2013年7月23日火曜日

機能的クレームに関する実施可能要件充足性が争われた事例


知財高裁平成25年7月8日判決

平成24年(行ケ)第10294号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、無効審判審決(特許は有効)に対する審決取消訴訟において、審決に取り消理由はないと判断された事例である。争点のひとつは実施可能要件充足性である。

 本件特許1は電子部品の樹脂封止成形方法であり、「樹脂封止成形装置に既に備えられた上記モールディングユニットに対して他のモールディングユニットを着脱自在の状態で装設することにより,該モールディングユニットの数を任意に増減調整する工程」を特徴のひとつとしている。ここで「着脱自在」を実現するための手段として、明細書図面中では「係合手段38」が開示されている。しかし、位置決め手段,固定手段,解除手段及び付帯設備等の具体的な開示はない。

 このような場合に「着脱自在」という構成を実施できるように明細書が記載されているかどうかが争われた。裁判所は「一般の機械分野においては,部品同士又はユニット同士を着脱自在とする構成については,従来から様々な手段が知られているから,当業者であれば,本件明細書に位置決め手段,固定手段,解除手段及び付帯設備等の具体的な開示がなくても,従来から知られている手段を採用することで,モールディングユニットと他のモールディングユニットを着脱自在に装設できるものと認められる。」と判断した。

 機能的表現に関しては、本件のような実施可能要件充足性の判断と、特許権侵害訴訟における権利範囲の解釈とが一致するとは限らない点には注意が必要である。たとえば本ブログでも紹介した「知財高裁平成25年6月6日判決、平成24年(ネ)第10094号 特許権侵害差止等請求控訴事件」では、「スライド可能に係合」させ「分離不能に保持」という機能的クレームの権利範囲を解釈するにあたり、一般的な機械分野での慣用技術の範囲にまで無条件に権利範囲が及ぶわけではないと判断されている。

 

2.本件特許1(被告特許請求項1)

 固定型と可動型とを対向配置した金型と,該金型に配設した樹脂材料供給用のポットと,該ポットに嵌装した樹脂加圧用のプランジャと,上記金型の型面に配設したキャビティと,該キャビティと上記ポットとの間に配設した樹脂通路とを有するモールディングユニットを用いてリードフレーム上に装着した電子部品を樹脂材料にて封止成形する電子部品の樹脂封止成形方法であって,

 樹脂封止成形装置に既に備えられた上記モールディングユニットに対して他のモールディングユニットを着脱自在の状態で装設することにより,該モールディングユニットの数を任意に増減調整する工程と,

 上記各モールディングユニットに電子部品を装着した樹脂封止前リードフレーム及び樹脂タブレットを供給する工程と,

上記各モールディングユニットを用いて,上記電子部品の樹脂封止成形を行う工程と,

樹脂封止された電子部品を上記各モールディングユニットから外部へ取出す工程とを備えたことを特徴とする電子部品の樹脂封止成形方法。

 

3.特許明細書段落0035の開示

「また、図1に示した最少構成単位の組合せから成る電子部品の樹脂封止成形装置におけるモールディングユニット5と、これに連結され或は取り外される他のモールディングユニット5との間には、両者の連結及び位置決めを簡易に且つ確実に行うための係合手段38が夫々設けられている。該係合手段38は、例えば、図3及び図7に示すように、モールディングユニット5のボトムベース39に形成した凹凸状の嵌合部等から構成すればよい。」

 

