2013年4月22日月曜日

引用文献に具体的な化合物が開示されているか否かが争われた事例


知財高裁平成25年4月11日判決

平成24年(行ケ)第10124号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本件補正発明は2種の化合物を組み合わせた医薬に関する。本件補正発明が進歩性欠如との拒絶審決に対する取消訴訟において、審決が維持された。

 引用例では有効成分の1つが「IMiD1,IMiD2、IMiD3」という略号により特定されている。これらがどのような構造を有するのかは開示されていない。ただし引用例の引用する参考文献を辿っていけば、具体的な化合物の構造が推定することができる(ただし、この点については争いがある)。

 知財高裁は、学術文献を読んだ当業者であれば、参考文献まで考慮することは当然であるから、引用例には、参考文献を併せて読めば具体的な化合物の構造が開示されており、構造の特定の有無は実質的な相違点ではないと判断し、審決を維持した。

 医薬の分野では、対象となる化合物の構造が読者に特定されないように文献を記載することはしばしば行われる。このように記載された文献の引用発明適格性の判断基準を理解するうえで参考になる事例である。

 

2.対比

 本件補正発明

「治療上有効な量の化合物3-(4-アミノ-1-オキソ-1,3-ジヒドロ-イソインドール-2-イル)-ピペリジン-2,6-ジオンまたはその製薬上許容される塩,溶媒和物もしくは立体異性体,および治療上有効な量のデキサメタゾンを含む多発性骨髄腫の治療のための組合せ医薬であって,該化合物は多発性骨髄腫を有する患者に1~150mg/日の量で周期的に経口投与され,該デキサメタゾンは該患者に周期的に経口投与される,上記組合せ医薬」

 

 引用例に記載の発明(引用発明)

「IMiD1,IMiD2あるいはIMiD3のいずれかであるサリドマイドアナログ及びデキサメタゾンを含むヒト多発性骨髄腫細胞の増殖の抑制のための組合せ」

 

 本件補正発明と引用発明との一致点

 サリドマイドアナログ及びデキサメタゾンを含むヒトの多発性骨髄腫の抑制のための組合せである点

 

 本件補正発明と引用発明との相違点

 本件補正発明の組合せにおいては,デキサメタゾンと組み合わされるサリドマイドアナログが「3-(4-アミノ-1-オキソ-1,3-ジヒドロ-イソインドール2-イル)-ピペリジン-2,6-ジオン)又はその製薬上許容される塩,溶媒和物もしくは立体異性体」(以下「本願化合物」という。)であるのに対し,引用発明においては,「IMiD1,IMiD2あるいはIMiD3のいずれか」である点

 

3.争点

 IMiDsは「免疫調節薬」を意味する。引用例(学術文献)では、サリドマイドアナログである免疫長節薬としてIMiD1,IMiD2及びIMiD3を、デキサメタゾンと併用して実験したことが開示されている。

 IMiD1,IMiD2及びIMiD3が具体的にどのような化合物かは引用例には記載されていない。ただし、引用例中では「参照文献15(乙8)」が引用されている。

 参照文献15(乙8)は更に参照文献47(乙9)が引用されている。乙9には本発明で用いられる3-(4-アミノ-1-オキソ-1,3-ジヒドロ-イソインドール2-イル)-ピペリジン-2,6-ジオン)が開示されている。

 引用例の孫文献まで読めば、引用例のIMiD1,IMiD2及びIMiD3のいずれかが3-(4-アミノ-1-オキソ-1,3-ジヒドロ-イソインドール2-イル)-ピペリジン-2,6-ジオン)だと理解できるのかどうかが争点。

 

4.裁判所の判断のポイント

「ア 上記(2)のとおり,引用例は,サリドマイド及びそのアナログがヒト多発性骨髄腫細胞の伝統的療法に対する薬剤耐性を克服したことを報告する学術論文であり,サリドマイド又はそのアナログであるIMiD1,IMiD2又はIMiD3をデキサメタゾンと組み合わせることにより,多発性骨髄腫細胞の増殖を効果的に抑制できることが具体的デ-タによって開示されているが,IMiD1ないし3の化学構造はいずれも明らかにされていない。しかし,学術論文においては,通常,研究のための実験方法や用いた材料を具体的に明らかにした上で,実験結果やそれに基づく考察を発表するものであり,当業者は,それらの記載に基づいて研究成果を理解し,必要に応じてこれを利用するものである。したがって,引用例に接した当業者であれば,そこに記載されたIMiD1ないし3がいかなる化合物であるのかを確認することは,当然に行うことである。

