2013年9月22日日曜日

トレーニング方法発明が産業上利用可能性を満たすと判断された事例


知財高裁平成25年8月28日判決

平成24年(行ケ)第10400号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、特許無効審判における権利有効との審決に対する審決取消訴訟において、審決が維持された事例である。

 原告は、下記の「トレーニング方法」の特許権が治療方法に該当し産業上利用できる発明とはいえないと主張した。しかし裁判所はこの主張を認めず、原告の請求を棄却した。

 判断のポイントは、本件明細書中に請求項記載のトレーニング方法が医療方法として利用できるとは記載されていない、という点だと考えられる。

 

2.本件特許請求項1

「筋肉に締めつけ力を付与するための緊締具を筋肉の所定部位に巻付け,その緊締具の周の長さを減少させ,筋肉に負荷を与えることにより筋肉に疲労を生じさせ,もって筋肉を増大させる筋肉トレーニング方法であって,筋肉に疲労を生じさせるために筋肉に与える負荷が,筋肉に流れる血流を止めることなく阻害するものである筋力トレーニング方法。」

 

3.裁判所の判断のポイント

取消事由2(本件発明の,特許法1条及び29条1項柱書所定の「産業の発達に寄与する」,「産業上利用することができる」との要件充足性を肯定した判断の誤り)に対して

(1) 産業上利用可能性について

 本件発明は,特定的に増強しようとする目的の筋肉部位への血行を緊締具により適度に阻害してやることにより,疲労を効率的に発生させて,目的筋肉をより特定的に増強できるとともに関節や筋肉の損傷がより少なくて済み,さらにトレーニング期間を短縮できる筋力トレーニング方法を提供するというものであって,本件発明は,いわゆるフィットネス,スポーツジム等の筋力トレーニングに関連する産業において利用できる技術を開示しているといえる。そして,本件明細書中には,本件発明を医療方法として用いることができることについては何ら言及されていないことを考慮すれば,本件発明が,「産業上利用することができる発明」(特許法29条1項柱書)であることを否定する理由はない。

(2) 医療行為方法について

 原告は,被告が本件発明を背景にして医療行為を行っている等と縷々主張する。本件発明が,筋力の減退を伴う各種疾病の治療方法として用いられており(甲17,29等),被告やその関係者が本件発明を治療方法あるいは医業類似行為にも用いることが可能であることを積極的に喧伝していたこと(甲63,67,68等)が認められる。しかし,本件発明が治療方法あるいは医業類似行為に用いることが可能であったとしても,本件発明が「産業上利用することができる発明」(特許法29条1項柱書)であることを否定する根拠にはならない。

 この点に係る原告の主張は採用できない。」

「除くクレーム」により特許法29条の2違反の拒絶を解消し得るか争われた事例


知財高裁平成25年9月19日判決

平成24年(行ケ)第10433号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本件は、特許出願に対する拒絶審決を不服とする審決取消訴訟において、拒絶審決が取り消された事例である。拒絶審決において示された拒絶理由は、本願発明が、本願出願前に出願され、出願後に公開された他人の特許出願に記載された発明であるから特許法29条の2のいわるゆ拡大先願の規定により特許が受けられない、というものである。

 先願に記載された数値を除外する「除くクレーム」によって新規性欠如が克服できるか否かを考える上で、大変参考になる事例である。

 本願発明(請求項1に記載の発明)

 「体積抵抗率が50μΩ・mm以下で,かつ引張り試験における0.2%耐力値が90MPa以下(ただし,49MPa以下を除く)であることを特徴とする太陽電池用平角導体。」

 先願基礎発明(先願の優先権基礎明細書に記載の発明)

 「体積抵抗率が2.3μΩ・cm以下で,かつ耐力が19.6~49MPaである太陽電池用芯材。」

 

 本願発明における「ただし,49MPa以下を除く」という「除くクレーム」の限定は、上記 先願基礎発明に基づく29条の2違反の拒絶理由が示された後に補正により追加されたものである。出願時の規定では「引張り試験における0.2%耐力値が90MPa以下である」という規定がされていた。

 

