2018年11月11日日曜日

分割出願の特許性判断と親出願での意見書の主張とは別個のものであると判断された事例


知財高裁平成30年10月11日判決
平成29年(行ケ)第10160号 審決取消請求事件

1.概要
 本事例は無効審判審決(特許有効の判断)を不服とする原告(無効審判請求人)が請求した審決取消訴訟の知財高裁判決において、審決が維持された事例である。
 対象となる被告の特許権の請求項1(訂正発明1)は「但し,マンニトールを含まない組成物である」という「除くクレーム」である。明細書の実施例ではマンニトールを含む例しか記載されていない。また、被告特許権に係る特許出願は分割出願であるが、分割原出願の審査過程で被告が提出した意見書ではマンニトールを含有しない組成物では変色抑制効果が認められないと述べていた。
 原告は分割要件違反、サポート要件違反を主張した。しかし知財高裁は、本件出願と本件原出願とは別個のものであるから,本件原出願の審査過程における被告の主張が本件特許のサポート要件適合性を左右するとはいえないことなどを理由に、原告の請求を棄却した。

2.本件訂正発明1
「(a)ベシル酸アムロジピン,(b)酸化鉄,(c)炭酸カルシウム及び結晶セルロースからなる群より選ばれる少なくとも一つの賦形剤,並びに(d)デンプンを含有し,デンプンの含有量が30重量%以下であり,かつ被覆層を有しない経口固形組成物(但し,マンニトールを含まない組成物である)。」

3.原告(無効審判請求人)の主張
分割要件違反(取消理由3)
本件訂正発明1は,積極的にマンニトールをその構成から除外しようとするものであるのに対し,本件当初明細書には,特に好ましい賦形剤の具体例としてマンニトールが挙げられ,かつ,実施例及び比較例の全例にマンニトールが等しく添加されている
 さらに,被告は,本件原出願の審査過程で提出した平成20年6月19日付け意見書において,自ら実施した実験結果の説明として,マンニトールを含有しない組成物では変色抑制効果が認められないと述べている。これは,酸化鉄の着色防止効果につき,マンニトールを配合することによって顕著な作用・効果が生ずる,すなわち,酸化鉄とマンニトールの組合せこそが課題解決に重要な必須の構成であるとの主張にほかならない。
 上記のような本件当初明細書の記載及び審査過程における被告の主張内容を踏まえると,本件原出願に係る発明に,当該発明を構成する組成物の成分からマンニトールを積極的に除外しようという技術思想が含まれていなかったことは明らかである。
 したがって,本件訂正発明は,本件当初明細書に含まれない新規事項に該当し,本件出願は分割要件に違反するものであるから,これに反する審決の判断は誤りである。」
サポート要件違反(取消理由4)
「上記3のとおり,本件原出願に係る発明には,当該発明を構成する組成物の成分からマンニトールを積極的に除去しようという技術思想が含まれていなかった。
 したがって,本件明細書の記載に接した当業者は,マンニトールが添加されていない場合においても,アムロジピンに酸化鉄を配合することで,光安定化したアムロジピン含有経口固形組成物が得られることを認識できるとは到底いえない。
 よって,本件特許は,サポート要件に適合しないものであるから,これに反する審決の判断は誤りである。」