 上記観点から引用例をみると,引用例には,サリドマイドアナログとして知られる2種類の化合物のうち,免疫調節薬IMiDsは,ホスホジエステラーゼ4抑制物質ではないが,IL-2及びIFN-γ生成に加えてT-細胞増殖を著しく刺激するものであることが参照文献15(乙8)を引用して記載され,また,この研究においては,IMiDsとしてIMiD1ないし3の3種類を用いたことも記載されている。そして,上記参照文献15(乙8)には,サリドマイドアナログのクラスⅠ化合物である,CⅠ-A,CⅠ-B及びCⅠ-Cは,それぞれ参照文献47(乙9)の5a,8a 及び14であること,クラスⅠ化合物は,ホスホジエステラーゼ4抑制作用を示さず,T細胞増殖及びINF-γとIL-2生成の有力な刺激剤であることが記載されている。したがって,以上の各記載からすると,引用例に記載されたIMiDsが,参照文献15に記載されたクラスⅠ化合物であり,IMiD1ないし3の3つの化合物は,CⅠ-A,CⅠ-B及びCⅠ-Cであること,すなわち,参照文献47の5a,8a 及び14の3つの化合物に相当するものであることが明らかである。そして,参照文献47(乙9)には,5a,8a 及び14の化学構造がそれぞれ記載されているが,そのうち8a の化学構造は,本願化合物の化学構造と一致する(甲11,乙9)。

 そうすると,引用例に接した当業者であれば,IMiD1ないし3に関する引用例の記載及びそこに掲げられた参照文献の記載を併せ見ることにより,さしたる困難もなく,引用例に記載されたIMiD1ないし3のうちの1つが本願化合物であることを認識することができるものである。

 以上のとおり,本件補正発明における本願化合物は,引用例に記載されたIMiD1ないし3のうちの1つに該当するものであるから,相違点1は実質的な相違点ではないとした本件審決の判断に誤りはない。」

引用例に課題が存在しないことを理由に進歩性が肯定された事例


知財高裁平成25年4月10日判決

平成24年(行ケ)第10328号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例では、拒絶審決において、本願発明の進歩性を否定された。その理由は、引用発明と本願発明との相違点に係る特徴が解決する課題は、引用発明の分野において「自明な課題」であり、その解決を図るために他の文献を参照することは容易である、というものであった。

 これに対して知財高裁は、引用発明では他の手段によりすでに課題は解決されているため、引用発明では上記自明な課題は潜在的にも存在せず、この課題の解決を図るために他の文献との組み合わせる動機は存在しない、と判断し、審決を取り消した。

 

2.対比

 本願請求項1

「飲食物廃棄物の処分のための容器であって,飲食物廃棄物を受け入れるための開口を規定し,かつ内表面および外表面を有する液体不透過性壁と,前記液体不透過性壁の前記内表面に隣接して配置された吸収材と,前記吸収材に隣接して配置された液体透過性ライナーとを備え,前記容器は前記吸収材上に被着された効果的な量の臭気中和組成物を持つ,飲食物廃棄物の処分のための容器。」

 引用発明

「厨芥などのごみ袋であって,厨芥などを受け入れるための入口4を有し,かつ内表面および外表面を有する液体の不透過性の表面材3と,前記液体の不透過性の表面材3の前記内表面に隣接して配置された水分吸収体2と,前記水分吸収体2に隣接して配置された液体の透過性の内面材1とを備えた厨芥などのごみ袋。」

 一致点

「飲食物廃棄物の処分のための容器であって,飲食物廃棄物を受け入れるための

開口を規定し,かつ内表面および外表面を有する液体不透過性壁と,前記液体不透

過性壁の前記内表面に隣接して設置された吸収材と,前記吸収材に隣接して配置さ

れた液体透過性ライナーとを備える飲食物廃棄物の処分のための容器。」

 相違点

本願発明では,容器は吸収材上に被着された効果的な量の臭気中和組成物を持つのに対し,引用発明では,容器(ごみ袋)は臭気中和組成物を有していない点。

 

5.審決の判断

 「生ごみは保管状態と関係なくそれ自体が臭気を発生するものであり、上記のとおり引用発明においても脱臭剤などが必要という課題を有している」という理由で、上記相違点に係る特徴を他の文献を参考に組み合わせることが容易と判断した。

 