4.裁判所の判断のポイント

「4 取消事由3(実施可能要件に関する認定判断の誤り)について

(1) 「着脱自在」に関する実施可能要件違反について

 原告は,増減調整作業を簡単かつ迅速に実現するためには,その他の技術的手段として,位置決め手段,固定手段,解除手段及び付帯設備等が開示されていなければならないが,本件明細書には,これらの各手段については何ら開示されていないし,本件発明は半導体樹脂封止成形装置に関するものであるところ,半導体樹脂封止成形装置のサイズ及び重量ともに極めて大きく,モールディングユニットとモールディングユニットとの着脱作業を簡易かつ即座に行うことは全く容易ではないという事情の下で,本件発明はモールディングユニット相互の着脱を簡易かつ即座に行うことを可能にしたことを本質的要素とするものであるから,本件特許明細書中には,モールディングユニット相互の簡易かつ即座な着脱を実現するための技術的手段が詳細かつ具体的に開示されていなければならないのに,本件特許明細書に開示があるのは僅かに抽象的な「係合手段38」の記載及び図示のみであり,このような貧弱な記載及び図示のみでは,当業者が「着脱『自在』」との特許発明を実施することができるとは到底いえず,実施可能要件を充足しているとはいえないなどと主張する。

 しかし,本件明細書の【0035】には,モールディングユニットを着脱自在とするための手段として,「モールディングユニット5と,これに連結され或いは取り外されるモールディングユニット5」の「連結及び位置決めを簡易に且つ確実に行うための係合手段38」が例示されている。そして,一般の機械分野においては,部品同士又はユニット同士を着脱自在とする構成については,従来から様々な手段が知られているから,当業者であれば,本件明細書に位置決め手段,固定手段,解除手段及び付帯設備等の具体的な開示がなくても,従来から知られている手段を採用することで,モールディングユニットと他のモールディングユニットを着脱自在に装設できるものと認められる。

 したがって,原告の上記主張を採用することはできない。」

2013年7月16日火曜日

新たな引例に基づく補正却下理由に対し出願人に反論の機会を与えなかったことが適法だと判断された事例


 
知財高裁平成25年7月11日判決

平成24年(行ケ)第10318号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、拒絶査定不服審判の審決に対する取消訴訟の判決である。原告は特許出願をしたが拒絶査定を受けた。理由は引用例1に対して進歩性がない、というものであった。原告は拒絶査定不服審判請求時に特許請求の範囲を補正した。審判段階での合議体による審尋では、補正後の発明が、引用例1と 引用文献2との組み合わせに対して進歩性を有しておらず補正は却下されるべきだと指摘された。原告(出願人、審判請求人)は審尋に対する回答書を提出した。その後に出された審決では、本件補正後の発明は引用例1と引用例2(審尋のときの引用文献2とは異なる)との組み合わせに対して進歩性を有しておらず補正は却下されるべきだと指摘された。

 

 拒絶査定、審尋、拒絶審決において示された引例

 拒絶査定:引用例1

 審尋(補正却下理由):引用例1+引用文献2

  引用文献2は審決(補正却下)における引用例2とは異なる。

 拒絶審決(補正却下理由):引用例1+引用例2

  引用例2は審決において初登場。

 

 原告は、審決取消訴訟において、引用例2が審決において初めて引用された審判手続は特許法159条2項の準用する50条本文の規定(審査官は、拒絶をすべき旨の査定をしようとするときは、特許出願人に対し、拒絶の理由を通知し、相当の期間を指定して、意見書を提出する機会を与えなければならない。)に違反すると主張した。

 これに対して知財高裁は、引用例2が引用された理由を具体的に検討し、「両者(注:拒絶査定と審決)の判断は骨子部分で重なり合っているし,審決が適用した引用例2の技術は,引用例1において自明であるような当業者の技術常識ともいえる事項であるから,本件をもって,改めて拒絶理由の通知をしなければ,請求人である原告の手続保障が十分図れなかった事案であったということはできない」と判断して、取消理由は存在しないと結論付けた。

 補正却下理由として新たな先行技術文献を引用する場合は出願人への通知の必要はない(特許法50条ただし書き)。このためかつての裁判所は、本件のような取消理由に対して「原告の主張は制度上の根拠がない」という理由で具体的な事情に立ち入らずに原告の請求を棄却することが多かった。しかし、知財高裁平成23年10月4日判決平成22年(行ケ)第10298号 審決取消請求事件では、「特許法の前記規定によれば,補正が独立特許要件を欠く場合にも,拒絶理由通知をしなくとも審決に際し補正を却下することができるのであるが,出願人である審判請求人にとって上記過酷な結果が生じることにかんがみれば,特許出願審査手続の適正を貫くための基本的な理念を欠くものとして,審判手続を含む特許出願審査手続における適正手続違反があったものとすべき場合もあり得るというべきである。」と判断した。本件事例において知財高裁が個別の事情を考慮し、十分な手続きの機会が保障されたといえるかどうかを検討した理由は、前記平成23104日判決の判示事項の影響を受けてのことだと思われる。