 被告(特許庁長官)は、本願発明と先願基礎発明との一致点として「体積抵抗率が50μΩ・mm以下で,かつ引張り試験における0.2%耐力値が90MPa以下である太陽電池用平角導体」である点を認定し、「本願発明は,引張り試験における0.2%耐力値について,「(ただし,49MPa以下を除く)」とされている点」を相違点として認定した。そして、本願明細書には、「本願発明の耐力に係る数値範囲から49MPa以下を除くことに格別の技術的意義を見いだすことはできないから,当該事項について設計的事項を定めた以上のものということはできない」ということ等を理由に、本願発明と先願基礎発明とは実質的に同一であり、本願発明は29条の2の要件を満たさないと判断した。

 一方、裁判所は、「引張り試験における0.2%耐力値が90MPa以下である」という点を一致点として認定することはできず、一致点として認定できるのは「体積抵抗率が50μΩ・mm以下である太陽電池用平角導体」のみであると判断した。そして、先願基礎発明において引張り試験における0.2%耐力値が「19.6~49MPa」を選択することの技術的意義と、本願発明において「90MPa以下(ただし,49MPa以下を除く)」を選択することの技術的意義を考慮して、両発明は実質的に同一ではないと結論付けた。

 おそらく特許庁は、後願である本願発明において元々は「90MPa以下」であれば全て権利範囲であると主張されており、後から「ただし,49MPa以下を除く」が加わったのであるから、本願発明の課題解決手段としては先願基礎発明の数値範囲(19.6~49MPa)と実質的な差異はないと判断したものである。「後願」を中心に考えれば、特許庁の理屈も分からなくはない。

 一方、裁判所は、先願基礎発明としては、「19.6~49MPa」のみが開示されていることから、「先願」を中心に考えて、「90MPa以下(ただし,49MPa以下を除く)」という数値範囲を採用することは自明な設計事項だとは言えないと判断したものと思われる。

 

2.裁判所の判断のポイント

(1) 本願発明について

 前記1によると,本願発明は,従来,太陽電池を構成する部材であるシリコン結晶ウェハを薄板化することに伴って生じる,シリコンセルや接続用リード線が反ったり破損したりすることを防止することを目的とするものである。本願発明は,太陽電池用平角導体の体積抵抗率を50μΩ・mm以下とすることにより,太陽電池としての発電効率を良好に維持し,高導電性を有する接続用リード線を提供できるのみならず,引張り試験における0.2%耐力値を90MPa以下(ただし,49MPa以下を除く)とすることによって,はんだ接続後の導体の熱収縮によって生じるセルを反らせる力を,平角導体を塑性変形させることで低減し,セルの反りを減少させることができるという効果を奏するものである。

(2) 先願基礎発明について

 前記2によると,先願基礎発明は,従来,はんだ付けの際に半導体基板に生じる熱応力を軽減し,半導体基板の薄肉化によるクラックの発生を防止するために,半導体材料と熱膨張差の小さい導電性材料からなるクラッド材を用いると,体積抵抗率が比較的高い合金材によって中間層が形成されるため,電気抵抗が高くなり,太陽電池の発電効率が低下するという問題を解決課題とするものである。先願基礎発明は,芯材の体積抵抗率を2.3μΩ・cm(23μΩ・mm)以下とすることにより,優れた導電性及び発電効率を得ることができるとともに,耐力を19.6ないし49MPaとすることによって,過度に変形することがなく,取扱い性が良好であり,半導体基板にはんだ付けする際に凝固過程で生じた熱応力により自ら塑性変形して熱応力を軽減解消することができるので,半導体基板にクラックが生じ難いという効果を奏するものである。

耐力に係る数値範囲について

前記(1)及び(2)によれば,本願発明と先願基礎発明とは,体積抵抗率が23μΩ・mm以下である太陽電池用平角導体である点で一致する(その点で,体積抵抗率が50μΩ・mm以下で,かつ引張り試験における0.2%耐力値が90MPa以下で一致するとする本件審決の認定は相当ではない。)にすぎず,引張り試験における0.2%耐力値については,本願発明は90MPa以下で,かつ49MPa以下を除いているため,先願基礎発明の耐力に係る数値範囲(19.6~49MPa)を排除している。

