2014年6月7日土曜日

2回目の特許権存続期間延長が認められなかった事例


知財高裁平成26年5月30日判決

平成24年(行ケ)第10399号 審決取消請求事件

1.概要

 原告は,発明の名称を「粉末薬剤多回投与器」とする特許の特許権者である。

 原告は,本件特許に係る発明の実施に政令で定める処分(下記の本件処分)を受けることが必要であったとして,5年の存続期間の延長登録を求めて,本件特許につき特許権の存続期間延長登録の出願(以下「本件出願」という。)をしたが,拒絶査定を受け,拒絶査定不服審判を請求した。特許庁は請求不成立の審決(以下「審決」という。)をした。審決では、下記の本件発明のうち、本件処分のうち、本件処分の対象となった医薬品の承認書に記載された、「発明特定事項及び用途に該当する事項」によって特定される範囲は、先行処分によって実施できるようになっていたといえるから、本件発明の実施に下記本件処分を受けることが必要であったとは認められず、本件出願は特許法67条の3第1項1号に該当し、特許権の存続期間の延長登録を受けることができない、と判断された。

 本件訴訟は、上記審決の取り消しを求める審決取り消し訴訟である。本訴訟において裁判所は上記の審決を取り消した。

原告が有する本件特許:

 本件特許の特許請求の範囲は,以下のとおりである(本件発明1)。

「多回投与操作分の粉末薬剤を貯蔵可能な薬剤貯蔵室(5a)を規定する手段と,

前記薬剤貯蔵室(5a)底面の下部に設けた単回投与用操作分の粉末薬剤を収容可能な薬剤収容部(5b)と,

前記薬剤貯蔵室(5a)の底面との間で接触を保ちつつ充填位置と投与位置との間を移動可能で,充填位置にて開口手段(2f)により前記薬剤収容部(5b)を前記薬剤貯蔵室(5a)に対して開口し,投与位置にて前記薬剤収容部(5b)を前記薬剤貯蔵室(5a)に対して閉鎖すると共に管(2g,2d)を介して前記薬剤収容部(5b)を装置の外部へ連通させる薬剤導出部(2)と,

前記薬剤貯蔵室(5a)底面の下部に設けた穴(5c)に連通し,かつ前記薬剤導出部(2)を充填位置と投与位置の間で移動させるための手段(13)と,

前記薬剤収容部(5b)の底部に設けたフィルター(6a)を介して該薬剤収容部(5b)に空気を送り込むことのできるポンプ部(3)と,

を具備し,

前記薬剤導出部(2)は,充填位置にあるとき前記薬剤貯蔵室(5a)内の粉末薬剤が前記開口手段を介して前記薬剤収容部(5b)内に充填可能とし,その際,前記穴(5c)は,前記管(2g,2d)を介してポンプ部(3)と外部とを連通させることが可能な場所に位置し,

投与位置では,該薬剤収容部(5b)内の粉末薬剤が空気と共に前記管(2g,2d)を介して装置外部へ噴射され,その際,前記穴(5c)を前記開口手段(2f)とは接合させずに閉鎖するように構成したことを特徴とする粉末薬剤多回投与器。」


本件先行処分:

 原告は,平成14年2月27日,販売名を「リノコートパウダースプレー鼻用」とする一体型多回噴霧器入り製剤について,医薬品の製造承認申請をし,厚生労働大臣から,平成15年3月14日付けで,申請のとおりの医薬品製造承認を受けた(本件先行処分)。その内容は以下のとおりである。

【名称】販売名:リノコートパウダースプレー鼻用

【成分及び分量又は本質】成分名は,プロピオン酸ベクロメタゾン,ヒドロキシプロピルセルロース,ステアリン酸マグネシウム,ステアリン酸であり,成分及び分量又は本質として,1製剤単位は1容器,本品は,有効成分,賦形剤を含有する混合粉末が充填された一体型多回噴霧器入り製剤であり,60回(0.9087g,プロピオン酸ベクロメタゾンとして1.50mg)噴霧できる。

【製造方法】記載はあるが不明。図面として,一体型多回噴霧器の外観及び断面の形状,一体型多回噴霧器を構成する部品,本品容器の構造が添付されている。

【用法及び用量】通常,各鼻腔内に1日2回(1回噴霧あたりプロピオン酸ベクロメタゾンとして25μg),朝,夜(起床時,就寝時)に噴霧吸入する。なお,症状により適宜増減する。

【効能又は効果】アレルギー性鼻炎,血管運動性鼻炎

【貯蔵方法及び有効期間】,【規格及び試験方法】記載はあるが不明。


本件処分:

 原告は,平成19年10月12日,「リノコートパウダースプレー鼻用25μg」について,医薬品製造販売承認事項一部変更承認申請を行い,平成22年1月5日付けで,厚生労働大臣から,上記一部変更申請承認処分を受けた(本件処分)。その内容は以下のとおりである。

