2013年3月31日日曜日

進歩性否定の審決が、引用発明と本件発明との技術思想の相違を考慮していないとの理由で取り消された事例


知財高裁平成25年3月21日判決

平成24年(行ケ)第10241号 審決取消請求事件



1.概要

 本事例は、本件補正後の発明(医療用ゴム栓組成物)が刊行物1に対して進歩性を有していないと判断した審決が取り消された事例である。

 本件補正後の発明に係る医療用ゴム栓組成物の組成は、刊行物1に開示されている針刺し止栓の針刺部分組成物の組成を更に限定した組成といえる。

 本件補正発明は所定の構成によって、液漏れを生じないという効果を生じる。

 刊行物1に記載の針刺部分組成物は,当該組成物から得た針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形することが,液漏れのない針刺し止栓を得るために必要である。一方、本件補正発明の構成物は,ゴム栓組成物の成形物が針の針刺方向に撓ませて止栓本体と一体化して成形されていなくとも,特許請求の範囲で特定された組成及び硬さを有するものであれば,使用時に液漏れを生じないものとして発明されたものである。

 審決では刊行物1では組成物の組成以外の構成によって液漏れ防止を実現している事情を考慮せず、単に組成物の組成だけに着目し、刊行物1に開示された組成物の組成において、一部の成分の組成の範囲を最適化して本件補正後の発明に至ることとは当業者により容易であり、進歩性なしと結論付けた。

 これに対して知財高裁は、液漏れを防止するための技術思想が本件補正発明と刊行物1とで相違することを考慮すると、刊行物1の組成を最適化して本件補正発明の組成に至ることは容易とはいえないと判断した。

 

2.本件補正後の請求項1

「質量平均分子量が30万~50万であるスチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体100質量部に対して,軟化剤160~200質量部,ポリプロピレン15~40質量部を配合した組成物であって,該組成物のJIS 6253Aに規定する硬さが30~45であることを特徴とする医療用ゴム栓組成物。」

 

3.審決の理由の要点

 審決では、刊行物1での組成物の組成のみに着目して、以下の理由により本件補正発明は進歩性を有さないと判断した。

(1) 刊行物1(甲1)には,実質的に次の発明(引用発明)が記載されていることが認められる。「重量平均分子量が20万~40万であるスチレン・エチレン・ブチレン・スチレンブロック共重合体100部に対して,パラフィン系オイル50~300部,ポリオレフィン樹脂10~50部を配合した組成物であって,該組成物のJIS(DURO)のA硬度が20~70である医療用薬液用瓶若しくは袋の針刺し止栓の針刺部分。」

(2) 補正発明と引用発明との一致点と相違点は次のとおりである。

【一致点】

「スチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体に対して,軟化剤,ポリオレフィンを配合した組成物である医療用ゴム栓組成物。」

【相違点1】

スチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体の質量平均分子量が,補正発明は「30万~50万」であるのに対し,引用発明は「20万~40万」である点。

(3)相違点1について

 引用発明のスチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体の質量平均分子量は20万~40万であるが,補正発明のスチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体の質量平均分子量30万~50万とは,30万~40万の範囲で重複・一致している。そして,高分子材料の平均分子量が,その材料の物性値に影響することは当業者にとって自明であり,所望の性質を得るため,その分子量を適宜選択することは,数値範囲の最適化のための当業者の通常の創作能力の発揮である。また,引用発明においても,その質量平均分子量を,他の用途より大きい範囲に定めることを意図しているものである。さらに,補正発明の上記「30万~50万」という数値限定条件範囲において,補正発明が,格別に顕著かつ臨界的に優れた作用・効果を奏するものともいえない。

 

