2014年6月28日土曜日

特殊パラメータ特許の侵害訴訟での立証の困難性

東京地裁平成26年6月24日判決


平成24年(ワ)第15613号 特許権侵害差止等請求事件

1.概要
 本件は,発明の名称を「曲げ加工性が優れたCu-Ni-Si系銅合金条」とする特許権(以下「本件特許権」という。)を有する原告が,被告による被告各製品の製造販売等が本件特許権の侵害に当たると主張して,被告に対し,特許法100条1項に基づく被告各製品の生産,使用等の差止め等を求めた事案である。
 技術的意義が明確でないパラメータを構成要件とする物発明の特許権に基づく侵害訴訟では、特許権者は、被告製品の一部のみが構成要件を満たすことを証明するだけでは足りず、「全体」が構成要件を満たすことを立証する必要がある、と判断された。本件に固有の事情は考慮しなければいけないが、パラメータ特許の特殊性を理解するために役立つ判決である。

 原告が有する特許権に係る本件発明を分説すると以下の通りである:
「(構成要件A)Niを1.0~4.5質量%(以下%とする),
(構成要件B)Siを0.25~1.5%を含有し,
(構成要件C)更にZn,Sn,及びMgのうち1種類以上を含有し,Mgを含有する場合は0.05~0.3%とし,Zn及び/又はSnを含有する場合は総量で0.005~2.0%とし,
(構成要件D)残部がCuおよび不可避的不純物よりなる銅基合金の
(構成要件E)圧延面においてX線回折を用いて測定した3つの(hkl)面のX線回折強度が,
(I(111)+I(311))/I(220)≦2.0
を満足し,
(構成要件F)圧延面においてX線回折を用いて測定した(220)面のX線回折強度をI(220),および純銅粉末標準試料においてX線回折を用いて測定した(220)面のX線回折強度をI0(220)としたときの,I(220)/I0(220)が,
2.28≦I(220)/I0(220)≦3.0
を満足し,
(構成要件G)圧延方向に直角な断面における結晶粒の幅方向の平均長さをa,厚み方向の平均長さをbとしたときに,
0.5≦b/a≦0.9
2μm≦a≦20μm
であることを特徴とする
(構成要件H)高強度および高曲げ加工性を両立させたCu-Ni-Si系銅合金条。」

 一方、被告は、被告は,型番をM702S又はM702Uとする銅合金条(以下,それぞれを「M702S」,「M702U」という。)を製造販売している。

2.争点

 被告による、本件特許権の構成要件E及びFを満たす銅合金条の製造販売の有無が争点の一つである。
 原告は、被告製品の銅合金条の「一部」のみを分析し構成要件E及びFを満たす部分があると主張した。一方被告は、銅合金条の「全体」が構成要件E及びFを満たしていない限り、本件特許権の侵害にはあたらないと主張した。

3.裁判所の判断のポイント

「(1) X線回折強度の測定箇所について

ア 証拠(甲2,3,38,45,46,乙8,9)及び弁論の全趣旨によれば,本件発明は銅合金条という物に係る発明であり,電子部品の高密度実装性,高信頼性が要求される中,構成要件E及びFの数値限定を含む本件発明の構成要件を充足することにより,高強度及び優れた曲げ加工性を両立させた電子材料用の銅合金条を提供することを目的とするものであること,銅合金条は顧客がこれを適宜裁断してリードフレーム,電子機器の各種端子,コネクタ等に用いるものであること,銅合金条の長さや幅は様々であり,例えば,長さは247m,2440mmのもの,幅は436mm,620mmのものがあることが認められる。

 このことからすると,本件発明に係る銅合金条は,顧客がどの部位を裁断しても電子材料として高強度及び優れた曲げ加工性を両立させる性質を有している必要があるから,被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するというためには,被告各製品の全ての部位において本件発明の構成要件を充足しなければならないと解すべきである。そうすると,板面方位指数及び(220)面集積度を求めるためのX線回折強度は,銅合金条の任意の1点(甲4,5参照)又は端末寄りの数点(甲8,39参照)だけでは足りず,銅合金条の全体にわたって測定すべきものということができる。

イ これに対し,原告は,現に測定した特定の部位又は両端部を除く部分において構成要件E及びFの数値限定の範囲にあれば足りる旨主張するが,以上に説示したことに照らし,これを採用することはできない。」

「原告は,被告製品1に当たると主張するM702Sにつき,自ら(甲4)又は第三者機関に委託して(甲34)行った測定結果の報告書を提出し,これらによれば構成要件E及びFの数値限定が充足されている旨主張する。しかし,これらはいずれも試料(なお,後者における試料がM702Sであるかは報告書の記載上明らかでない。)の内の任意の1点を計測したものにとどまり,これらによって銅合金条全体が構成要件E及びFの数値限定の範囲内にあると認めることができないことは前記(1)で判断したとおりである。」

「なお,銅合金条の全体にわたってX線回折強度を測定し,その全てにおいて構成要件E及びFの範囲内にあることの立証を要求することは,特許権者に対して酷な面がないではない。しかし,原告は,X線回折強度により計算される板面方位指数及び(220)面集積度が所定の範囲にあることにより顕著な効果を奏するとして,銅合金条に係る本件特許権を取得したものである。これに加え,被告のカタログ(甲6,7)に(220)面集積度等に関する記載はなく,被告において(220)面集積度等を制御して銅合金条の製造を行っている(したがって,顧客においてこの点を製品選択の考慮要素としている)とはうかがわれないこと,本件明細書にも(220)面集積度等を特許請求の範囲に記載された数値限定の範囲内に制御するための具体的な製造方法等は記載されていないこと,(220)面集積度等が本件明細書に記載された本件発明の効果に結びつくとする知見や,それを制御する方法に関する文献等が本件の証拠上に現れていないことに鑑みると,(220)面集積度等が所定の範囲内にあることの技術的意義は定かでないというほかない。本件におけるこのような事情からすれば,原告においては被告の製造販売する銅合金条の全体につきX線回折強度を測定し,これが構成要件E及びFを充足することを客観的な証拠をもって明確に立証しない限り本件特許権を行使することができないと解しても不合理ではないと考えられる。」

2014年6月14日土曜日

先行文献での必須構成を引用発明の一部と認定しなかった審決が取り消された事例


知財高裁平成26年5月26日判決言渡

平成25年(行ケ)第10248号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、原告が出願人の特許出願についての、進歩性欠如を理由とする拒絶審決の取消訴訟において、原告の請求が認められ審決が取り消された事例である。

 本件補正後の請求項1(補正発明)は以下の通りである。

「排気ガスの空気過剰率(λ)が1を超えるときに窒素酸化物を吸収し,λが1以下のときに窒素酸化物を脱離するNOxトラップ材と,浄化触媒と,排気ガス中の酸素濃度を制御するO2制御手段と,を備える内燃機関の排気ガス浄化システムであって,

 排気ガスのλが1を超えるとき,NOxを上記NOxトラップ材に吸収させ,排気ガスのλが1以下のとき,上記NOxトラップ材からNOxを脱離させ,上記O制御手段で浄化触媒入口における排気ガス中の酸素濃度を0.8~1.5vol%に制御することによりHCの部分酸化反応を誘発し,この部分酸化を利用してNOxを還元させる,ことを特徴とする排気ガス浄化システム。」

 すなわち本件補正発明は、NOxトラップ材と,浄化触媒と,O制御手段と,を備える内燃機関の排気ガス浄化システムであり、上記O制御手段で浄化触媒入口における排気ガス中の酸素濃度を0.8~1.5vol%に制御することにより炭化水素(HC)の部分酸化反応を誘発し,この部分酸化を利用してNOxを還元させる。