4.裁判所の判断のポイント

「本願発明は,上記特許請求の範囲及び本願明細書の記載によれば,飲食物廃棄物の処分のための容器であって,液体不透過性壁と,液体不透過性壁の内表面に隣接して配置された吸収材と,吸収材に隣接して配置された液体透過性ライナーとを備え,吸収材上に被着された効果的な量の臭気中和組成物を持つものである。本願発明は,上記構成により,一般家庭において,ゴミ収集機関により収集されるまで,飲食物廃棄物からの液体の流出を防止し,腐敗に伴う不快な臭気を中和する,経済的なプラスチック袋を提供することができるものである。

 これに対し,引用発明は,上記引用例1(甲8)の記載によれば,厨芥など水分の多いごみを真空輸送する場合などに適用されるごみ袋に関するものであるところ,これらのごみをごみ袋に詰めて真空輸送すると,輸送途中で破袋により,ごみが管壁に付着したり,水分が飛散して他の乾燥したごみを濡らして重くするなどのトラブルの原因となっていたという課題を解決するために,水分を透過する内面材と,水分を透過させない表面材と,上記内面材と上記表面材とに挟まれ水分を吸収して凝固させる水分吸収体との多重構造のシート材でごみ袋を構成することにより,厨芥などのごみの水分を吸収して凝固させ袋内に閉じ込めるようにしたものである。

 ところで,上記引用例1(甲8)の記載等に照らすと,真空輸送とは,住宅等に設置されたごみ投入口とごみ収集所等とを輸送管で結び,ごみ投入口に投入されたごみを収集所側から吸引することにより,ごみを空気の流れに乗せて輸送,収集するシステムであって,通常,ごみ投入口は随時利用でき,ごみを家庭等に貯めておく必要がないものと解される。そうすると,引用発明に係るごみ袋は,真空輸送での使用における課題と解決手段が考慮されているものであって,住宅等で厨芥等を収容した後,ごみ収集時まで長期間にわたって放置されることにより,腐敗し,悪臭が生じるような状態で使用することは,想定されていないというべきである。

 これに対し,被告は,引用発明は,厨芥,すなわち,腐敗しやすく悪臭を発生することが想定されるごみを収容するごみ袋であり,腐敗臭,悪臭の発生を抑制すべき技術課題を内在すると主張する。

 しかし,上記のとおり,引用発明は,厨芥等を真空輸送に適した状態で収容するためのごみ袋であり,厨芥等を長期間放置しておくと腐敗して悪臭を生じるという問題点は,上記真空輸送により解決されるものと理解することができ,引用例1の「厨房内などに水切り設備を設置して事前に水切りを行えるなどの場合は,本ごみ袋の下部に水切り用孔6を穿設してもよく,この場合はより一層効果的にごみの水分を取り除くことができる」(甲8・段落【0008】)との記載からしても,引用発明が厨芥等から発生する腐敗臭,悪臭の発生を抑制すべき技術課題を内在していると解することはできない。

 以上のとおり,引用発明には,腐敗に伴う不快な臭気を中和するという課題がなく,引用発明に臭気中和組成物を組み合わせる動機付けもないので,本願発明と引用発明との相違点について,引用発明において,効果的な量の臭気中和組成物を吸収材上に被着して相違点に係る本願発明の発明特定事項のようにすることは,引用例2記載の事項に基づいて当業者が容易に想到し得たことであるとした本件審決の判断には誤りがある。」

2013年4月15日月曜日

サポート要件と実施可能要件の関係について参考になりそうな事例


知財高裁平成25年4月11日判決

平成24年(行ケ)第10299号 審決取消請求事件

 

1.概要

 化学や医薬の分野の特許出願において、実施データが明細書に十分に開示されておらず、当業者にとって、クレーム発明が目的とする課題を解決できるとは理解できないと判断された場合に、実施可能要件違反とするか、サポート要件違反とするか、あるいは両方に違反するとするか、議論がある。

 サポート要件の実体的運用が開始されて以降、実施可能要件違反とサポート要件違反とは表裏一体の関係にあり、上記のような場合は、両方に違反すると判断されることが通常であった。

 ところがフリバンセリン事件(平成21年(行ケ)第10033号)においては、サポート要件の問題として扱うことは妥当ではなく、専ら実施可能要件の問題とされるべきと判断された。

