2009年5月17日日曜日

引用文献中の解決課題の相違を重視した結果、進歩性が肯定された裁判例

1. 事件の概要
知財高裁平成21年4月15日判決
平成20年行(ケ)10300
拒絶審決取消訴訟
主文:拒絶審決を取消す

本願請求項1に係る発明:
「内管と外管との間に1層乃至複数層の補強層を配置したホースにおいて,少なくとも1層の補強層を形成する繊維コードは(1)式にてnとmの関係が1.05≧(n+m)/n≧1.00となる構造を有する脂肪族ポリケトン繊維を含むコードからなり,該繊維コードは下記(2)式で表される撚り係数Kが150~800の範囲にあり,該繊維コードの強度が10g/d以上であり,かつ前記内管を構成するエラストマー組成物の100℃での50%モジュラスが3.0MPa以上であるホースからなる繊維強化成形体。
(1)式-(CH2-CH2-CO)n-(R-CO)m-
ここでRは炭素数が3以上のアルキレン基
(2)式K=T√D
ここでDはコードの総デニール数,
Tはコードの10cm当たりの上撚り数,Kは撚り係数」

引用発明の内容(甲1):
「内管層と外面保護層との間に1層以上の繊維補強層を配置したホースにおいて,繊維補強層を形成する繊維コードは,ヘテロ環含有芳香族ポリマーからなる繊維を含むコードからなり,該繊維コードは1500デニールに紡糸したPBO繊維原糸2本を合わせて20回/10cmの撚りをかけてコードとしたものであり,該繊維の強度が25g/D以上であり,かつ前記内管層をゴム等で構成したホース。」

本願発明と引用発明との一致点
「内管と外管との間に1層乃至複数層の補強層を配置したホースにおいて,少なくとも1層の補強層を形成する繊維コードは,合成樹脂の繊維を含むコードからなり,該繊維コードは所定の撚りが形成され,かつ前記内管をエラストマー組成物で構成したホースからなる繊維強化成形体。」である点。

本願発明と引用発明との相違点
相違点4
内管を構成するエラストマー組成物の特性が,本願発明では「100℃での50%モジュラスが3.0MPa以上」に特定されているのに対し,引用発明ではかかる特定がなされていない点。

審決の要点(相違点4に関する容易想到性の判断):
「繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物として,100℃前後での50%モジュラスを3.0MPa程度以上のものとすることは,例えば周知例2(甲4という。)に「【請求項1】内面樹脂チューブと,その外周面上に設けた内側ゴム層と,その外周面上に複数本の補強糸を引き揃えてスパイラル状に巻き付けた第1補強層と,その外周上に複数本の補強糸を引き揃え前記第1補強層と逆方向にスパイラル状に巻き付けた第2補強層と,その外周上に設けた外側ゴム層とで構成され,前記内側ゴム層は温度135℃における50%モジュラスM50が20~40 kgf/cm のゴム材料から2なることを特徴とする冷媒用高圧ホース。」と記載され、周知例3(甲5)に「【請求項2】前記内側ゴム層及び前記中間ゴム層が,それぞれ,135℃の温度における50%モジュラスが25~40 kgf/cm であるゴム材料にて形成されている・・車両用配管ホース。」と記載されているように,当該技術分野において,普通に採用される範囲のものと認められる。(なお,上記周知例2(甲4)において,「20~40 kgf/cm 」を本願発明での単位に換算2すると,「約2.0~3.9MPa」となり,同様に,上記周知例3(甲5)において,「25~40 kgf/cm 」は「2.5~3.9MPa」となり,いずれも「3.0MPa以上」と重複するものである。)
 また,本願発明においては,脂肪族ポリケトン繊維のガラス転移温度が低いことに起因する,高温使用時の繊維コードの引張り弾性率低下を補強するために,相違点4に係る構成を採用したものであるが,その採用する数値範囲は,上記のとおり耐圧性を求められるホースの繊維補強層に普通に採用される程度のものであって,格別のものとは認められないから,補強密度や繊維補強層の数を増加させることなく,ホースの耐圧等の特性を向上させることを目的とする引用発明において,内管の素材に対し相違点4に係る構成を採用することは,格別の困難性を伴うことなく適宜容易になし得る事項にすぎない。」

