2016年6月26日日曜日

請求項の文言の解釈が審決と裁判所で異なった事例


知財高裁平成28年6月9日判決 平成27年(行ケ)第10126号 審決取消請求事件



1.概要

 本件は、無効審判において特許が有効と判断された審決に対する審決取消訴訟において、特許無効と判断され審決が取り消された事例である。

 被告は特許権者で無効審判の被請求人である。原告は無効審判の請求人である。

 本件発明の請求項1は以下の通り

「(請求項1)

 固体電解質シートの両表面の互いに対向する位置に一対の電極を設けてなるガスセンサ素子において,

 上記固体電解質シートは,電気絶縁性を有するアルミナ材料からなるアルミナシートに設けた充填用貫通穴内に,酸素イオン導電性を有するジルコニア材料からなるジルコニア充填部を配設してなり,

 上記一対の電極は,上記ジルコニア充填部の両表面に設けてあり,

 上記アルミナシートの両表面には,該アルミナシートよりも薄く,電気絶縁性を有するアルミナ材料からなる一対の表面アルミナ層が積層してあり,

 該一対の表面アルミナ層には,上記ジルコニア充填部の配設箇所に対応して開口用貫通穴が設けてあり,

 該開口用貫通穴は,上記電極よりも大きな形状に形成してあって,該開口用貫通穴から上記電極が露出し,且つ,該開口用貫通穴の周縁部は,上記ジルコニア充填部の両表面における外縁部に重なっていることを特徴とするガスセンサ素子。」



 本件特許の請求項1の「該開口用貫通穴は,上記電極よりも大きな形状に形成してあって」をどう解釈するかが争われた。

 本件特許の図面(図4)には、開口用貫通穴の内周面と、電極の側面との間に隙間が形成され、電極の外周の側面が露出した図のみが開示されている。

 一方、引用文献には、開口用貫通穴の内周面と、電極の側面との間に隙間がなく密着した例が開示されている。本件特許の請求項1の「該開口用貫通穴は,上記電極よりも大きな形状に形成してあって」の要旨認定において、開口用貫通穴の内周面と、電極の側面との間に隙間がなく密着した場合まで含めるのかどうか(広く解釈すれば進歩性なし、狭く解釈すれば進歩性あり)が争われた。

 審決では、本件明細書において図示された実施形態(開口用貫通穴の内周面と、電極の側面との間に隙間がなく密着した例が開示されている)を重視し、発明の要旨を限定的に認定し、引用発明との相違点として認めた。

 一方、裁判所は、本件明細書において図示された実施形態を一例に過ぎないと位置づけ、文言と効果をもとに発明の要旨を広く認定した。その結果、引用発明との相違点ではないと結論づけた。



2.審決の判断

 「引用発明2の1に甲3技術を適用したものの、接着剤表面アルミナ層が、上記相違点に係る本件発明1の特定事項のうち、「該開口用貫通穴は、上記電極よりも大きな形状に形成してあ」る構成を満たすか否かについて検討する。

 本件の特許明細書の段落【0025】の「(実施例2)本例は、図4に示すごとく、アルミナシート3の両表面に、アルミナシート3よりも薄く、電気絶縁性を有するアルミナ材料からなる一対の表面アルミナ層35を積層して、固体電解質シート2を形成した例である。・・・開口用貫通穴351は、ジルコニア充填部4(充填用貫通穴31)よりも小さく、ジルコニア充填部4における電極5よりも大きな形状に形成してある。そして、ジルコニア充填部4の両表面における外縁部に開口用貫通穴351の周縁部が重なった状態において、一対の電極5を、開口用貫通穴351を介して、ジルコニア充填部4の表面に露出させておく。」という記載及び図面の図4に電極5と表面アルミナ層との間に隙間が存在することが示されていること、並びに、ガスセンサ素子において、電極はできる限り広い面積で測定ガスに接することが好ましいことが技術常識であることを勘案すると、本件発明1の「該開口用貫通穴は、上記電極よりも大きな形状に形成してあって、」は、電極の側面が露出する程度に開口用貫通穴は電極よりも大きな形状に形成してあることを特定するものと理解するのが相当である。

 してみると、第1電極404及び第2電極406の側面に接する接着剤表面アルミナ層は、「該開口用貫通穴は、上記電極よりも大きな形状に形成してあ」る構成を満たしているとはいえない。