 

2.特許庁における手続の経緯

 本件出願は,平成17年7月21日(優先権主張平成16年8月2日)を国際出願日とし,「圧力依存型視覚フィードバックを備えるタッチスクリーン」を発明の名称とする特許出願であるが,平成22年7月30日付けで拒絶理由が発送された(甲7)。原告は,請求項を限定する手続補正書(甲5)を提出したが,平成23年1月17日,拒絶査定が発送された(甲8)。原告は同年5月17日に拒絶査定不服の審判を請求し(甲13。特願2007-524433号),同日,請求項を更に限定する手続補正書(甲6)を提出した(以下,「本件補正」という。)。特許庁は,平成24年4月25日,本件審判請求は成り立たない旨の審決をした。

 

3.本件補正後の請求項1の特許請求の範囲は以下のとおりである。

【請求項1】

表示モニタを覆って配置される圧力感知タッチスクリーンを備えるデータ処理システムであって,前記モニタが,ユーザの接触オブジェクトの寸法によって決定される前記タッチスクリーンとユーザとの接触領域の登録により,前記タッチスクリーンによって,登録される圧力の大きさに依存した視覚的表示を提供し,前記表示が,前記接触領域の下にある,前記モニタにおける第1領域を中心となるようにレンダリングされ,前記第1領域の第1寸法が前記接触領域の第2寸法よりも大きくなるように前記第1寸法が前記第2寸法に依存して制御されるシステム。(下線部が補正部分である。)

 

4.審決の理由の要点

 本件補正の却下:補正発明は引用例1(特開2004-70492号公報,甲1)記載の発明(引用発明)及び引用例2(特開平11-212726号公報,甲2)記載の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから,独立特許要件を満たさない。

 

5.裁判所の判断のポイント

「原告の主張は,本件のように補正却下において拒絶査定時に引用されなかった文献が示された場合には,拒絶理由通知をすることなく補正が却下されることになり,請求人に反論の機会が与えられず,実質的に手続保障が尽くされていないとの趣旨を含むので,この点を検討する。

 法159条2項の準用する法50条の本文は,限定的減縮の補正について,法50条ただし書に基づいて補正却下した結果,拒絶査定の対象となった補正前発明について審決しようとするとき,その拒絶理由が拒絶査定の理由と異なる場合に,拒絶理由の通知を要求している。

 この点,本件において,拒絶査定の理由は,「引用文献1記載の発明は,タッチした位置において押圧力の変化に応じて表示にフィードバックを行うものであり,補正後の本願請求項1に係る発明と格別相違しない。なお,意見書における『任意の位置』というのは,請求項に基づく主張でないため採用しない。また,仮に任意の位置に補正したとしても,引用文献1におけるアイコンとのマッチング処理を省略するだけであり,引用文献1記載の発明から容易に発明をすることができたものである」(甲8)というものであるのに対し,本件補正を却下した理由は,「引用発明において,上記引用例2記載の技術を適用し,『前記第1領域の第1寸法が前記第2領域の第2寸法よりも大きくなるように前記第1寸法が前記第2寸法に依存して制御される』ようにすることは当業者が容易なし得ること」というものである。

 確かに,引用例2は審決時において初めて原告に提示されたものであり,それまでの手続で示されたものではなく,平成23年12月20日に発送された審尋(甲9)時に提示された引用文献2(甲19。特開2001-350586)とは異なっている。しかしながら,引用例2においては指が太い場合に接触面の大きさに従ってスイッチの視覚的表示が拡大するという点で,引用文献2と一見異なるようであるが,実質的には,指の接触面の大きさ,すなわち圧力に従ったスイッチという点で共通点がある上に,そのことは,前記1(4)イで判断したように引用例1においても自明のものとして既に評価し尽くされているといってもよく,進歩性判断を妨げる理由として引用例2で実質的に新しい事項を追加したというまでもない。