4.裁判所の判断のポイント

「補正発明の容易想到性について

(1) 刊行物1から認定すべき発明について

 刊行物1に記載された発明の構成は,前記のとおり,針刺部分を射出成形金型のキャビティ内に隙間を有して載置し,止栓本体の材料を射出成形金型と針刺部分とで区画された隙間を除いたキャビティに射出して成形した針刺し止栓であるところ,この針刺し止栓の針刺部分が補正発明に係る医療用ゴム栓組成物に相当する。そして,補正発明は,医療用ゴム栓組成物について,その組成と組成物の硬さを発明特定事項とするものであるから,刊行物1において補正発明と対比すべき発明は,刊行物1に記載された技術的事項から,針刺部分の組成及びその硬さについて抽出した「重量平均分子量で15万以上のスチレン・共役ジェンブロック共重合体の水素添加物であって前記共役ジェンがイソプレン及びブタジエンから選択される1種以上であるベースポリマー100部に対して,パラフィン系オイルを50~300部,及びポリオレフィン樹脂を10~50部配合した組成物であって,当該組成物のJIS(DURO)のA硬度が20~70である針刺し止栓の針刺部分組成物」となる。審決が認定した引用発明における「重量平均分子量が20万~40万であるスチレン・エチレン・ブチレン・スチレンブロック共重合体」は,上記認定の構成「重量平均分子量で15万以上のスチレン・共役ジェンブロック共重合体の水素添加物であって前記共役ジェンがイソプレン及びブタジエンから選択される1種以上であるベースポリマー」に包含されるものではあるが,前記のとおり,刊行物1に記載された発明が十分な液漏れ性能等の確保といった目的を達成するためには,止栓本体の成形時に針刺部分を針の針刺方向に撓ませて成形されたものであることが必要と解されるのに対し,補正発明では針刺部分を撓ませることは前提とされていないという点で技術思想が異なるものであり,このような差違を考慮しないまま上記認定の構成に包含されるからといって,その中の特定の構成を引用発明として認定するのは相当ではない。原告主張の取消事由もこの趣旨をいうものと理解することができる。

(2) 補正発明と刊行物1に記載の構成物の対比

 刊行物1に記載されているのは,医療用薬液を封入した薬液用瓶若しくは袋に使用する針刺し止栓(甲1の段落【0001】)の針刺部分組成物であり,そこにおける実施例では,スチレン系エラストマー,パラフィン系オイル,及びポリオレフィン樹脂のコンパウンドをエラストマー(弾性体)と称していることから,ベースポリマー,パラフィン系オイル,及びポリオレフィン樹脂を配合した組成物である針刺部分の材料は,ゴム状であると解される。そうすると,補正発明の医療用ゴム栓組成物に対比されるべき発明は,刊行物1における針刺し止栓の針刺部分組成物に相当する。

 そして,補正発明の医療用ゴム栓組成物は,質量平均分子量が30万~50万であるスチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック共重合体をベースポリマーとする組成物であるのに対し,刊行物1における上記ベースポリマーは,重量平均分子量で15万以上のスチレン・共役ジェンブロック共重合体の水素添加物であって共役ジェンがイソプレン及びブタジエンから選択される1種以上のものであるから,両者は少なくともベースポリマーの成分で相違する部分がある。

(3) 相違点についての判断

 前記のとおり,刊行物1に記載の針刺部分組成物は,当該組成物から得た針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形することが,液漏れのない針刺し止栓を得るために必要であるのに対し,補正発明の構成物は,ゴム栓組成物の成形物が針の針刺方向に撓ませて止栓本体と一体化して成形されていなくとも,特許請求の範囲で特定された組成及び硬さを有するものであれば,使用時に液漏れを生じないものとして発明されたものである。具体的には,本願明細書で実施例1ないし3及び比較例1ないし5として記載された8種のゴム栓組成物は,いずれも刊行物1において補正発明と対比すべき発明に係る針刺し止栓の針刺部分の組成及び硬さを満たすものであるところ,刊行物1の記載によれば,これら8種の組成物を使用して製造した針刺部分は,これを針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形する構成を伴うことにより,液漏れが生じない針刺し止栓を得ることができる。一方,本願明細書の記載によれば,これら8種の組成物の中で,実施例として記載の3種の組成物,ひいては特許請求の範囲に記載されたベースポリマーの種類及び分子量,軟化剤及びポリプロピレンの配合量,並びに硬さに特定された組成物のみが,針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形するという手法を用いなくとも,液漏れのない医療用ゴム栓を得ることができるというものである。そうすると,補正発明は,当裁判所が認定した刊行物1に記載の上記組成物におけるベースポリマーの種類及び分子量,軟化剤及びポリプロピレンの配合量,並びに組成物の硬さを特定の範囲に限定することにより,針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形するという手法を用いなくとも,液漏れのない医療用ゴム栓を得ることができる効果を見出したものということができる。そして,針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形することを液漏れのない針刺し止栓を得るために必要とする刊行物1記載の針刺部分組成物のベースポリマーの種類及び分子量,パラフィン系オイル及びポリオレフィンの配合量,並びに硬さの範囲の中から,針刺部分を針の針刺方向に撓ませることが不要な特定の組成を見出すという発想は,刊行物1の記載から見出すことができず,刊行物1に記載の事項と補正発明とでは前提とする技術的思想が異なるものである。すなわち,補正発明の構成は,前記の技術的課題からの発想に伴うものであり,そのような発想である技術的思想が上記のとおり刊行物1には記載も示唆もない以上,そのような発想と離れた組成物が刊行物1に記載されているとしても,そこに,補正発明の構成が容易想到であると認めるまでの発明としての構成が記載されているということはできない。