 一方、甲1(引用例1)には、NOxトラップ材と,浄化触媒と,O制御手段と,Ce-Zr-Pr複酸化物と,を備える内燃機関の排気ガス浄化システムが開示されている。甲1では「Ce-Zr-Pr複酸化物」の使用により、NOxを還元させることを特徴としている。甲1では排気ガス中の酸素濃度を「2.0%以下」、「0.5%以下」とする実施例は記載されているが、酸素濃度をこの範囲とすることにより炭化水素(HC)の部分酸化反応を誘発することは記載も示唆もされていない。

 甲1に記載された発明(引用発明)をどのように認定するか、具体的には、「Ce-Zr-Pr複酸化物」を引用発明に必須の成分として認定するかが争点となった。

 また、本件補正発明はいわゆるオープン式クレームであり、「Ce-Zr-Pr複酸化物」が追加で含まれることを排除していない。このため本件補正発明で「Ce-Zr-Pr複酸化物を含まない」ということが引用発明との相違点となり得るかも争点となった。

 拒絶審決では、「Ce-Zr-Pr複酸化物」を引用発明の構成とは認定しなかった。また本審決訴訟において被告(特許庁長官)は、仮に「Ce-Zr-Pr複酸化物」を引用発明の構成だと認定したとしても、本件補正発明においても「Ce-Zr-Pr複酸化物」を含む場合も包含されるため相違点ではないと主張した。

 知財高裁は以下の理由から審決は引用発明の認定に違法性があると認定し審決を取り消した。

 (1)甲1には「Ce-Zr-Pr複酸化物」を必須の構成とする技術的思想が記載されているのであるから、それも含めて引用発明を認定すべきである。

 (2)本願明細書には,排気ガス浄化用の触媒として,「Ce-Zr-Pr複酸化物」を追加する点は記載されておらず,その示唆もなく,この点が周知技術であるとも認められない。したがって,補正発明が「Ce-Zr-Pr複酸化物」を備えたものを含むものと認めることはできない。

 

2.裁判所の判断のポイント

(2) 引用発明の認定について

審決は,引用例1に記載された引用発明として,「排気ガスの酸素濃度が高い酸素過剰雰囲気ではNOxを吸収し,理論空燃比近傍又は空気過剰率λ≦1でのリッチ燃焼運転時にはNOxを放出するNOx吸収材と,Pt,Rh等の貴金属と,排気ガスの酸素濃度を変化させる排気制御手段8と,を備える車両用のリーンバーンエンジンや直噴ガソリンエンジンのようなエンジン4の排気ガス浄化装置であって,排気ガスの酸素濃度が高い酸素過剰雰囲気ではNOxを上記NOx吸収材に吸収させ,理論空燃比近傍又は空気過剰率λ≦1でのリッチ燃焼運転時にはNOx吸収材からNOxを放出させ,排気制御手段8でNOx吸収材と貴金属を含む排気ガス浄化用触媒1の入口側の排気ガスの酸素濃度は2.0%以下に制御され,HCが部分酸化されて活性化されNOxの還元反応が進みやすくなり,結果的にHC及びNOx浄化率が高まる,排気ガス浄化装置。」と認定している。この中で,審決は,HC及びNOx浄化率が高まるとの作用効果を奏する機序として,「HCが部分酸化されて活性化」されることを認定している。

しかし,甲1発明は,前記(1)イに認定したとおりであるから,甲1発明における,排気ガスの酸素濃度が低下したとき(リッチ燃焼運転時)に,「HCが部分酸化されて活性化され,NOxの還元反応が進みやすくなり,結果的に,HC及びNOx浄化率が高まる」という作用効果は,NOx吸収材と貴金属とを含む排気ガス浄化用触媒に追加した「Ce-Zr-Pr複酸化物」によって奏したものであって,排気ガスの酸素濃度を前記段落【0058】のように「2.0%以下,あるいは0.5%以下」となるように制御することによって奏したものではない。すなわち,「Ce-Zr-Pr複酸化物」は,前記作用効果を奏するための必須の構成要件であるというべきであり,排気ガスの酸素濃度を「2.0%以下,あるいは0.5%以下」となるように制御した点は,単に,実施例の一つとしてリーン燃焼運転時に「例えば4~5%から20%」,リッチ燃焼運転時に「2.0%以下,あるいは0.5%以下」との数値範囲に制御したにとどまり,前記作用効果を奏するために施した手段とは認められない。

 したがって,引用発明において,「HCが部分酸化されて活性化」されるのは,NOx吸収材と貴金属とを含む排気ガス浄化用触媒において,「Ce-Zr-Pr複酸化物」を含むように構成したことによるものであるから,引用例1に,「排気ガス浄化用触媒1の入口側の排気ガスの酸素濃度は2.0%以下に制御」(段落【0058】)することにより,HCの部分酸化をもたらすことを内容とする発明が,開示されていると認めることはできない。

 そうすると,審決は,引用発明の認定において,「酸素濃度は2.0%以下に制御され,HCが部分酸化されて活性化されNOxの還元反応が進みやすくなり,結果的にHC及びNOx浄化率が高まる,排気ガス浄化装置」と認定しながら,そのような作用効果を奏する必須の構成である「Ce-Zr-Pr複酸化物」を排気ガス浄化用触媒に含ませることなく,欠落させた点において,その認定は誤りであるといわざるを得ない。

前記(1)アの記載事項を踏まえると,引用発明は,正しくは,以下のとおりとなる。

「排気ガスの酸素濃度が高い酸素過剰雰囲気ではNOxを吸収し,理論空燃比近傍

または空気過剰率λ≦1でのリッチ燃焼運転時にはNOxを放出するNOx吸収材と,貴金属と,排気ガスの酸素濃度を変化させる排気制御手段8と,を備える車両用のリーンバーンエンジンや直噴ガソリンエンジンのようなエンジン4の排気ガス浄化装置であって,更に,Ce-Zr-Pr複酸化物を含み,排気ガスの酸素濃度が高い酸素過剰雰囲気ではNOxを上記NOx吸収材に吸収させ,理論空燃比近傍または空気過剰率λ≦1でのリッチ燃焼運転時にはNOx吸収材からNOxを放出させ,排気制御手段8でNOx吸収材と貴金属とCe-Zr-Pr複酸化物を含む排気ガス浄化用触媒1の入口側の排気ガスの酸素濃度が2.0%以下,又は0.5%以下に制御され,Ce-Zr-Pr複酸化物に吸蔵されていた酸素が活性酸素として放出され,貴金属上での活性酸素と排気ガス中のHCとの反応が進み易くなり,結果的にHC及びNOx浄化率が高まる,排気ガス浄化装置。」

これに対し,被告は,引用発明の認定は,補正発明の特許要件を評価するために必要な限度で行えばよいものであって,引用例1自体で特徴とされる事項(例えば,請求項1に係る発明の発明特定事項)を必ず認定しなければならないというものではなく,引用発明の認定において,必ず「Ce-Zr-Pr複酸化物」が含まれていることまでも認定しなければならないことにはならないと主張する。

