2017年1月29日日曜日

用語の解釈が審決と高裁とで異なった最近の2事例

1.事例1
知財高裁平成29年1月18日判決
平成28年(行ケ)第10005号 審決取消請求事件

1.1.事例1概要
 事例1は無効審判審決(権利有効の審決)に対する審決取り消し訴訟の高裁判決であり、知財高裁は審決を取り消した。
 本件発明1における高分子化合物の「平均分子量」の明確性が争われた。本願明細書中には「平均分子量」の定義は全く記載されていない。
 審決は明確と判断したが、高裁は不明確と判断した。

1.2.本件発明1(請求項1)
 a)メントール,カンフル又はボルネオールから選択される化合物を,それらの総量として0.01w/v%以上0.1w/v%未満,
b)0.01~10w/v%の塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化ナトリウム,炭酸水素ナトリウム,炭酸ナトリウム,硫酸マグネシウム,リン酸水素二ナトリウム,リン酸二水素ナトリウム,リン酸二水素カリウムから選ばれる少なくとも1種,
および
c)平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩を0.001~10w/v%含有することを特徴とするソフトコンタクトレンズ装用時に清涼感を付与するための眼科用清涼組成物。

1.3.審決の判断
「本件特許明細書の段落【0016】~【0020】には、具体的な販売者名、製品名、グレードとともに、その平均分子量が記載されている。そこで、当該記載と、乙4公知事項、乙5公知事項とを対比すると、各製品の平均分子量はそれぞれ一致し、乙4公知事項、乙5公知事項では、いずれも重量平均分子量が示されているのであるから、当業者は、本件特許における「平均分子量」が、「重量平均分子量」を意味するものと理解すると認められる。」
「本件特許明細書における「平均分子量」の意味を理解するために、当業者であれば、必ずマルハ株式会社ないしマルハニチロ株式会社に問い合わせるともいえない。よって、本件特許出願前に頒布されていない甲第2、43号証を根拠に、本件特許明細書の段落【0021】に記載されたマルハ製品の平均分子量が粘度平均分子量を意味すると当業者が必ず理解するとは認められず、請求人の主張は採用できない。」

1.4.知財高裁の判断
「(5) 明確性要件違反について
 本件特許請求の範囲にいう「平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が,本件出願日当時,「重量平均分子量」,「粘度平均分子量」等のいずれを示すものであるかについては,本件明細書において,これを明らかにする記載は存在しない。もっとも,このような場合であっても,本件明細書におけるコンドロイチン硫酸あるいはその塩及びその他の高分子化合物に関する記載を合理的に解釈し,当業者の技術常識も参酌して,その平均分子量が何であるかを合理的に推認することができるときには,そのように解釈すべきである。しかし,本件においては,次に述べるとおり,「コンドロイチン或いはその塩」の平均分子量が重量平均分子量であるのか,粘度平均分子量であるのかを合理的に推認することはできない。
 前記(2)ないし(4)の認定事実によれば,本件明細書(【0021】)には,「本発明に用いるコンドロイチン硫酸又はその塩は公知の高分子化合物であり,平均分子量が0.5万~50万のものを用いる。より好ましくは0.5万~20万,さらに好ましくは平均分子量0.5万~10万,特に好ましくは0.5万~4万のコンドロイチン硫酸又はその塩を用いる。かかるコンドロイチン硫酸又はその塩は市販のものを利用することができ,例えば,生化学工業株式会社から販売されている,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等),マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)等が利用できる。」という記載がされている。また,本件出願日当時,マルハ株式会社が販売していたコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量は,重量平均分子量によれば2万ないし2.5万程度のものであり,他方,粘度平均分子量によれば6千ないし1万程度のものであったことからすれば,本件明細書のマルハ株式会社から販売される上記「コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)」にいう「平均分子量」が客観的には粘度平均分子量の数値を示すものであると推認される。
 そして,マルハ株式会社は,本件出願日当時,コンドロイチン硫酸ナトリウムの製造販売を独占する二社のうちの一社であって,コンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量を粘度平均分子量のみで測定し,ユーザー(当業者を含む。以下同じ。)から問い合わせがあった場合には,その数値(6千ないし1万程度のもの)をユーザーに提供していたのであり,マルハ株式会社のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量として,同社のコンドロイチン硫酸ナトリウムを利用する当業者に公然と知られていた数値は,このような粘度平均分子量の数値であったと認められる。のみならず,本件出願日当時には,マルハ株式会社から販売されていたコンドロイチン硫酸ナトリウムの重量平均分子量が2万ないし2.5万程度のものであることを示す刊行物が既に複数頒布され,当該数値は,本件明細書にいう0.7万等という数値とは明らかに齟齬するものであることが認められる。これらの事情の下においては,本件明細書の「コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)」という記載に接した当業者は,上記にいう平均分子量が粘度平均分子量を示す可能性が高いと理解するのが自然である。そうすると,当業者は,本件特許請求の範囲の記載について,少なくともコンドロイチン硫酸又はその塩に限っては,重量平均分子量によって示されていることに疑義を持つものと認めるのが相当である。
 したがって,当業者は,本件出願日当時,本件明細書に記載されたその他高分子化合物であるヒドロキシエチルセルロース(【0016】),メチルセルロース(【0017】),ポリビニルピロリドン(【0018】)及びポリビニルアルコール(【0020】)については重量平均分子量で記載されているものと理解したとしても,少なくとも,コンドロイチン硫酸ナトリウムに限っては,直ちに重量平均分子量で記載されているものと理解することはできず,これが粘度平均分子量あるいは重量平均分子量のいずれを意味するものか特定することができないものと認められる。
 以上によれば,本件特許請求の範囲にいう「平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が,本件出願日当時,「重量平均分子量」,「粘度平均分子量」のいずれを示すものであるかが明らかでない以上,上記記載は,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であり,特許法36条6項2号に違反すると認めるのが相当である。」