 審決は,補正発明の技術的課題と刊行物1に記載の技術的課題の対比を誤り,補正発明と対比すべき技術的思想がないのに刊行物1に記載の事項を漫然と抽出して補正発明と対比すべき引用発明として認定した誤りがあり,ひいては補正発明を刊行物1に記載の引用発明から容易に想到しうるものと誤って判断したものというべきである。

追加実験データが考慮できないと判断された最近の事例2件

1.概要
 下記の2つの事例はどちらも、進歩性欠如の拒絶理由を解消することを目的として、出願人が、本発明が顕著な効果を有することを証明する追加実験データを提出したところ、追加実験データは考慮できないと判断された事例である。
 事例1では「本願明細書の記載から当業者が推認できる範囲を超える」ことを理由に実験データは考慮できないと判断された。
 事例2では「本願明細書に開示された事項と矛盾する」ことを理由に実験データは考慮できないと判断された。
 
2.1.事例1
知財高裁平成25年3月18日 判決
平成24年(行ケ)第10252号 審決取消請求事件
「3 取消事由3(顕著な作用効果の看過(その2))について
 原告は,①4mM等の低いマグネシウム濃度条件下において十分に高い活性を示すという本願補正発明のポリペプチドの効果は,引用文献3に記載された発明と比較して有利な効果であり,同発明から予想できない顕著な作用効果である,②本願補正発明のポリペプチドは,4mM等の低いマグネシウム濃度条件下で十分なリボヌクレアーゼH活性を有するので,Taq DNAポリメラーゼとの共存下での使用が可能であり,引用文献3に記載されたRNase HIIPkを最適化して用いる場合と比較しても,格別顕著な効果を奏するとして,本願補正発明のポリペプチドの格別顕著な作用効果を看過した審決には誤りがある旨主張するので,以下,検討する。
(1) 上記①の主張について
 本願明細書には,本願補正発明のポリペプチドが,4mM酢酸マグネシウム濃度条件下でどの程度の大きさのRNaseH活性を示したかについて直接的な記載はないが,原告は,得られた酵素標品が所望の活性を有するかどうかを確認する目的で酵素反応を行う場合,予め複数の条件を検討して,十分に高い活性が得られる最適又は最適に近い条件を用いることが当該技術分野における常法であることから,4mM程度のマグネシウム濃度条件下の活性が最大又はそれに近いと理解できる旨主張する。
 そこで,本願明細書の記載を検討すると,上記1(1) のとおり,本願補正発明のポリペプチドであるTli RNaseHII(実施例8)以外に,Bca RNaseHIII(実施例3),Pfu RNaseHII(実施例4),PhoRNaseHII(実施例6),Afu RNaseHII(実施例7),及び,Tce RNaseHII(実施例9)について,4mM酢酸マグネシウムを含む反応液中でRNaseH活性を確認したこと,Bca RNaseH(実施例1)について,4mM塩化マグネシウム(MgCl2)を含む反応液中でRNaseH活性を確認したことが,それぞれ記載されている。上記実施例において,本願補正発明を含む上記7種類のRNaseHは,それぞれ由来が異なり,クラスもII又はIIIと異なるから,イオン要求性等の性質も異なると考えられるにもかかわらず,一律に4mMマグネシウム濃度条件下でRNaseH活性が確認されている。
 そうすると,上記各実施例において,必ずしも,十分に高い活性が得られる最適又は最適に近い条件を用いて酵素の活性が確認されたとは考え難く,本願補正発明の酵素が4mMマグネシウム濃度条件下において最大又は最大に近いRNase活性を有するか否かを,本願明細書の記載から推認することはできないから,4mM等の低いマグネシウム濃度条件下において十分に高い活性を示すという効果が,本願補正発明のポリペプチドにおける格別顕著な作用効果であるとは認められない。
 また,原告は,甲9に記載された実験データを参酌すべきである旨主張する。しかし,上記のとおり,本願補正発明について,4mM等の従来のRNase Hと比べて非常に低いマグネシウム濃度条件下において十分に高いRNaseH活性を示すという効果が本願明細書に開示されているとはいえないから,その効果について示す上記実験データは本願明細書の記載から当業者が推認できる範囲を超えるものであって,参酌することはできないというべきである。
 
