2016年8月21日日曜日

特性で規定した組成物クレームのサポート要件と、プロダクト・バイ・プロセスクレーム該当性についての裁判所の判断

知財高裁平成28年7月19日判決言渡
平成27年(行ケ)第10099号 審決取消請求事件

1.概要
 本事例は、無効審判審決(特許有効)に対する審決取り消し訴訟の知財高裁判決である。裁判所は、特許有効の審決に違法性はないとして、原告(無効審判請求人)の請求を棄却した。
 本件の訂正後の請求項1は以下の通りである
「無機粒子を5重量%以上含有するポリエステル組成物であって,該ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度が35当量/ポリエステル10g以下であり,かつ昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg)との差が下記式を満足してなることを特徴とするポリエステル組成物からなる白色二軸延伸ポリエステルフィルム。
30≦Tcc-Tg≦60」
 この特許について以下の判断が示された。
(1)高分子組成物を組成ではなく特性のみで特定していることについて、サポート要件違反に該当するかが争われた。裁判所はサポート要件は充足されると判断した。
(2)「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」のうち「二軸延伸」は訂正により追加された要件である。この「二軸延伸」がプロダクト・バイ・プロセスクレームに該当するか争われたが、裁判所は、傍論としてではあるが、「用語としてその概念が定着している」ことを理由に、プロダクト・バイ・プロセスクレームに該当しないと判断した。

2.サポート要件に関する裁判所の判断
「特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。
 そこで,以上の観点から,本件発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)の記載がサポート要件を充足するものか否かについて,以下検討する。
 本件明細書の発明の詳細な説明には,前記1のとおり,本件発明1は,多量の無機粒子を含有するポリエステル組成物からなる白色ポリエステルフィルムにおいて,従来の欠点を解決し,白色性,隠蔽性,機械特性,光沢性とともに耐熱性,成形加工性に優れたフィルムを得ることを課題とし,その解決手段として,「カルボキシル末端基濃度が35当量/ポリエステル10g以下」であり(特性(a)),かつ「昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg)との差」が式「30≦Tcc-Tg≦60」を満足してなること(特性(b))を特徴とするポリエステル組成物からなる白色二軸延伸ポリエステルフィルムとするものであることが記載されている。
 そして,本件明細書の発明の詳細な説明には,特性(a)について得られるポリエステル組成物中の無機粒子の粒子分散性,フィルムなどに成形する際の溶融工程時の熱安定性,延伸製膜性の点から,組成物のカルボキシル末端基濃度を35当量/ポリエステル10g以下とする必要があり,カルボキシル末端基濃度が35当量/ポリエステル10gを越えると無機粒子の粒子分散性に劣ったり,フィルムなどに成形する際の溶融工程時の熱安定性,延伸製膜性に劣ることが記載され(段落【0024】),また,特性(b)について,ポリエステル組成物をフィルムなどに成形する際の延伸製膜性及び得られるフィルムなどの成形品の白色性,隠蔽性,機械特性の点から,昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg)との差が式「30≦Tcc-Tg≦60」を満足する必要があり,TccとTgの差が30未満の場合には,ポリエステル組成物の結晶性が高く,フィルムなどに成形加工する際に延伸製膜性に劣る一方,その差が60を越えると,得られるフィルムなどの成形品の白色性,隠蔽性,機械特性に劣ることが記載されている(段落【0026】)。
・・・・・
カ 以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,無機粒子を5重量%以上含むポリエステル組成物において、特性(a)及び(b)をいずれも具備する実施例1ないし7では,無機粒子の種類及び量,リン化合物の種類及び量,ポリエステルの共重合成分,種類及び量の変更に関わらず,いずれも,粒子分散性,耐熱性,成形加工性に優れるとともに,得られた二軸延伸フィルムの白色性,隠蔽性,機械特性,光沢性が優れていたのに対し,特性(a)及び(b)のいずれかを具備しない比較例1ないし3では、いずれも成型加工性に劣るとともに,得られた二軸延伸フィルムの白色性,隠蔽性等の特性に劣っていたことが記載されているものといえる。
(3) 以上のような本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,当業者であれば,上記の記載から,無機粒子を含有するポリエステル組成物における特性(a)及び(b)の各数値と,粒子分散性,熱安定性,延伸製膜性及び得られるフィルムの白色性・隠蔽性・機械特性等の物性との技術的な関係を理解するとともに,上記(2)の実施例及び比較例に係る記載から,実際に特性(a)及び(b)を満たすポリエステル組成物であれば,粒子分散性,熱安定性,延伸製膜性に優れており,得られる二軸延伸フィルムの白色性,隠蔽性,機械特性,光沢性も優れたものとなることを理解するものといえる。
 したがって,本件明細書には,無機粒子を5重量%以上含むポリエステル組成物からなる白色二軸延伸ポリエステルフィルムにおいて,当該ポリエステル組成物を特性(a)及び(b)を満たすものとすることによって,本件発明1の「白色性,隠蔽性,機械特性,光沢性とともに耐熱性,成形加工性に優れたフィルムを得る」という課題が解決されることが記載されているものといえるから,本件発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)は,本件明細書の記載により当業者が本件発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものということができ,サポート要件を充足するというべきである。
(4) 原告の主張について
ア 原告は,本件明細書の発明の詳細な説明の実施例1ないし7は,いずれも①リン酸化合物で表面処理した無機粒子と②ポリエステル微粉末を用いて製造したポリエステル組成物に係るものであり,これらの記載からは,当業者が,上記①及び②を用いない組成物によって本件発明1の課題を解決し得ると理解することはできないから,上記①及び②を用いるとの限定をすることなく、特性(a)及び(b)をもって発明を特定する本件発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)の記載は,サポート要件を充足しない旨主張するので,以下検討する。
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ウ 以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明では,本件発明1に係るポリエステル組成物の製造に当たって上記①や②を用いることについて,本件発明1の課題解決にとって「好ましい」ことが記載されるとともに,それが,得られるポリエステル組成物を満たすものとするための方法の一つとして例示された上で,その方法については,これらに「限定されるものではない」ことが明示されている。してみると,これらの記載に接した当業者であれば,本件発明1において,上記①及び②を用いてポリエステル組成物を製造することが課題解決に必須の事項とされているものと理解するとはいえず,このことは,実施例1ないし7がいずれも上記①及び②を用いて製造したポリエステル組成物に係るものであることによって,左右されるものではない。