 確かに,特許法29条1項3号に規定されている「刊行物に記載された発明」は,特許出願人が特許を受けようとする発明の新規性,進歩性を判断する際に,考慮すべき一つの先行技術として位置付けられるものであって,「刊行物に記載された発明」が特許公報である場合に,必ず当該特許公報の請求項における発明特定事項を認定しなければならないものではない。一方で,「刊行物に記載された『発明』」である以上は,「自然法則を利用した技術的思想の創作」(特許法2条1項)であるべきことは当然であって,刊行物においてそのような技術的思想が開示されているといえない場合には,引用発明として認定することはできない。

 本件において,審決は,前記のとおり,引用発明として,「HCが部分酸化されて活性化されNOxの還元反応が進みやすくなり,結果的にHC及びNOx浄化率が高まる」との効果を認定しておきながら,その作用効果を奏するための必須の構成である「Ce-Zr-Pr複酸化物」を欠落して認定したものである。したがって,審決は,前記作用効果を奏するに必要な技術手段を認定していないこととなり,審決の認定した引用発明を,引用例1に記載された先行発明であると認定することはできない。

 よって,被告の主張は採用できない。

(3) 補正発明と引用発明との一致点及び相違点について

 前記のとおり,審決の引用発明の認定は誤っており,これを前提とする一致点及び相違点の認定には誤りが含まれている。

 引用発明は,前記(2)ウのとおり認定するべきであるから,一致点及び相違点は,以下のとおりとなる。

【一致点】

 排気ガスの空気過剰率(λ)が1を超えるときに窒素酸化物を吸収し,λが1以下のときに窒素酸化物を脱離するNOxトラップ材と,浄化触媒と,排気ガス中の酸素濃度を制御するO2制御手段と,を備える内燃機関の排気ガス浄化システムであって,排気ガスのλが1を超えるとき,NOxを上記NOxトラップ材に吸収させ,排気ガスのλが1以下のとき,上記NOxトラップ材からNOxを脱離させ,上記O2制御手段で浄化触媒入口における排気ガス中の酸素濃度が制御され,HCの部分酸化を誘発し,この部分酸化を利用してNOxを還元させる,排気ガス浄化システム。

【相違点1”】

 NOxトラップ材と浄化触媒に,補正発明は,Ce-Zr-Pr複酸化物を含んでいないのに対し,引用発明は,Ce-Zr-Pr複酸化物を含む点。

【相違点2”】

 排気ガスのλが1以下のとき,補正発明は,浄化触媒入口における排気ガス中の酸素濃度を0.8~1.5vol%に制御するのに対して,引用発明は,浄化触媒入口における排気ガス中の酸素濃度を2.0%以下,又は0.5%以下に制御した点。

 なお,被告は,補正発明は,「NOxトラップ材」,「浄化触媒」以外の触媒材料,特に「HCトラップ材」や「酸素吸蔵材」を含むことを排除したものではなく,引用発明の「Ce-Zr-Pr複酸化物」を備えたものも含むものと解すべきであるから,引用発明において,排気ガス浄化用触媒に「Ce-Zr-Pr複酸化物」を含むものと認定したとしても,その点は,補正発明と引用発明との相違点にはならないから,取消事由とならない旨主張する。

 しかし,本願明細書には,排気ガス浄化用の触媒として,「Ce-Zr-Pr複酸化物」を追加する点は記載されておらず,その示唆もなく,この点が周知技術であるとも認められない。したがって,補正発明が「Ce-Zr-Pr複酸化物」を備えたものを含むものと認めることはできない。

 よって,被告の上記主張は採用できない。」

2014年6月7日土曜日

2回目の特許権存続期間延長が認められなかった事例


知財高裁平成26年5月30日判決

平成24年(行ケ)第10399号 審決取消請求事件

1.概要

 原告は,発明の名称を「粉末薬剤多回投与器」とする特許の特許権者である。

 原告は,本件特許に係る発明の実施に政令で定める処分(下記の本件処分)を受けることが必要であったとして,5年の存続期間の延長登録を求めて,本件特許につき特許権の存続期間延長登録の出願(以下「本件出願」という。)をしたが,拒絶査定を受け,拒絶査定不服審判を請求した。特許庁は請求不成立の審決(以下「審決」という。)をした。審決では、下記の本件発明のうち、本件処分のうち、本件処分の対象となった医薬品の承認書に記載された、「発明特定事項及び用途に該当する事項」によって特定される範囲は、先行処分によって実施できるようになっていたといえるから、本件発明の実施に下記本件処分を受けることが必要であったとは認められず、本件出願は特許法67条の3第1項1号に該当し、特許権の存続期間の延長登録を受けることができない、と判断された。

 本件訴訟は、上記審決の取り消しを求める審決取り消し訴訟である。本訴訟において裁判所は上記の審決を取り消した。

原告が有する本件特許:

 本件特許の特許請求の範囲は,以下のとおりである(本件発明1)。

「多回投与操作分の粉末薬剤を貯蔵可能な薬剤貯蔵室(5a)を規定する手段と,

前記薬剤貯蔵室(5a)底面の下部に設けた単回投与用操作分の粉末薬剤を収容可能な薬剤収容部(5b)と,

前記薬剤貯蔵室(5a)の底面との間で接触を保ちつつ充填位置と投与位置との間を移動可能で,充填位置にて開口手段(2f)により前記薬剤収容部(5b)を前記薬剤貯蔵室(5a)に対して開口し,投与位置にて前記薬剤収容部(5b)を前記薬剤貯蔵室(5a)に対して閉鎖すると共に管(2g,2d)を介して前記薬剤収容部(5b)を装置の外部へ連通させる薬剤導出部(2)と,

前記薬剤貯蔵室(5a)底面の下部に設けた穴(5c)に連通し,かつ前記薬剤導出部(2)を充填位置と投与位置の間で移動させるための手段(13)と,

前記薬剤収容部(5b)の底部に設けたフィルター(6a)を介して該薬剤収容部(5b)に空気を送り込むことのできるポンプ部(3)と,

を具備し,

前記薬剤導出部(2)は,充填位置にあるとき前記薬剤貯蔵室(5a)内の粉末薬剤が前記開口手段を介して前記薬剤収容部(5b)内に充填可能とし,その際,前記穴(5c)は,前記管(2g,2d)を介してポンプ部(3)と外部とを連通させることが可能な場所に位置し,

投与位置では,該薬剤収容部(5b)内の粉末薬剤が空気と共に前記管(2g,2d)を介して装置外部へ噴射され,その際,前記穴(5c)を前記開口手段(2f)とは接合させずに閉鎖するように構成したことを特徴とする粉末薬剤多回投与器。」


本件先行処分:

 原告は,平成14年2月27日,販売名を「リノコートパウダースプレー鼻用」とする一体型多回噴霧器入り製剤について,医薬品の製造承認申請をし,厚生労働大臣から,平成15年3月14日付けで,申請のとおりの医薬品製造承認を受けた(本件先行処分)。その内容は以下のとおりである。

【名称】販売名:リノコートパウダースプレー鼻用

【成分及び分量又は本質】成分名は,プロピオン酸ベクロメタゾン,ヒドロキシプロピルセルロース,ステアリン酸マグネシウム,ステアリン酸であり,成分及び分量又は本質として,1製剤単位は1容器,本品は,有効成分,賦形剤を含有する混合粉末が充填された一体型多回噴霧器入り製剤であり,60回(0.9087g,プロピオン酸ベクロメタゾンとして1.50mg)噴霧できる。

【製造方法】記載はあるが不明。図面として,一体型多回噴霧器の外観及び断面の形状,一体型多回噴霧器を構成する部品,本品容器の構造が添付されている。

【用法及び用量】通常,各鼻腔内に1日2回(1回噴霧あたりプロピオン酸ベクロメタゾンとして25μg),朝,夜(起床時,就寝時)に噴霧吸入する。なお,症状により適宜増減する。

