2014年6月28日土曜日

特殊パラメータ特許の侵害訴訟での立証の困難性

東京地裁平成26年6月24日判決


平成24年(ワ)第15613号 特許権侵害差止等請求事件

1.概要
 本件は,発明の名称を「曲げ加工性が優れたCu-Ni-Si系銅合金条」とする特許権(以下「本件特許権」という。)を有する原告が,被告による被告各製品の製造販売等が本件特許権の侵害に当たると主張して,被告に対し,特許法100条1項に基づく被告各製品の生産,使用等の差止め等を求めた事案である。
 技術的意義が明確でないパラメータを構成要件とする物発明の特許権に基づく侵害訴訟では、特許権者は、被告製品の一部のみが構成要件を満たすことを証明するだけでは足りず、「全体」が構成要件を満たすことを立証する必要がある、と判断された。本件に固有の事情は考慮しなければいけないが、パラメータ特許の特殊性を理解するために役立つ判決である。

 原告が有する特許権に係る本件発明を分説すると以下の通りである:
「(構成要件A)Niを1.0~4.5質量%(以下%とする),
(構成要件B)Siを0.25~1.5%を含有し,
(構成要件C)更にZn,Sn,及びMgのうち1種類以上を含有し,Mgを含有する場合は0.05~0.3%とし,Zn及び/又はSnを含有する場合は総量で0.005~2.0%とし,
(構成要件D)残部がCuおよび不可避的不純物よりなる銅基合金の
(構成要件E)圧延面においてX線回折を用いて測定した3つの(hkl)面のX線回折強度が,
(I(111)+I(311))/I(220)≦2.0
を満足し,
(構成要件F)圧延面においてX線回折を用いて測定した(220)面のX線回折強度をI(220),および純銅粉末標準試料においてX線回折を用いて測定した(220)面のX線回折強度をI0(220)としたときの,I(220)/I0(220)が,
2.28≦I(220)/I0(220)≦3.0
を満足し,
(構成要件G)圧延方向に直角な断面における結晶粒の幅方向の平均長さをa,厚み方向の平均長さをbとしたときに,
0.5≦b/a≦0.9
2μm≦a≦20μm
であることを特徴とする
(構成要件H)高強度および高曲げ加工性を両立させたCu-Ni-Si系銅合金条。」

 一方、被告は、被告は,型番をM702S又はM702Uとする銅合金条(以下,それぞれを「M702S」,「M702U」という。)を製造販売している。

2.争点

 被告による、本件特許権の構成要件E及びFを満たす銅合金条の製造販売の有無が争点の一つである。
 原告は、被告製品の銅合金条の「一部」のみを分析し構成要件E及びFを満たす部分があると主張した。一方被告は、銅合金条の「全体」が構成要件E及びFを満たしていない限り、本件特許権の侵害にはあたらないと主張した。

3.裁判所の判断のポイント

「(1) X線回折強度の測定箇所について

ア 証拠(甲2,3,38,45,46,乙8,9)及び弁論の全趣旨によれば,本件発明は銅合金条という物に係る発明であり,電子部品の高密度実装性,高信頼性が要求される中,構成要件E及びFの数値限定を含む本件発明の構成要件を充足することにより,高強度及び優れた曲げ加工性を両立させた電子材料用の銅合金条を提供することを目的とするものであること,銅合金条は顧客がこれを適宜裁断してリードフレーム,電子機器の各種端子,コネクタ等に用いるものであること,銅合金条の長さや幅は様々であり,例えば,長さは247m,2440mmのもの,幅は436mm,620mmのものがあることが認められる。

 このことからすると,本件発明に係る銅合金条は,顧客がどの部位を裁断しても電子材料として高強度及び優れた曲げ加工性を両立させる性質を有している必要があるから,被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するというためには,被告各製品の全ての部位において本件発明の構成要件を充足しなければならないと解すべきである。そうすると,板面方位指数及び(220)面集積度を求めるためのX線回折強度は,銅合金条の任意の1点(甲4,5参照)又は端末寄りの数点(甲8,39参照)だけでは足りず,銅合金条の全体にわたって測定すべきものということができる。

イ これに対し,原告は,現に測定した特定の部位又は両端部を除く部分において構成要件E及びFの数値限定の範囲にあれば足りる旨主張するが,以上に説示したことに照らし,これを採用することはできない。」

「原告は,被告製品1に当たると主張するM702Sにつき,自ら(甲4)又は第三者機関に委託して(甲34)行った測定結果の報告書を提出し,これらによれば構成要件E及びFの数値限定が充足されている旨主張する。しかし,これらはいずれも試料(なお,後者における試料がM702Sであるかは報告書の記載上明らかでない。)の内の任意の1点を計測したものにとどまり,これらによって銅合金条全体が構成要件E及びFの数値限定の範囲内にあると認めることができないことは前記(1)で判断したとおりである。」

「なお,銅合金条の全体にわたってX線回折強度を測定し,その全てにおいて構成要件E及びFの範囲内にあることの立証を要求することは,特許権者に対して酷な面がないではない。しかし,原告は,X線回折強度により計算される板面方位指数及び(220)面集積度が所定の範囲にあることにより顕著な効果を奏するとして,銅合金条に係る本件特許権を取得したものである。これに加え,被告のカタログ(甲6,7)に(220)面集積度等に関する記載はなく,被告において(220)面集積度等を制御して銅合金条の製造を行っている(したがって,顧客においてこの点を製品選択の考慮要素としている)とはうかがわれないこと,本件明細書にも(220)面集積度等を特許請求の範囲に記載された数値限定の範囲内に制御するための具体的な製造方法等は記載されていないこと,(220)面集積度等が本件明細書に記載された本件発明の効果に結びつくとする知見や,それを制御する方法に関する文献等が本件の証拠上に現れていないことに鑑みると,(220)面集積度等が所定の範囲内にあることの技術的意義は定かでないというほかない。本件におけるこのような事情からすれば,原告においては被告の製造販売する銅合金条の全体につきX線回折強度を測定し,これが構成要件E及びFを充足することを客観的な証拠をもって明確に立証しない限り本件特許権を行使することができないと解しても不合理ではないと考えられる。」