2018年9月29日土曜日

独立特許要件違反による補正却下を違法と判断した知財高裁判決

知財高裁平成30年9月10日判決
平成29年(行ケ)第10213号 審決取消請求事件

1.概要
 本件は審決取消訴訟において拒絶審決が取り消された高裁判決である。
 本事例では、請求項1に係る発明が,特願2010-194145号本件先願の願書に最初に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり,特許法29条の2により,特許を受けることができない、という理由で拒絶査定がされ、出願人(原告)は、拒絶査定不服審判の請求と同時に請求項1を限定的に減縮した。これに対し特許庁は前置審査において、新たに、引用文献1及び2を引用し、補正後の本願発明は進歩性を有していない(特許法29条2項違反)として独立特許要件違反+補正却下+補正前の本願発明は拒絶査定の理由(特許法29条の2違反)で拒絶されるべきものであると指摘した。出願人(原告)は前置審査の結果に対して上申書を提出した。審決では拒絶理由通知が通知されることなく、前置審査と同じ理由で、補正を却下し、拒絶査定とした。
 知財高裁は、「特許出願に対する審査・審判手続の具体的経過に照らし,出願人の防御の機会が実質的に保障されていないと認められるようなときには,同法159条2項により準用される同法50条本文に基づき拒絶理由通知をしなければならず,しないことが違法になる場合もあり得るというべきである」と判断し、審決を取り消した。

2.裁判所の判断のポイント
1 取消事由1(拒絶理由通知欠缺による手続違背)について
(1) 本願について,審決に至る経緯をみると,次のとおりである。
ア 前記第2の1のとおり,本願は,審査段階で本件拒絶理由通知(甲10)を受けたが,その拒絶理由は,①請求項1に係る発明が,特願2010-194145号(特開2012-050540号,本件先願)の願書に最初に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり,特許法29条の2により,特許を受けることができない旨,及び,②請求項1の「有利量」に係る記載について,有利量が具体的に特定されておらず,それぞれの有利量の内容が同じ構成も含まれるが,発明の詳細な説明では,そのような構成については記載も示唆もされていない点において,同法36条6項1号の要件を満たしていない旨の二つであった。
 そして,本件拒絶査定(甲11)は,本件拒絶理由通知記載の上記拒絶理由①を拒絶理由とするものであった。
イ 前記第2の1のとおり,原告は,本件拒絶査定に対し,本件拒絶査定不服審判請求をするとともに,本件補正を行ったことから,本件拒絶査定不服審判請求は,審査官による前置審査に付された。
 そして,審査官は,平成29年2月3日付け前置報告書(甲22)において,①本願補正発明は,新たに引用された文献である特開2008-284231号公報(刊行物1)に基づき,特許法29条1項3号及び同条2項により,独立特許要件を充足しない,②本願補正発明は,構成要件Hの「当該特定演出を実行することで有利量の付与を報知し」との記載中の「有利量」が,特定演出に係る有利量であるのか,特定演出の実行中に決定された有利量であるのかが判断できず,発明が不明確であるから,同法36条6項2号により,独立特許要件を充足しない,③したがって,本件補正は,同法17条の2第6項において準用する同法126条7項に違反するから,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項により却下されるべきものであり,本願は,本件拒絶査定の理由に示したとおり拒絶されるべきものである旨を報告した。