【名称】販売名:リノコートパウダースプレー鼻用25μg

【成分及び分量又は本質】成分名は,ベクロメタゾンプロピオン酸エステル,ヒドロキシプロピルセルロース,ステアリン酸マグネシウム,ステアリン酸であり,成分及び分量又は本質として,1製剤単位は1容器,本品は,有効成分,賦形剤を含有する混合粉末が充填された一体型多回噴霧器入り製剤であり,60回(0.9087g,ベクロメタゾンプロピオン酸エステルとして1.50mg)噴霧できる。

【製造方法】不明

変更事項 【製造方法】一体型多回噴霧器の「ノズル」を「ノズル(カウンター付)」に変更。図面として,一体型多回噴霧器の外観及び断面の形状,一体型多回噴霧器を構成する部品,本品容器の構造が添付されている。

 本件処分は,粉末薬剤としての成分及び分量,用法,用量,効能,効果等は,本件先行処分と全く同じであり,変更事項は,製造方法として,一体型多回噴霧器の「ノズル」を「ノズル(カウンター付)」に変更するものであり,容器の形態は,本件先行処分のものから,ノズル部分に噴霧回数を表示するカウンターを設けるため,旧製剤と比較して,噴霧器本体の全高を若干高くし,ノズルの長さも若干短くすることで,容器内にカウンターの搭載スペースを確保し,噴霧操作のノズルの回転動作に連動して噴霧回数を計測し表示するカウンターをノズルに搭載した点で,変更を加えたものである。


2.裁判所の判断のポイント

「2 本件出願の特許法67条の3第1項1号該当性に係る判断の誤りについて

(1) 特許法67条の3第1項1号を理由とする拒絶査定の要件について

特許法67条の3第1項1号は,延長登録出願を拒絶するための要件として,「その特許発明の実施に第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と規定されていることに照らすと,審査官(審判官)が,当該延長登録出願を拒絶するためには,①「『政令で定める処分』を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと」,又は②「政令で定める処分を受けたことによって禁止が解除された行為が『その特許発明の実施』に該当する行為に含まれないこと」を論証する必要があると解される。

薬事法14条1項に基づく医薬品,医薬部外品,化粧品及び医療機器の製造販売についての承認及び同条9項に基づく承認事項の一部変更の承認は,品目ごとに受けなければならず,承認を受けるに当たり,当該医薬品等の「名称,成分,分量,構造,用法,用量,使用方法,効能,効果,性能,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」の審査を受けるものとされている(同条2項3号)。同条2項3号では,審査の対象として,上記各事項が挙げられているが,これらは医薬品,医薬部外品,化粧品及び医療機器の全てについての審査事項を列記したものであり,上記審査事項のうち「構造,使用方法,性能」は医療機器のみにおける審査事項であり,医薬品についての審査事項ではないと解される(同条8項1号及び2号並びに14条の4第1項1号参照。)。そうすると,同法14条1項又は9項に基づく各承認の対象となる医薬品は,「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」によって特定された医薬品である。したがって,上記承認によって禁止が解除される行為態様は,当該承認の対象とされた,上記事項によって特定された医薬品の製造販売等の行為である。

前記アのとおり,特許法67条の3第1項1号は,特許権の存続期間の延長登録出願を拒絶する要件として,「その特許発明の実施に…政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と規定されている。この要件のうち,前記①の「『政令で定める処分』を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと」との第1の要件の有無を判断するに当たっては,医薬品の審査事項である「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」の各要素を形式的に適用して判断するのではなく,存続期間の延長登録制度を設けた特許法の趣旨に照らして実質的に判断することが必要となる。

 本件においては,本件先行処分は薬事法14条1項に基づく医薬品の製造販売に係る承認であり,本件処分は同条9項に基づく承認事項の一部変更の承認である。

 これに対し,特許権の存続期間の延長登録の出願の対象となった本件発明は,粉末薬剤の多回投与器という,特定の薬物を前提としない特許発明であり,前記1(1)カのとおり,多種多様な粉末薬剤を使用することが想定されており,また,前記1(1)オ,キ及びクのとおり,容器の材質,構造等についても多様な実施形態が想定されている。そうすると,本件において,薬事法14条1項又は9項に基づく承認を受けることによって禁止が解除される「その特許発明の実施」の範囲は,本件先行処分及び本件処分の具体的な内容と本件発明の内容とを照らし合わせて,個別具体的に判断する必要がある。

(2) 判断

まず,上記(1)イ及びウの観点から,本件先行処分及び本件処分の対象となった各医薬品と本件発明との関係について検討する。

(ア) 前記認定事実によれば,本件先行処分は,薬事法14条1項に基づき,平成15年3月14日付けでされた,販売名を「リノコートパウダースプレー鼻用」,成分を,プロピオン酸ベクロメタゾン,ヒドロキシプロピルセルロース,ステアリン酸マグネシウム,ステアリン酸,成分及び分量又は本質として,本品は,有効成分,賦形剤を含有する混合粉末が充てんされた一体型多回噴霧器入り製剤であり,60回(0.9087g,プロピオン酸ベクロメタゾンとして1.50mg)噴霧できるとするものについての製造販売承認である。