2. 裁判所の判断のポイント
「審決は,繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物として,100℃前後での50%モジュラスを3.0MPa程度以上のものとすることは,甲4,甲5に記載されているように,当該技術分野において,普通に採用される範囲のものであるから,甲1発明において「100℃での50%モジュラスが3.0MPa以上」のものを採用して相違点4に係る構成とすることは,容易想到であるとする。
 しかし, ・・・・、従来から使用されているホースの内管を構成するエラストマー組成物の135℃における50%モジュラスは,約0.98~2.35MPa程度であり,甲4,甲5記載の技術は,加硫時に発生する補強糸の棚落ちという特定の課題を解消するために,135℃における50%モジュラスが約1.96~3.92MPaという値のエラストマー組成物を採用したものである。そうすると,繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物を,100℃における50%モジュラスが3.0MPa程度以上のものとすることは,100℃と135℃の温度の差を考慮に入れても,繊維補強層を有するホースに関する技術分野において,普通に採用される範囲のものであるということはできない。しかも,引用発明で繊維補強層に用いられているヘテロ環含有芳香族ポリマーからなる繊維は,前記(2)イのとおり,耐熱性,難燃性であり,その分解温度は600℃以上であり,伸度も3.0%以下である。そうであるとすると,ヘテロ環含有芳香族ポリマーからなる繊維は,600℃を越えて分解温度に達するまでほとんどその形状を維持し強度を保つことになり,100℃程度の温度条件では,ホースの補強に関する性能に特段の影響は生じないと解されるから,引用発明において,ホースの内管を構成するエラストマー組成物の100℃における50%モジュラスを,敢えて普通に採用される値より大きい3.0MPa程度以上とする必要性はなく,そのようにする契機があるとはいえない。
 そうすると,繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物について,100℃における50%モジュラスを3.0MPa程度以上とすることは,普通に採用される範囲であるとはいえず,更にこれを引用発明に適用して相違点4に係る構成とすることが,当業者にとって容易想到であるとはいえない。したがって,繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物について,100℃における50%モジュラスを3.0MPa程度以上とすることが普通に採用される範囲であることを前提とし,更にこれを引用発明に採用して相違点4に係る構成とすることが,当業者にとって容易想到であるとした審決の判断は,誤りである。

「被告は,甲4,甲5に開示された技術は,補強層がスパイラル構造という特定の構造であることを前提としたものではあるが,補強層の構造としてブレード構造とスパイラル構造があることはよく知られており,スパイラル構造自体は補強層の構造として特別な構造ではなく,また,補強層を複数層設け若しくは必要に応じて中間ゴム層を設けることも,普通に用いられている構造であるから,甲4,甲5は,ホースの内管を構成するエラストマー組成物の特性(モジュラス)として採用される数値範囲の例を示すものとして参照価値を有するものであるとし,繊維補強層の素材の如何を問わず,ホースの耐久性及び耐圧性を考慮して,補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物の100℃前後での50%モジュラスを3.0MPa程度以上とすることは,甲4及び甲5に開示されているように,普通に採用される範囲のものにすぎないと主張する・・・・。
 しかし,甲4,甲5において,繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物について普通に採用される範囲として開示されている値は,135℃における50%モジュラスが10~24 kgf/cm(約0.98~2.35Mpa)程度であり,甲4,甲5記載の技術は,スパイラル構造の補強層において発生する棚落ちを防止するために,135℃における50%モジュラスの値を3.0MPa以上としたものである。したがって,スパイラル構造や,補強層を複数層設け若しくは必要に応じて中間ゴム層を設けることが特殊な構造でないとしても,100℃前後での50%モジュラスを3.0MPa程度以上とすることは普通に採用される範囲のものとはいえず,被告の上記主張は,採用することができない。」

3. ブログ管理人コメント
 「相違点に係る構成要素が、どういう課題を解決することを意図して引用文献に記載されていたか?」を重視した結果として進歩性を肯定する結論に至っている点が参考になる。