4.裁判所の判断
「4 取消事由3(分割要件適合性についての判断の誤り)について
(1) 原告は,本件当初明細書の実施例及び比較例の全てにマンニトールが等しく添加されている上に,被告が,本件原出願の審査過程において,進歩性欠如の拒絶理由に対して行った効果の顕著性に関する主張に鑑みれば,本件原出願に係る発明には,当該発明を構成する組成物の成分からマンニトールを積極的に除外しようという技術思想が含まれていなかったことが明らかであると主張する。
(2) そこで検討するに,本件当初明細書の実施例及び比較例では,いずれもマンニトールを含む組成物のみが用いられていることは当事者間に争いがない。
 しかし,本件当初明細書において,マンニトールは任意成分である賦形剤として記載されており,ソルビトール,マルチトール,還元澱粉糖化物,キシリトール,還元パラチノース及びエリスリトールなどの代替し得る成分も併せて記載されていることからすると(甲26の段落【0021】及び【0022】),本件当初明細書の記載において,マンニトールを含有しない組成物が排除されているとはいえない。
 また,原告は,本件原出願の審査過程における,効果の顕著性に関する被告の主張を問題とするが,分割出願に係る発明が原出願の当初の明細書等に記載された事項の範囲内であるか否かは,当該明細書及び出願時の技術常識等に基づいて客観的に判断するのが相当であるから,原告の主張はその前提において失当である。」

「5 取消事由4(サポート要件適合性についての判断の誤り)について
(1) 原告は,本件明細書の記載に接した当業者が,マンニトールが添加されていない場合においても,アムロジピンに酸化鉄を配合することで,光安定化したアムロジピン含有経口固形組成物が得られることを認識できるとは到底いえないから,本件特許はサポート要件に適合しないと主張する。
(2) そこで検討するに,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。
(3) 本件についてみると,本件訂正発明の課題は,アムロジピン又はその塩の光による変色及び分解を簡便に防止し,光安定化した経口固形組成物を提供することである(本件明細書の段落【0007】)ところ,上記第2の2のとおり,本件訂正発明はマンニトールを含有しない組成物に限定されている。
 確かに,マンニトールは,本件明細書において,服用性の観点から口腔内崩壊型製剤に添加することが好ましいとされた水溶性賦形剤である,水溶性糖アルコール,糖類,甘味を有するアミノ酸類(【0022】)のうちの,水溶性糖アルコールの一つとして,ソルビトール,マルチトール,還元澱粉糖化物,キシリトール,還元パラチノース及びエリスリトールなどとともに挙げられたもので,その中でも,特に好ましいものとされている(【0023】)。その一方で,本件明細書には,課題を解決するための手段として,アムロジピン又はその塩に酸化鉄を配合することにより,被覆層を必要とすることなく非常に簡便に光安定化された経口医薬組成物が得られる旨が記載されているところ(【0012】),光安定化効果に対するマンニトールの作用については何ら記載がなく,かえって,マンニトールは実質的に本件訂正発明の効果に影響を与えない添加剤として位置付けられている(【0027】)。また,ベシル酸アムロジピンに酸化鉄を配合することによる薬物の光安定化効果に,マンニトールが何らかの影響を与えるとの技術常識を認めるに足りる的確な証拠もない。
 そうすると,本件明細書に接した当業者は,本件明細書の実施例の全てにおいて,マンニトールを含む組成物のみが示されているとしても(【0033】表1),それは服用性向上のために含有されているものにすぎず,ベシル酸アムロジピンに酸化鉄を配合した組成物であれば,マンニトールを含まない組成物であっても光安定化効果が発揮されると理解すると認めるのが相当である。また,炭酸カルシウム,結晶セルロース及びデンプンについても,本件明細書には任意成分である賦形剤として記載されているところ(【0024】,【0027】),当該各物質が,ベシル酸アムロジピンと酸化鉄とを含有する組成物における光安定化効果に対し,何らかの影響を与えるものであるとの技術常識が存在することを認めるに足りる証拠も見当たらない。
 したがって,ベシル酸アムロジピン及び酸化鉄とともに,炭酸カルシウム,結晶セルロース及びデンプンを含む本件訂正発明も,当業者が発明の課題を解決できると認識可能な範囲内のものであるといえるから,上記原告の主張は採用することができない。
(4) また,原告は,取消事由3と同様に,本件原出願の審査過程における被告の主張を問題とするが,本件出願と本件原出願とは別個のものであるから,本件原出願の審査過程における被告の主張が本件特許のサポート要件適合性を左右するとはいえない。
(5) 以上によれば,原告主張の取消事由4は理由がない。」