【効能又は効果】アレルギー性鼻炎,血管運動性鼻炎

【貯蔵方法及び有効期間】,【規格及び試験方法】記載はあるが不明。


本件処分:

 原告は,平成19年10月12日,「リノコートパウダースプレー鼻用25μg」について,医薬品製造販売承認事項一部変更承認申請を行い,平成22年1月5日付けで,厚生労働大臣から,上記一部変更申請承認処分を受けた(本件処分)。その内容は以下のとおりである。

【名称】販売名:リノコートパウダースプレー鼻用25μg

【成分及び分量又は本質】成分名は,ベクロメタゾンプロピオン酸エステル,ヒドロキシプロピルセルロース,ステアリン酸マグネシウム,ステアリン酸であり,成分及び分量又は本質として,1製剤単位は1容器,本品は,有効成分,賦形剤を含有する混合粉末が充填された一体型多回噴霧器入り製剤であり,60回(0.9087g,ベクロメタゾンプロピオン酸エステルとして1.50mg)噴霧できる。

【製造方法】不明

変更事項 【製造方法】一体型多回噴霧器の「ノズル」を「ノズル(カウンター付)」に変更。図面として,一体型多回噴霧器の外観及び断面の形状,一体型多回噴霧器を構成する部品,本品容器の構造が添付されている。

 本件処分は,粉末薬剤としての成分及び分量,用法,用量,効能,効果等は,本件先行処分と全く同じであり,変更事項は,製造方法として,一体型多回噴霧器の「ノズル」を「ノズル(カウンター付)」に変更するものであり,容器の形態は,本件先行処分のものから,ノズル部分に噴霧回数を表示するカウンターを設けるため,旧製剤と比較して,噴霧器本体の全高を若干高くし,ノズルの長さも若干短くすることで,容器内にカウンターの搭載スペースを確保し,噴霧操作のノズルの回転動作に連動して噴霧回数を計測し表示するカウンターをノズルに搭載した点で,変更を加えたものである。


2.裁判所の判断のポイント

「2 本件出願の特許法67条の3第1項1号該当性に係る判断の誤りについて

(1) 特許法67条の3第1項1号を理由とする拒絶査定の要件について

特許法67条の3第1項1号は,延長登録出願を拒絶するための要件として,「その特許発明の実施に第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と規定されていることに照らすと,審査官(審判官)が,当該延長登録出願を拒絶するためには,①「『政令で定める処分』を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと」,又は②「政令で定める処分を受けたことによって禁止が解除された行為が『その特許発明の実施』に該当する行為に含まれないこと」を論証する必要があると解される。

薬事法14条1項に基づく医薬品,医薬部外品,化粧品及び医療機器の製造販売についての承認及び同条9項に基づく承認事項の一部変更の承認は,品目ごとに受けなければならず,承認を受けるに当たり,当該医薬品等の「名称,成分,分量,構造,用法,用量,使用方法,効能,効果,性能,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」の審査を受けるものとされている(同条2項3号)。同条2項3号では,審査の対象として,上記各事項が挙げられているが,これらは医薬品,医薬部外品,化粧品及び医療機器の全てについての審査事項を列記したものであり,上記審査事項のうち「構造,使用方法,性能」は医療機器のみにおける審査事項であり,医薬品についての審査事項ではないと解される(同条8項1号及び2号並びに14条の4第1項1号参照。)。そうすると,同法14条1項又は9項に基づく各承認の対象となる医薬品は,「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」によって特定された医薬品である。したがって,上記承認によって禁止が解除される行為態様は,当該承認の対象とされた,上記事項によって特定された医薬品の製造販売等の行為である。

前記アのとおり,特許法67条の3第1項1号は,特許権の存続期間の延長登録出願を拒絶する要件として,「その特許発明の実施に…政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と規定されている。この要件のうち,前記①の「『政令で定める処分』を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと」との第1の要件の有無を判断するに当たっては,医薬品の審査事項である「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」の各要素を形式的に適用して判断するのではなく,存続期間の延長登録制度を設けた特許法の趣旨に照らして実質的に判断することが必要となる。

 本件においては,本件先行処分は薬事法14条1項に基づく医薬品の製造販売に係る承認であり,本件処分は同条9項に基づく承認事項の一部変更の承認である。

 これに対し,特許権の存続期間の延長登録の出願の対象となった本件発明は,粉末薬剤の多回投与器という,特定の薬物を前提としない特許発明であり,前記1(1)カのとおり,多種多様な粉末薬剤を使用することが想定されており,また,前記1(1)オ,キ及びクのとおり,容器の材質,構造等についても多様な実施形態が想定されている。そうすると,本件において,薬事法14条1項又は9項に基づく承認を受けることによって禁止が解除される「その特許発明の実施」の範囲は,本件先行処分及び本件処分の具体的な内容と本件発明の内容とを照らし合わせて,個別具体的に判断する必要がある。

(2) 判断

まず,上記(1)イ及びウの観点から,本件先行処分及び本件処分の対象となった各医薬品と本件発明との関係について検討する。

(ア) 前記認定事実によれば,本件先行処分は,薬事法14条1項に基づき,平成15年3月14日付けでされた,販売名を「リノコートパウダースプレー鼻用」,成分を,プロピオン酸ベクロメタゾン,ヒドロキシプロピルセルロース,ステアリン酸マグネシウム,ステアリン酸,成分及び分量又は本質として,本品は,有効成分,賦形剤を含有する混合粉末が充てんされた一体型多回噴霧器入り製剤であり,60回(0.9087g,プロピオン酸ベクロメタゾンとして1.50mg)噴霧できるとするものについての製造販売承認である。

 これに対し,本件処分は,本件先行処分の医薬品製造販売承認事項の一部変更であり,変更事項は,製造方法として,一体型多回噴霧器の「ノズル」を「ノズル(カウンター付)」に変更するものである。そして,旧製剤と本件製剤とを比較すると,粉末薬剤としては,成分,分量,用法,用量,効能,効果等が全く同じであり,噴霧器の形態については,ノズル部分に噴霧回数を表示するカウンターを設けるため,噴霧器本体の全高を若干高くし,ノズルの長さも若干短くすることで,噴霧器内にカウンターの搭載スペースを確保し,噴霧操作のノズルの回転動作に連動して噴霧回数を計測し表示するカウンターをノズルに搭載した点で変更を加えたものである。

 そうすると,本件処分を受けたことによって禁止が解除された行為は,ノズルにカウンターを搭載したことのみにあると認められる。

(イ) ノズルに,噴霧回数を計測し表示するカウンターを搭載することは,本件特許の特許請求の範囲には記載がなく,本件明細書にも記載がないことは,当事者間に争いがない。

 本件発明1において,手段(13)は,薬剤貯蔵室(5a)底面の下部に設けた穴(5C)に連通するものであり,かつ薬剤導出部(2)を充填位置と投与位置の間で移動させる機能を奏しているものである。

 旧製剤及び本件製剤において,手段(13)に相当するノズルは,いずれも上記構成及び機能を有するところ,本件製剤のノズルは,カウンターを付したことにより,噴霧回数を表示するという付加的機能を奏するものであり,カウンター自体は,薬剤貯蔵室(5a)底面の下部に設けた穴(5c)に連通するものではなく,薬剤導出部(2)を充填位置と投与位置との間で移動させる機能を奏するものでもない。