 本事例では、フリバンセリン事件(平成21年(行ケ)第10033号)の判断とは正反対とも受け取ることのできる判断が下されており、大変興味深い。本事例は、実施可能要件サポート要件等を満足すると判断された無効審判審決に対する取消訴訟であり、知財高裁が審決を取り消した事例である。知財高裁は、実施可能要件は満足するが、サポート要件は満足しないと判断した。知財高裁は、サポート要件を2つの要件、すなわち、(1)本件発明が発明の詳細な説明に記載されているか?(2)本件発明が、発明の詳細な説明の記載により当業者が本件発明の課題を解決できると認識できるか?、に分けて考え、要件(1)は満足するが、要件(2)は満足しないと判断した。更に、特許権者が要件(2)を満足することを立証するために提出した実験データは参酌できないと判断した(なお、審判の段階では実験データを考慮してサポート要件に適合すると判断されている)。

 

2.本件発明(訂正後請求項1)

【請求項1】

工程(A):生醤油を含む調味液と,コーヒー豆抽出物,及びアンジオテンシン変換阻害活性を有するペプチドから選ばれる少なくとも1種の血圧降下作用を有する物質とを混合する工程と,

工程(B):工程(A)の後に生醤油を含む調味液と,コーヒー豆抽出物,及びアンジオテンシン変換阻害活性を有するペプチドから選ばれる少なくとも1種の血圧降下作用を有する物質との混合物をその中心温度が60~90℃になるように加熱処理する工程

を行うことを含む液体調味料の製造方法。

 

3.裁判所の判断のポイント

3.1.実施可能要件についての裁判所の判断

「(1)実施可能要件について

・・・方法の発明における発明の実施とは,その方法の使用をする行為をいうから(特許法2条3項2号),方法の発明については,明細書にその発明の使用を可能とする具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその方法を使用することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。

(2)本件発明の実施可能要件の適否について

 本件発明1ないし8は,いずれも方法の発明であるが,その特許請求の範囲の記載にある「生醤油」(【0012】),「コーヒー豆抽出物」(【0018】),「アンジオテンシン阻害活性を有するペプチド」(ACE阻害ペプチド。【0027】【0029】)及び「液体調味料」(【0011】)については,いずれも本件明細書に具体的にその意義,製造方法又は入手方法が記載されている。また,本件発明1ないし8の方法は,上記「生醤油」を含む調味料と,「コーヒー豆抽出物」及び「アンジオテンシン阻害活性を有するペプチド」(ACE阻害ペプチド)から選ばれる少なくとも1種の原材料(本件発明1~5)あるいは専ら「コーヒー豆抽出物」(本件発明6~8)を混合し,特定の温度(及び時間)で加熱処理し,あるいは混合しながら同様に加熱処理し,更にその後に充填工程を行うというものであるが,これらの具体的手法は,液体調味料の加熱処理方法(【0065】)や,加熱処理が充填工程の前に行われること(【0035】)を含めて,いずれも本件明細書(【0035】【0036】【0038】)に記載されている。

 したがって,本件明細書の発明の詳細な説明には,これに接した当業者が本件発明1ないし8の使用を可能とする具体的な記載があるといえる。

・・・

(3)原告の主張について

 原告は,本件発明はACE阻害ペプチドの由来や配合量等によって液体調味料の風味に大きな変化をもたらす可能性があり,かつ,血圧降下作用を示すとは限らないばかりか,風味変化と血圧降下作用を有する物質の配合量とが相反関係にある以上,ACE阻害ペプチドを使用する場合についての実施例が発明の詳細な説明に記載されていない限り,実施可能要件を満たさないと主張する。

 しかしながら,本件明細書に本件発明1ないし8の使用を可能とする具体的な記載があり,かつ,当業者が本件発明9を製造することができる以上,本件発明は,実施可能であるということができるのであって,原告の上記主張は,サポート要件に関するものとして考慮する余地はあるものの,実施可能要件との関係では,その根拠を欠くものというべきである。

 

3.2.サポート要件についての裁判所の判断

「(1)サポート要件について

・・・特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か,あるいは,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

(2)本件発明のサポート要件の適否について

ア・・・本件明細書の発明の詳細な説明には・・・血圧降下作用を有する物質として,ポリフェノール類,ACE阻害ペプチド等が列記されているところ,ポリフェノール類の一種であるクロロゲン酸類を含有するコーヒー豆抽出物の入手方法等についても記載があるほか,ACE阻害ペプチドの具体例や入手方法等についても具体的な記載がある。そして,本件明細書の発明の詳細な説明には・・・液体調味料の加熱処理を行う前にこれらの血圧降下作用を有する物質を液体調味料に混合し,次いで加熱処理を行うか,あるいはこれらの物質を混合しながら液体調味料を加熱処理するなどの方法について,加熱処理の際の温度等を含めて具体的に記載しており・・。