 そもそも本件発明1は,無機粒子を5重量%以上含むポリエステル組成物からなる白色二軸延伸ポリエステルフィルムにおいて,当該ポリエステル組成物が有すべき物性(特性(a)及び(b))を特定することによって発明を特定するものであるところ,このような場合,明細書の発明の詳細な説明の記載としては,当該物性を満たすものとすることによって発明の課題が解決されることが理解できるように記載されていれば,サポート要件としては足りるものといえるのであって,当該物性を実現するための方法の全てが開示され,かつ,それらによって得られる物が発明の課題を解決し得るものであることが逐一実施例によって示されなければならないというものではない。
 したがって,原告の上記主張は理由がない。

3.プロダクト・バイ・プロセスに関する裁判所の判断
「さらに,原告は,本件発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)の「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」の記載がいわゆるプロダクト・バイ・プロセスクレームに該当することを前提に,本件明細書には,出願時において,本件発明1に係る「白色ポリエステルフィルム」をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,またはおよそ実際的ではないという事情が存在していることが記載されていないから,本件発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)の記載は明確性要件を満たさない旨主張する。

・・・・「二軸延伸フィルム」とは,縦方向と横方向に延伸して成形したフィルムを意味する用語としてその概念が定着しているというべきであるから,本件発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)の「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」との記載をもって,いわゆるプロダクト・バイ・プロセスクレームととらえることは相当ではなく,この点からも,原告の上記主張は採用できない。」