2013年6月11日火曜日

引用文献で開示の選択肢の一つを選び、改良することに進歩性が認められた事例


知財高裁平成25年2月28日判決

平成24年(行ケ)第10205号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、進歩性欠如を理由とする無効審決が審決取消訴訟において取り消された事例である。

 本願発明はニコチンをスプレーにより口腔投与する場合にニコチンをアルカリ性化して吸収を高めるという知見に基づく発明である。一方、引用例1では、ニコチンをスプレーにより口腔粘膜,鼻腔粘膜及び肺などの吸入経路で投与することが開示されている。引用例1では、口腔粘膜投与は、他の投与経路と並列的に記載されているだけである。引用例2,3では、アルカリ性化により口腔粘膜からのニコチン吸収がアルカリ環境で促進されることが開示されている。

 審決では、引用例1ではニコチンのスプレーによる口腔粘膜投与が開示されているのであるから、引用例2,3を組み合わせて本発明にいたることが容易だと判断した。

 一方、裁判所は、引用例1では口腔粘膜投与は、他の投与経路と並列的に記載されているから、引用例1において敢えて口腔粘膜での吸収を高める必然性はないと判断した。

 仮に、引用例1で口腔粘膜投与の開示しかなければ進歩性は否定されたと考えられる。本事例において裁判所は、引用文献で選択肢の一つとして開示されている構成を選び取って改善することに進歩性を認めているということができ、大変興味深い。

 

2.本願発明と引用発明

 本願発明:「ニコチン遊離塩基を含む液体医薬製剤であって,スプレーにより口腔に投与するためのものであり,そして緩衝および/またはpH調節によってアルカリ性化されていることを特徴とする液体医薬製剤」

 引用発明1:「ニコチンを緩衝液中に含有することを特徴とする,純ニコチンを含有するスプレーであることを特徴とする,薬剤」

 一致点:ニコチンを含む液体医薬製剤であって,スプレーにより口腔に投与するためのものであり,そして緩衝されていることを特徴とする液体医薬製剤

 相違点1:本願発明では緩衝によりアルカリ性化されているのに対し,引用発明1では単に緩衝されることが明らかにされるのみである点

 相違点2:本願発明ではニコチンがニコチン遊離塩基であるとされるのに対し,引用発明1では単にニコチンとされるのみである点

 

3.引用例1での開示

 引用発明1において,薬剤は様々なニコチン含有量のアンプルとして提供され,使用者が好みの銘柄のたばこに対応するニコチン含有量のアンプルを選択し,好みの方法により吸入するものであるから,各アンプル中の薬剤は,口腔粘膜,鼻腔粘膜及び肺などの吸入経路のいずれにも対応できる液体であって,ニコチン含有量についてのみ,多様性を有するものということができる。

 

4.引用例2,3での開示

 引用例2及び3には,口腔粘膜からのニコチン吸収がアルカリ環境で促進されることが開示されている。

 

5.審決の判断

 審決では、引用例1では口腔粘膜からニコチンを投与することが開示されており、引用例2、3では口腔粘膜からのニコチン吸収がアルカリ環境で促進されることが開示されているため、引用例1においてニコチンをアルカリ性化することは容易であると判断した。

 

6.裁判所の判断のポイント

引用発明1は,使用者の好みに応じて,口腔粘膜のみならず鼻腔粘膜や気道などからもニコチンが吸入されることを念頭においた薬剤であるから,口腔粘膜からの吸収を特に促進する必要性を認めることはできないし,引用例1には,口腔粘膜からの吸収を特に促進させる点に関する記載や示唆も存在しない。

 したがって,引用発明1に,引用発明2及び3を組み合わせることについて,動機付けを認めることはできない。」

 

2013年6月3日月曜日

進歩性判断において引例の組成物での不可避不純物が考慮された事例


知財高裁 平成25年5月23日判決

平成24年(行ケ)第10243号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は進歩性欠如を理由とする拒絶審決が維持された事例である。

 本件発明の「酸素を含有する炭化シリコン(Si)」での「酸素を含有」が、酸素が不可避不純物として含まれることも包含するのか否かが争点となった。審決では、引用発明に開示された炭化ケイ素が不可避的に酸素を含有することは技術常識であるから、本件発明とこの点で区別できないと判断された。裁判所この判断を維持した。