2.2.事例2
知財高裁平成25年3月14日判決
平成24年(行ケ)第10229号 審決取消請求事件
「原告は,本件審決は本件補正発明に係る容易想到性の判断において,本件意見書等(甲11及び16)に記載された実験データを参酌すべきであった旨主張する。
 しかしながら,次のとおり,原告の主張は採用することができない。
 すなわち,本願明細書(【0016】)には,反応器の材質について,好適な物質としてエナメルスチールが挙げられているほか,特に芳香族であるポリマーが非常に好適であること,エポキシ樹脂又はフェノール樹脂を用いる被覆剤が特に好適であること,ニッケル及びモリブデン等のある種の金属又はその合金が好適であることなどが記載されている。したがって,本願明細書には,エナメルスチールは芳香族系ポリマー,エポキシ樹脂,フェノール樹脂より多少劣るとしても,ニッケル及びモリブデン等の合金や金属と同程度に優れた耐腐食性を有することが記載されているといえる。
 他方,甲11には,ニッケルやモリブデン等を含む合金やチタン(表1),ポリプロピレンホモポリマー及びポリ(フッ化ビニリデン)ホモポリマー(表3),エポキシ樹脂(表4)及びエナメルスチール(表2)からなる断片を,本件補正発明が前提とするグリセロールと塩素化剤を含む反応媒体中に配置した後の腐食の程度を調べた実験の結果として,合金やチタンの断片は完全に消失し,ポリマー及びエポキシ樹脂の断片は許容できない重量と厚みの増加及び機械的特性の劣化を示したのに対して,エナメルスチールはガラスライニングの曇りを示さず,腐食が生じていなかったことが記載されている。また,甲16には,甲11と同一の表1及び2に加え,エナメルスチールの腐食速度が1ないし1.5%の沸騰塩素化水素溶液中で「<0.01mm/年」であること及び本件補正発明に係る反応混合物中で「0.0029mm/年」であることを示す表3が記載され,エナメルスチールが本件補正発明の反応条件下で腐食に対して優れた耐性を示すことが記載されている。これらの実験結果は,本願明細書に「好適」と記載されたエナメルスチールが,同じく「好適」と記載された金属や合金だけでなく,「非常に好適」と記載されたエポキシ樹脂よりも優れた耐腐食性を有することを示すものであり,本願明細書に記載された事項と矛盾するものである。・・・したがって,本件補正発明の容易想到性の検討に当たり,本件意見書等に記載された実験データを参酌しなかった本件審決の判断に誤りがあるということはできない。

2013年3月11日月曜日

併用投与を特徴とする医薬用途発明


東京地裁平成25年2月28日判決

平成23年()第19435号,同第19436号 各特許権侵害行為差止等請求事件

 

1.概要

 原告は、2つの薬剤を併用して特定の疾患を予防治療する医薬についての特許権を有する。

 被告各社は、一方の薬剤を製造販売している。被告各社の製品に含まれる薬剤は、原告特許とは関係なく従来から治療薬として用いられている。

 被告各社の製品の添付文書には、原告特許での他方の薬剤と併用することにより所定の効能を有することや、併用投与の場合の注意事項なども記載されている。

 医師が必要と判断すれば、被告製品の薬剤と、他方の薬剤とを併用し、原告特許が対象とする用途に用いられる。

 この場合に被告各社の行為は直接侵害に該当するか(争点1)、間接侵害に該当するか(争点2)について争われた。争点1については、医師による行為が、被告による医薬の生産とみなすことができるかが争われた。争点2については、被告各社の製品が「その発明による課題の解決に不可欠なもの」といえるかが争われた。

 東京地裁は、(争点1)被告各社が医師等の行為を支配しているわけではなく本件特許に係る医薬の生産を被告が行っていたとはいえないから、直接侵害は成立しない、(争点2)被告製品は従来から治療薬として使われており「その発明による課題の解決に不可欠なもの」とはいえないから、間接侵害は成立しない、と判断した。

 本事例と同じ特許権の別の侵害訴訟事件の判決として、

大阪地裁平成24年9月27日判決平成23年()第7576号,同第7578号

がある。この大阪地裁判決では、二つの薬剤を「組み合わせてなる」医薬の特許権と併用投与との関係について議論されている。

 