 これに対し,本件処分は,本件先行処分の医薬品製造販売承認事項の一部変更であり,変更事項は,製造方法として,一体型多回噴霧器の「ノズル」を「ノズル(カウンター付)」に変更するものである。そして,旧製剤と本件製剤とを比較すると,粉末薬剤としては,成分,分量,用法,用量,効能,効果等が全く同じであり,噴霧器の形態については,ノズル部分に噴霧回数を表示するカウンターを設けるため,噴霧器本体の全高を若干高くし,ノズルの長さも若干短くすることで,噴霧器内にカウンターの搭載スペースを確保し,噴霧操作のノズルの回転動作に連動して噴霧回数を計測し表示するカウンターをノズルに搭載した点で変更を加えたものである。

 そうすると,本件処分を受けたことによって禁止が解除された行為は,ノズルにカウンターを搭載したことのみにあると認められる。

(イ) ノズルに,噴霧回数を計測し表示するカウンターを搭載することは,本件特許の特許請求の範囲には記載がなく,本件明細書にも記載がないことは,当事者間に争いがない。

 本件発明1において,手段(13)は,薬剤貯蔵室(5a)底面の下部に設けた穴(5C)に連通するものであり,かつ薬剤導出部(2)を充填位置と投与位置の間で移動させる機能を奏しているものである。

 旧製剤及び本件製剤において,手段(13)に相当するノズルは,いずれも上記構成及び機能を有するところ,本件製剤のノズルは,カウンターを付したことにより,噴霧回数を表示するという付加的機能を奏するものであり,カウンター自体は,薬剤貯蔵室(5a)底面の下部に設けた穴(5c)に連通するものではなく,薬剤導出部(2)を充填位置と投与位置との間で移動させる機能を奏するものでもない。

 したがって,本件製剤は,本件発明1の実施品である旧製剤のノズルにカウンターを付すことによって,旧製剤が奏する定量噴霧性,小型化(携帯性),操作の簡便性・迅速性,製造工程の簡易性,粉末薬剤の分散性,部品の最少化,低コスト化等を兼ね備えた粉末薬剤多回投与器という本件発明1の効果に対し,噴霧回数の表示という付加的機能を実現したものにすぎず,カウンターの設置に伴い,ノズルの面積や構造などに若干の設計変更が加えられたものの,旧製剤と形態や機能において異なるものではないことが認められる。

以上によれば,まず,本件製剤と旧製剤とは,粉末薬剤としては,成分,分量,用法,用量,効能,効果等において全く同じであると認められる。

 そして,本件製剤は,本件先行処分により禁止が解除された本件発明1の実施形態である旧製剤のノズルについて,カウンターを搭載する実施形態に限定したものにすぎないから,本件製剤は,本件発明1の実施形態としては,旧製剤に含まれるというべきである。

 そうすると,本件処分は,本件先行処分により禁止が解除された本件発明1の実施形態について,ノズルにカウンターを搭載するという,より限定した形態について本件処分の承認事項の一部を変更したものにすぎないから,本件出願については,前記①の「『政令で定める処分』を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと」の要件を充足するということができる。

 したがって,本件出願は,特許法67条の3第1項1号の「その特許発明の実施に第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき」に該当するというべきである。

(3) 原告の主張について

 原告は,①本件発明1において,手段(13)は,回転することによって一回分の投与量を秤量する機能を有する部材であり,回転回数を記録するカウンターも,回転する部材と密接な関係にあり,医薬品として大きな技術的意味を有し,本件発明1の手段(13)の一部を形成しているから,手段(13)は,発明特定事項として,少なくともカウンターを有しないもの(旧製剤)と,カウンターを有するもの(本件製剤)の2つの下位概念を含むものである,②本件製剤の本質的な特徴は,有効成分ではなく,多回投与器の構造に基づく性能にあるから,カウンターを付加した構造に関する創意工夫に基づく患者の利便性の向上につき,延長登録による保護が与えられるべきである,③カウンターの付加は,旧製剤と比較して,利便性を大きく向上させた重要な相違点であり,多回投与器を適用して患者の利便を図るという基本的な技術的思想の中には手段(13)においてカウンターを付加するという下位概念も含まれており,本件発明の目的(定量噴霧性や操作の簡便性・迅速性)がより一層高いレベルで実現されるのであって,カウンターの付加は,本件発明の技術的思想として大きな関連性を有する改良であるところ,カウンターを有する本件製剤は,本件処分によって初めて禁止が解除されたのであるから,本件製剤の実施態様について,本件発明を実施するためには本件処分が必要であったことは自明であると主張する。

 しかし,本件発明1において,手段(13)は,前記のとおり,薬剤貯蔵室(5a)底面の下部に設けた穴(5c)に連通するものであり,かつ薬剤導出部(2)を充填位置と投与位置との間で移動させる機能を奏しているものであるのに対し,カウンター自体はそのような機能を奏するものではなく,噴霧回数の表示という付加的機能を実現するものにすぎない。そして,カウンターを付加することは,本件先行処分で禁止が解除された実施形態の範囲内において,これを限定付加するものにすぎない。したがって,本件処分を受けたことによって,新たに禁止が解除されたとはいえない。

 そうすると,原告の上記主張はいずれも採用することができない。」