 したがって,本願発明と先願基礎発明とは,耐力に係る数値範囲について重複部分すら存在せず,全く異なるものである。

先願基礎発明は,耐力に係る数値範囲を19.6ないし49MPaとするものであるが,先願基礎明細書(甲10)には,太陽電池用平角導体の0.2%耐力値を,本願発明のように,90MPa以下(ただし,49MPa以下を除く)とすることを示唆する記載はない。また,半導体基板に発生するクラックが,半導体基板の厚さにも依存するものであるとしても,耐力に係る数値範囲を本願発明のとおりとすることについて,本件出願当時に周知技術又は慣用技術であると認めるに足りる証拠はないから,先願基礎発明において,本願発明と同様の0.2%耐力値を採用することが,周知技術又は慣用技術の単なる適用であり,中間層の構成や半導体基板の厚さ等に応じて適宜決定されるべき設計事項であるということはできない。

 したがって,本願発明と先願基礎発明との相違点に係る構成(耐力に係る数値範囲の相違)が,課題解決のための具体化手段における微差であるということはできない。

本願発明は,前記(1)のとおり,耐力に係る数値範囲を90MPa以下(ただし,49MPa以下を除く)とすることによって,はんだ接続後の導体の熱収縮によって生じるセルを反らせる力を平角導体を塑性変形させることで低減させて,セルの反りを減少させるものである。

 これに対し,先願基礎発明は,前記(2)のとおり,耐力に係る数値範囲を19.6ないし49MPaとすることによって,半導体基板にはんだ付けする際に凝固過程で生じた熱応力により自ら塑性変形して熱応力を軽減解消させて,半導体基板にクラックが発生するのを防止するというものである。

 そうすると,両発明は,はんだ接続後の熱収縮を,平角導体(芯材)を塑性変形させることで低減させる点で共通しているものの,本願発明は,セルの反りを減少させることに着目して耐力に係る数値範囲を決定しており,他方,先願基礎発明は,半導体基板に発生するクラックを防止することに着目して耐力に係る数値範囲を決定しているのであって,両発明の課題が同一であるということはできない。

被告の主張について

 被告は,本願発明及び先願基礎発明は,いずれもシリコン結晶ウェハを薄板化した際に生じる問題を解決するために,平角導体(芯材)を塑性変形させることによって,はんだ付けする際の熱応力を低減させる点において,共通の技術的思想に基づく発明であるところ,本願発明の耐力に係る数値範囲から49MPa以下を除くことに格別の技術的意義を見いだすことはできないから,当該事項について設計的事項を定めた以上のものということはできず,先願基礎発明の耐力に係る数値範囲も,設計上適宜に定められたものにすぎないから,当該数値範囲に限られるものではなく,本願発明及び先願基礎発明における耐力に係る数値範囲の特定についての相違は,発明の実施に際し,適宜定められる設計的事項の相違にとどまるものであって,発明として格別差異を生じさせるものではないと主張する。

 しかしながら,前記のとおり,本願発明はセルの反りを減少させることに,先願基礎発明はクラックを防止することに,それぞれ着目して,耐力に係る数値範囲を決定しているのであるから,両発明の課題は異なり,共通の技術的思想に基づくものとはいえないから,被告の主張は,その前提自体を欠くものである。

 また,前記のとおり,本願発明の耐力に係る数値範囲から49MPa以下を除くことが,設計上適宜に定められたものにすぎないということはできず,先願基礎発明の耐力に係る数値範囲についても,同様に,設計上適宜に定められたものにすぎないということはできない。

 したがって,被告の上記主張は,採用することができない。」

2013年9月15日日曜日

用途限定的な特徴を含む方法発明の権利範囲が侵害訴訟において広く解釈された事例


大阪地裁平成25年8月27日判決

平成23年()第6878号 特許権侵害差止等請求事件

 

1.概要

 本事例は、特許権侵害訴訟の第一審判決である。被告が実施している被告製品1を製造する方法が、原告が有する特許権を直接及び間接に侵害すると判断された。

 この事例では大変興味深く示唆に富む以下の争点が争われた。

 

 本件特許発明1

 本件特許発明1は次の構成要件に分説することができる。

 A1 石灰を含有する白色成分,無機の着色顔料,結合剤及び水を含有する着色漆喰組成物の着色安定化方法であって,

 B1 当該着色漆喰組成物が水酸基を有するノニオン系の親水性高分子化合物を含有し,

 C1 上記白色成分として石灰と無機の白色顔料を組み合わせて用いる

 D1 ことを特徴とする方法。

 