 拒絶査定は,「引用発明と格別相違しないか,容易に発明をすることができた」との趣旨であり,審決は「引用発明に引用例2を適用することは容易になし得た」との趣旨のものである。両者の判断は骨子部分で重なり合っているし,審決が適用した引用例2の技術は,引用例1において自明であるような当業者の技術常識ともいえる事項であるから,本件をもって,改めて拒絶理由の通知をしなければ,請求人である原告の手続保障が十分図れなかった事案であったということはできない。

 したがって,本件は,改めて拒絶理由通知をしなければ手続保障に反するということはできず,原告主張の手続違背は存しないというべきである。」

2013年7月8日月曜日

パラメータ発明のサポート要件充足性が争われた事例


知財高裁平成25年6月27日判決

平成24年(行ケ)第10292号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、いわゆるパラメータ発明のサポート要件欠如を理由とする拒絶審決に対する審決取消訴訟においてサポート要件は満たされないという特許庁側の主張が支持された事例である。

 本事例において知財高裁は、知財高裁特別部平成17年11月11日判決、事件番号平成17年(行ケ)第10042号(大合議判決)の判断基準に沿ってパラメータ発明のサポート要件充足性を判断した。

 原告(特許出願人)は知財高裁平成22年1月28日判決、事件番号平成21年(行ケ)第10033号審決取消請求事件(フリバンセリン事件、本ブログ2010年2月13日記事)における「特許請求の範囲の記載と,発明の詳細な説明の記載とを対比して,前者の範囲が後者の範囲を超えているか否かを必要かつ合目的的な解釈手法によって判断すれば足りるというべきであり,特段の事情のない限り,発明の詳細な説明において,実施例等で記載・開示された技術的事項を形式的に理解すべきである。」という判断基準に沿ってサポート要件は満たされると主張したが、主張は認められなかった。

 

2.本願発明(請求項1)

「(a)n-ブチルアクリレートを50重量部以上,カルボキシル基を持つビニルモノマー及び/又は窒素含有ビニルモノマーの一種以上を1~5重量部,水酸基含有ビニルモノマー0.01~5重量部を必須成分として調製されるアクリル共重合体100重量部と,(b)粘着付与樹脂10~40重量部からなる粘着剤組成物を架橋した粘着剤を基材の少なくとも片面に設けてなる粘着テープであり,

 前記粘着剤の周波数1Hzにて測定されるtanδ のピークが5以下にあり,50での貯蔵弾性率Gが7.0×10~9.0×10(Pa),130でのtanδ が0.6~0.8であることを特徴とする粘着テープ。」

 

3.審決の判断

 本件審決の理由は,要するに,本願発明に係る特許請求の範囲の記載は,平成14年法律第24号による改正前の特許法(以下「法」という。)36条6項1号に規定する要件(以下「サポート要件」という。)を満たしていないから,拒絶されるべきものである,というものである。

 本件審決は,本願発明が発明の詳細な説明に記載されているというためには,本願発明で使用する粘着剤について,技術的な裏付けをするのに十分な記載がされることが必要であり,具体的には,それを製造ないし入手できるように記載されていることが必要とした上で,本願明細書の発明の詳細な説明の記載からは,tanδのピーク,50での貯蔵弾性率G及び130におけるtanδの値を本願発明の範囲内に調整することは,当業者にとって過度の試行錯誤を要し,また,本願発明の粘着剤全般について製造方法や入手方法について開示されているとは,技術常識に照らしても認められないから,本願発明は,発明の詳細な説明に記載されたものとはいえないと判断した。

 

4.原告の主張(フリバンセリン事件判決に沿った主張)

