2020年2月23日日曜日

サポート要件違反の無効審決が覆された事例


知財高裁令和2年2月19日判決
平成31年(行ケ)第10025号 審決取消請求事件

1.概要
 本事例は、無効審判審決(サポート要件違反により無効)の取消を求めた審決取消訴訟において、知財高裁が無効審決を取り消した事例である。
 本件発明1(請求項1)等の課題は「気体を過飽和の状態に液体へ溶解させ,かかる過飽和の状態を安定に維持」することである。この課題を解決するための特徴として、本件発明1は「1.0mmより大きく3.0mm以下の内径の細管(但し,0.8m以下の長さのものを除く)からなる降圧移送手段としての管状路」を含む。一方、発明の詳細な説明には、この特徴に係る細菅が内径2mm長さ0.8mの比較例2は上記課題が解決できないのに対して、内径2又は3mm長さ1.4~4mの実施例1~13では上記課題が解決できることが記載されている。
 細管の長さの値が0.8mより大きく1.4mより小さい場合に,過飽和の状態を安定に維持するとの発明の課題を解決できるといえるか否かが争点となり、審決と訴訟とで判断が異なった。

2.本件発明1
「水に水素を溶解させて水素水を生成する気体溶解装置であって,
 水槽と,
 固体高分子膜(PEM)を挟んだ電気分解により水素を発生させる水素発生手段と,
前記水素発生手段からの水素を水素バブルとして前記水槽からの水に与えて加圧送水する加圧型気体溶解手段と,
 前記加圧型気体溶解手段から水素水を導いて貯留する溶存槽と,
 前記溶存槽に貯留された水素水を前記水槽中に導く,1.0mmより大きく3.0mm以下の内径の細管(但し,0.8m以下の長さのものを除く)からなる降圧移送手段としての管状路と,を含み,
 前記水槽中の水を前記加圧型気体溶解手段,前記溶存槽,前記管状路,前記水槽へと送水して循環させ前記水素バブルをナノバブルとするとともに,前記加圧型気体溶解手段から前記溶存槽へと送水される水の一部を前記水素発生手段に導き電気分解に供することを特徴とする気体溶解装置。」

3.審決(サポート要件違反)のポイント
「ア 本件出願の願書に添付した明細書(以下,図面を含めて「本件明細書」という。甲25)の記載(【0015】,【0016】,【0047】,【0048】)によると,本件特許発明1ないし4の課題は「気体を過飽和の状態に液体へ溶解させ,かかる過飽和の状態を安定に維持」することであり,当該課題を「降圧移送手段を設け,かつ液体にかかる圧力を調整す」ることにより,解決できることを理解できる。
イ 本件明細書の記載(【0053】ないし【0068】)から,実施例(実施例1,3ないし12)と比較例(比較例1,2)の降圧移送手段5はどちらも内径は2mm又は3mmであるものの,長さに着目すると,長さ1.4m以上の細管は実施例となるが,長さ0.8m以下の細管は過飽和の状態が維持できたとする実施例とされていないものと認められるから,「降圧移送手段」のうちでも,長さによっては発明の課題を解決することができないこととなる。
ウ 本件訂正により「但し,0.8m以下の長さのものを除く」とされた事項は,技術的には0.8mより長い細管を意味するものであるところ,本件明細書には,長さ1.4mの細管であれば過飽和の状態の水素水を得ることができる実施例10が記載されているが,長さが0.8mより長い細管であれば過飽和の状態の水素水を安定に維持することができるとの明示的な記載はない。また,比較例2では,長さ0.8mの細管で水素濃度が1.8ppmの水素水となるところ,比較例2と長さ以外の圧力等の条件を同等とすれば,例えば0.81mのような比較例2よりも僅かに長さを長くしたところで,濃度が1.8ppmから急激に上昇して過飽和の状態の目安としている,2.0ppmより大きい水素濃度となると当業者が認識する根拠はみいだせない。むしろ,長さを僅かに変化させたところで,水素濃度は1.8ppmの近傍の値であると当業者であれば十分に理解し得るところである。
 したがって,0.8mより長い細管には,水素水を過飽和の状態とし,かつ,これを安定に維持することができない例が含まれることは当業者であれば十分に認識しうる事項である。
 一方で,比較例2に対して,例えば,圧力を高くするなど他の条件を変更すれば,水素水を過飽和の状態とし,かつ,これを安定に維持することが可能かもしれないが,例えば,長さが0.81mの場合に,当業者が水素水を過飽和の状態とし,かつ,これを安定に維持することができる条件はどのようなものであるのか,技術常識を加味しても特定することは困難であり,示唆もないから,長さが0.81mの場合に,水素水を過飽和の状態とし,かつ,これを安定に維持することができると認めることができない。
エ そうすると,過飽和の状態が安定に維持できると認めることができない数値範囲が含まれている本件特許発明1ないし4は,発明の詳細な説明に記載された,発明の課題を解決するための手段が反映されていないため,発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求するものであり,本件特許発明1ないし4に係る本件特許は,特許法36条6項1号の規定(サポート要件)に違反する。」