 本件特許発明2-1

 本件特許発明2-1は次の構成要件に分説することができる。

 A2 石灰,結合剤及び水を含有する着色漆喰組成物によって形成される着色漆喰塗膜の色飛びまたは色飛びによる白色化を抑制する方法であって,

 B2 上記漆喰組成物の着色に白色顔料と着色顔料として酸化金属またはカーボンブラックを組み合わせて用いる方法。

 

 本件特許発明2-2

 C2 白色顔料が酸化チタンである,

 D2 請求項1記載の方法。

 

 争点1-1:本件特許発明1は「着色漆喰組成物の着色安定化方法」である。着色安定化という効果を狙って、白色成分とっして無機の白色顔料(酸化チタン等)を配合することを特徴とする。一方、被告は「着色漆喰組成物」である被告製品1を製造しているが、「着色安定化」という効果を狙っているわけではない。被告製品1において酸化チタンが配合される理由は、光触媒機能を得るためである。このような場合に、被告が「着色安定化方法」を実施していると言えるかが争われた。

 裁判所は、被告の行為は「着色安定化方法」の実施に当たると判断した。「着色漆喰組成物の組成が上記各構成要件を客観的に充足するよう調整,調合すれば,着色安定化方法を使用したというべきであり,酸化チタンを配合する目的が光触媒機能を得ることにあったとしても,この結論を左右するものではない。」

 

 争点1-2:「着色漆喰組成物の着色安定化方法」である本件特許発明1が、特許法第2条第3項における「物を生産する方法の発明」に該当するか否かが争われた。

 裁判所は「単純方法の発明と解するのが相当」だと判断した。

 

 争点1-3:被告製品1は、本件特許発明2-1及び2-2の方法を実施するために必要な物である。ただし、被告は、被告製品1の「酸化チタン」を配合する目的は光触媒機能を利用するためであり、「着色漆喰塗膜の色飛びまたは色飛びによる白色化を抑制する方法」は実施していない。このような場合に、被告製品1が特許法105条5項(間接侵害の規定)における「その方法に用いる物」及び「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当するか否かが争われた。

 裁判所は、「その方法に用いる物」及び「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当するか否かの判断においては、「着色漆喰塗膜の色飛びまたは色飛びによる白色化を抑制する方法」という方法の構成要件は無関係であり、被告製品1の物としての構成のみを判断材料として、「その方法に用いる物」及び「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当すると判断した。

 

2.裁判所の判断のポイント

「1 争点1-1(本件特許発明1の技術的範囲への属否)について

(1) 充足性に関する争点

 被告が製造していた被告製品1が,別紙被告製品目録の構成欄記載の構成を備えていること,すなわち,「白色顔料として酸化チタン,着色顔料として酸化金属またはカーボンブラック,石灰,アクリル樹脂エマルション,メチルセルロース及び水を含有する着色漆喰組成物」であること,そのため,「石灰を含有する白色成分,着色顔料である酸化金属またはカーボンブラック,アクリル樹脂エマルション及び水を含有する着色漆喰組成物」たる被告製品1の製造において,「当該着色漆喰組成物がメチルセルロースを含有し,上記白色成分として石灰と酸化チタンを組み合わせて用いる方法」を使用していたことは争いがない。

 そして,被告製品1の「酸化チタン」,「酸化金属またはカーボンブラック」,「石灰」,「アクリル樹脂エマルション」,「メチルセルロース」及び「水」が,それぞれ本件特許発明1の「無機の白色顔料」,「無機の着色顔料」,「石灰」,「結合剤」,「水酸基を有するノニオン系の親水性高分子化合物」及び「水」に相当することも争いがないため,被告は,「石灰を含有する白色成分,無機の着色顔料,結合剤及び水を含有する着色漆喰組成物」(構成要件A1)である被告製品1の製造において,「当該着色漆喰組成物が水酸基を有するノニオン系の親水性高分子化合物を含有し,」(構成要件B1)「上記白色成分として石灰と無機の白色顔料を組み合わせて用い」(構成要件C1)ていたといえる。

 ・・・被告は「着色漆喰組成物の着色安定化方法」(構成要件A1)を使用していないとして,同構成要件の充足性を争う旨の主張を提出した。・・・本件特許発明1の属否論に関しては,被告の前記主張が唯一の争点となる。