ウ 原告は,平成29年3月30日付け上申書(甲23)を提出し,前記イの前置報告に対し,本願補正発明が新規性及び進歩性を有する旨反論した。
エ 審判合議体は,原告に対し,改めて拒絶理由通知をすることなく,前記第2の1のとおり,平成29年10月11日,本件補正を却下した上,本件拒絶査定不服審判請求は成り立たない旨の審決をした。
 審決は,前記第2の3(1)イのとおり,本願補正発明が刊行物1に基づき特許法29条1項3号及び同条2項により独立特許要件を充足しないことを,本件補正を却下する理由とした。
(2) 本件補正は,特許法17条の2第1項4号所定の審判請求時補正として同条5項2号所定の限定的減縮を目的とするもの(審判請求時補正〔限定的減縮〕)であるから,同条6項により準用される同法126条7項により,本件補正後における特許請求の範囲に記載されている事項により特定される発明(本願補正発明)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものでなければならない(独立特許要件)。
 また,同法159条2項により準用される同法50条本文は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由(新拒絶理由)を発見した場合は,その新拒絶理由を通知して意見書を提出する機会を与えなければならないとしているが,同法159条2項により読み替えて準用される同法50条ただし書は,同法159条1項により読み替えて準用される同法53条1項による補正却下の決定をするときは,この限りでないとしており,同法159条1項により読み替えて準用される同法53条1項は,審判請求時補正が同法17条の2第6項に違反するときは,決定をもってその補正を却下しなければならないとしている。
 そして,前記(1)のとおり,審決が本件補正を却下する理由とした,①本願補正発明が刊行物1記載の発明と同一であること(同法29条1項3号),②本願補正発明が刊行物1記載の発明に基づいて容易に発明をすることができたこと(同条2項)は,本件拒絶査定の理由と異なる拒絶の理由(新拒絶理由)であるとともに,独立特許要件違反の理由ともなるものである。
 そこで,審判合議体は,同法159条2項により準用される同法50条本文により拒絶理由通知をすべき義務は,同法159条2項により読み替えて準用される同法50条ただし書により適用がないものとして,前記第2の3(1)のとおり,審決において,本件補正が同法17条の2第6項により準用する同法126条7項に違反することを理由として,同法159条1項により読み替えて準用する同法53条1項を適用して本件補正を却下したものである。
(3) しかし,特許法50条本文は,拒絶査定をしようとするときは,出願人に対し拒絶理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならないと規定し,拒絶理由を通知した場合には,同法17条の2第1項1号又は3号により出願人には上記指定期間内に補正をする機会が与えられる。これは,出願人に対し意見書の提出及び補正による拒絶理由の解消の機会を与えて,出願人の防御の機会を保障するとともに,その意見書を基にして審査官が再審査をする機会とする趣旨であると解される。そして,同法50条本文は,同法159条2項により拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由(新拒絶理由)を発見した場合に準用されており,上記の出願人の防御の機会の保障という趣旨は,拒絶査定不服審判において新拒絶理由が発見された場合にも及ぶものである。
 また,同法53条1項(同法159条1項により読み替えて準用される場合を含む。)により特許請求の範囲の記載についてした補正が却下された場合には,既に拒絶理由が通知された補正前の特許請求の範囲の記載(以下,「補正前クレーム」という。)により拒絶理由の有無が判断されることになるから,拒絶査定又は拒絶査定不服審判請求不成立審決に至ることが少なくないが,審査段階において同法17条の2第1項3号所定の補正(以下,「3号補正」という。)がされた場合には,従前の拒絶理由通知に示されていなかった新たな刊行物(以下,「新規引用文献」という。)に基づく独立特許要件違反を理由として,その3号補正が却下され,補正前クレームに基づいて拒絶査定がされたとしても,拒絶査定不服審判請求等において補正後の特許請求の範囲の記載(以下,「補正後クレーム」という。)に基づく独立特許要件違反の判断の当否や補正前クレームに基づく拒絶理由の判断の当否を争い得ることに加え,審判請求時補正により,新規引用文献に基づく拒絶理由を回避するための補正をする機会がある。これに対し,新規引用文献に基づく独立特許要件違反を理由として,審判請求時補正が却下され,補正前クレームに基づいて拒絶査定不服審判請求不成立審決がされてしまうと,審決取消訴訟において補正後クレームに基づく独立特許要件違反の判断の当否や補正前クレームに基づく拒絶理由の判断の当否を争うことはできるものの,審査段階における3号補正の場合とは異なり,新規引用文献に基づく拒絶理由を回避するための補正をする機会が残されていない点において,出願人にはより過酷であるということができる。
