2018年9月2日日曜日

公知情報に基づく補正が新規事項追加でないと判断された事例


知財高裁平成30年8月22日判決

平成29年(行ケ)第10216号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本判決は、明確性欠如の拒絶を解消するために特許出願人がした補正が新規事項追加であると判断した拒絶審決の取り消しを求めた審決取消訴訟の知財高裁判決である。知財高裁は、補正は新規事項追加には該当しない適法なものであると判断し、審決を取り消した。

 「撹拌羽の左右方向の幅は,全幅58mm,支軸直径6mm,支軸と羽との間隔(隙間)16mm,羽の幅10mmである」という特徴(特定事項a)を追加した補正が新規事項に該当するか否かが争点。この具体的な寸法は明細書には記載されていないが、撹拌羽に関する公知情報を考慮すれば補正は新規事項に該当しないと判断された。

 

2.本件補正の内容(下線部が本件補正による補正部分)

「請求項1

「アルカリ剤を含有する第1剤と酸化剤を含有する第2剤を含んで構成されると

共に,

 前記第1剤と前記第2剤の混合液中に,

 (A)カチオン性界面活性剤0.05~10質量%

 B)アニオン性界面活性剤0.~10質量%

 高級アルコール及びシリコーン類を含む,常温(25℃)で液状である油性成分0.01~1質量%,並びに,

 エタノール,イソプロパノール,プロパノール,ブチルアルコール,ベンジルアルコールから選択される溶剤0.1~20質量%を含有し,

 その各剤の混合液をノンエアゾールフォーマー容器から泡状に吐出して用いる染毛剤であって,前記ノンエアゾールフォーマー容器から吐出した泡をそのまま下記の特定の撹拌条件下で撹拌したとき,撹拌直後の泡(a)の体積に対する撹拌後40分経過時の泡(b)の体積の比率b/aが0.7~1の範囲内であることを特徴とする染毛剤。

 撹拌条件:前記吐出直後の泡150mlを,200ml容で内径がほぼ6cmの円筒形容器(例えばビーカー)に収容する。次いで,日光ケミカルズ(株)製の市販乳化試験器ET-3A型の回転軸に取付けた撹拌羽を,その回転中心が円筒形容器の中心線と一致するように,かつその下端部が円筒形容器の底部との間に僅かなクリアランスを残すように,円筒形容器内部に位置決めする。撹拌羽は,回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したものである(撹拌羽の左右方向の幅は,全幅58mm,支軸直径6mm,支軸と羽との間隔(隙間)16mm,羽の幅10mmである。)。撹拌羽の回転半径は円筒形容器の半径より僅かに(数mm程度)小さく,対の羽部の上下方向の幅は円筒形容器に収容した泡の液面に達するサイズである。このように撹拌羽を位置決めしたもとで,25℃の雰囲気中,撹拌羽を150rpmの回転速度で3分間回転させ,泡を撹拌する。」

 

3.争点

 「撹拌羽の左右方向の幅は,全幅58mm,支軸直径6mm,支軸と羽との間隔(隙間)16mm,羽の幅10mmである」という特徴(特定事項a)を追加した補正が新規事項に該当するか否か。

 

 明細書中には、「日光ケミカルズ(株)製の市販乳化試験器ET-3A型の回転軸に取付けた撹拌羽」を用いることは記載されている。しかし、「撹拌羽」の具体的な寸法について何ら記載されていない。

 審決では、本補正は新規事項追加に該当すると判断した。

 

4.裁判所の判断のポイント

 知財高裁は、日光ケミカルズ(株)製の市販乳化試験器ET-3A型についての技術常識を考慮して、特定事項aは新規事項ではなく、補正は適法であると判断した。

日光ケミカルズが販売するET-3Aには,100,200,300,500mlの大きさのビーカーにそれぞれ対応した,4種類の本件撹拌羽根が付属品として必ず添付されており,その形状,寸法は発売開始当初から現在までの間に変更されていない上,これまでに顧客の要望に応じて撹拌羽根の形状,寸法が変更されたということもない。(甲13,18)

 本件撹拌羽根は,4種類いずれもが回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したものであり,原告が所持している200mlビーカー用の本件撹拌羽根13本の寸法は以下のとおりである・・・。

・・・・

 特許請求の範囲等の補正は,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならないところ(特許法17条の2第3項),上記の「最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書,特許請求の範囲又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項を意味し,当該補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は「明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる(知財高裁平成18年(行ケ)第10563号同20年5月30日特別部判決・判例タイムズ1290号224頁参照)。

 これを本件についてみるに,前記で認定したような本願発明において,撹拌羽根の形状,寸法等の撹拌条件は発明特定事項として重要な要素といえるところ,当初明細書等に本件撹拌羽根を用いることは明示されていない。しかし,当初明細書の【0012】には,①撹拌にET-3Aを用いること,②「撹拌羽」は,回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設した「撹拌羽」であること,③「撹拌羽」の回転半径は,内容量が200mlで内径約6cmのビーカー等の円筒形容器の半径(約3cm)より僅かに小さいことが記載されているところ,前記(1)イの事実によると,当初明細書に記載されている上記「撹拌羽」の形状,寸法は,ET-3Aの付属品である200mlビーカー用の本件撹拌羽根のそれと一致するものである。また,前記(1)イの事実によると,ET-3Aは,昭和60年頃から長年にわたって販売されており,多数の当業者によって使用されてきたと推認される実験用の機械であるところ,販売開始以来,付属品である本件撹拌羽根の形状,寸法に変更が加えられたことは一度もなく,しかも,遅くとも平成17年7月頃には,本件撹拌羽根は,ET-3Aとともに日光ケミカルズのカタログに掲載されていた。さらに,当初明細書の記載に適合するような形状,寸法のET-3A用の撹拌羽根が,ET-3A本体とは別に市販されていたことは証拠上認められない。

 以上の事実を考え併せると,当業者が,当初明細書等に接した場合,そこに記載されている撹拌羽が,ET-3Aに付属品として添付されている200mlビーカー用の本件撹拌羽根を指していると理解することができるものと認められる。そして,特定事項aは,200mlビーカー用の本件撹拌羽根の実寸法を追加するものであるから,特定事項aを本願の請求項1に記載することが,明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で新たな技術的事項を導入するものとはいえず,新規事項追加の判断の誤りをいう原告の主張は理由がある。」