 本願発明が発明の詳細な説明に記載されているというためには,本願発明で使用する粘着剤について,技術的な裏付けをするのに十分な記載がされることが必要であり,具体的には,それを製造ないし入手できるように記載されていることが必要とする本件審決の判断は誤りである。すなわち,サポート要件は,特許請求の範囲の記載について,発明の詳細な説明の記載と対比して,広すぎる独占権の付与を排除する趣旨で設けられたものであるから,特許請求の範囲の記載と,発明の詳細な説明の記載とを対比して,前者の範囲が後者の範囲を超えているか否かを必要かつ合目的的な解釈手法によって判断すれば足りるというべきであり,特段の事情のない限り,発明の詳細な説明において,実施例等で記載・開示された技術的事項を形式的に理解すべきである。

 

5.裁判所の判断のポイント

「取消事由1(サポート要件に係る判断の誤り)について

(1) 法36条6項は,「第三項四号の特許請求の範囲の記載は,次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し,その1号において,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している。

 特許制度は,発明を公開させることを前提に,当該発明に特許を付与して,一定期間その発明を業として独占的,排他的に実施することを保障し,もって,発明を奨励し,産業の発達に寄与することを趣旨とするものである。そして,ある発明について特許を受けようとする者が願書に添付すべき明細書は,本来,当該発明の技術内容を一般に開示するとともに,特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにするという役割を有するものであるから,特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきである。法36条6項1号が,特許請求の範囲の記載を上記規定のように限定したのは,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利が発生することになり,一般公衆からその自由利用の利益を奪い,ひいては産業の発達を阻害するおそれを生じ,上記の特許制度の趣旨に反することになるからである。

 そして,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり(前記知財大合議判決(=知財高裁平成17年(行ケ)第10042号同年11月11日特別部判決)参照),この点に関する原告の主張は,採用することができない。

(2) そこで,上記の観点に立って,以下,本件について検討する。

前記第2の2のとおり,本願発明は,「(a)n-ブチルアクリレートを50重量部以上,カルボキシル基を持つビニルモノマー及び/又は窒素含有ビニルモノマーの一種以上を1~5重量部,水酸基含有ビニルモノマー0.01~5重量部を必須成分として調製されるアクリル共重合体100重量部と,(b)粘着付与樹脂10~40重量部からなる粘着剤組成物を架橋した」という組成であり,かつ,周波数1Hzにて測定されるtanδのピークが5以下にあり,50での貯蔵弾性率Gが7.0×10~9.0×10(Pa),130でのtanδが0.6~0.8であるという粘弾特性を満たす粘着剤を基材の少なくとも片面に設けてなる粘着テープとして記載されている。

 他方,前記1のとおり,本願明細書の発明の詳細な説明には,発明の実施の態様として,炭素数1~14の(メタ)アクリル酸アルキルエステル(請求項1のn-ブチルアクリレート),高極性ビニルモノマー(請求項1のカルボキシル基を持つビニルモノマー及び窒素含有ビニルモノマー)及び架橋剤と反応する官能基を有するビニルモノマー(請求項1の水酸基含有ビニルモノマー)の配合量が請求項1に記載された範囲外では粘着特性の点で劣ることが記載(【0016】【0017】)され,また,カルボキシル基を持つビニルモノマー,窒素含有ビニルモノマー,水酸基含有ビニルモノマー及び粘着付与樹脂や架橋剤の具体例(【0012】~【0020】)が列挙されるとともに,【表1】には,実施例1ないし4及び比較例1及び2として,請求項1に記載された粘弾特性を満たす粘着剤及び満たさない粘着剤の具体的組成が記載されている。

 また,前記1のとおり,本願明細書の発明の詳細な説明(【0021】)には,発明の実施の形態として,「tanδのピークが5を超える場合は,低温性が悪化する。50での貯蔵弾性率Gが6×10(Pa)以下では,再剥離性が悪化し,2×10(Pa)を超える場合は耐反撥性,定荷重性が悪化する。また130でのtanδが1を超える場合は,再剥離性が低下する。」と,粘弾特性の各パラメータの値が請求項1に記載された範囲を外れる場合には,再剥離性,耐反発性,定荷重性等の粘着特性が悪化する傾向にあることが記載されている。