 さらに,同法53条1項(同法159条1項により読み替えて準用される場合を含む。)において,3号補正及び審判時請求補正が独立特許要件に違反しているときはその補正を却下しなければならない旨が定められ,同法50条ただし書(同法159条2項により読み替えて準用される場合を含む。)において,同法53条1項(同法159条1項により読み替えて準用される場合を含む。)により3号補正及び審判請求時補正を却下する決定をするときは拒絶理由通知を要しない旨が定められたのは,平成5年改正によるものであるが,同改正においては,3号補正及び審判請求時補正については,既に行われた審査結果を有効に活用することができる範囲とするとの観点から,その目的を特定のものに限定することが定められ(目的要件の創設),その一つとして限定的減縮が定められた(平成5年法による改正後の特許法17条の2第3項2号。この規定が平成6年法律第116号による特許法改正によって現行特許法17条の2第5項2号の規定となったが,実質的な変更を伴うものではない。)。このような改正経緯に照らすと,平成5年改正は,審判請求時補正〔限定的減縮〕においては,審査段階における先行技術調査の結果を利用することを想定していたことが明らかであり,審判請求時補正〔限定的減縮〕を却下する際に,独立特許要件の判断において,審査段階において提示されていなかった新規引用文献を主たる引用例とするなど,審査段階において全く想定されていなかった判断をすることは,平成5年改正の本来の趣旨に沿わないものということができ,そのような場合に,同法159条2項により読み替えて準用される同法50条ただし書をそのまま適用することについては,慎重な検討を要するものということができる。
 加えて,平成5年改正により,同法50条ただし書(同法159条2項により読み替えて準用される場合を含む。)において,同法53条1項(同法159条1項により読み替えて準用される場合を含む。)により3号補正及び審判請求時補正を却下する決定をするときは拒絶理由通知を要しない旨が定められたのは,再度拒絶理由が通知され,審理が繰り返し行われることを回避する点にあると解される。もとより,審理が繰り返し行われることを回避することにより,審査・審判全体の効率性を図ることは,重要ではあるが,新規引用文献に基づく独立特許要件違反を理由として審判請求時補正を却下せずに,この新規引用文献に基づく拒絶理由を通知したとしても,限定的減縮である審判請求時補正による補正後クレームについて,特許法17条の2第3項~6項による制限の範囲内で補正することができるにすぎないから,審理の対象が大きく変更されることは考え難く,そのような審理の繰返しを避けるべき強い理由があるということはできない。他方,前記のとおり,新規引用文献に基づく独立特許要件違反を理由として,審判請求時補正が却下されて,補正前クレームに基づいて拒絶査定不服審判請求不成立審決がされた場合には,新規引用文献に基づく独立特許要件違反を理由として,審査段階における3号補正が却下されて,補正前クレームに基づいて拒絶査定がされた場合とは異なり,新規引用文献に基づく拒絶理由を回避するための補正の機会が残されていない点において,出願人にはより過酷であり,この補正の機会の有無により,最終的に特許査定を得られるか否かが左右されるという重大な結果を招く可能性もある。
 なお,平成27年9月改訂の審査基準では,限定的減縮を目的とする3号補正について,補正後クレームに新規性(同法29条1項),進歩性(同条2項),拡大先願(同法29条の2)及び先願(同法39条)に係る拒絶理由が存在する場合で,補正前クレームに係る最後の拒絶理由通知において,上記拒絶理由に対応する拒絶理由を通知していなかったときは,その理由で補正を却下してはならず,補正後クレームに基づいて拒絶理由通知をするものとされている(甲25,乙7)。
 以上の諸点を考慮すると,特許法159条2項により読み替えて準用される同法50条ただし書に当たる場合であっても,特許出願に対する審査・審判手続の具体的経過に照らし,出願人の防御の機会が実質的に保障されていないと認められるようなときには,同法159条2項により準用される同法50条本文に基づき拒絶理由通知をしなければならず,しないことが違法になる場合もあり得るというべきである。
(4) 本件においては,前記(1)のとおり,本件拒絶査定の理由は,本件先願を理由とする拡大先願(特許法29条の2)であるのに対し,審決が本件補正を却下した理由は,刊行物1を理由とする新規性欠如(同法29条1項3号)及び進歩性欠如(同条2項)であって,適用法条も,引用文献も異なるものである。刊行物1は,本件補正を受けた前置報告書において初めて原告に示されたものであるが,刊行物1に基づく拒絶理由通知はされていないことから,原告には,刊行物1に基づく拒絶理由を回避するための補正をする機会はなかった。
 なお,刊行物1の出願人は原告自身ではあるものの,後記2のとおり,刊行物1記載の引用発明1及び引用発明2は,本願補正発明の「特定演出」又は「特別演出」の構成を欠くものと認められ,「特定演出」及び「特別演出」は本願発明の発明特定事項でもあることからすると,原告において,本件補正までに,刊行物1に基づく拒絶理由を回避するための補正をしておくべきであったものということもできず,その他,刊行物1に基づく拒絶理由通知がなくても原告の防御の機会が実質的に保障されていたと認められる特段の事情も見当たらない。
 以上の本願に対する審査・審判手続の具体的経過に照らすと,刊行物1に基づく拒絶理由通知がされていない審決時において,原告の防御の機会が実質的に保障されていないと認められるから,審判合議体は,同法159条2項により準用される同法50条本文に基づき,新拒絶理由に当たる刊行物1に基づく拒絶理由を通知すべきであったということができる。それにもかかわらず,上記拒絶理由通知をすることなく本件補正を却下した審決には,同法159条2項により準用される同法50条本文所定の手続を怠った違法があり,この違法は審決の結論に影響を及ぼすものと認められる。これに反する被告の主張を採用することはできない。
(5) 被告は,原告は,刊行物1に基づく新拒絶理由が記載されている前置報告書(甲22)に対して上申書(甲23)を提出しており,この新拒絶理由に対し意見を述べる機会があったと主張する。
 しかし,原告が上申書により刊行物1に基づく新拒絶理由に対し反論したことは,前記(1)ウのとおりであるが,原告に対し刊行物1に基づく拒絶理由通知はされていないことから,原告には,刊行物1に基づく拒絶理由を回避するための補正をする機会がなかったことに変わりはないのであって,原告の上記反論の存在を加味しても,前記(4)のとおり,刊行物1に基づく拒絶理由通知がされていない審決時において,原告の防御の機会が実質的に保障されていないと認められるとの判断が左右されるものではない。
(6) 以上によると,拒絶理由通知欠缺による手続違背をいう取消事由1は,理由がある。」

