2014年9月23日火曜日

公知用途に対する新規用途の進歩性が認められた事例

知財高裁平成26年9月10日判決
平成25年(行ケ)第10209号 審決取消請求事件

1.概要
 本件は、拒絶審決(進歩性欠如)に対する審決取消訴訟において、知財高裁が審決を違法と判断し審決を取り消した事例である。
 進歩性が争われた本件補正発明は、公知ポリペプチド(IPP/VPP)の新規用途(血管内皮の収縮・拡張機能改善剤、血管内膜の肥厚抑制剤)に関する。当該ポリペプチドはACE阻害活性を有することが引用例1に記載されている。
 「ACE阻害剤」という公知用途に対して、上記の新規用途が容易に想到可能か争われた。
 審決は、ACE阻害活性を有する物質は血管内皮の収縮・拡張機能改善作用を有するという関係が公知であることから、本件補正発明は新規性なしと判断した。
 知財高裁は、審決が認定した上記関係は当業者に認識されていたとは言えず、二つの用途が相関するか否かはわからない、というのが当業者の認識であったと判断し、本件補正発明は進歩性を有すると結論付けた。

2.本件補正後の請求項10(補正発明)
Ile Pro Pro及び/又はVal Pro Proを有効成分として含有し,血管内皮の収縮・拡張機能改善及び血管内膜の肥厚抑制の少なくとも一方の作用を有する剤。」

3.引用例1に記載の引用発明
Ile Pro Pro及び/又はVal Pro Proを抗高血圧性ペプチドとして含有し,ACE阻害活性を示す,抗高血圧剤。」

4.補正発明と引用発明との一致点と相違点
一致点:Ile Pro Pro及び/又はVal Pro Proを有効成分として含有する薬剤。
 相違点:薬剤の用途が,補正発明においては「血管内皮の収縮・拡張機能改善及び血管内膜の肥厚抑制の少なくとも一方の作用を有する剤」であるのに対し,引用発明においては「ACE阻害活性を示す,抗高血圧剤」である点。

5.審決の要点
 審決では、引用例2~5において、ACE阻害活性を示す物質が、血管内皮の収縮・拡張機能改善及び血管内膜の肥厚抑制の少なくとも一方の作用を有することが示唆されていると認定した。その前提のもとで審決は、「引用例1から引用例5を併せ見た当業者が,引用発明においてACE阻害活性を有することが確認されているIle Pro Pro(以下「IPP」という。)及び/又はVal Pro Pro(以下「VPP」という。)を,血管内皮の収縮・拡張機能改善及び血管内膜の肥厚抑制の少なくとも一方の作用を有する剤として用いることに,格別の創意を要したものとはいえない。」と結論付けた。

6.裁判所の判断のポイント
「原告は,前記のとおり,本件審決が「引用例2,3及び5によれば,ACE阻害剤が血管拡張機能や内皮細胞機能の改善効果を有することは,本願優先日前に,複数の研究に基づいて明らかにされており,相当程度確立された知見であった」旨を説示し,本願優先日当時において,ACE阻害剤が血管内皮の収縮・拡張機能改善作用や血管内膜の肥厚抑制作用を有することは,引用例2から引用例5によって知られていた旨を認定した点に関し,誤りである旨主張する。
 この点につき,当裁判所は,本願優先日当時に公刊されていた①引用例2から引用例5,平成22年7月26日付け意見書(甲15)に添付された参考文献2(甲7),本願国際出願願書に添付された非特許文献5(甲30)及び②甲31号証,甲32号証,甲36号証から甲38号証,乙1号証,乙3号証から乙8号証,乙20号証,乙22号証の記載内容を検討した結果,本願優先日当時においては,ACE阻害剤であれば原則として血管内皮の収縮・拡張機能改善作用又は血管内膜の肥厚抑制作用のうち少なくともいずれか一方を有するとまではいえず,個々のACE阻害剤が実際にこれらの作用を有するか否かは,実験によって確認しなければ分からないというのが,当業者の一般的な認識であったと認め,したがって,本件審決の前記説示等に係る認定には誤りがあると判断する。」
「本願優先日当時に公刊されていた文献には,ACE阻害剤につき,血管内皮の収縮・拡張機能改善作用,血管内膜の肥厚抑制作用を有すること,又は,これらの作用を有する可能性があることを肯定する内容のものが複数存在する反面,そのような作用は確認されなかったという実験結果を報告するものも複数存在し,当業者に対する影響力,すなわち,当業者の認識形成に寄与する程度においていずれが優勢であったともいい難い。
 特に,甲30号証には,アポE欠損マウスを被験動物として行った実験において,前記のとおり,ゾフェノプリル及びカプトプリルについては大動脈の累積病変面積が大幅に低減したのに対し,エナラプリルでは低減しなかったという結果が出ており,ここからは,ACE阻害剤の種類によっても血管に及ぼす作用はかなり異なるものになり得ることが読み取れる。」

「以上によれば,本願優先日当時においては,ACE阻害剤が血管内皮の収縮・拡張機能改善作用,血管内膜の肥厚抑制作用を示した実例はあるものの,ACE阻害剤であれば原則として上記作用のうち少なくともいずれか一方を有するとまではいえず,個々のACE阻害剤が実際にこれらの作用を有するか否かは,各別の実験によって確認しなければ分からないというのが,当業者の一般的な認識であったものと認められる。」