2017年2月12日日曜日

請求項中での「効果」の特定が有利に働いた事例

知財高裁平成29年1月24日判決
平成28年(行ケ)第10080号審決取消請求事件

1.概要
 本事例は、被告が有する特許権に対する無効審判審決(権利有効の審決)の審決取り消し訴訟において、審決が維持された事例である。
 原告が主張する審決取消理由の1つに実施可能要件違反に関するものがある。本件発明1は下記の通り、構成要件AGは通常の構成要件であるが、Hは発明の効果を特定する。そして、構成要件ACEは数値範囲を含む。
 原告は、「前記最高点と前記底部との間の距離は1~10cmの範囲」といる構成要件Aに関して、明細書記載の具体例における「5cm」を、数値範囲内の「1cm」に変更し、他の構成要件のパラメーターを変更しなかった場合、Hの効果が生じない場合があり得ることなどを理由に、実施可能要件欠如を主張した。
 これに対して、裁判所は「本件発明1は,構成要件A~構成要件Gの各構成を適宜調整することにより構成要件Hの効果を奏するとする発明であるから,構成要件Aで限定する数値を変更すれば,それに伴い,構成要件B~Gの各構成もその規定する範囲内で適宜変更する必要が生じ得る。したがって,仮に,構成要件Aの規定する凸部プラテンの凸部の高さを変更し,他の条件をそのままにした場合に構成要件Hの効果を奏しない事例が生じたからといって,本件発明1がサポート要件や実施可能要件を欠くと見るべき理由はない。」と判断し、原告の主張は妥当でないと結論付けた。
 構成要件Hとして発明の効果が記載されていなければ、このような判断はされないはずであり、特許権者は構成要件Hの存在により救われたといえる。装置クレームにおける、装置の用途の特定も同様に、装置の構成を用途に適したものに特定する意味がある。

2.本件発明1(下線は強調のために本ブログで独自に付加したもの)
「A 上部ベールプラテンおよび底部ベールプラテンを備えたベールプレスを供給する工程であって,前記各プラテンは凸型表面を有し,前記凸型表面は最高点および底部を有し,前記最高点と前記底部との間の距離は1~10cmの範囲である工程,
B 前記ベールプレスにセルロースアセテートの繊維材料を供給する工程,
C 前記ベールプレスにより482.6~4826.3kPa(70~700psi)の範囲の総圧力をかけて,前記セルロースアセテートの繊維材料を1秒~数分間圧縮する工程,
D これによって高圧縮されたセルロースアセテートの繊維材料を形成する工程,
E 高圧縮されたセルロースアセテートの繊維材料を高さにして0~25%広げるように圧力を除去する工程であって,これにより広がった高圧縮されたセルロースアセテートの繊維材料を形成する工程,
F 前記広がった高圧縮されたセルロースアセテートの繊維材料を包装材料で包装する工程,
G および前記包装材料を締める工程,
H を含むセルロースアセテートの繊維ベールの製造方法であって,前記ベールプレスから出て48時間後の前記高圧縮された繊維ベールの湾曲の高さが,平坦プラテンによって圧縮されたベールの湾曲の高さの50%以下である,方法。」

3.原告の主張
「凸部プラテンの凸部の高さが約5cmのときの48時間後の繊維ベールの湾曲の高さが3cm(【0019】【0022】)であるならば,凸部プラテンの高さが1cmのときのそれは3cmを超えることは明らかである。そうすると,この場合のベールの湾曲の高さは,平坦プラテンによって圧縮されたときの48時間後の繊維ベールの湾曲の高さ6cmの50%以下になっていない(3cm超÷6cm>50%)。したがって,構成要件Aを充足する場合で構成要件Hを充足する場合が本件明細書に示されていないし,どのようにして実施できるかとの十分な記載もない。」

4.裁判所の判断
「また,原告は,凸部プラテンの凸部の高さが約5cmのときの48時間後の繊維ベールの湾曲の高さが3cmであるならば,凸部プラテンの高さが1cmのときのそれは3cmを超えるから,平坦プラテンによって圧縮されたときの48時間後の繊維ベールの湾曲の高さ6cmの50%以下になっておらず,構成要件Aを充足する場合で構成要件Hを充足する場合が本件明細書に示されていないと主張する。
 しかしながら,本件発明1は,構成要件A~構成要件Gの各構成を適宜調整することにより構成要件Hの効果を奏するとする発明であるから,構成要件Aで限定する数値を変更すれば,それに伴い,構成要件B~Gの各構成もその規定する範囲内で適宜変更する必要が生じ得る。したがって,仮に,構成要件Aの規定する凸部プラテンの凸部の高さを変更し,他の条件をそのままにした場合に構成要件Hの効果を奏しない事例が生じたからといって,本件発明1がサポート要件や実施可能要件を欠くと見るべき理由はない。


2017年2月1日水曜日

多数の文献を組み合わせて進歩性を否定することの適法性


知財高裁平成25年9月30日判決

平成25年(行ケ)第10013号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本件は、進歩性欠如を理由とする拒絶審決に対する審決取消訴訟において、審決が維持された事例である。

 本願請求項1に記載の発明は、「厚労省認定の発毛有効成分 イソプロピルメチルフェノール,酢酸トコフェロール,D-パントテニルアルコール,メントールと付随する成分 ボタンエキス,ニンジンエキス,センブリエキス,アデノシン3リン酸2Na,グリシン,セリン,メチオニン,ヒキオコシエキス-1,シナノキエキス,オウゴンエキス,ダイズエキス,アルニカエキス,オドリコソウエキス,オランダカラシエキス,ゴボウエキス,セイヨウキズタエキス,ニンニクエキス,マツエキス,ローズマリーエキス,ローマカミツレエキス,エタノール,水,BG,POPジグリセリルエーテル,POE水添ヒマシ油を配合した事を特徴とする薬用育毛剤。」というものである。

 本願発明の育毛剤には多数の成分が含まれる。審決では進歩性を否定するために引用文献が9件と、周知技術を示す周知文献が3件引用された。

 欧州、米国、中国等の諸外国では「引用文献を多数組み合わせて初めて完成できる発明は進歩性がある」という認識が一般的であるのに対して、日本では正反対に「引用文献が多数あるということは進歩性がない」という意識の人が多いように思う。審査官が「これでもか」という勢いで多数の文献を引用してくることは日本以外では余り経験がない。

 多数の文献を引用すること自体は問題ない、というのが少なくとも日本の特許庁、裁判所の立場であり、本事例においても拒絶審決に違法性はないと裁判所は判断している。

 

2.裁判所の判断のポイント

「原告は,審決は,9個の引用例及び3個の周知文献を組み合わせて,本願発明は容易想到であるとしたが,そのように多数の引用例等の組合せによってようやく想到できる発明を容易想到であるとすることは誤りであると主張する。

 しかし,本件においては,相違点における各成分の多くは育毛剤に配合される成分であることが複数の文献に記載されており,これらの成分は育毛剤に配合される成分として周知であること,育毛剤においては,同種の作用を有する複数の成分や異なる作用を有する成分等を複合的に使用することが周知であることを立証するために,引用例1ないし8及び周知文献AないしCが用いられていることに照らすならば,引用例等として多数の文献が用いられていることをもって,容易想到ではないということはできない。