2018年9月2日日曜日

公知情報に基づく補正が新規事項追加でないと判断された事例


知財高裁平成30年8月22日判決

平成29年(行ケ)第10216号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本判決は、明確性欠如の拒絶を解消するために特許出願人がした補正が新規事項追加であると判断した拒絶審決の取り消しを求めた審決取消訴訟の知財高裁判決である。知財高裁は、補正は新規事項追加には該当しない適法なものであると判断し、審決を取り消した。

 「撹拌羽の左右方向の幅は,全幅58mm,支軸直径6mm,支軸と羽との間隔(隙間)16mm,羽の幅10mmである」という特徴(特定事項a)を追加した補正が新規事項に該当するか否かが争点。この具体的な寸法は明細書には記載されていないが、撹拌羽に関する公知情報を考慮すれば補正は新規事項に該当しないと判断された。

 

2.本件補正の内容(下線部が本件補正による補正部分)

「請求項1

「アルカリ剤を含有する第1剤と酸化剤を含有する第2剤を含んで構成されると

共に,

 前記第1剤と前記第2剤の混合液中に,

 (A)カチオン性界面活性剤0.05~10質量%

 B)アニオン性界面活性剤0.~10質量%

 高級アルコール及びシリコーン類を含む,常温(25℃)で液状である油性成分0.01~1質量%,並びに,

 エタノール,イソプロパノール,プロパノール,ブチルアルコール,ベンジルアルコールから選択される溶剤0.1~20質量%を含有し,

 その各剤の混合液をノンエアゾールフォーマー容器から泡状に吐出して用いる染毛剤であって,前記ノンエアゾールフォーマー容器から吐出した泡をそのまま下記の特定の撹拌条件下で撹拌したとき,撹拌直後の泡(a)の体積に対する撹拌後40分経過時の泡(b)の体積の比率b/aが0.7~1の範囲内であることを特徴とする染毛剤。

