2016年5月22日日曜日

引用文献の構成が、その目的を考慮して、変更することが容易でないと判断された事例


知財高裁平成28年5月11日判決言渡

平成27年(行ケ)第10122号 審決取消請求事件



1.概要

 本事案は、進歩性欠如を理由とする拒絶審決を不服とした特許出願人による審決取消訴訟において、拒絶審決に違法性があり取り下げられた事例である。

 本願発明と引用発明1との相違点が、引用例2に記載されているか否かが争われた。裁判所は、引用例2の構成を変更して相違点に係る発明とすることが容易であったと主張する特許庁の主張を退けた際の理由づけとして、引用例2が目的とする機能を損なうことになる変更はできないと判示した.
2.本願発明と、引用発明との一致点相違点

 本願発明(下線は強調のために追加)

【請求項1】光学的放射線を少なくとも1つの生物組織に加えるための装置であって,/化学反応に基づいて前記放射線を発生させるように構成された放射線装置,および,水フィルターを備え,/前記放射線装置は,封止された筐体および前記筐体の内部に設けられた可燃性材料を備え,/前記封止された筐体の外側表面の一部は,前記生物組織に接するように構成され,/前記水フィルターは,前記可燃性材料と前記封止された筐体の外側表面の一部との間に設けられ,/前記水フィルターは,前記光学的放射線の一部を濾光し,且つ,前記生物組織を冷却するために構成され,/前記光学的放射線は,前記少なくとも1つの生物組織の少なくとも一部に生物学的影響をもたらす装置。



 引用発明1

 引用例1に記載の引用発明1においては,本願発明の水フィルター以外の構成の装置が記載されており、水フィルターの代わりにプリズムが記載されている。引用発明1のプリズムは、光学的放射線の一部を濾光するものではあるが、生物組織を冷却するものであるかまでは不明である点で相違する。



 引用発明2

 引用例2に記載の引用発明2においては、患者の皮膚の処置のため,ランプからの光を導波管を通じて患者の皮膚へ向けるための装置において,光スペクトルのフィルター処理を行なうためにフィルター6を設け,フィルター6を液体水フィルターとすることが記載されている。引用例2では、この液体水フィルターをランプの冷却に使用することは記載されているが、この液体水フィルターを皮膚(生体組織)を冷却するために使用することは記載されていない。



3.特許庁の意見

「原告は,引用例2に別途設けられている皮膚を冷却するための機構においては,大きな導波管が用いられ,皮膚を冷却するためにかなり大きい負の熱量が供給されるように構成されており,薄いフィルター6中に存在するわずかな氷では,上記導波管を挟んで反対側にある皮膚を冷却するには不十分である旨主張する。

 しかし,液体水フィルター等の冷却手段による冷却能力は,光の強さ,光の照射時間,導波管の長さ,導波管の熱容量,液体水フィルターの温度,治療開始時の導波管の温度等に依存するものであるから,当業者であれば,液体水フィルターによって患者の皮膚を冷却する効果を実現するために必要な設計変更を行うことは可能なはずである。



4.裁判所の判断のポイント

「被告は,液体水フィルター等の冷却手段による冷却能力は,光の強さ,光の照射時間,導波管の長さ,導波管の熱容量,液体水フィルターの温度,治療開始時の導波管の温度等に依存するものであるから,引用発明2のフィルター6を液体水フィルターとした場合,当業者であれば,液体水フィルターによって患者の皮膚を冷却する効果を実現するために必要な設計変更を行うことは可能である旨主張する。

 この点に関し,引用例2において,液体水フィルターについては,「厚さ1~3mmの液体水フィルターが使用され得」ると記載されており(【0077】),前記⑴ウ()のとおり,そのように薄く広げられた水が導波管の冷却を介して皮膚を冷却する効果をもたらすとは必ずしもいい難い。しかし,水に入射した光の透過率は水の層が厚くなるほど低下することに鑑みると,上記厚さは,皮膚の美容及び医療の皮膚科学処置という装置Dの目的(【0019】)を達成するのに必要な光の量を確保する観点から定められたものとみることができるから,皮膚を冷却するために液体水フィルターをより厚いものにすると,光の透過率が低下し,上記目的を達成する装置Dの機能を損なう結果になる。よって,当業者において,原告主張に係る設計変更を行うことが可能であると直ちにいうことはできない。