2018年10月28日日曜日

医薬用途の効果を証明するための後出しデータの考慮される範囲

知財高裁平成30年10月22日判決
平成29年(行ケ)第10106号 審決取消請求事件
1.概要
 本事例は無効審判審決(特許有効の結論)に対する審決取消訴訟において、審決を取り消した知財高裁判決である。
 甲1号証に対する進歩性が争われた。明細書には効果に関して「上記の治療方法に従って治療された患者は,全体的に改善された生存者,及び/又は腫瘍の進行時間(TTP)の延長を示すであろう。」という記載はあるが具体的な数値データは示されていない。本発明の効果の顕著性を証明するために特許権者が提出した出願後の刊行物(乙1号証等)を証拠として考慮すべきかどうかが争点の1つとなった。
 特許庁審決では、出願後の刊行物を本発明の効果を裏付ける証拠として考慮した。一方、知財高裁は、明細書に記載の定性的効果を示すという限度において参酌することができるにとどまるとし判断した。
2.本件特許発明1
「ErbB2タンパク質が発現した乳腫瘍であると診断されたヒトの患者を治療するための,治療的有効量のヒト化4D5抗ErbB2抗体を含有してなる医薬であって,該治療が(a)該医薬によって患者を治療する,(b)外科的に腫瘍を除去する,及び(c)該医薬又は化学療法剤によって患者を治療するという工程を順次行うことを含む治療である,医薬。」
3.明細書に記載の効果
 本件訂正明細書の実施例には,・・・抗HER2抗体を,随意的にパクリタキセル(TAXOL(登録商標))と組み合わせて手術前に患者に適用した効果を示すものとして,「上記の治療方法に従って治療された患者は,全体的に改善された生存者,及び/又は腫瘍の進行時間(TTP)の延長を示すであろう。」と記載されている(【0119】)。
 しかし、記載されている効果は上記の「定性的」な効果にとどまり、効果の程度を示す「定量的」データは明細書には示されていない。
4.審決の判断(出願後に公開の文献乙1等を考慮)
 審決では以下の通り、出願後に公開された論文を、上記段落0119に記載の効果を裏付ける証拠として考慮した。
「無効理由1についての判断で先に述べたとおり,本件特許発明1は,相違点1,すなわち,ヒト化4D5抗ErbB2抗体を含有してなる医薬を,(a)該医薬によって患者を治療する,(b)外科的に腫瘍を除去する,及び(c)該医薬又は化学療法剤によって患者を治療するという工程を順次行う治療に適用する点で,甲1発明と相違する。
 そして,本件特許発明1は,この点を採用することにより,本件訂正明細書に記載の「全体的に改善された生存者,及び/又は腫瘍の進行時間(TTP)の延長を示すであろう。」(段落【0119】)なる効果を奏する,とされるものであり,これらの効果は,乙第1~5号証において実際に確認されているといえるから,乙第1~5号証にて示されたトラスツズマブの効果は,本件特許発明1の効果として参酌すべきものである。そして,乙第1号証においては,手術可能乳がんを有する患者におけるpCRの改善幅が41.7%(66.7%(トラスツズマブ+化学療法群,n=16)-25%(化学療法群,n=18))であったことや,40.4%(66.7%(トラスツズマブ+化学療法群,n=23)-26.3%(化学療法群,n=19))であったことが示され,乙第3号証には,局所進行又は炎症性乳がん患者におけるpCRの改善幅が,乳房組織において21%(43%(トラスツズマブ併用)-22%(非併用))であったことや,乳房組織及び腋窩リンパ節の全体において19%(38%(トラスツズマブ併用)-19%(非併用)=19%)であったこと,及び,3年無イベント生存率の改善が示されている(なお,著者及び記載内容からみて乙第3号証と関連する,乙第2号証にも「NOAH試験」なる研究における乙第3号証と類似の結果が記載されているものと認められる。)。」
5.裁判所の判断
「イ 被告は,本件訂正明細書の発明の効果の定性的な記載に基づき,具体的な実験データを参照することは妥当であるから,甲17,19〔審判乙1,3〕に基づき本件特許発明1には顕著な効果があるなどと主張する。
 しかし,前記アのとおり,本件訂正明細書の記載及びこれから推論できる本件特許発明1の効果は,本件特許発明1の医薬がこれを投与しない場合と比較して生存率の改善及び腫瘍の進行時間(TTP)の延長という定性的効果を有することにとどまる。そこで,本件優先日後の刊行物である甲17,19〔審判乙1,3〕の実験データを,本件訂正明細書の記載の範囲で,上記定性的効果を示すという限度において参酌するとしても,前記アのとおり,上記定性的効果は当業者が予測可能なものであるから,顕著な効果を示すものということはできない。他方,甲17,19〔審判乙1,3〕の実験データを,上記定性的効果を超えて参酌することは,本件訂正明細書の記載の範囲を超えるものであるから,これを本件特許発明1の効果として参酌することはできない。その余の本件優先日後の刊行物である甲18,20,21〔審判乙2,4,5〕についても,同様である。
 したがって,本件優先日後の刊行物である甲17~21〔審判乙1~5〕については,その具体的内容を検討するまでもなく,本件特許発明1に顕著な効果があることを示すものということはできない。」