2.原告の特許権

2.1.原告の本件第1発明1

「【請求項1】(1)ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,(2)アカルボース,ボグリボースおよびミグリトールから選ばれるα-グルコシダーゼ阻害剤とを組み合わせてなる糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬。」

2.2.原告の本件第2発明1

「【請求項1】ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,ビグアナイド剤とを組み合わせてなる,糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬。」

 

3.被告らの行為

3.1.製剤

 被告らは,いずれもピオグリタゾン塩酸塩錠又はピオグリタゾン塩酸塩口腔内崩壊錠である別紙製剤目録記載の各ピオグリタゾン錠(以下「被告ら各製剤」という。)につき,それぞれ薬事法に基づく製造販売承認を受けて,これらの製造販売を開始した。

 被告ら各製剤は,本件第1発明及び本件第2発明(以下,併せて「本件各発明」という。)の「ピオグリタゾンの薬理学的に許容しうる塩」に該当する。

 

3.2.添付文書

 被告ら各製剤の添付文書には,次の記載がある。

「【効能・効果】

2型糖尿病

 ただし,下記のいずれかの治療で十分な効果が得られずインスリン抵抗性が推定される場合に限る。

1.①食事療法,運動療法のみ

②食事療法,運動療法に加えてスルホニルウレア剤を使用

③食事療法,運動療法に加えてα-グルコシダーゼ阻害剤を使用

④食事療法,運動療法に加えてビグアナイド系薬剤を使用

2.食事療法,運動療法に加えてインスリン製剤を使用

【用法・用量】

1.食事療法,運動療法のみの場合及び食事療法,運動療法に加えてスルホニルウレア剤又はα-グルコシダーゼ阻害剤若しくはビグアナイド系薬剤を使用する場合

通常,成人にはピオグリタゾンとして15~30mgを1日1回朝食前又は朝食後に経口投与する。なお,性別,年齢,症状により適宜増減するが,45mgを上限とする。」

 

4.裁判所の判断のポイント(直接侵害に関する判断)

「争点1(被告らが被告ら各製剤を製造販売等することが本件各特許権を侵害するか否か)について

(1) 争点1-1(被告らが医療関係者や患者の行為を利用,支配して本件各発明を実施しているといえるか否か)について

 被告らは,被告ら各製剤を製造販売しているが,さらに進んで,これと本件各併用薬とを組み合わせてなる医薬を生産等したことを認めるに足りる証拠はない。

 原告は,被告らが,自由意思によらずに本件各発明を実施する医師,薬剤師,患者の行為を道具として利用し,これを支配することによって,本件各発明の実施を招来せしめているのであり,被告らは,被告ら各製剤を製造販売することにより,医師,薬剤師,患者をして本件各発明を実施していると規範的に評価することができると主張する。

 しかしながら,医師がピオグリタゾン製剤や本件各併用薬などの薬剤をどのように使用するかについては,その裁量によって決するものであり,また,薬剤師がピオグリタゾン製剤や本件各併用薬などの薬剤をどのように調剤するかについては,医師の処方せんによらなければならないものであるし,さらに,患者が被告ら各製剤と本件各併用薬とを服用するのは,医師や薬剤師の指示や指導に従って行うに過ぎないから,これらをもって,被告らが医師,薬剤師,患者の行為を道具として利用したとか,これを支配したということ

はできない。

 原告の上記主張は,到底採用することができない。

(2) 争点1-2(被告らが医療関係者を教唆して本件各発明を実施しているといえるか否か)について

 教唆をする者は,自らが発明を実施するわけではないし,前記(1)に判示したところに照らせば,被告らが,医師や薬剤師等の医療関係者を教唆したということもできない。

(3) したがって,被告らが被告ら各製剤を製造販売等することは,本件各特許権を侵害しない。

 

5.裁判所の判断のポイント(間接侵害に関する判断)

「争点2(被告らが被告ら各製剤を製造販売等することが特許法101条2号に掲げる行為に該当するか否か)について

(1) 特許法101条2号における「発明による課題の解決に不可欠なもの」とは,特許請求の範囲に記載された発明の構成要素(発明特定事項)とは異なる概念で,発明の構成要素以外にも,物の生産に用いられる道具,原料なども含まれ得るが,発明の構成要素であっても,その発明が解決しようとする課題とは無関係に従来から必要とされていたものは,これに当たらない。