 したがって,本件製剤は,本件発明1の実施品である旧製剤のノズルにカウンターを付すことによって,旧製剤が奏する定量噴霧性,小型化(携帯性),操作の簡便性・迅速性,製造工程の簡易性,粉末薬剤の分散性,部品の最少化,低コスト化等を兼ね備えた粉末薬剤多回投与器という本件発明1の効果に対し,噴霧回数の表示という付加的機能を実現したものにすぎず,カウンターの設置に伴い,ノズルの面積や構造などに若干の設計変更が加えられたものの,旧製剤と形態や機能において異なるものではないことが認められる。

以上によれば,まず,本件製剤と旧製剤とは,粉末薬剤としては,成分,分量,用法,用量,効能,効果等において全く同じであると認められる。

 そして,本件製剤は,本件先行処分により禁止が解除された本件発明1の実施形態である旧製剤のノズルについて,カウンターを搭載する実施形態に限定したものにすぎないから,本件製剤は,本件発明1の実施形態としては,旧製剤に含まれるというべきである。

 そうすると,本件処分は,本件先行処分により禁止が解除された本件発明1の実施形態について,ノズルにカウンターを搭載するという,より限定した形態について本件処分の承認事項の一部を変更したものにすぎないから,本件出願については,前記①の「『政令で定める処分』を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと」の要件を充足するということができる。

 したがって,本件出願は,特許法67条の3第1項1号の「その特許発明の実施に第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき」に該当するというべきである。

(3) 原告の主張について

 原告は,①本件発明1において,手段(13)は,回転することによって一回分の投与量を秤量する機能を有する部材であり,回転回数を記録するカウンターも,回転する部材と密接な関係にあり,医薬品として大きな技術的意味を有し,本件発明1の手段(13)の一部を形成しているから,手段(13)は,発明特定事項として,少なくともカウンターを有しないもの(旧製剤)と,カウンターを有するもの(本件製剤)の2つの下位概念を含むものである,②本件製剤の本質的な特徴は,有効成分ではなく,多回投与器の構造に基づく性能にあるから,カウンターを付加した構造に関する創意工夫に基づく患者の利便性の向上につき,延長登録による保護が与えられるべきである,③カウンターの付加は,旧製剤と比較して,利便性を大きく向上させた重要な相違点であり,多回投与器を適用して患者の利便を図るという基本的な技術的思想の中には手段(13)においてカウンターを付加するという下位概念も含まれており,本件発明の目的(定量噴霧性や操作の簡便性・迅速性)がより一層高いレベルで実現されるのであって,カウンターの付加は,本件発明の技術的思想として大きな関連性を有する改良であるところ,カウンターを有する本件製剤は,本件処分によって初めて禁止が解除されたのであるから,本件製剤の実施態様について,本件発明を実施するためには本件処分が必要であったことは自明であると主張する。

 しかし,本件発明1において,手段(13)は,前記のとおり,薬剤貯蔵室(5a)底面の下部に設けた穴(5c)に連通するものであり,かつ薬剤導出部(2)を充填位置と投与位置との間で移動させる機能を奏しているものであるのに対し,カウンター自体はそのような機能を奏するものではなく,噴霧回数の表示という付加的機能を実現するものにすぎない。そして,カウンターを付加することは,本件先行処分で禁止が解除された実施形態の範囲内において,これを限定付加するものにすぎない。したがって,本件処分を受けたことによって,新たに禁止が解除されたとはいえない。

 そうすると,原告の上記主張はいずれも採用することができない。」

2回目の特許権存続期間延長が認められた事例


知財高裁平成26年5月30日判決

平成25年(行ケ)第10196号 審決取消請求事件
1.概要

 原告は,発明の名称を「血管内皮細胞増殖因子アンタゴニスト」とする特許の特許権者である。

 原告は,平成21年12月17日,本件特許に係る発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったとして,5年の存続期間の延長登録を求めて,本件特許につき特許権の存続期間延長登録の出願(以下「本件出願」という。)をしたが,平成23年1月6日付けで拒絶査定を受け,同年4月18日,拒絶査定不服審判を請求した。特許庁は,平成25年3月5日,請求不成立の審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同月15日,原告に送達された。審決では、下記の本件特許発明1のうち、下記本件処分の対象となった医薬品の「発明特定事項に該当する事項」によって特定される範囲は、下記の本件先行処分によって既に実施できるようになっていたといえるから、本件特許発明の実施に下記本件処分を受けることが必要であったとは認められず、本件出願は特許法67条の3第1項1号に該当し、特許権の存続期間の延長登録を受けることができない、と判断された。

 本件訴訟は、上記審決の取り消しを求める審決取り消し訴訟である。本訴訟において裁判所は上記の審決を取り消した。

原告が有する本件特許:

 本件特許の特許請求の範囲は,以下のとおりである(本件特許発明1)。

「【請求項1】抗VEGF抗体であるhVEGFアンタゴニストを治療有効量含有する,癌を治療するための組成物。」

本件処分:

 平成24年9月6日付け手続補正後における延長登録の理由となる処分(以下「本件処分」という場合がある。)の内容及び本件出願の理由は,以下のとおりである。

延長登録の理由となる処分

薬事法14条9項に規定する医薬品に係る同項の承認

処分を特定する番号

承認番号 21900AMX00921000

処分の対象となったもの

販売名 アバスチン点滴静注用400mg/16mL

一般名 ベバシズマブ(遺伝子組換え)

(以下,上記販売名及び一般名で特定される医薬品を「本件医薬品」という。)

処分の対象となったものについて特定された用途

「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌に対する他の抗悪性腫瘍剤との併用における,成人への,ベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)での,投与間隔3週間以上の点滴静脈内注射」

処分を受けた日

平成21年9月18日

政令で定める処分を受けた物が特許請求の範囲に記載されていること

 請求項1に記載の抗hVEGF抗体が処分を受けたベバシズマブ(遺伝子組換え)である。

本件先行処分:

 本件医薬品については,本件処分に先立って,平成19年4月18日付けで以下の医薬品製造販売承認(以下「本件先行処分」という。)がされている。本件処分は本件先行処分の製造販売承認事項一部変更承認であり,変更事項は,「用法及び用量」に新たな用法・用量を追加した点にある。

処分の根拠

 薬事法14条1項

承認番号

 21900AMX00921000

効能又は効果

「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」

用法及び用量

 他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人には,ベバシズマブとして1回5mg/kg(体重)又は10mg/kg(体重)を点滴静脈内注射する。投与間隔は2週間以上とする。

2.裁判所の判断のポイント

「当裁判所は,審決には,以下のとおりの誤りがあると判断する。

 すなわち,審決は,概要,①承認の対象となる医薬品は,承認書に記載された事項で特定されたものであるのに対して,特許発明は,技術的思想の創作を「発明特定事項」によって表現したものであるから,両者は異なる,②したがって,特許法67条の3第1項1号該当性を判断するに当たって,「特許発明の実施」は,処分の対象となった医薬品その物の製造販売等の行為ととらえるべきでなく,処分の対象となった医薬品の承認書に記載された事項のうち特許発明の発明特定事項に該当する全ての事項(発明特定事項に該当する事項)によって特定される医薬品の製造販売等の行為ととらえるべきである,③処分の対象となった医薬品の「発明特定事項に該当する事項」を備えた先行医薬品についての処分(先行処分)が存在する場合には,特許発明のうち,処分の対象となった医薬品の「発明特定事項に該当する事項」によって特定される範囲は,先行処分によって実施できるようになっていたというべきであり,同法67条の3第1項第1号により拒絶される,と判断した。