(2) 「着色漆喰組成物の着色安定化方法」(構成要件A1)の解釈

 本件特許発明1の構成要件A1には,「着色漆喰組成物の着色安定化方法」との記載はあるものの,その手順等が経時的に記載されているわけではない。

 しかし,「着色安定化方法」との文言の後には,「であって,」と繋がれた上で,「当該着色漆喰組成物が水酸基を有するノニオン系の親水性高分子化合物を含有し,」(構成要件B1)「上記白色成分として石灰と無機の白色顔料を組み合わせて用いる」(構成要件C1)「ことを特徴とする方法。」(構成要件D1)と説明されており,これら記載の全体に照らせば,本件特許発明1の「着色漆喰組成物の着色安定化方法」とは,当該着色漆喰組成物に構成要件B1記載の物質を含有させ,かつ,その「白色成分」を構成要件C1で特定されている物質の組み合わせとする方法を意味すると解するのが自然である。

 しかも,本件明細書1において,本件特許発明1が解決しようとする課題の項に,従来の漆喰の現場調合の問題または漆喰の着色の問題を解決することを目的とし,具体的には,予め水や着色剤を配合して調整した漆喰塗材又は漆喰塗料を安定して供給するための方法を提供する旨記載されていることからしても,構成要件A1の内容である「石灰を含有する白色成分,無機の着色顔料,結合剤及び水を含有する着色漆喰組成物」について,「当該着色漆喰組成物が水酸基を有するノニオン系の親水性高分子化合物を含有し」(構成要件B1),「上記白色成分として石灰と無機の白色顔料を組み合わせ」(構成要件C1)るよう調整,調合する方法が,「着色漆喰組成物の着色安定化方法」として示されていると解される。

 したがって,構成要件A1を充足する着色漆喰組成物について,構成要件B1記載の物質を含有させ,かつ,構成要件A1中の「白色成分」を構成要件C1で特定されている物質の組み合わせとすることが,本件特許発明1の「着色漆喰組成物の着色安定化方法」に当たることになる。

(3) 「着色漆喰組成物の着色安定化方法」(構成要件A1)の充足性

 前記(1)記載のとおり,被告は,「石灰を含有する白色成分,無機の着色顔料,結合剤及び水を含有する着色漆喰組成物」(構成要件A1)である被告製品1の製造において,「当該着色漆喰組成物が水酸基を有するノニオン系の親水性高分子化合物を含有し,」(構成要件B1)上記白色成分として石灰と無機の白色顔料を組み合わせて用い」(構成要件C1)ていたのであり,まさに構成要件B1及び構成要件C1で特定されている「着色漆喰組成物の着色安定化方法」(構成要件A1)を使用していたものといえる。

 被告は,被告製品1で酸化チタンを配合するのは,光触媒機能を得るためであって着色を安定させるためではないとして,前記構成要件A1の非充足を主張するが,着色漆喰組成物の着色安定化方法について上述のように解する以上,着色漆喰組成物の組成が上記各構成要件を客観的に充足するよう調整,調合すれば,着色安定化方法を使用したというべきであり,酸化チタンを配合する目的が光触媒機能を得ることにあったとしても,この結論を左右するものではない。

(4) 小括

 以上より,被告が被告製品1の製造において,本件特許発明1の構成要件AからCまでを充足する方法を使用していたといえ,そのため当該方法が,構成要件Dを充足することも明らかである。

 したがって,被告が被告製品1の製造において使用していた方法は,本件特許発明1の各構成要件を充足し,その技術的範囲に属するものといえる(原告が,被告の使用した方法を被告方法1,すなわち,別紙被告方法目録1記載のとおりに特定したことも相当である。)。

 

2 争点1-2(本件特許権1に基づく被告製品1の製造販売等差止め及び廃棄請求の可否)について

 原告は,本件特許発明1は物を生産する方法の発明であり,被告製品1はその方法によって生産した物に当たるとして,その方法により物を生産することの差止めに加え,被告製品1の販売等の差止め及びその廃棄を請求している(請求の趣旨1の(1) 及び(2) )。

