2016年9月25日日曜日

医薬用途発明の侵害訴訟での権利範囲

知財高裁平成28年7月28日平成28年(ネ)第10023号特許権侵害差止等請求控訴事件
原審・東京地裁平成28年1月28日平成26年(ワ)第25013号特許権侵害差止等請求事件


1.概要
 本件は、既知物質の1日あたりの用量を特定した医薬用途発明(下記の本件発明)に係る特許権を有する控訴人(一審原告)が、被控訴人(一審被告)の下記被告製品の製造販売が前記特許権を侵害すると主張した侵害訴訟の控訴審判決である。
 一審及び控訴審ともに非侵害と判断した。
 被告製品の添付文書及びインタビューフォームに記載の「標準用量」は、本件発明で規定する用量とは明確に異なるのであるが、投与する医師の裁量で被告製品の用量を調節すれば本件発明の用量と一致する場合もあり得る。
 知財高裁は、用途発明における特許法2条3項にいう「実施」とは,新規な用途に使用するために既知の物質を生産,使用,譲渡等をする行為に限られること、被告製品は標準用量で使用するために製造販売されていることから、前記特許権を侵害しないとの判断を下した。
 知財高裁は、東京地裁とは異なり、用途発明とはそもそも何か?という観点から、控訴人の主張を一蹴している。医薬用途発明に関する数少ない侵害訴訟判決として重要と考え紹介する。


2.本件発明
 控訴人・原告が有する特許第4778108号の請求項1に記載の発明(本件発明)は以下の通り分説される。
A 成人1日あたり0.15~0.75g/kg体重のイソソルビトールを経口投与されるように用いられる(以下「構成要件A」という。)
B (ただし,イソソルビトールに対し1~30質量%の多糖類を,併せて経口投与する場合を除く)ことを特徴とする,
C イソソルビトールを含有するメニエール病治療薬。


3.被告製品
 被控訴人・被告らは,メニエール病改善剤(メニエール病治療薬)としての機能を有する薬剤として,昭和43年6月1日から被告製品1を,平成20年7月1日から被告製品2を,平成22年3月19日から被告製品3をそれぞれ製造販売している。
 被告製品の添付文書及びインタビューフォームにおけるメニエール病についての用法用量の記載は,「1日体重当り1.5~2.0mL/kgを標準用量とし,通常成人1日量90~120mLを毎食後3回に分けて経口投与する。症状により適宜増減する。」というものである。

 被告製品の「標準用量」は本件発明の構成要件Aの用量を大きく上回り、同一ではない。
 控訴人・原告は、被告製品は「症状により適宜増減する」ように用いられるものであるから、構成要件Aを充足すると主張した。


4.裁判所の判断のポイント
「(4) 用途発明とは,既知の物質について未知の性質を発見し,当該性質に基づき顕著な効果を有する新規な用途を創作したことを特徴とするものであるから,用途発明における特許法2条3項にいう「実施」とは,新規な用途に使用するために既知の物質を生産,使用,譲渡等をする行為に限られると解するのが相当である。
 これを本件についてみるに,上記(2)及び(3)によれば,本件発明は,作用発現までに長時間要するという従来のメニエール病治療薬の課題を解決するために,既知の物質であるイソソルビトールの1日当たりの用量を従来の「1.05~1.4g/kg体重」から,構成要件Aにいう「0.15~0.75g/kg体重」という範囲に減少させることによって,血漿AVPの発生を防ぐなどして迅速な作用を発現させるとともに,長期投与に適したメニエール病治療薬を提供するというものである。そうすると,本件発明は,イソソルビトールという既知の物質について投与量を減少させると血漿AVPの発生を防ぎ,かえって内リンパ水腫減荷効果を促進させるという未知の性質を発見し,当該性質に基づきイソソルビトールの投与量を減少させることによって,即効性を有しかつ長期投与に適するメニエール病治療薬としての顕著な効果を有する新規な用途を創作したことを特徴とするものであるから,本件発明は,イソソルビトールという既知の物質につき新規な用途を創作したことを特徴とする用途発明であるものと認められる。
 そして,前記第2の1(3)イの前提事実によれば,被告製品の添付文書及びインタビューフォームにおける用法用量は,1日体重当り1.5~2.0mL/kgを標準用量とするものであって,かえって,本件明細書にいう従来のイソソルビトール製剤の用量をも超えるものであるから,構成要件Aによって規定された上記用途を明らかに超えるものと認められる。
 以上によれば,被告は,イソソルビトールについての上記新規な用途に使用するために,これを含む被告製品を製造販売したものということはできないから,被告製品を製造販売をする行為は,本件発明における特許法2条3項の「実施」に該当するものと認めることはできない。」
「(5) これに対し,原告は,①構成要件Aの解釈に関し,漸減の結果,投与量が構成要件A所定の範囲内に至った場合も含まれる・・・・と主張する。
 そこで判断するに,上記①については,前記(4)のとおり,本件発明は,イソソルビトールという既知の物質につき新規な用途を創作したことを特徴とする用途発明であるから,被告製品の製造販売が本件発明の「実施」に該当するというには,当該製造販売が新規な用途に使用するために行われたことを要するというべきである。しかしながら,前記第2の1(3)イの前提事実によれば,被告製品の添付文書及びインタビューフォームにおける用法用量は,1日体重当り1.5~2.0mL/kgを標準用量とするものであって,本件発明の構成要件Aにいう用途とは明らかに異なるものであり,そのほかに被告製品の製造販売が当該用途に使用するために行われたことを認めるに足りる証拠もない。したがって,原告の主張は,用途発明の意義を正解しないものであって,独自の見解というほかなく,採用することができない。