2.事例2
知財高裁平成29年1月23日判決
平成27年(行ケ)第10010号 審決取消請求事件

2.1.事例2概要
 事例2は無効審判審決(権利有効の審決)に対する審決取り消し訴訟の高裁判決であり、知財高裁は審決を一部取り消した。
 本件発明1における「合金」という用語の明確性が争われた。
 「合金」は一般的には「固溶体,金属間化合物,あるいは金属相の混合物として2種以上の元素を含む金属生成物」と理解される。
 審決では、このような一般的な定義と異なり、本件発明1における「合金」は「金属間化合物」は含まないと解釈したうえで、「合金」という用語を明確と判断した。
 一方、知財高裁は、「合金」という用語自体は明確であり、この点に審決取り消し理由はないと判断したが、本件発明1における「合金」は「金属間化合物」も含むと解釈した点で審決と異なる判断を下した。

2.2.本件発明1(請求項1)
「熱処理用鋼板の表面及び内部の鋼を確実に保護する,亜鉛または亜鉛ベース合金で被覆された圧延熱処理用鋼板の帯材を型打ちすることによって成形された部品を製造する方法であって,
 熱処理用鋼板を裁断して熱処理用鋼板ブランクを得る段階と,
 熱処理用鋼板ブランクを熱間型打ちして部品を得る段階と,
 型打ち前に,腐食に対する保護及び鋼の脱炭に対する保護を確保し且つ潤滑機能を確保する,亜鉛-鉄ベース合金化合物および亜鉛-鉄-アルミニウムベース合金化合物からなる群から選択される合金化合物を熱処理により熱処理用鋼板ブランクの表面に生じさせる段階と,ここで該熱処理は熱処理用鋼板ブランクに800℃~1200℃の高温を2~10分間作用させるものであり,型打ちされた部品を臨界焼入れ速度を上回る速度でさらに冷却する段階と,
 型打ち処理に必要であった熱処理用鋼板の余剰部分を裁断によって除去する段階と,
を含んで成る方法。」

2.4.審決の判断
 本件審決は、「「合金」は,一般の解釈とは異なり,「合金化合物」(金属間化合物)が含まれない」と解釈した上で,上記「亜鉛ベース合金」は,「亜鉛が少なくとも50重量%含まれている固溶体,あるいは金属相の混合物としての金属生成物を意味する」ものとして明確である旨判断した。

