2016年10月30日日曜日

プロダクト・バイ・プロセス・クレームの知財高裁の判断2件

知財高裁平成28年9月20日判決/平成27年(行ケ)第10242号 審決取消請求事件、及び、知財高裁平成28年9月29日判決/平成27年(行ケ)第10184号 審決取消請求事件
1.概要
 プロダクト・バイ・プロセスクレームに関する最高裁判所第二小法廷平成27年6月5日判決は、物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合には、原則として特許請求の範囲の記載が不明確であり特許法36条6項2号の明確性要件違反であるが、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限り,当該特許請求の範囲の記載が明確性要件に適合する旨判示する。
 最近の知財高裁判決では、物に関する特許請求の範囲が製法限定の表現を含んでいたとしても、文言から物の構造が明確に理解できるのであれは、権利者出願人による「不可能・非実際的事情」の立証がなくとも明確性要件違反とはしないと判断しているようである。そのような事例2件を紹介する。

2.知財高裁平成28年9月20日判決/平成27年(行ケ)第10242号 審決取消請求事件

2.1.本件発明1
「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂により形成した細いテープ状部材に,粘着剤を塗着することにより構成した,ことを特徴とする二重瞼形成用テープ。」

2.2.プロダクト・バイ・プロセスクレームに関する裁判所の判断
「(ア)また,原告らは,本件発明1に係る「…細いテープ状部材に,粘着剤を塗着する」との記載は「塗着する」という動作を伴う経時的な要素を記載しているものであるから,本件発明1はプロダクト・バイ・プロセス・クレームに該当するところ,「出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在する」ことはないから,「発明が明確であること」との要件に適合しない旨主張する。
(イ) 物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合(いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの場合)において,当該特許請求の範囲の記載が法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると解される(最高裁判所第二小法廷平成27年6月5日判決・民集69巻4号700頁)ところ,本件発明1に係る上記記載は,これを形式的に見ると,確かに経時的な要素を記載するものということもでき,プロダクト・バイ・プロセス・クレームに該当すると見る余地もないではない。
 しかし,プロダクト・バイ・プロセス・クレームが発明の明確性との関係で問題とされるのは,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されているあらゆる場合に,その特許権の効力が当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物に及ぶものとして特許発明の技術的範囲を確定するとするならば,その
製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが不明であることなどから,第三者の利益が不当に害されることが生じかねないことによるところ,特許請求の範囲の記載を形式的に見ると経時的であることから物の製造方法の記載があるといい得るとしても,当該製造方法による物の構造又は特性等が明細書の記載及び技術常識を加えて判断すれば一義的に明らかである場合には,上記問題は生じないといってよい。そうすると,このような場合は,法36条6項2号との関係で問題とすべきプロダクト・バイ・プロセス・クレームと見る必要はないと思われる。
(ウ) ここで,本件明細書の記載を参酌すると,本件明細書には「二重瞼形成用テープは,図2に示すように,弾性的に伸縮するX方向に任意長のシート状部材11の表裏前面に粘着剤12を塗着…し,これを多数の切断面Lに沿って細片状に切断することにより,極めて容易に製造することができる。」(甲1の段落【0013】)という態様,すなわち,粘着剤を塗着した後,細いテープ状部材を形成する態様を含めて「図1及び図2に示す実施例では,弾性的に伸縮する細いテープ状部材の表裏両面に粘着剤2を塗着している」(同段落【0014】)と記載されている。また,本件発明1は,「テープ状部材の形成」と「粘着剤の塗着」の先後関係に関わらず,テープ状部材に粘着剤が塗着された状態のものであれば二重瞼を形成し得ること,すなわちその作用効果を奏し得ることは明らかである。
 そうすると,本件発明1の「…細いテープ状部材に,粘着剤を塗着する」との記載は,細いテープ状部材に形成した後に粘着剤を塗着するという経時的要素を表現したものではなく,単にテープ状部材に粘着剤が塗着された状態を示すことにより構造又は特性を特定しているにすぎないものと理解するのが相当であり,物の製造方法の記載には当たらない
というべきである。
(エ)したがって,本件発明1は,法36条6項2号との関係で問題とされるべきプロダクト・バイ・プロセス・クレームには当たらない。この点に関する原告らの主張は採用し得ない。」

3.知財高裁平成28年9月29日判決/平成27年(行ケ)第10184号 審決取消請求事件

3.1.本件発明1
「A: ローソク本体から突出した燃焼芯を有するローソクであって, 
B: 該燃焼芯にワックスが被覆され, 
C: かつ該燃焼芯の先端から少なくとも3mmの先端部に被覆されたワックスを,該燃焼芯の先端部以外の部分に被覆されたワックスの被覆量に対し,ワックスの残存率が19%~33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去することにより 
D: 前記燃焼芯を露出させるとともに, 
E: 該燃焼芯の先端部に3秒以内で点火されるよう構成したことを特徴とする 
F: ローソク。」

3.2.プロダクト・バイ・プロセスクレームに関する裁判所の判断
「原告らは,本件発明の「こそぎ落とし又は溶融除去することにより」との記載は,物の製造方法が記載されているプロダクト・バイ・プロセス・クレームであるから,明確性要件に適合しないなどと主張する。
 しかし,証拠(甲25)及び弁論の全趣旨によれば,原告らの上記主張は,本件の特許無効審判において無効理由として主張されたものではなく,当該審判の審理判断の対象とはされていないものと認められるから,もとより本件訴訟の審理判断の対象となるものではなく(最高裁判所昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁参照),失当というほかない。
 なお,この点につき付言するに,PBP最高裁判決は,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合に,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか又はおよそ実際的でないという事情(以下「不可能・非実際的事情」という。)が存在するときに限り,当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう明確性要件に適合する旨判示するものである。このように,PBP最高裁判決が上記事情の主張立証を要するとしたのは,同判決の判旨によれば,物の発明の特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合には,製造方法の記載が物のどのような構造又は特性を表しているのかが不明であり,特許請求の範囲等の記載を読む者において,当該発明の内容を明確に理解することができないことによると解される。そうすると,特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても,当該製造方法の記載が物の構造又は特性を明確に表しているときは,当該発明の内容をもとより明確に理解することができるのであるから,このような特段の事情がある場合には不可能・非実際的事情の主張立証を要しないと解するのが相当である。
 これを本件についてみるに,本件発明の「該燃焼芯にワックスが被覆され,かつ該燃焼芯の・・・先端部に被覆されたワックスを,該燃焼芯の先端部以外の部分に被覆されたワックスの被覆量に対し,ワックスの残存率が19%~33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去することにより前記燃焼芯を露出させる・・・ことを特徴とするローソク」という記載は,その物の製造に関し,経時的要素の記載があるとはいえるものの,ローソクの燃焼芯の先端部の構造につき,ワックスがこそぎ落とされて又は溶融除去されてワックスの残存率が19%ないし33%となった状態であることを示すものにすぎず,仮に上記記載が物の製造方法の記載であると解したとしても,本件発明のローソクの構造又は特性を明確に表しているといえるから,このような特段の事情がある場合には,PBP最高裁判決にいう不可能・非実際的事情の主張立証を要しないというべきである。
 したがって,原告らの主張は,PBP最高裁判決を正解しないものであり,採用することができない。」