2015年1月4日日曜日

食品特許における感覚的表現の明確性が争われた事例

知財高裁平成26年11月10日判決
平成25年(行ケ)第10271号 審決取消請求事件

1.概要
 本件は、被告が有する特許権に対する無効審判審決(特許有効)の取消を求めた、取消訴訟の判決である。
 本件発明1は「シュクラロースからなることを特徴とするアルコール飲料の風味向上剤。」というものである。本件明細書によれば,本件発明の目的は,「アルコール飲料のアルコールに起因する苦味やバーニング感を抑え,アルコールの軽やか風味を生かしたアルコール飲料の風味向上剤及び風味向上法を提供すること」(【0004】)であるから,「バーニング感」及び「アルコールの軽やか風味」という用語の意味の明瞭性が,実施可能要件に関して問題となる。
 審決では、「バーニング感」、「アルコールの軽やか風味」はともに明確であると判断され、「風味向上剤」に係る本件発明の実施可能要件は満足されると判断された。
 これに対して知財高裁は、「バーニング感」については技術常識などから明確であるが、「アルコールの軽やか風味」については明確とは言えないとして、審決を取り消した。

2.原告(審判請求人)が主張する無効理由1-1(実施可能要件違反)
 本件特許に係る特許公報(甲42。以下「本件特許公報」という。)に掲載されている明細書(以下「本件明細書」という。)中,アルコールに起因する「バーニング感」や「焼け感」という用語及び「アルコールの軽やか風味を生かした」という用語は,いずれも一般的なものではなく,本件明細書の記載を参酌しても,本件発明がどのような風味を改善しようとするものであるか,不明確である。

3.審決の判断
「(1)アルコールを飲食した際に口腔内やのどに焼けるような感覚を覚えることは,誰もが経験するところであること,(2)本件明細書記載の実験例1(以下「実験例1」という。)において,アルコール濃度5%の水溶液につき,「焼け」感,すなわち,「バーニング感」の有無が評価されていることから,この感覚は,味覚パネルであれば,上記の濃度のアルコール水溶液においても評価可能なものといえることなどに鑑みれば,「バーニング感」や「焼け感」という用語は,一般的な用語ではないとしても,アルコールを飲用する者であれば誰もが分かる感覚といえ,特段不明瞭な点はない。
「アルコールの軽やか風味を生かしたアルコール飲料の風味を向上する」(本件明細書0024)の趣旨は,「苦味」や「バーニング感」が抑制される結果,アルコールが本来有している「アルコールの軽やか風味が生か」され,「風味が向上する」ものと理解され,「アルコールの軽やか風味」という用語の意味するところは明瞭といえる。」