 しかし,審決の上記判断には,誤りがある。その理由は,以下のとおりである。

特許法67条の3第1項1号該当性判断の誤り(取消事由1)について

(1) 特許発明の存続期間の延長登録制度の趣旨

 特許法は,67条1項において,特許権の存続期間を特許出願の日から20年と定めるが,同時に,同条2項において,その特許発明の実施について政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明の実施をすることができない期間があったときは,5年を限度として,その存続期間の延長をすることができると定めて,特許権の存続期間の延長登録制度を設けた。

 特許権の存続期間の延長登録の制度が設けられた趣旨は,以下のとおりである。すなわち,「その特許発明の実施」について,同法67条2項所定の「政令で定める処分」を受けることが必要な場合には,特許権者は,たとえ,特許権を有していても,特許発明を実施することができず,実質的に特許期間が侵食される結果を招く(もっとも,このような期間においても,特許権者が「業として特許発明の実施をする権利」を専有していることに変わりはなく,特許権者の許諾を受けずに特許発明を実施する第三者の行為について,当該第三者に対して,差止めや損害賠償を請求することが妨げられるものではない。したがって,特許権者の被る不利益の内容として,特許権の全ての効力のうち,特許発明を実施できなかったという点にのみ着目したものであるといえる。)。そして,このような結果は,特許権者に対して,研究開発に要した費用を回収することができなくなる等の不利益をもたらし,また,開発者,研究者に対しても,研究開発のためのインセンティブを失わせることから,そのような不都合を解消させ,研究開発のためのインセンティブを高める目的で,特許発明を実施することができなかった期間について,5年を限度として,特許権の存続期間を延長することができるようにしたものである。

・・・(略)

 このように,特許権の存続期間の延長登録の制度は,特許発明を実施する意思及び能力があってもなお,特許発明を実施することができなかった特許権者に対して,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除されることとなった特許発明の実施行為について,当該「政令で定める処分」を受けるために必要であった期間,特許権の存続期間を延長する措置を講じることによって,特許発明を実施することができなかった不利益の解消を図った制度であるということができる。

(2) 特許法67条の3第1項1号を理由とする拒絶査定の要件について

 特許権の存続期間の延長登録の出願を拒絶すべきとした審決の判断の当否を検討するに当たっては,拒絶すべきとの査定(審決)の要件を規定した根拠法規である特許法67条の3第1項1号の要件適合性を判断することにより結論を導くべきである(先行処分を理由として存続期間が延長された特許権の効力がどの範囲まで及ぶかという点は,特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったか否かとの点と,必ずしも常に直接的に関係する事項であるとはいえない。)。

 そこで,上記の特許権の存続期間の延長登録制度の趣旨に照らし,同法67条の3第1項1号の規定を検討すると,「その特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であった」との事実が存在するといえるためには,①「政令で定める処分」を受けたことによって禁止が解除されたこと(例えば,先行処分を受けたことによって既に禁止が解除されていると評価判断できないこと等),及び,②「政令で定める処分」によって禁止が解除された当該行為が「その特許発明の実施」に該当する行為(例えば,物の発明にあっては,その物を生産等する行為)に含まれることが前提となり,その両者が成立することが必要であるといえる。

 以上の点を前提に整理する。同法67条の3第1項1号は,「その特許発明の実施に・・・政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と,審査官(審判官)が延長登録出願を拒絶するための要件として規定されているから,審査官(審判官)が,当該出願を拒絶するためには,①「政令で定める処分を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと」(第1要件),又は,②「『政令で定める処分を受けたことによって禁止が解除された行為』が『その特許発明の実施に該当する行為』には含まれないこと」(第2要件)のいずれかを選択的に論証することが必要となる(なお,同法67条の2第1項4号及び同条2項の規定に照らし,「政令で定める処分」の存在及びその内容については,審査等実務の円滑な運営及び公平の理念から,出願人において明らかにすべきものと解される。)。

 以上を総合すれば,審査官(審判官)において,上記の要件に該当する事実がある旨を論証しない限り,同法67条の3第1項1号を理由に延長登録の出願を拒絶すべきとの結論を導くことはできないというべきである。

(3) 医薬品の製造販売等についての承認について

 薬事法14条1項は,医薬品,医薬部外品,一定の化粧品又は医療機器の製造販売をしようとする者は,品目ごとにその製造販売について厚生労働大臣の承認を受けなければならない旨を,同条9項は,同条1項の承認を受けた者が,当該品目について,承認された事項の一部を変更しようとするときは,その変更について厚生労働大臣の承認を受けなければならない旨を規定している。医薬品に係る同条1項の承認及び同条9項の承認は,特許法67条2項の政令で定める処分に該当する(特許法施行令3条)。

 薬事法14条1項又は9項に基づく医薬品,医薬部外品,化粧品及び医療機器の製造販売についての承認は,品目ごとに受けなければならず,承認を受けるに当たり,当該医薬品等の「名称,成分,分量,構造,用法,用量,使用方法,効能,効果,性能,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」の審査を受けるものとされている(同条2項3号)。同条2項3号では,審査の対象として,上記各事項が挙げられているが,これらは医薬品,医薬部外品,化粧品及び医療機器の全てについての審査事項を列記したものであり,上記審査事項のうち「構造,使用方法,性能」は医療機器のみにおける審査事項であり,医薬品についての審査事項ではないと解される(同条8項1号及び2号並びに14条の4第1項1号参照)。そうすると,同法14条1項又は9項に基づく承認の対象となる医薬品は,「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」によって特定された医薬品である。したがって,上記承認によって禁止が解除される行為態様は,当該承認の対象とされた,上記事項によって特定された医薬品の製造販売等の行為である。

(4) 特許法67条の3第1項1号所定の要件充足性の判断について

 前記のとおり,特許法67条の3第1項1号は,特許権の存続期間の延長登録出願を拒絶する要件として,「その特許発明の実施に・・・政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と規定している。この要件のうち,前記①の「政令で定める処分を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと」との第1要件の有無を判断するに当たっては,医薬品の審査事項である「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」の各要素を形式的に適用して判断するのではなく,存続期間の延長登録制度を設けた特許法の趣旨に照らして実質的に判断することが必要である。

 上記の観点から,医薬品の成分を対象とする特許(製法特許,プロダクトバイプロセスクレームに係る特許等を除く。以下同じ。)について検討すると,品目を構成する要素のうち,「名称」は医薬品としての客観的な同一性を左右するものではないから,禁止が解除されたかどうかの判断要素とは解されない。また,「副作用その他の品質」,「有効性及び安全性に関する事項」は,通常,医薬品としての実質的な同一性に直接関わる事項とはいえないから,禁止が解除されたかどうかの判断要素とするまでの必要はないと解される。

 以上によると,医薬品の成分を対象とする特許については,薬事法14条1項又は9項に基づく承認を受けることによって禁止が解除される「特許発明の実施」の範囲は,上記審査事項のうち「名称」,「副作用その他の品質」や「有効性及び安全性に関する事項」を除いた事項(成分,分量,用法,用量,効能,効果)によって特定される医薬品の製造販売等の行為であると解するのが相当である。

(5) 本件事案について

 本件特許発明は,医薬品の成分を対象とする発明であるが,その医薬品に関連する製造販売等の行為について本件先行処分がされている。そこで,本件先行処分により禁止が解除されたと判断される範囲と本件処分により禁止が解除されたと判断される範囲との関係について,上記(4)の観点を踏まえて検討する。

