2017年10月29日日曜日

医薬用途発明を裏付ける具体例が記載されていないことを理由に実施可能性要件違反とされた事例

知財高裁平成29年10月13日判決 平成28年(行ケ)第10216号 審決取消請求事件

1.概要
 本事例は、医薬用途発明に係る特許出願が実施可能要件違反であることを理由とした拒絶審決に対する特許出願人による審決取消訴訟において、拒絶審決は適法と判断された事例である。
 明細書中には医薬としての有用性を確認したことを示す実験について記載があるものの、使用した医薬組成物の具体的な組成が記載されていなかった。審決、判決ともに、実施可能要件欠如との判断を示した。
2.本願発明
「対象における,更年期,加齢,筋骨格障害,気分変動,認知機能低下,神経障害,精神障害,甲状腺障害,過体重,肥満,糖尿病,内分泌障害,消化器系障害,生殖障害,肺障害,腎疾患,眼障害,皮膚障害,睡眠障害,歯科疾患,癌,自己免疫疾患,感染症,炎症性疾患,高コレステロール血症,脂質異常症,または心血管疾患から選択される医学的状態の予防および/または治療における使用のための,異なる供給源に由来する脂質の混合物を含む脂質含有配合物であって,前記配合物は,ある用量のω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸を含み,ω-6対ω-3の比が4:1以上であり:
(i)ω-3脂肪酸は,総脂質の0.1~20重量%であるか;または
(ii)ω-6脂肪酸の用量は,40g以下である,脂質含有配合物。」
3.審決の理由
実施可能要件違反:本願発明は,医薬用途発明であるから,明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たすためには,出願時の技術常識に照らし,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されている必要があるところ,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討しても,本願発明が,本願発明に係る各医学的状態のうち,内分泌障害,腎疾患,癌を予防および/または治療するとに有用であると当業者が理解できる記載は認められず,そのことが本願出願時の技術常識から明らかであるとする根拠もないから,本願の発明の詳細な説明は,当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものではなく,実施可能要件を満たさない。
4.裁判所の判断のポイント
5.「そして,本願発明のような医薬の用途発明においては,一般に,物質名や成分組成等が示されることのみによっては,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり,当該医薬を当該用途に使用することができない。そのため,医薬の用途発明において実施可能要件を満たすものといえるためには,明細書の発明の詳細な説明が,その医薬を製造することができるだけでなく,出願時の技術常識に照らし,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されている必要がある。
 これを本願発明についてみると,本願発明は,前記1(2)のとおり,ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂質含有配合物において,両者の含有比率及び含有量を前記所定の値とすることを技術的特徴とし,これにより本願発明に係る各医学的状態の予防および/または治療の効果を奏するというものであるから,本願発明について医薬としての有用性があるといえるためには,前記所定の比率及び量のω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂質含有配合物(以下「本願発明に係る配合物」という。)を対象者に用いた場合に,本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じるものであることが必要であり,したがって,本願発明が実施可能要件を満たすものといえるためには,本願明細書の発明の詳細な説明が,本願出願当時の技術常識に照らし,本願発明に係る配合物を使用することによって本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じることを当業者が理解できるように記載されていなければならないものといえる。

「しかるところ,本願発明は,本願発明に係る各医学的状態の予防および/または治療における使用のための配合物として,ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含み,①両者の含有比率につき,ω-6対ω-3の比が4:1以上であること,②両者の含有量につき,(ⅰ)ω-3脂肪酸が総脂質の0.1~20重量%であるか,又は,(ⅱ)ω-6脂肪酸の用量が40g以下であることを特徴とする脂質含有配合物を提供するものであるところ,このような比率及び量のω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂質含有配合物の使用が,本願発明に係る各医学的状態の予防および/または治療の効果を生じさせるということは,本願出願当時における上記(2)イのような技術常識からは考え難い事態ということができる(本願発明に係る配合物には,例えば,ω-6脂肪酸の含有量が40gで,ω-3脂肪酸の含有量が0.1gである配合物(ω-6対ω-3の比が400:1であり,ω-6脂肪酸の用量が40gである配合物)も含まれることとなるが,上記技術常識からすれば,このようにω-3脂肪酸がごくわずかしか含まれず,大部分がω-6脂肪酸からなる配合物が,ω-6脂肪酸の過剰摂取による健康障害の観点から望ましくないものであることは明らかといえる。)。
 したがって,それにもかかわらず,本願発明に係る配合物が医薬としての有用性を有すること,すなわち,本願発明に係る配合物を使用することによって本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じることを当業者が理解できるといえるためには,本願明細書の発明の詳細な説明に,このような効果の存在を裏付けるに足りる実証例等の具体的な記載が不可欠なものといえる。
本願明細書には,実施例11として,「更年期,加齢および筋骨格障害についてのケーススタディー」についての記載があり,そこには,更年期に関連するのぼせを発症している47歳女性に対し,6週間にわたり植物油,種子油,ナッツ及び種子の組合せを補給した結果,のぼせの強さが徐々に低下するなどの改善がみられたことが記載されている。
 しかしながら,上記記載中には,対象に投与した配合物について,「実施例10に記載の1日2回の投与配合物」とされるのみであり,他方,実施例10の記載(段落【0071】及び【0072】)には,投与配合物の原料とその配合割合について,「アーモンド(10%~25%),カシュー(7%~15%)」などの記載はあるものの,含有されるω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸の量及び比率は示されておらず(表20には,「対象の1日当たりの栄養素の重量」が示されているが,これは,「投与された脂質組成物を含めた食餌全体に由来する栄養素」であるから,これによって,投与配合物中のω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸の量及び比率が判明するものではない。),単に「ω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸及びこの組成物に関する場合の比率を最適化することにより」上記の効果が観察されたことが記載され,さらに,「治療の有益な効果が更年期関連の症状に及んだのは,ω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸の補給に由来する性ホルモン様の安定な利益と,抗酸化物質および植物性化学物質に関する最適化が達成されたことによったと思われる。」などの推論が述べられているにすぎない。
 しかるところ,上記のように,対象に投与された配合物中のω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸の量及び比率すら具体的に示されていない実施例の記載では,本願発明に係る配合物(すなわち,ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂質含有配合物において,ω-6対ω-3の比を4:1以上としたもの)を使用することによって更年期障害の予防又は治療の効果が生じることを裏付ける実証例の記載としては不十分といわざるを得ず,このような記載から,当業者が,更年期障害を予防および/または治療することに本願発明が有用であることを理解できるものということはできない。