 したがって,本件発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であるということができる。

本件発明は・・・醤油を含む液体調味料に,ACE阻害ペプチド又はクロロゲン酸類を有効成分とするコーヒー豆抽出物等の血圧降下作用を有する物質を多量に配合すると,血圧降下には有利に働くものの,風味に変化が生じ,その結果,液体調味料の継続摂取が困難になるという課題(より具体的には,血圧降下作用を有する物質を液体調味料に配合した場合に,風味変化を改善するという課題)を解決するため,液体調味料の加熱処理を行う前に血圧降下作用を有する物質であるACE阻害ペプチド(本件発明1~5,9)又はコーヒー豆抽出物(本件発明1~9)を混合し,次いで加熱処理を行うか,あるいはこれらの物質を混合しながら液体調味料を加熱処理するなどの手段を採用することで,これにより,血圧降下作用を有する物質を日常的に摂取する食品である液体調味料に配合した場合の風味変化を改善し,風味の一体感付与を図り,メニューによる風味の振れが少なくて継続的な摂取が容易な,血圧降下作用等の薬理作用を高いレベルで発揮する液体調味料(本件発明9)及びその簡単な製造方法(本件発明1~8)を実現するという作用効果を有するものである。

 したがって,本件発明においては,血圧降下作用を有する物質が混合され,上記のように加熱処理された液体調味料の風味変化が改善されるのであれば,その課題が解決されたものとみて差し支えないといえる。

そこで,本件明細書について,その発明の詳細な説明の記載により当業者が本件発明の課題を上記のとおり解決できると認識できるものであるか否かを検討する・・・。

他方,本件明細書の発明の詳細な説明には,前記イに記載の物質のうちACE阻害ペプチドを本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混合して加熱処理した場合の実施例の記載がない。・・・本件明細書の発明の詳細な説明に,コーヒー豆抽出物及びγ-アミノ酪酸を本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混合して加熱処理した場合の実施例があり,それにより液体調味料の風味変化を改善し,本件発明の解決すべき課題を解決できることが示されているとしても,これらは,ACE阻害ペプチドを本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混合し加熱処理した場合に,液体調味料の風味変化の改善という本件発明の解決すべき課題を解決できることを示したことにはならない

 その他,本件明細書の発明の詳細な説明には,ACE阻害ペプチドを本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混同して加熱処理をした場合に,上記課題が解決されたことを示す記載はない以上,本件明細書の発明の詳細な説明に接した当業者は,血圧降下作用を有する物質としてACE阻害ペプチドを使用した場合を包含する本件発明1ないし5及び9が,液体調味料の風味変化の改善という課題を解決できると認識することができるとはいえず,また,当業者が本件出願時の技術常識に照らして本件発明の課題を解決できると認識できることを認めるに足りる証拠もない。

・・・

(4)被告の主張について

・・・

被告は,本件発明1ないし5及び9がサポート要件を満たす根拠として,ACE阻害ペプチドを添加して加熱処理した液体調味料の風味が改善されたことを示す本件出願後に行われた試験結果の報告書(甲17)が,本件明細書に記載された技術的内容を確認し,かつ,裏付けるものであると主張する。

 しかしながら・・・本件明細書の発明の詳細な説明には,その他にACE阻害ペプチドを本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混同して加熱処理をした場合に,上記課題が解決されたことを示す記載はなく,また,このことを示す技術常識も見当たらない以上,サポート要件の適否の判断に当たって,本件出願後にされた試験の結果を参酌することはできない。

よって,被告の上記主張は,採用することができない。

(5)小括

 以上によれば,・・・血圧降下作用を有する物質として,コーヒー豆抽出物に加えてACE阻害ペプチドを使用する場合を包含する本件発明1ないし5及び9は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であるといえるが,発明の詳細な説明の記載により当業者がその課題を解決できると認識できるものではなく,また,当業者が本件出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できるものであるともいえないから,サポート要件を満たすものとはいえない。