 前記のとおり,本件先行処分は,薬事法14条1項に基づいて,平成19年4月18日付けでされた,販売名を「アバスチン点滴静注用400mg/16mL」,有効成分を「ベバシズマブ(遺伝子組換え)」,効能又は効果を「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」,用法及び用量を「他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人には,ベバシズマブとして1回5mg/kg(体重)又は10mg/kg(体重)を点滴静脈内注射する。投与間隔は2週間以上とする。」とする医薬品の製造販売承認である。本件処分は,本件先行処分において承認された用法及び用量に,「他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人にはベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)を点滴静脈内注射する。投与間隔は3週間以上とする。」を追加することを変更内容とする,同条9項に基づく,医薬品製造販売承認事項一部変更承認である。

 本件先行処分では,「他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人にはベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)を点滴静脈内注射する。投与間隔は3週間以上とする。」との用法・用量によって特定される使用方法による本件医薬品の使用行為,及び上記使用方法で使用されることを前提とした本件医薬品の製造販売等の行為の禁止は解除されておらず,本件処分によってこれが解除されたのであるから,本件処分については,延長登録出願を拒絶するための前記の選択的要件のうち,「政令で定める処分を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと」との要件(前記第1要件)を充足していないことは,明らかである。

 また,本件処分により禁止が解除された,上記用法・用量によって特定される使用方法による本件医薬品の使用行為,及び上記使用方法で使用されることを前提とした本件医薬品の製造販売等の行為が本件特許発明の実施行為に該当することは,当事者間に争いはなく,本件処分については,延長登録出願を拒絶するための前記の選択的要件のうち,「『政令で定める処分を受けたことによって禁止が解除された行為』が『その特許発明の実施に該当する行為』には含まれないこと」との要件(前記第2要件)を充足していないことも,明らかである。

 以上のとおりであり,本件においては,「本件処分を受けたことによって本件特許発明の実施行為の禁止が解除されたとはいえない」とはいえず,特許法67条の3第1項1号の定める,拒絶要件があるとはいえない。

(6) 被告の主張について

この点について,被告は,①承認の対象となる医薬品は,承認書に記載された事項で特定されたものであるのに対し,特許発明は技術的思想の創作を「発明特定事項」によって表現したものであり,技術的思想を単位とするものであるから,両者は異なる,②特許発明は,発明特定事項で表現される技術的思想を単位とするものであるから,本件処分によって禁止が解除された行為があったとしても,そのことをもって,本件特許発明を,技術的思想とは無関係に,処分を受けた特定の医薬品に区分して,本件特許発明が初めて実施できるようになったということはできない,③したがって,特許法67条の3第1項1号における「特許発明の実施」は,処分の対象となった医薬品の承認書に記載された事項のうち特許発明の発明特定事項に該当する全ての事項(発明特定事項に該当する事項)によって特定される医薬品の製造販売等の行為ととらえることが妥当であると主張する。

しかし,被告の主張に係る上記①,②の各理由は,被告主張に係る結論を導くに足る論拠にはなり得ないものであり,また,被告主張に係る上記③の結論は,特許法67条の3第1項1号の規定の趣旨及び規定の文言に反するものであって,採用の限りでない。

() 前記(1)で詳述したとおり,特許権の存続期間の延長登録の制度は,「その特許発明の実施」について,特許法67条2項所定の処分を受けることが必要な場合には,特許権者は,特許権を有していても,特許発明を実施することができないという不都合が生じることから,その不都合を解消させる趣旨で設けられたものであり,同法67条の3第1項1号の要件は,その趣旨,目的を実現するために設けられた規定である。

 当該処分(先行処分も同様である。)によって禁止が解除された製造販売等の行為が,特許発明の実施行為に含まれないような場合には,当該処分は,特許発明の実施に何ら影響を与えるものではないから,特許発明の実施に処分を受けることが必要であったということはできないといえるが,当該処分によって禁止が解除された製造販売等の行為が,特許発明の実施行為に含まれている場合には,同号の規定する延長登録出願を拒絶するための前記選択的要件のうちの第1要件の充足の有無を検討することが必須となる。

() この点,被告は,特許法67条の3第1項1号における「特許発明の実施」は,処分の対象となった医薬品の承認書に記載された事項のうち特許発明の発明特定事項に該当する全ての事項(発明特定事項に該当する事項)によって特定される医薬品の製造販売等の行為ととらえることが妥当であると主張する。

 被告の主張は,当該処分(先行処分を含む。)の対象となった医薬品の承認書に記載された事項のうち,特許発明の発明特定事項と重複する事項によってのみ特定された範囲について,当該処分によって製造販売等の禁止の解除がされたとする趣旨を主張するものと理解されるが,同主張は,以下のとおり,採用することはできない。

被告の主張は,特許請求の範囲に構成要件(発明特定事項)として記載されていない事項は,特許発明の技術的思想とはおよそ無関係な事項と扱われるべきであるとの前提に立つものと解される。しかし,特許請求の範囲における構成要件(発明特定事項)は,特許発明の技術的範囲(専有権の範囲)を画する目的で,出願人により選択,記載されるものであって,構成要件(発明特定事項)として記載されていない事項は,構成要件(発明特定事項)により限定するまでもなく,広い範囲で特許発明の技術的思想が成り立つことを意味し,その結果,広い特許発明の技術的範囲が専有権の対象となるが,構成要件(発明特定事項)として記載されていない事項が,直ちに特許発明の技術的思想と無関係であることを意味するものではない。

前記(1)で述べたとおり,特許権の存続期間の延長登録の制度は,特許権者に対して,研究開発に要した費用を回収することができない等の不利益を解消し,研究開発のためのインセンティブを高めるとの趣旨から,特許法において設けられた制度であり,特許法は,そのような趣旨を実現する目的から,「その特許発明の実施に・・・政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」という要件を拒絶のための要件として規定し,審査官(審判官)が,延長登録出願を拒絶するためにはどのような内容を論証の対象とするかを明確にしたものである。

 これを薬事法14条1項又は9項に基づく医薬品を対象とした処分に限ってみても,同処分によって禁止が解除されるのは,前記説示のとおり,承認書に記載された「成分,分量,用法,用量,効能,効果」によって特定される医薬品の製造販売等の行為に限られるのであり,それを超えた特許発明の発明特定事項に該当する事項によって特定される医薬品の製造販売等の行為の全てではないことは,同法14条1項又は9項の規定から明らかである。

 本件についてみれば,本件先行処分では,本件医薬品につき,本件先行処分で承認された用法・用量(他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人にはベバシズマブとして1回5mg/kg(体重)又は10mg/kg(体重)を点滴静脈内投与し,投与間隔は2週間以上とする。)によって特定される使用方法による使用行為,及び同使用方法で使用されることを前提とした製造販売等の行為について禁止が解除されたのに対し,本件処分では,本件処分で追加された用法・用量(他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人にはベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)を点滴静脈内注射し,投与間隔は3週間以上とする。)についての上記各行為の禁止が解除されたのであり,本件処分によって初めて,XELOX療法とベバシズマブ療法との併用療法のための本件医薬品の販売等が可能となったものである(医薬品においては,特定の用法・用量における特許発明の実施について,相当期間の臨床試験を経て,副作用が少なく,安全性が高いことが確認されてから,ようやく承認がされるのであり,このことからしても,承認における審査事項となった,特定の用法・用量とは異なる用法・用量による特許発明の実施については,禁止の解除がされていないことは明らかである。)。したがって,本件特許発明については,本件処分によって,初めて上記の範囲で禁止が解除されたのであるから,本件出願は,特許法67条の3第1項1号には該当しないことは明らかである。