 さらに,実施例1ないし4及び比較例1及び2には,tanδのピークが-7以下で,50での貯蔵弾性率G及び130でのtanδが請求項1に記載された範囲(実施例1ないし4)であれば,再剥離性やエーテル系ウレタンフォームあるいはステンレス等に対する接着力において,優れた粘着特性が発揮されるのに対して,tanδのピーク(-7)が請求項1に記載された数値の範囲内であっても,50での貯蔵弾性率G(5×10(Pa))及び130でのtanδ(1.05)が請求項1に記載された数値範囲を外れると,再剥離性が劣り(比較例1),また,tanδのピーク(0)及び130でのtanδ(0.6)が請求項1に記載された数値の範囲内であっても,50での貯蔵弾性率G(15×10(Pa))が請求項1に記載された数値の範囲を外れると,定荷重性が劣ること(比較例2)が記載されている。

 そして,甲17(「粘着技術ハンドブック」196頁,平成9年3月31日,日刊工業新聞社発行)によれば,tanδのピークが5以下であることは,一般の粘着剤が備える粘弾特性であると認められるから,これら実施例及び比較例のデータは,発明の実施の形態として粘着特性の傾向が定性的に記載された粘弾特性の範囲の中でも,特に請求項1に記載された50での貯蔵弾性率G及び130でのtanδの範囲の粘着剤は,優れた粘着特性を有すること及び請求項1に記載された粘弾特性を外れると,発明の実施の形態(【0021】)に記載されたとおり,粘着特性が劣るものとなることを示すものであるといえる。

しかしながら,実施例1ないし4は,いずれも,n-ブチルアクリレート(表1のBA)を90重量部程度有し,任意モノマーとして酢酸ビニル(同VAc),カルボキシル基を持つビニルモノマーとしてアクリル酸(同AA),窒素含有ビニルモノマーとしてNビニルピロリドン(同NVP),水酸基含有ビニルモノマーとしてヒドロキシエチルアクリレート(同HEA),粘着付与樹脂としてロジンエステル系樹脂A-100(荒川化学社製)及び重合ロジンエステル系樹脂D-135(荒川化学社製)を用いたものであって,請求項1に記載された組成の中のごく一部のものにすぎない。

 また,請求項1に記載された粘弾特性のパラメータであるtanδのピーク,50での貯蔵弾性率G及び130でのtanδのそれぞれの値を制御するには何を行えばよいのかについて,本願明細書の発明の詳細な説明には,何らの記載もない。

 さらに,例えば,甲20(佐藤弘三「粘弾性と粘着物性」)の図6には,モノマー組成が同一のアクリル系粘着剤であっても分子量が大きいほど,50での貯蔵弾性率Gは小さく,130でのtanδが大きいことが記載され,また,図7には,架橋剤量が多いほど,50での貯蔵弾性率Gは大きく,130でのtanδは小さいことが記載されているように,粘着剤の技術常識によれば,請求項1に記載された粘弾特性の各パラメータの値は,アクリル系共重合体を構成するモノマーの種類(官能基の種類や側鎖の長さなど)や各種モノマーの配合比だけでなく,それらが重合してなるアクリル重合体の分子量,粘着付与樹脂の種類や配合量,架橋の程度など,様々な要因の影響を複合的に受けて変化するものである。

 そうすると,粘着剤が請求項1に記載された組成を満たしているとしても,それ以外の多数の要因を調整しなくては,請求項1に記載された粘弾特性を満たすようにならないことは明らかであり,実施例1ないし4という限られた具体例の記載があるとしても,請求項1に記載された組成及び粘弾特性を兼ね備えた粘着剤全体についての技術的裏付けが,発明の詳細な説明に記載されているということはできない。また,そうである以上,請求項1に記載された粘着剤は,発明の詳細な説明に記載された事項及び本件出願時の技術常識に基づき,当業者が本願発明の前記課題を解決できると認識できる範囲のものであるということもできない。

以上によれば,本願発明に係る特許請求の記載の範囲の記載は,サポート要件に適合しないというべきである。」

2013年7月1日月曜日

特許権侵害訴訟における機能的クレームの解釈と、機能的クレームに対する均等論適用の余地について争われた事例


特許権侵害訴訟における機能的クレームの解釈と、機能的クレームに対する均等論適用の余地について争われた事例

 