 すなわち,それを用いることにより初めて「発明の解決しようとする課題」が解決されるようなもの,言い換えれば,従来技術の問題点を解決するための方法として,当該発明が新たに開示する,従来技術に見られない特徴的技術手段について,当該手段を特徴付けている特有の構成ないし成分を直接もたらすものが,これに該当すると解するのが相当である。そうであるから,特許請求の範囲に記載された部材,成分等であっても,課題解決のために当該発明が新たに開示する特徴的技術手段を直接形成するものに当たらないものは,「発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当しない。

・・・・

(3) 以上の本件各明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,2型糖尿病に対しては,個々の患者のそのときの症状に最も適した薬剤を選択する必要があるが,個々の薬剤の単独使用においては,症状により十分な効果が得られなかったり,投与量の増大や長期化により副作用が発現する等の問題があり,臨床の場でその選択が困難であったこと,本件各発明は,これを解決するために,インスリン感受性増強剤であり副作用のほとんどないピオグリタゾンと消化酵素を阻害して澱粉や蔗糖の消化を遅延させる作用を有するα-グルコシダーゼ阻害剤(アカルボース,ボグリボース,ミグリトール),嫌気性解糖促進作用等を有するビグアナイド剤(フェンホルミン,メトホルミン,ブホルミン),膵β細胞からのインスリン分泌を促進するSU剤であるグリメピリドのいずれかとを組み合わせ,これにより,薬物の長期投与においても副作用が少なく,かつ多くの2型糖尿病患者に効果的な糖尿病の予防や治療を可能にしたことが認められる。これによると,本件各発明が,個々の薬剤の単独使用における従来技術の問題点を解決するための方法として新たに開示したのは,ピオグリタゾンと本件各併用薬との特定の組合せであると認められる(ピオグリタゾンや本件各併用薬は,それ自体,本件各発明の国内優先権主張日より前から既に存在して2型糖尿病に用いられていたのであり,本件各発明がピオグリタゾンや本件各併用薬自体の構成や成分等を新たに開示したということができないのは当然である。)。

 そうすると,ピオグリタゾン製剤である被告ら各製剤は,それ自体では,従来技術の問題点を解決するための方法として,本件各発明が新たに開示する,従来技術に見られない特徴的技術手段について,当該手段を特徴付けている特有の構成ないし成分を直接もたらすものに当たるということはできないから,本件各発明の課題の解決に不可欠なものであるとは認められない。

(4) 原告は,ピオグリタゾンが公知であったとしても,これが「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当することを否定すべき理由はないし,ピオグリタゾンは,これを用いることによって本件各発明の課題を解決することができる重要な成分であり,ピオグリタゾンがなければ本件各併用薬との組合せという従来技術には見られない特徴的技術手段をもたらすことはできず,これを他の有効成分に置き換えることもできないから,当該手段を特徴付けている特有の成分に当たると主張する。

 しかしながら,本件各発明は,ピオグリタゾンと本件各併用薬という,いずれも既存の物質を組み合わせた新たな糖尿病予防・治療薬の発明であり,このような既存の部材の新たな組合せに係る発明において,当該発明に係る組合せではなく,単剤としてや,既存の組合せに用いる場合にまで,既存の部材が「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当すると解するとすれば,当該発明に係る特許権の及ぶ範囲を不当に拡張する結果をもたらすとの非難を免れない。このような組合せに係る特許製品の発明においては,既存の部材自体は,その発明が解決しようとする課題とは無関係に従来から必要とされていたものに過ぎず,既存の部材が当該発明のためのものとして製造販売等がされているなど,特段の事情がない限り,既存の部材は,「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当しないと解するのが相当である

 被告ら各製剤の添付文書には,前記前提事実のとおり,【効能・効果】,【用法・用量】欄に,食事療法と運動療法,又は,食事療法と運動療法に加え,本件各併用薬等を使用する治療で十分な効果が得られずインスリン抵抗性が推定される2型糖尿病に対して被告ら各製剤が効能,効果を有することやそれらの場合における被告ら各製剤の用量や投与回数及び時期等についての記載があるほか,薬剤の併用投与の場合の注意事項等についての記載はあるが,本件各併用薬との併用投与を推奨するような記載や被告ら各製剤が本件各併用薬との組合せのためのものであるとの趣旨の記載はないから,添付文書の記載内容をもって,被告ら各製剤が本件各発明のためのものとして製造販売等されているということはできず,その他,特段の事情があることを認めるに足りる証拠はない。