2013年4月5日金曜日

請求項中の数値の測定方法が特定されていない場合の権利範囲の解釈


東京地裁平成25年3月15日判決
平成23年(ワ)第6868号 損害賠償請求事件

1.概要
 本件は特許権侵害訴訟において、被告製品が、「粒径」により特定された原告の特許権の構成要件Dを充足するかどうかが争われ、充足しないと判断された。
 原告特許発明に係る請求項及び明細書では「粒径」の測定方法は限定されていない。裁判所が認定する従来技術によれば、「乾式」の方法と、「湿式」の方法が従来の測定方法として存在する。
 特許権者である原告は「粒径」は「乾式」の方法で測定されるべきと主張した。「乾式」によれば被告製品は構成要件Dを充足する。
 一方、被告が提出するデータによれば「粒径」を「湿式」の方法で測定した場合、被告製品は構成要件Dを充足せず非侵害となる。
 裁判所は「乾式の試料及び湿式処理をした試料のいずれを用いて測定しても,本件発明の構成要件Dが規定する粒径30μm未満の粒子の真円度の数値範囲(「0.73~0.90」)を充足する場合でない限り,構成要件Dの充足を認めるべきではないと解するのが相当である」と指摘し、構成要件Dを充足しないと判断した。

2.本件発明
 本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,各構成要件を「構成要件A」,「構成要件B」などという。)
シリカ質粉末を可燃性ガス-酸素火炎中で溶融して得られた球状シリカであって,
粒径が30μm以上の粒子を30~90重量%含有してなり,
該粒径30μm以上の粒子の真円度が0.83~0.94,
粒径30μm未満の粒子の真円度が0.73~0.90である
ことを特徴とするシリカ質フィラー。

3.裁判所の判断のポイント
「ウ 真円度の測定対象試料の調整方法
() 本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載(前記ア)を基礎に,本件明細書の記載事項(前記イ)を考慮して検討するに,特許請求の範囲及び本件明細書には,「該粒径30μm以上の粒子の真円度が0.83~0.94」(構成要件C)及び「粒径30μm未満の粒子の真円度が0.73~0.90」(構成要件D)にいう各「粒子」の状態及びその真円度の測定に当たっての調整方法を限定する趣旨の記載は存在しないから,真円度の測定がされる上記「粒子」は,本件出願時に通常行われていた試料の調整方法によって調整されたものであれば,その調整方法は特に限定されるものではないと解すべきである。
・・・
 上記記載と弁論の全趣旨によれば,本件出願時,画像解析法に用いる画像解析用試料の調整方法としては,乾燥した粉体(乾燥粒子)をそのまま試料とする場合(乾式の試料)や,液相中に粒子を分散するなどの前処理をしたものを試料とする場合(湿式処理をした試料)があり,いずれの調整方法も,通常行われていたものと認められる。
 したがって,本件発明の真円度を測定するに当たっては,乾式の試料又は湿式処理をした試料のいずれを用いても差し支えないというべきである。
・・・
() 本件発明の真円度を測定するに当たっては,乾式の試料又は湿式処理をした試料のいずれを用いても差し支えないことは,前記ウで認定したとおりである。
 ところで,本件発明の真円度の測定に当たり乾式の試料を測定対象とするか,又は湿式処理をした試料を測定対象とするかによって真円度の数値に有意の差が生じる場合,当業者がいずれか一方の試料を測定対象として測定した結果,構成要件所定の真円度の数値範囲外であったにもかかわらず,他方の試料を測定対象とすれば上記数値範囲内にあるとして構成要件を充足し,特許権侵害を構成するとすれば,当業者に不測の不利益を負担させる事態となるが,このような事態は,特許権者において,特定の測定対象試料を用いるべきことを特許請求の範囲又は明細書において明らかにしなかったことにより招来したものである以上,上記不利益を当業者に負担させることは妥当でないというべきであるから,乾式の試料及び湿式処理をした試料のいずれを用いて測定しても,本件発明の構成要件Dが規定する粒径30μm未満の粒子の真円度の数値範囲(「0.73~0.90」)を充足する場合でない限り,構成要件Dの充足を認めるべきではないと解するのが相当である。
 しかるところ,前記()のとおり,原告測定データ3は,被告製品の乾式の試料を対象として粒径30μm未満の粒子の真円度を測定した場合に,被告製品が構成要件Dの数値範囲内にあることを示している。
 しかし,他方で,本件においては,被告製品の湿式処理をした試料を対象として粒径30μm未満の粒子の真円度を測定した場合に,被告製品が構成要件Dの数値範囲内にあることを認めるに足りる証拠はなく,かえって,前記()のとおり,湿式処理をした試料を対象にした被告測定データ1によれば,被告製品は構成要件Dに規定する数値の範囲外にあるというべきである。
 したがって,被告製品は,構成要件Dを充足するものと認めることはできない。」