4.裁判所の判断のポイント
(1) 取消事由1-1 「バーニング感」又は「焼け感」について
ア(ア) 本件明細書には,「バーニング感と称される口腔内が焼け付くような感覚」という記載がある(【0003】)。また,実験例1における嗜好性の評価項目の説明中にも,「焼け:バーニング感があるとしたパネルの数。」という記載が存在する(【0013】)。
 (イ) 上記記載によれば,本件明細書において,「バーニング」は,「焼け」と同義の用語として使われていることが明らかであり,この点に鑑みると,英語の「burning」の読みを片仮名表記したものと認められる。
 ウ (1)小学館英和辞典の「burn」の項に,「The whisky burned in his throat.ウイスキーがのどに火のように熱かった.」という用例が掲げられていること,(2)本件特許出願前の公刊物において,アルコールの味につき,「灼く(やく)ような味」(甲32,乙1),「灼熱感」,「灼けるような感覚」(乙2)と表現されていることによれば,本件特許出願当時において,アルコールの味覚を火による燃焼を連想させる言葉で表現することは,少なくともアルコールに接する者の間ではさほど珍しいことではなく,「バーニング感」及び「焼け感」は,そのような言葉の一例であったものと推認できる。
 そして,実験例1の結果によれば,20名の味覚パネルが,5%という比較的低濃度のアルコール水溶液について「焼け」,すなわち,「バーニング感」の有無を「苦み」の有無と明確に区別して評価していたことが認められ,このことから,「バーニング感」又は「焼け感」は,アルコール度数の高いものに限らず,多くのアルコール飲料において,特段の困難を伴うことなく知覚し得るものといえる。
 以上に鑑みれば,本件審決が,「バーニング感」や「焼け感」という用語は,アルコールを飲用する者であれば誰もが分かる感覚といえ,特段不明瞭な点はないと判断した点に誤りはないと思料する。
・・・・
(2) 取消事由1-2「アルコールの軽やか風味」について
 ア 位置付け
 本件明細書には,「アルコール飲料にはアルコールの軽やかな風味とともにアルコールに起因する苦味,バーニング感と称される口腔内が焼け付くような感覚が存在する。」という記載(【0003】)があり,同記載の趣旨は,その文言自体から,アルコール飲料には,「アルコールの軽やかな風味」(本件明細書においては,「軽やか風味」とも表記されている。以下においては「軽やか風味」に統一する。)並びにアルコールに起因する「苦味」及び「バーニング感」が併存しているというものと認められる。
 そして,本件発明は,「アルコール飲料にシュクラロースを添加することにより,アルコールの軽やか風味を生かしたまま,アルコールに起因する苦味やバーニング感を抑えて風味を向上させることができる」というものであるところ(本件明細書【0007】),アルコール飲料にシュクラロースという異物を添加すれば,これによって,アルコールに起因する「苦味」及び「バーニング感」のみならず,これらと併存する「アルコールの軽やか風味」も影響を受ける可能性がある。
 この点に鑑みると,当業者は,本件発明の実施に当たり,アルコール飲料にシュクラロースを添加することによって,アルコールに起因する「苦味」及び「バーニング感」を抑える一方,「アルコールの軽やか風味」については「生かしたまま」,すなわち,減殺することなく,アルコール飲料全体の風味を向上させられるか,という点を確認する必要がある。そして,この確認のためには,「アルコールの軽やか風味」の意味を明らかにすることが不可欠というべきである。
 イ 「アルコールの軽やか風味」の意味
 (本件明細書中,「アルコールの軽やか風味」の意味を端的に説明する記載は,見られない。
 (a 本件明細書中,シュクラロースを添加したアルコール水溶液又はアルコール飲料に関し,以下の記載がある
 (a) 事前にシュクラロースをアルコールに溶解したものを用いて飲料に調製したとき,味覚の柔らかな,苦味のない,アルコールの焼け感のない飲料が得られた(【0009】)。
 (b) 実験例1においては,前記のとおり,シュクラロース0.0025%を含有したアルコール5%水溶液につき,蔗糖1%を含有するアルコール5%水溶液を対象として,味覚パネル20名による官能評価を実施したところ,「苦み」があるとしたパネル数はゼロ,「焼け」,すなわち,「バーニング感」があるとしたパネル数もゼロであった。「(アルコール飲料としての)甘味についての評価」は,前記2つの水溶液の間に,「差なし」というものであった(【0011】から【0013】)。
 (c) 実験例2において,アルコール/シュクラロース水溶液(アルコール5%,10%,20%,40%)を調製し,甘味度については,砂糖水溶液(アルコール無添加)を,苦味抑制効果については,同濃度のアルコール水溶液(砂糖,シュクラロース無添加)を,それぞれ比較対象として,味覚パネル10名による官能評価を行った。結果として,シュクラロースの甘みを感じない添加量についても,アルコールの苦味抑制効果が認められた(【0014】から【0019】)。
 (d) 実施例1において,シュクラロースを加えたレモンライムは,「清涼で好ましいもの」となった(【0020】,【0021】)。
 (e) 実施例2において,シュクラロースを加えた果汁入りアルコール飲料は,「果汁感があり,清涼な甘味を持つ良好な飲料であった」(【0021】)。
 (f) 実施例3において,シュクラロースを加えた梅フィズは,「苦みがなく,焼け感がない良好な飲料であった」(【0022】,【0023】)。
 b 上記のとおり,本件明細書には,シュクラロースを添加したアルコール水溶液又はアルコール飲料が示した好ましい味として,「味覚の柔らかな,苦味のない,アルコールの焼け感のない(飲料)」,「清涼で好ましい(もの)」,「果汁感があり,清涼な甘味を持つ良好な(飲料)」などが記載されている。
 しかしながら,本件明細書の記載のすべてを参酌しても,これらの「好ましい味」が「軽やか風味」に該当するものと直ちにいうことはできず,両者の関係は不明といわざるを得ない。
・・・・
エ 小括
 以上によれば,「アルコールの軽やか風味」という用語の意味は,不明瞭といわざるを得ない。そして,前述のとおり,当業者は,本件発明の実施に当たり,「軽やか風味」については「生かしたまま」,すなわち,減殺することなく,アルコール飲料全体の風味を向上させられるか,という点を確認する必要があるところ,「軽やか風味」の意味が不明瞭である以上,上記確認は不可能であるから,本件特許の発明の詳細な説明は,「アルコールの軽やか風味」という用語に関し,実施可能性を欠くというべきである。
 したがって,「アルコールの軽やか風味」の意味するところは明瞭といえる旨の本件審決の判断は,誤りである。」