3.裁判所の判断のポイント

「本件アルミナ接着剤層が,相違点に係る本件発明1の構成のうち,「該開口用貫通穴は,上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成を満たすか否かについて検討する。

 a 本件審決は,本件発明1の表面アルミナ層に設けられた開口用貫通穴は「上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成について,電極の側面が露出する程度に開口用貫通穴が電極よりも大きな形状に形成してあることを意味すると解釈した上で,本件アルミナ接着剤層は,第1電極404及び第2電極406の側面に接して形成されているから,「該開口用貫通穴は,上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成を満たさない旨判断した。

   しかしながら,以下に述べるとおり,本件審決の上記判断は誤りである。

   本件特許の特許請求の範囲の請求項1においては,表面アルミナ層に設けられた開口用貫通穴と電極との大きさの関係について, 「該開口用貫通穴は,上記電極よりも大きな形状に形成してあって」とされるのみであり,「電極よりも大きな形状」の意義について,電極の側面が露出する程度のものでなければならないことを示す記載はない。

    この点について,被告は,「該開口用貫通穴は,上記電極よりも大きな形状」とは,開口用貫通穴の内面が電極の外面より大きいことを意味し,そうである以上,その間に隙間が必然的に生じ,電極の側面が露出することは明らかである旨主張する。しかし,表面アルミナ層の開口用貫通穴の側面とその内側に配置される電極の側面が隙間なく接する構成(電極の側面が露出しない構成)においても,開口用貫通穴の内側に電極が配置されるものである以上,開口用貫通穴の内周は,電極の外周よりも大きな形状となっているはずである。なぜなら,開口用貫通穴の内周と電極の外周が全くの同一形状であるとすれば,開口用貫通穴の内側に電極を配置することは物理的にできないはずだからである。 したがって,開口用貫通穴の大きさについて,「電極よりも大きな形状」との文言から直ちに「電極の側面が露出する程度」のものであるとの解釈が導き出されるものではなく,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載から,本件審決の上記解釈が根拠付けられるものとはいえない。

⒝ 次に,本件明細書の発明の詳細な説明の記載をみると,実施例2に関して,「本例は,図4に示すごとく,アルミナシート3の両表面に,アルミナシート3よりも薄く,電気絶縁性を有するアルミナ材料からなる一対の表面アルミナ層35を積層して,固体電解質シート2を形成した例である。…開口用貫通穴351は,ジルコニア充填部4(充填用貫通穴31)よりも小さく,ジルコニア充填部4における電極5よりも大きな形状に形成してある。」との記載があり,図4のガスセンサ素子の断面図では,表面アルミナ層の開口用貫通穴351の内周と電極の外周との間に隙間が形成されている態様が示されていることが認められる。

  しかしながら,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1について,表面アルミナ層の開口用貫通穴が電極の側面が露出する程度に電極よりも大きな形状であることを要する旨の記載はなく,ガスセンサ素子の早期活性化と共に,強度向上を図ることができること及びジルコニア充填部が充填用貫通穴内から抜け出してしまうことを防止することとの関係からみても,電極の側面が露出する態様のものに限定されるべき理由はない。

  他方,図4に示されたガスセンサ素子は,実施例の一態様を示すものにすぎないから,当該図面に表面アルミナ層の開口用貫通穴351の内周と電極の外周との間に隙間が形成されている態様が示されているからといって,直ちに本件発明1の構成が当該態様のものに限定されると解すべきものとはいえない。

⒞ さらに,本件審決は,「ガスセンサ素子において,電極はできる限り広い面積で測定ガスに接することが好ましいことが技術常識であること」を前記解釈の根拠とする。

  しかしながら,上記のような技術常識があるからといって,本件発明1のガスセンサ素子における電極が,常にその上面のみならず側面まで露出するものであることを要するとの解釈が直ちに導き出されることにはならない。

 ⒟ 以上によれば,本件発明1の表面アルミナ層に設けられた開口用貫通穴は「上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成について,電極の側面が露出する程度に開口用貫通穴が電極よりも大きな形状に形成してあることを意味するとした本件審決の解釈は,根拠を欠くものであって誤りであり,これを前提とする本件審決の前記判断も誤りというべきである。

b 上記aで検討したところによれば,本件発明1における「該開口用貫通穴は,上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成には,電極の側面が露出する程度に開口用貫通穴が電極よりも大きな形状に形成してある 表面アルミナ層の開口用貫通穴の側面とその内側に配置される電極の側面が隙間なく接しているものも含まれると解すべきである。

   してみると,本件アルミナ接着剤層が第1電極404及び第2電極406の側面に接して形成される態様は,相違点に係る本件発明1の構成のうち,「該開口用貫通穴は,上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成を満たすものといえる。