 撹拌条件:前記吐出直後の泡150mlを,200ml容で内径がほぼ6cmの円筒形容器(例えばビーカー)に収容する。次いで,日光ケミカルズ(株)製の市販乳化試験器ET-3A型の回転軸に取付けた撹拌羽を,その回転中心が円筒形容器の中心線と一致するように,かつその下端部が円筒形容器の底部との間に僅かなクリアランスを残すように,円筒形容器内部に位置決めする。撹拌羽は,回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したものである(撹拌羽の左右方向の幅は,全幅58mm,支軸直径6mm,支軸と羽との間隔(隙間)16mm,羽の幅10mmである。)。撹拌羽の回転半径は円筒形容器の半径より僅かに(数mm程度)小さく,対の羽部の上下方向の幅は円筒形容器に収容した泡の液面に達するサイズである。このように撹拌羽を位置決めしたもとで,25℃の雰囲気中,撹拌羽を150rpmの回転速度で3分間回転させ,泡を撹拌する。」

 

3.争点

 「撹拌羽の左右方向の幅は,全幅58mm,支軸直径6mm,支軸と羽との間隔(隙間)16mm,羽の幅10mmである」という特徴(特定事項a)を追加した補正が新規事項に該当するか否か。

 

 明細書中には、「日光ケミカルズ(株)製の市販乳化試験器ET-3A型の回転軸に取付けた撹拌羽」を用いることは記載されている。しかし、「撹拌羽」の具体的な寸法について何ら記載されていない。

 審決では、本補正は新規事項追加に該当すると判断した。

 

4.裁判所の判断のポイント

 知財高裁は、日光ケミカルズ(株)製の市販乳化試験器ET-3A型についての技術常識を考慮して、特定事項aは新規事項ではなく、補正は適法であると判断した。

日光ケミカルズが販売するET-3Aには,100,200,300,500mlの大きさのビーカーにそれぞれ対応した,4種類の本件撹拌羽根が付属品として必ず添付されており,その形状,寸法は発売開始当初から現在までの間に変更されていない上,これまでに顧客の要望に応じて撹拌羽根の形状,寸法が変更されたということもない。(甲13,18)

 本件撹拌羽根は,4種類いずれもが回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したものであり,原告が所持している200mlビーカー用の本件撹拌羽根13本の寸法は以下のとおりである・・・。

・・・・

 特許請求の範囲等の補正は,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならないところ(特許法17条の2第3項),上記の「最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書,特許請求の範囲又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項を意味し,当該補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は「明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる(知財高裁平成18年(行ケ)第10563号同20年5月30日特別部判決・判例タイムズ1290号224頁参照)。

 これを本件についてみるに,前記で認定したような本願発明において,撹拌羽根の形状,寸法等の撹拌条件は発明特定事項として重要な要素といえるところ,当初明細書等に本件撹拌羽根を用いることは明示されていない。しかし,当初明細書の【0012】には,①撹拌にET-3Aを用いること,②「撹拌羽」は,回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設した「撹拌羽」であること,③「撹拌羽」の回転半径は,内容量が200mlで内径約6cmのビーカー等の円筒形容器の半径(約3cm)より僅かに小さいことが記載されているところ,前記(1)イの事実によると,当初明細書に記載されている上記「撹拌羽」の形状,寸法は,ET-3Aの付属品である200mlビーカー用の本件撹拌羽根のそれと一致するものである。また,前記(1)イの事実によると,ET-3Aは,昭和60年頃から長年にわたって販売されており,多数の当業者によって使用されてきたと推認される実験用の機械であるところ,販売開始以来,付属品である本件撹拌羽根の形状,寸法に変更が加えられたことは一度もなく,しかも,遅くとも平成17年7月頃には,本件撹拌羽根は,ET-3Aとともに日光ケミカルズのカタログに掲載されていた。さらに,当初明細書の記載に適合するような形状,寸法のET-3A用の撹拌羽根が,ET-3A本体とは別に市販されていたことは証拠上認められない。

 以上の事実を考え併せると,当業者が,当初明細書等に接した場合,そこに記載されている撹拌羽が,ET-3Aに付属品として添付されている200mlビーカー用の本件撹拌羽根を指していると理解することができるものと認められる。そして,特定事項aは,200mlビーカー用の本件撹拌羽根の実寸法を追加するものであるから,特定事項aを本願の請求項1に記載することが,明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で新たな技術的事項を導入するものとはいえず,新規事項追加の判断の誤りをいう原告の主張は理由がある。」