2.5.裁判所の判断
「2 取消事由1(明確性要件違反についての判断の誤り)について
(1) 原告は,本件特許の特許請求の範囲における熱処理前の熱処理用鋼板を被覆する「亜鉛ベース合金」の「合金」について,金属間化合物を含むものか,含まないものかが明確ではないから,これを含まないものと一義的に解釈した上で,上記「亜鉛ベース合金」は明確であるとした本件審決の判断は誤りである旨主張する。
(2) そこで,本件特許の特許請求の範囲の記載及び本件明細書の記載から,上記「亜鉛ベース合金」における「合金」の意義がどのように解釈されるべきかにつき検討する。
ア まず,「合金」の用語は,一般に「固溶体,金属間化合物,あるいは金属相の混合物として2個以上の元素を含む金属生成物」(甲39)を意味するものとされるから,一般に「合金」が金属間化合物を含むものであることは,本件特許の優先日前からの技術常識である(このことは,当事者間に争いがない。)。
 したがって,本件特許の特許請求の範囲の「亜鉛ベース合金」における「合金」についても,特段の事情がない限り,上記のような一般的な意味に従って,金属間化合物を含むものとして解釈されるべきである。
イ そこで,本件特許の特許請求の範囲の記載や本件明細書の記載において,上記「亜鉛ベース合金」における「合金」が,一般的な意味とは異なり,金属間化合物を含まないものと解釈されるべきことを根拠づける記載があるか否かにつき検討する。
(ア) 本件特許の特許請求の範囲の記載をみると,請求項1において,熱処理前の熱処理用鋼板を被覆するものとして「亜鉛ベース合金」が特定され,また,請求項3において,「被膜を形成する…亜鉛ベース合金が5μm-30μmの範囲の厚みである」ことが記載されているのみであり,これらの「合金」に金属間化合物が含まれないことを示す特段の記載は認められない。
(イ) 次に,本件明細書の発明の詳細な説明の記載をみるに,本件審決は,段落【0015】及び【0016】の記載から,「合金」の被膜が,熱処理や熱間成形の温度上昇で,鋼と「合金化」して「化合物」を形成することが理解できるから,温度上昇の前後で「合金」と「化合物」は区別され,技術的に異なる意味と解されるとして,熱処理前の「合金」には金属間化合物は含まれない旨判断する。
 しかしながら,熱処理前の「合金」と熱処理後に形成される「化合物」とが技術的に区別されるものであるとしても,そのことから直ちに,熱処理前の「合金」に金属間化合物が含まれないとの解釈が導き出されるものではない。
 すなわち,熱処理用鋼板を被覆する熱処理前の「合金」の被膜が金属間化合物であるとしても,これを熱処理することにより鋼板中の鉄が被膜中に拡散し,鉄の濃度が変化することによって,熱処理前の金属間化合物とは異なる金属間化合物に変化し得ること(例えば,Zn-Fe系金属間化合物の場合,ζ相(FeZn13),δ1相(FeZn7),Γ1相(Fe5Zn21),Γ相(Fe3Zn10)の順に変化すること(甲2,3,71及び乙3))は,本件特許の優先日当時の技術常識である。そして,このような技術常識を前提とすれば,熱処理前の「合金」が金属間化合物であるとしても,これと熱処理後に形成される別の金属間化合物との区別は可能であるし,金属間化合物の被膜が別の金属間化合物に変化することをもって,「被膜は帯材の鋼と合金化した層を形成し,…形成された化合物は…」(本件明細書の段落【0016】)と表現することも格別不自然とはいえない。
 また,本件特許の特許請求の範囲請求項1の記載によれば,熱処理前の「亜鉛ベース合金」についてはその特性等に係る特定がされていないのに対し,熱処理後の「化合物」については,「腐食に対する保護及び鋼の脱炭に対する保護を確保し且つ潤滑機能を確保する」という特性に関する特定がされているのであるから,この点からも,熱処理前の「合金」と熱処理後の「化合物」との区別は可能なものといえる。
 してみると,熱処理前の「合金」と熱処理後に形成される「化合物」とが技術的に区別されるものであるからといって,熱処理前の「合金」に金属間化合物が含まれないと解釈しなければならないとはいえない。
 なお,本件審決は,本件特許の出願人である脱退被告が,出願審査の過程において,熱処理前の「合金」と熱処理後の「金属間化合物」とが区別される旨を主張していたことも上記解釈の理由に挙げるが,そのようなことが,熱処理前の「合金」に金属間化合物が含まれないとの解釈に結びつくものでないことは,上記と同様である。
 さらに,本件明細書の発明の詳細な説明のその他の記載をみても,上記「亜鉛ベース合金」における「合金」を金属間化合物を含まないものと解釈すべきことを根拠づけるに足りる記載は認められない。

ウ 以上によれば,本件特許の特許請求の範囲の記載や本件明細書の記載に照らしても,上記「亜鉛ベース合金」における「合金」について,金属間化合物を含まないものと解釈すべき特段の事情は認められないから,「合金」の意味は,一般的な意味に従って,金属間化合物を含むものと解するのが相当である。