 原告の上記主張は,採用することができない。

(5) また,原告は,本件各発明により,ピオグリタゾンを他の糖尿病治療薬と組み合わせるまでは発揮されなかったところの従来技術(ピオグリタゾン単剤)に見られない物質属性を新たに見出したものであると主張する。

 しかしながら,ピオグリタゾン自体は,本件各発明が解決しようとする課題とは無関係に従来から必要とされていたものであり,これが本件各発明のためのものとして製造販売等がされているなど,特段の事情があることは認められないから,被告ら各製剤は,「その発明による課題の解決に不可欠なもの」であるということはできない。

 原告の上記主張も,これを採用することはできない。

(6) したがって,被告らが被告ら各製剤を製造販売等することは,特許法101条2号に掲げる行為に該当しない。」

2013年3月4日月曜日

引用文献の再現実験結果が考慮され進歩性が否定された事例


知財高裁平成25年2月27日判決

平成24年(行ケ)第10221号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、進歩性ありと判断した無効審判審決に対する審決取消訴訟である。

 審決では、引用文献に対して本件発明は顕著な効果を有すると判断され、特許は維持された。審判請求人(本件原告)は引用文献の再現実験結果を提出し、引用文献においても本件発明と同様の効果が得られることの立証を試みた。しかし審決では引用文献の開示を正確に再現していない、として再現実験結果を考慮せず、進歩性を肯定した。

 裁判所は再現実験結果を証拠として考慮し、本件発明の効果は格別な効果とはいえないと判断した。裁判所は、引用発明1の効果が後に確認されているとしても,これをもって,本件発明1が容易想到ではないということはできないと指摘した。

 

2.本件発明1(被告特許の請求項1)

「A)アスパラギン酸二酢酸塩類及び/またはグルタミン酸二酢酸塩類,B)グリコール酸塩,及びC)陰イオン界面活性剤及び/又は非イオン界面活性剤を主成分とし,C)陰イオン界面活性剤及び/又は非イオン界面活性剤1重量部に対してアスパラギン酸二酢酸塩類及び/またはグルタミン酸二酢酸塩類が0.01~1重量部,かつアスパラギン酸二酢酸塩類及び/またはグルタミン酸二酢酸塩類1重量部に対してグリコール酸塩が0.01~0.5重量部含有され,pHが10~13であることを特徴とする洗浄剤組成物。」

 

3.裁判所の判断のポイント

「3 無効理由5に係る本件発明1の容易想到性判断の誤り---格別の効果(取消事由2)について

(1) 本件発明1の効果について

 前記のとおり,本件明細書の表1ないし表5によると,アスパラギン酸二酢酸塩類及び/又はグルタミン酸二酢酸塩類,陰イオン界面活性剤及び/又は非イオン界面活性剤にグリコール酸塩を加えることにより,pH11において,洗浄能力が高まることが認められ,表1によると,上記3成分を含む洗浄剤組成物は,pH10~13において,従来品であるEDTA4ソーダと同程度の洗浄効果を奏することが認められる。

 しかし,前記のとおり,引用発明1の洗浄剤混合物は本件発明1の洗浄剤組成物と,グリコール酸塩を含む上記3成分を含有する点で一致する。また,甲1文献の実施例5自体にはpH値は明らかにされていないが,実施例5の処方4及び5を追試した本件実験報告書の結果によると,実施例5の処方4及び5の洗浄剤混合物は,pHが10.2~10.3又はこれらに近い数値である場合があり得ると認めることができる。

 以上によると,引用発明1の洗浄剤混合物は,本件発明1の洗浄剤組成物と成分を同じくし,さらに,引用発明1には,pH値が本件発明1で規定する10~13の範囲内か,少なくともこれに近い数値が開示されているから,同開示を前提とすれば,引用発明1は本件発明1と同等か,少なくともこれに近い効果を奏する。したがって,本件特許出願前に公知であった引用発明1に比べ,本件発明1に格別の効果があるということはできない。

(2) 被告の主張に対して

 被告は,①引用発明1には,本件発明1のpH値が開示されておらず,引用発明1の構成は本件発明1の構成と同一ではない,②本件発明1は,当業者の予想しない,顕著な作用効果を奏することから,進歩性が肯定されるべきであると主張する。