2.本件発明

「導電部材を有する基板と,/前記基板上に存在し,少なくとも1つの応力調整層が内部に介在される複合低k誘電体層と,/前記複合低k誘電体層に形成され,前記少なくとも1つの応力調整層を貫通して,前記導電部材を電気的に接続する導電機構と,から構成され,/前記複合低k誘電体層内の応力を調整する前記応力調整層は,酸素を含有する炭化シリコン(Si)で構成され,前記aは0.8~1.2であり,前記bは0.8~1.2であり,前記cは0を含まない0~0.8であることを特徴とする配線構造。」

3.引用発明

 引用文献で開示されている配線構造は材料が、「酸素を含有する炭化シリコン(Si)」ではなく、「主成分が炭化ケイ素(SiC)のBlok」である点で本件発明と異なる。

4.周知技術

 「Blok」が,有機ケイ素ガスを用いたPECVD法により形成されたSiC膜であることは,本件出願に係る優先権主張日当時,集積回路用の配線構造の技術分野において周知であった。

 そして、PECVD法により形成されたSiC膜が不可避不純物として酸素が含まれていることも周知であった。

5.争点

 審決では、本件発明における「酸素を含有する炭化シリコン(Si)」においてcは0を含まない0~0.8であるから、不可避不純物として酸素を含む炭化ケイ素も包含するから、本件発明と引用発明とは区別できないと判断した。

 これに対し原告は、本件発明での「酸素を含有する炭化シリコン」とは,意図的に酸素を含有させることを意味し,不可避的に微量の酸素が含まれるような場合を想定していない、本願発明の効果は,不可避的に含まれる微量の酸素に加えて酸素を含有させることで得られるのであるから,仮に,Blokが不可避的に微量の酸素を含むとしても,本願発明の「酸素を含有する炭化シリコン」とは異なるものである、と主張した。

6.裁判所の判断のポイント

(1) 本願発明の認定について

本願発明に係る特許請求の範囲には,「複合低k誘電体層内の応力を調整する前記応力調整層は,酸素を含有する炭化シリコン(SiaCbOc)で構成され,前記aは0.8~1.2であり,前記bは0.8~1.2であり,前記cは0を含まない0~0.8である」との記載がある。このうち,「前記cは0を含まない0~0.8である」との記載は,その文言に照らして,cが0に限りなく近い小さな値から0.8の範囲であることを意味するものと認めるのが相当である。

原告の主張について

() 原告は,本願明細書(【0012】)には「応力調整層は,酸素を含有する炭化シリコン(SiaCbOc)…で構成される。」との記載があるから,当業者であれば,特許請求の範囲に記載された「cは0を含まない0~0.8である」との文言についても,酸素をその効果が発揮できる程度に意図的に含有させたものを示すものと容易に想像することができる旨主張する。

 しかしながら,本願発明に係る特許請求の範囲に記載された「cは0を含まない0~0.8である」との文言について,その技術的意義が一義的に明確に理解することができないものということはできないし,原告が挙げる本願明細書の記載(【0012】)に照らしても,一見して特許請求の範囲の上記文言が誤記であるということもできないから,本願発明の認定は,特許請求の範囲の記載に基づいてなされるべきである。

 そうすると,本願発明に係る特許請求の範囲の上記文言は,cが0に限りなく近い小さな値から0.8の範囲であることを意味するものというべきであって,原告の主張は,採用することができない。

() 原告は,本願発明に係る特許請求の範囲に記載された「酸素を含有する炭化シリコン」とは,意図的に酸素を含有させることを意味し,不可避的に微量の酸素が含まれるような場合を想定しておらず,本願発明の効果は,不可避的に含まれる微量の酸素に加えて酸素を含有させることで得られるものであるから,仮に,Blokが不可避的に微量の酸素を含むものであるとしても,本願発明の「酸素を含有する炭化シリコン」とは異なるものであるなどと主張する。

 しかしながら,本願発明の特許請求の範囲には,「酸素を含有する炭化シリコン」が意図的に酸素を含有させたものであるとは記載されていないし,本願明細書にも,「酸素を含有する炭化シリコン」が意図的に酸素を含有させるものであることの記載や示唆はない。

 したがって,原告の主張は,採用することができない。」