知財高裁平成25年6月6日判決言渡

平成24年(ネ)第10094号 特許権侵害差止等請求控訴事件

原審・大阪地方裁判所平成23年(ワ)第10341号

 

1.概要

 本事例は、特許権侵害訴訟の第二審判決である。第一審では、特許権者である原告が被告に、被告製品の生産の差し止めなどを求めたが請求は棄却された。第二審において特許権者である控訴人は原判決の取消等を求めたが控訴は棄却された。

 控訴人が有する本件特許発明1等には「スライド可能に係合」、「分離不能に保持」という構成要件がある。この構成要件が「機能的」表現として解釈すべきかが争われ、知財高裁は「機能的」表現として解釈すべきと判断し、その結果被告製品はこれらの構成要件を満足しないと結論付けた。原告は、被告製品の対応する構成は技術分野にかかわりなく適用可能な慣用技術だと主張したが、知財高裁は「技術分野を問わず汎用される慣用技術であるとしても,控訴人が慣用技術の根拠として引用する上記各書証に開示された技術等は,発明が解決しようとする課題,発明の目的,課題を解決するための手段,基本構成及び使用態様等が,いずれも本件各特許発明とは異なるものであって,本件明細書には当該慣用技術を採用する動機付けが何ら開示も示唆もされておらず,上記各書証にも,本件各特許発明の技術的課題について何らの開示も示唆もされていないのであるから,本件各特許発明に当該技術を適用して被告各製品の構成を採用する動機付けがない」と判断した

 また、機能的クレームと解釈された構成要件に均等論適用の余地があるか否かも争われた。被控訴人(第一審被告)は均等論適用の余地はないと主張したが、知財高裁は、均等論適用の余地はあると判断した。ただし、均等論適用の要件を満たさないという理由で被告製品は控訴人特許権の技術的範囲に属さないと結論付けている。

 

2.本件特許発明1(下線部が機能的クレームと解釈すべきか争われた)

 「パソコン等の器具の本体ケーシングに開設された盗難防止用のスリットに挿入される盗難防止用連結具であって,主プレートと補助プレートとを,スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両プレートは分離不能に保持され,主プレートは,ベース板と,該ベース板の先端に突設した差込片と,該差込片の先端に側方へ向けて突設された抜止め片とを具え,補助プレートは,主プレートに対して,前記主プレートの差込片の突出設方向に沿ってスライド可能に係合したスライド板と,該スライド板を差込片の突出方向にスライドさせたときに,差込片と重なり,逆向きにスライドさせたときに,差込片との重なりが外れるように突設された回止め片とを具え,主プレートと補助プレートには,補助プレートを前進スライドさせ,差込片と回止め片とを重ねた状態で,互いに対応一致する位置に係止部が形成されていることを特徴とするパソコン等の器具の盗難防止用連結具。」

 

3.裁判所の判断のポイント

3.1.「スライド可能に係合」、「分離不能に保持」の解釈について

「本件各特許発明の「スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両プレートは分離不能に保持され」とのクレームのうち,「スライド可能に係合」及び「分離不能に保持」との機能的・抽象的な記載では,係合手段及び保持手段について,本件各特許発明の目的及び効果を達成するために必要な具体的な構成を明らかにするものということはできない。このように,特許請求の範囲に記載された構成が機能的,抽象的な表現で記載されている場合において,当該機能ないし作用効果を果たし得る構成であればすべてその技術的範囲に含まれると解すると,明細書に開示されていない技術思想に属する構成までもが発明の技術的範囲に含まれることになりかねない。しかし,それでは当業者が特許請求の範囲及び明細書の記載から理解できる範囲を超えて,特許の技術的範囲を拡張することとなり,発明の公開の代償として特許権を付与するという特許制度の目的にも反することとなる。したがって,特許請求の範囲が上記のような表現で記載されている場合には,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず,上記記載に加えて明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである。ただし,このことは,発明の技術的範囲を明細書に記載された具体的な実施例に限定するものではなく,実施例としては記載されていなくても,明細書に開示された発明に関する記述の内容から当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が実施し得る構成であれば,その技術的範囲に含まれるというべきである。