 このような延長制度の趣旨及び要件規定の文言の規定振りに照らすならば,同号における「特許発明の実施」は,具体的な医薬品の製造販売等の承認処分の内容ではなく,医薬品の承認書に記載された事項のうち,特許発明の発明特定事項と重複する事項によってのみ特定される医薬品の製造販売等の行為ととらえるべきであるとする被告の主張を採用することはできない。

以上のとおりであり,政令で定める処分によって禁止が解除されていない特許発明の実施行為についてまで,禁止が解除されたものと擬制するとの被告の主張を採用することはできず,これに基づいて特許権の存続期間の延長登録出願を拒絶することは,誤りである。

(7) 特許権の存続期間の延長に係る拒絶査定の運用の変遷について

・・・(略)・・・

(8) 小括

 以上のとおり,本件出願が,特許法67条の3第1項1号に該当するとして,特許権の存続期間の延長登録を受けることができないとした審決の判断には,誤りがあるから,その余の点を判断するまでもなく,審決は取り消されるべきである。

特許法68条の2に基づく延長された特許権の効力の及ぶ範囲について

 本件出願が特許法67条の3第1項1号に該当するとした審決の判断には誤りがあり,その余の点を判断するまでもなく,審決は違法であることになる。また,同法68条の2に基づく延長された特許権の効力の及ぶ範囲については,本来,特許権侵害訴訟において判断されるべき論点であるが,念のため,以下のとおり検討を加える。

(1) 特許法68条の2の趣旨について

 特許法68条の2は,「特許権の存続期間が延長された場合(第67条の2第5項の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は,その延長登録の理由となつた第67条第2項の政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては,当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には,及ばない。」と規定している。

 上記規定は,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は,その特許発明の全範囲に及ぶのではなく,「政令で定める処分の対象となった物(その処分においてその物に使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物)」についてのみ及ぶ旨を定めている。

(2) 特許法68条の2の「政令で定める処分の対象となつた物」及び「用途」に係る特許発明の実施行為の範囲について

「政令で定める処分」が薬事法所定の医薬品に係る承認である場合,存続期間が延長された特許権の効力が,薬事法の承認の対象になった物(物及び用途)に係る特許発明の実施行為のうち,いかなる範囲に対してまで及ぶかについては,前記のとおり,特許権侵害訴訟において検討されるべき事項であるといえるが,関連する範囲で,便宜検討することとする。

薬事法14条1項は,「医薬品・・・の製造販売をしようとする者は,品目ごとにその製造販売についての厚生労働大臣の承認を受けなければならない。」と規定し,同項に係る医薬品の承認に必要な審査の対象となる事項は,「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」(同法14条2項,9項)と規定されている。このことからすると,「政令で定める処分」が薬事法所定の医薬品に係る承認である場合には,常に「効能,効果」が審査事項とされ,「効能,効果」は「用途」に含まれるから,同承認は,特許法68条の2括弧書きの「その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合」に該当するものと解される。

薬事法の承認処分の対象となった医薬品における「政令で定める処分の対象となった物及び用途」の解釈については,特許法68条の2によって存続期間が延長された特許権の効力の範囲を,どのような事項によって特定すべきかの問題であるから,特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨(特許権者が,政令で定める処分を受けるために,その特許発明を実施する意思及び能力を有していてもなお,特許発明の実施をすることができなかった期間があったときは,5年を限度として,その期間の延長を認めるとの制度趣旨)及び特許権者と第三者との公平を考慮した上で,これを合理的に解釈すべきである。なお,医薬品関連特許にも様々なものがあり,これを一様に論じることは困難であるため,延長登録された特許権の効力について以下に判示するところは,医薬品の成分を対象とした特許発明について述べるものである。

() 特許法68条の2所定の「政令で定める処分の対象となつた物」について

 薬事法14条2項3号所定の前記審査事項のうち,「名称」は,医薬品としての客観的な同一性を左右するものではなく,医薬品の構成を特定する事項とならないので,延長された特許権の効力を制限する要素とは解されない。

 「成分(有効成分に限らない。)」は,医薬品の構成を客観的に特定する事項であって,上記審査事項における重要な要素であるから,延長された特許権の効力を制限する要素となる。

 「分量」は,錠剤やパックなどの単位医薬品中に含まれる成分等の量を指すため,医薬品の構成を客観的に特定する要素となり得るものの,競業他社が,本来の特許期間経過後に,特許権者が臨床試験等を経て承認を得た医薬品と実質的に同一の用法・用量となるようにし,分量のみ特許権者が承認を得たものとは異なる医薬品の製造販売等をすることを許容することは,延長登録制度を設けた趣旨に反することになるから,分量については,延長された特許権の効力を制限する要素となると解することはできない。

 「副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」も,通常,それ自体が医薬品としての実質的な同一性に直接関わる事項とはいえないから,これも延長された特許権の効力を制限する要素と解することはできない。

() 特許法68条の2所定の「用途」について

 医薬品における「用途」の用例に照らすならば,上記審査事項の「効能,効果」は,当該医薬品の「用途」に該当し,延長された特許権の効力を制限する要素となる。

 上記審査事項の「用法,用量」は,医薬品においては,医薬品の患者への使用方法に関するものであるものの,医薬品においては,特定の用法,用量ごとに,その副作用の安全性を確認するための臨床試験が必須となり,そのために承認までに相当な期間を要し,その期間内は特許発明の実施が妨げられるとの状況が存在し,「用法,用量」は薬事法上の承認における各審査事項の中でも重要な審査事項の一つであること(甲25),及び本件先行処分や本件処分のように,当該医薬品の「他の抗悪性腫瘍剤との併用」を前提として「用法,用量」が定められる場合があること等に照らせば,これも「用途」に含まれ,延長された特許権の効力を制限する要素となると解するのが相当である。

() 以上のとおり,特許権の延長登録制度及び特許権侵害訴訟の趣旨に照らすならば,医薬品の成分を対象とする特許発明の場合,特許法68条の2によって存続期間が延長された特許権は,「物」に係るものとして,「成分(有効成分に限らない。)」によって特定され,かつ,「用途」に係るものとして,「効能,効果」及び「用法,用量」によって特定された当該特許発明の実施の範囲で,効力が及ぶものと解するのが相当である(もとより,その均等物や実質的に同一と評価される物が含まれることは,延長登録制度の立法趣旨に照らして,当然であるといえる。)。

上記のように解した場合,政令で定める処分を受けることによって禁止が解除される特許発明の実施の範囲と,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力が及ぶ特許発明の実施の範囲とは,常に一致するわけではない。しかし,先行処分を理由として存続期間が延長された特許権の効力がどの範囲まで及ぶかという点は,特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったか否かとの点と,直接的に関係するものでない以上,それぞれの範囲が一致しないことに,不合理な点はないというべきである。なお,政令で定める処分を受けることによって禁止が解除された特許発明の実施が,先行処分に基づき存続期間が延長された当該特許権の効力が及ぶ特許発明の実施の範囲に含まれるような場合は,重複して延長の効果が生じ得ることとなる。後行処分による延長期間が先行処分による延長期間より長い場合には,これに対応する期間,当該特許権の存続期間が延長されるが,当該期間については,当該特許発明の実施が禁止されていた部分があることに照らすと,上記のように解することに何ら不合理な点はない。