4.裁判所の判断(サポート要件充足)のポイント
「前記ア及びイを総合すると,当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び技術常識から,本件特許発明1の気体溶解装置は,水に水素を溶解させて水素水を生成し,取出口から吐出させる装置であって,気体を発生させる気体発生手段と,この気体を加圧して液体に溶解させる加圧型気体溶解手段と,気体を溶解している液体を導いて溶存及び貯留する溶存槽と,この液体が細管からなる管状路を流れることで降圧する降圧移送手段とを備え,降圧移送手段により取出口からの水素水の吐出動作による管状路内の圧力変動を防止し,管状路内に層流を形成させることに特徴がある装置であり,一方,必ずしも厳密な数値的な制御を行うことに特徴があるものではないと理解し,例えば,細管の内径(X)が1.0mmより大きく3.0mm以下で,かつ,細管の長さ(L)の値が0.8mより大きく1.4mより小さい数値範囲のときであっても,「細管の内径X及び水素水の流量の各値が同じである場合に水素濃度の値を高めるには,加圧型気体溶解手段の圧力Yの値を大きくすればよく,この場合に加圧型気体溶解手段の圧力Y及び細管の長さLの値をいずれも大きくして,水素濃度の値を高めるには,加圧型気体溶解手段の圧力Yの値の増加割合が細管の長さLの値の増加割合よりも大きくなるように各値を選択すればよいこと」(前記イ)を勘案し,細管からなる管状路内の水素水に層流を形成させるようX,Y及びLの値を選択することにより,「気体を過飽和の状態に液体へ溶解させ,かかる過飽和の状態を安定に維持」するという本件特許発明1の課題を解決できると認識できるものと認められる。
エ これに対し被告は,①当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び技術常識から,細管の長さの値が0.8mより大きく1.4mより小さい場合に,過飽和の状態を安定に維持するとの発明の課題を解決できると認識することはできないから,本件特許発明1は,サポート要件に適合しない,②過飽和の状態が維持される条件として,降圧移送手段の管状路(細管5a)の内径や長さのみならず,細管5aの材料,加圧型気体溶解手段3により加えられる圧力,水素発生量,水の流量等の条件は,過飽和の状態を安定に維持するという本件特許発明1の課題の解決に不可欠であるにもかかわらず,本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1にはそれらの条件が記載されていないため,当業者は,細管の内径X及び長さがそれぞれ本件特許発明1に規定された範囲内であれば,本件特許発明1の上記課題を解決できると認識することはできないから,この点からも,本件特許発明1は,サポート要件に適合しない旨主張する。
 しかしながら,前記ウ認定のとおり,本件特許発明1において細管の長さの値が0.8mより大きく1.4mより小さい場合においても,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び技術常識に基づいて,当業者が,本件特許発明1の課題を解決できると認識できるものと認められるから,被告の上記主張は,いずれも理由がない。」

2020年2月8日土曜日

明細書中の「課題」の記載が原因でサポート要件不充足と判断された事例

知財高裁令和元年11月11日判決
平成31年(行ケ)第10003号 審決取消請求事件

1.概要
 本事例は特許無効審判(サポート要件欠如による特許無効の審決)を不服とする原告(特許権者)が審決の取り消しを求めた訴訟の知財高裁判決である。知財高裁は、サポート要件違反の無効審決に違法性はないと判断し、原告の請求を棄却した。
 争点は、請求項6等に係る本件発明が、明細書に記載の「発明が解決しようとする課題」を解決できると当業者が認識できるものであるか否かである。
 明細書に記載の解決課題と、実施例で確認されている効果との不整合、矛盾が原因でサポート要件違反と判断されている。