 これを本件についてみると,「スライド可能に係合」とのクレームについて本件明細書で開示されている構成は,従来技術及び実施例のいずれにおいても,差込片をスリットへ挿入する方向(ないし差込片の突出方向)に向かって,直線的に互いに前後移動(スライド)する構成のみであり,また,「スライド可能に係合」し,かつ「分離不能に保持」とのクレームについて本件明細書で開示されている構成は,一方のプレートにスライド方向に延びた長孔を開設し,他方のプレートにピンを固定し,当該ピンが当該長孔にスライド可能に嵌められる構成しかなく,それ以外の構成について具体的な開示はないし,これを具体的に示唆する表現もない。したがって,本件各特許発明の「スライド可能に係合」及び「分離不能に保持」とのクレームについては,上記のとおり,本件明細書に開示された構成及び本件明細書の発明の詳細な説明の記載から当業者が実施し得る構成に限定して解釈するのが相当である。

 これに対し,「スライド可能に係合」し,かつ「分離不能に保持」とのクレームに対応する被告各製品の構成は,前記(1)ウのとおり,主プレートと補助部材とを一つのピンによって一端を枢結し,上記ピンを中心に,円を描くように回動する方向でスライド可能とする構成であって,これが本件明細書に開示された構成と異なることは明らかであって,本件明細書の発明の詳細な説明に開示された主プレートと補助プレートの「スライド可能に係合」し,かつ「分離不能に保持」を実現する構成とは,その構造が全く異なるものであって,当業者が本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて容易に実施し得る構成であるということはできない。

 この点,控訴人は,複数の部材をピン等で枢結し,「スライド可能に係合」させ,「分離不能に保持」する構成を実現し,かつ,当該枢結点を中心に回転させた場合に,枢結点から離れた点においては,回転角度が小さい範囲では略直線の軌道を描くことを利用した構成は,技術分野を問わず汎用される慣用技術であり,かかる慣用技術を踏まえれば,被告各製品の構成は,本件明細書に当業者が容易に実施し得る程度に開示されている旨主張し,同主張に沿う書証として,甲14ないし18,20,22ないし29,30の1及び2,甲34ないし39,43及び44を引用する。

 しかしながら,上記各書証の技術等の開示事項は,いずれも盗難防止用連結具という技術分野に関する発明である本件各特許発明とは技術分野及び技術的課題が異なるものである上,仮に複数の部材をピン等で枢結し,「スライド可能に係合」させ,「分離不能に保持」するとの技術が技術分野を問わず汎用される慣用技術であるとしても,控訴人が慣用技術の根拠として引用する上記各書証に開示された技術等は,発明が解決しようとする課題,発明の目的,課題を解決するための手段,基本構成及び使用態様等が,いずれも本件各特許発明とは異なるものであって,本件明細書には当該慣用技術を採用する動機付けが何ら開示も示唆もされておらず,上記各書証にも,本件各特許発明の技術的課題について何らの開示も示唆もされていないのであるから,本件各特許発明に当該技術を適用して被告各製品の構成を採用する動機付けがないというべきである。」

 

3.2.機能的な構成要件について均等論適用の余地があるか否かについて

「被控訴人は,機能的クレームである本件各特許発明の技術的範囲に被告各製品が文言上属さないとされた以上,均等論を適用する余地はない旨主張する。

 しかしながら,文言上,特許請求の範囲に記載された発明と異なる構成を被告各製品が有しているとしても,一定の要件を充たす場合には例外的にこれと均等と評価されるものとして侵害を認める考え方が均等論であり,この理は,クレームが機能的に記載された構成であるか否かによって変わるものではないから,機能的クレームについてのみ,文言侵害が否定されたからといって,均等論の適用が当然に否定されるべき理由はない。したがって,被控訴人の上記主張は,採用することができない。」