導体の含有量を特定することができないことから,相違点c3が相違点ではないとする被告らの主張は,その前提において失当であり,成り立たない。
・・・
 本件特許発明は・・・乙7発明によって本件特許出願前に公然実施をされた発明であるということはできない。」

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