2.本件発明
 請求項6に係る発明(本件発明6)は以下の通りである。
「唾液又は少量の水により,口腔内で崩壊させて経口投与することを特徴とする口腔内崩壊錠であって,崩壊剤及び医薬組成物中の含有率が70~90質量%で炭酸ランタン又はその薬学的に許容される塩を含有し,前記崩壊剤が,クロスポビドンであり,前記クロスポビドンの医薬組成物中の含有率が5.6~12質量%であり,但し,崩壊剤がGRANFILLER-D(登録商標)から成る錠剤は除く,医薬組成物。」

3.裁判所の判断のポイント
「2 取消事由1(サポート要件違反についての判断の誤り)について
(1) 特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
(2)本件発明の課題
 前記1(2)にみたところに照らすと,本件発明の課題のひとつは,高い原薬含有率で,速やかな崩壊性,高い硬度及び低い摩損度を両立した炭酸ランタンの口腔内崩壊錠を提供することであると認められる。
 本件の取消事由1において問題とされているのはかかる課題についてであるので,以下,この課題に係るサポート要件違反の有無を検討する(以下,この課題を「本件課題」という。)。」
「(4)サポート要件適合性について
 原告が本件発明の実施例であると主張する実施例4においては,錠剤硬度117N,摩損度0.4パーセント(7/12)(ただし,括弧内は明らかなひび・割れ・欠けの個数/試験数),崩壊時間39秒(日局(補助盤なし)),7秒(日局(補助盤あり)),40秒(口腔内(静的))であったことが記載されている。
 他方,本件明細書の実施例の摩損度の評価は,錠剤の摩損度試験法(日局参考情報)に従って行われるとされているところ(【0062】),日本薬局方参考情報(乙1)によれば,錠剤の摩損度試験法においては,明らかにひび,割れ,欠けが見られる錠剤があるときはその試料は不適合であるとされている。
 そうすると,「明らかなひび・割れ・欠け」の個数が12錠中7錠であり,摩損度が0.4%とする実施例4の摩損度の評価の記載を,日本薬局方参考情報における錠剤の摩損度試験法で「明らかなひび・割れ・欠け」が見られる錠剤があるときはその試料は不適合であるとされていることとの関係で一義的に整合するように理解することができない。そして,本件明細書には「明らかなひび・割れ・欠け」の個数が12錠中7錠である実施例4の場合に,どのような方法で摩損度を測定した結果0.4%という数値を得たのかに関する説明はなく,この点についての当業者の技術常識を示す的確な証拠もない。
 以上によれば,当業者は,本件明細書の実施例4の記載から,当該実施例において低い摩損度を含む本件課題が実現されていることを理解することができないし,本件明細書のその余の部分にも,本件発明が,「高い原薬含有率で,速やかな崩壊性,高い硬度及び低い摩損度を両立した炭酸ランタンの口腔内崩壊錠を提供する」という本件課題を解決できることを示唆する記載はなく,この点に関する技術常識を示す的確な証拠もない。
 したがって,本件発明について,本件明細書に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであり,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるということができないから,本件発明がサポート要件に適合するものということはできない。
(5)原告の主張について
・・・・
原告は,本件特許出願時において,打錠圧を上げることによって「明らかなひび・割れ・欠け」の解消が可能であることや,予圧をすることによって「明らかなひび・割れ・欠け」の解消が可能であることが技術常識であったとして,このような技術常識に照らせば,本件発明は本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであることを主張する。
 しかしながら,本件課題は,「高い原薬含有率で,速やかな崩壊性,高い硬度及び低い摩損度を両立した炭酸ランタンの口腔内崩壊錠を提供する」というものであるところ,甲41~44,54,69~74(枝番を含む。)には,本件発明の口腔内崩壊錠について,打錠圧を上げ,あるいは,予圧をすることによって,「速やかな崩壊性,高い硬度及び低い摩損度を両立」することができることを示すものではない。本件発明の構成について,打錠圧を上げ,あるいは,予圧をすることによって本件課題を解決することができるとの技術常識があるとは認められない。
 そして,かかる技術常識が存在しない以上,それを裏付ける実験データ(甲45,53)を考慮することはできない。
 なお,本件明細書には,「適切な硬度が得られる打錠圧で所定の質量の錠剤を製造する。」(【0059】)と記載されているものの,「ひび・割れ・欠け」の解消との関係で,打錠圧の調整をすべきことについては記載がなく,当業者に対し,課題解決への示唆があるとも認められない。
オ 以上のとおりであるから,原告の主張はいずれも採用できない。」