 しかし,以下のとおり,被告の主張は失当である。

 引用発明1自体には,本件発明1のpH値の開示はないが,前記のとおり,本件実験報告書の結果によれば,引用発明1の洗浄剤混合物はpH10~13か,少なくともこれに近い数値となる場合があることが確認できる。そして,引用発明1の洗浄剤混合物のpHが,結果的に本件発明1のpH値又はこれに近い値になることがあるのであれば,引用発明1の洗浄剤混合物は本件発明1の洗浄剤組成物が有する効果,又はこれに近い効果を有する場合があるといえる。引用発明1の効果が後に確認されているとしても,これをもって,本件発明1が容易想到ではないということはできない。

 本件実験は,甲1文献における実施例5の処方4及び5に記載された成分に該当する物質を用いて実施された。そして,上記実験結果におけるpH10.3又は10.2か,少なくともこれに近い数値となる場合があると認められれば,引用発明1の洗浄剤混合物は,本件発明1と同等か,少なくともこれに近い効果を内在しているということができる。なお,本件実験では,コプラ石鹸の代わりにラウリン酸ナトリウムを用い,乾燥したOS1を水に溶解する代わりに,これを乾燥させないで用いているが,これらによって,pH値が大きく変わると認めることはできない。

(3) 小括

以上のとおり,本件発明1に格別な効果があるとは認められず,本件発明1が容易想到ではないとした審決の判断には誤りがある。」

構造物発明における用途限定の侵害訴訟における解釈


大阪地裁平成25年2月19日判決

平成23年(ワ)第13469号 特許権侵害差止等請求事件

 

1.概要

 本事例はペット用サークルという構造物に関する特許権の侵害訴訟の第一審判決である。

 本件特許では、「収容したペットのトイレの仕付けを行うペット用サークル」、「住居スペース」、「トイレスペース」という用途の限定を伴う構成により発明が特定されている。

 被告製品が技術的範囲に含まれるか否かの解釈において、これらの用途限定の意義が争われた。被告は、被告製品はこれらの用途に用いられることは必須ではなく他の用途にも使用できるのであるから技術的範囲に属さないと主張した。これに対し裁判所は本件特許での用途限定は、「使用することが可能な構成であることを意味する」と解釈し、所定の用途に使用することが可能な被告製品は本件特許の技術的範囲に属すると判断した。

 

2.本件特許(原告特許権の請求項1を分説したもの。下線部は強調のために付加)

複数のパネルが連結されたサークル本体の内部で,収容したペットのトイレの仕付けを行うペット用サークルにおいて,

前記サークル本体の内部空間が中仕切体によって仕切られることにより住居スペースとトイレスペースに区画されており,

前記中仕切体には,ペットが出入り可能な仕切出入口が開口されるとともに,

この仕切出入口を開閉する仕切扉が設けられ,この仕切扉を介して住居スペースとトイレスペースとの間をペットが行き来できるように或いは行き来が規制されるように構成されていることを特徴とする

ペットのトイレ仕付け用サークル

 

3.裁判所の判断のポイント

(2) 構成要件充足性

被告物件の仕切りパネル(b1,b2),ペット(犬)が出入り可能な出入口(c1,c2),扉(d1,d2)は,それぞれ本件発明の「中仕切体」,「仕切出入口」,「仕切扉」に該当し,被告物件はいずれも本件発明の構成要件を充足する。

被告は,被告物件は,「収容したペット(犬)のトイレの仕付けを行う」ことが可能な構造ではあるが,これを必須とするものではなく,また,仕切りパネルによって二つの空間に仕切られるものであるが,仕切られた各空間の使用方法はユーザーの任意であり,「住居スペース」と「トイレスペース」に区画されることを必須とするものではないとして,構成要件A,B,D,Eを充足しないと主張する。

 しかしながら,本件発明において,「収容したペットのトイレの仕付けを行う」,「住居スペースとトイレスペースに区画」とされているのは,本件発明のペット用サークルの用途に関するものであるところ,本件発明は,既知の構成に新規の用途を見出したことを特徴とする発明ではなく,ペット用サークルの構成自体を特徴とする発明と解されるから,上記各文言は,当該ペット用サークルについて,トイレの仕付けのために住居スペースとトイレスペースとに分けて使用することが可能な構成であることを意味するにすぎず,当該用途に使用されることが必須であるとは解されない。

 そして,被告物件1は「トレーニングサークル」という名称で,「幼犬のトイレのしつけに」と宣伝されており,被告物件2も「トイレのトレーニングにも!」と宣伝されているのであるから,被告物件が,いずれも上記各文言を充足することは明らかである。

・・・

(3) 小括

 したがって,被告物件は本件発明の技術的範囲に属すると認められる。」