 原告の主張は,本件特許発明1が,着色安定化された着色漆喰組成物を生産する方法であることを前提とするものであるが,特許法は,単純な方法の発明と物を生産する方法の発明とで権利を行使し得る範囲に差を設けており(同法2条3項,100条2項),そのいずれであるかの区別は明確でなければならない。

 本件特許発明1は,その特許請求の範囲の記載において,「着色漆喰組成物を生産する特定の方法」など,物を生産する方法であることを示す表現にはなっていない。また,本件明細書1の記載を参照しても,着色安定化方法によって,色飛び,色むらのない着色漆喰塗膜を形成することができるとされており,これによると,本件特許発明1の方法により生産した物とは,最終的に形成された漆喰塗膜であると解する余地があるのであり,着色漆喰組成物を生産する方法の発明であることが明確に示されているとはいえない。

 以上によれば,本件特許発明1については,物を生産する方法の発明ではなく,単純方法の発明と解するのが相当であるから,本件特許権1の侵害を理由に,被告製品1の製造販売等を差し止めたり,その廃棄を求めたりすることはできず,予備的請求である,被告方法1の使用の差止めを求めることができるにとどまる。

・・・・

争点1-3(本件特許権2の間接侵害(特許法101条5号))について

 原告は,被告製品1の製造販売等が,方法の発明に係る本件特許権2の間接侵害(特許法105条5号)に当たる旨主張するので,以下検討する。

(1) 「その方法に用いる物」及び「その発明による課題の解決に不可欠なもの」

 本件特許発明2-1は,「石灰,結合剤及び水を含有する着色漆喰組成物」を前提に,これ「によって形成される着色漆喰塗膜の色飛びまたは色飛びによる白色化を抑制する」という作用効果を有する方法(構成要件A)を示すものであるが,その方法そのものは,「上記漆喰組成物の着色に白色顔料と着色顔料として酸化金属またはカーボンブラックを組み合わせて用いる」(構成要件B2)と特定されている。このような文言からすれば,「石灰,結合剤及び水を含有する着色漆喰組成物」で,その「漆喰組成物の着色に白色顔料と着色顔料として酸化金属またはカーボンブラックを組み合わせて」いる物は,上記作用効果を有する方法発明である本件特許発明2-1との関係において,「その方法の使用に用いる物」であると共に「その発明による課題の解決に不可欠なもの」(特許法101条5号)であり,また,その「白色顔料」が「酸化チタン」(構成要件C2)であれば,本件特許発明2-2との関係においてもこれらに該当することになる。

 そして,被告製品1は,「白色顔料として酸化チタン,着色顔料として酸化金属又はカーボンブラック,石灰,アクリル樹脂エマルション,メチルセルロース及び水を含有する着色漆喰組成物」であること,被告製品1が含有する「白色顔料として酸化チタン」,「着色顔料として酸化金属またはカーボンブラック」,「石灰」,「アクリル樹脂エマルション」及び「水」が,それぞれ本件特許発明2-1及び同2-2の「白色顔料(酸化チタン)」,「着色顔料として酸化金属またはカーボンブラック」,「石灰」,「結合剤」及び「水」に相当することは,当事者間に争いがない。

 よって,被告製品1は,本件特許発明2-1及び同2-2のいずれの関係においても,「その方法の使用に用いる物」及び「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当する。

 なお,被告は,被告製品1に酸化チタンを配合するのは,光触媒機能を利用するためであり,「着色漆喰塗膜の色飛びまたは色飛びによる白色化を抑制する方法」(構成要件A2)は使用していない旨主張するが,原告は,被告が本件特許発明2の方法を使用したと主張しているのではなく,同方法に使用する被告製品1の製造販売等が本件特許権2の間接侵害を構成すると主張しているのであり,被告の上記主張は失当である。

(2) 「その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら」

 被告は,平成23年1月17日,原告から,本件特許発明2が特許発明であること,被告製品1が本件特許発明2の実施に用いられるものであることを記載した照会書と題する書面を受領した(甲6の1・2)のであるから,同日以降の被告製品1の製造販売等については,「その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら」(特許法101条5号)のものであったといえる。

(3) 小括

 以上より,平成23年1月17日以降の被告による被告製品1の製造販売等は,本件特許発明2-1及び同2-2との関係において,特許法101条5号の規定する各要件を充足するものであり,本件特許権2の間接侵害を構成するものといえる。」