2013年1月22日火曜日

用語の明確性が争われた事例


知財高裁平成25年1月15日判決言渡

平成24年(行ケ)第10160号,第10204号 審決取消請求,同参加事件

 

1.概要

 本件は無効審判審決(特許権有効)の取消訴訟において、審決が維持された判決である。

 請求項1における「B廃油」という用語は明細書に定義されていない。原告はこの用語が明確でないと主張した。しかし審決および判決では当業界の技術常識を考慮すれば不明確とまではいえないと判断された。

 裁判所は「B廃油」が「市場において区別して取引されている」ことを基準として、当業者であればB廃油を明確に把握することができると判断した。この基準は明確性の判断基準として一般性を持つと考えられる。

 

【請求項1】

B廃油を,乳化状態が少なくとも3ヵ月以上持続するようにエマルジョン化して,さらに,比重を(ρ)とすると,0.98≦ρ<1.0である水溶性液体を主成分としたことを特徴とする封水蒸発防止剤。

 

2.裁判所の判断のポイント

「イ 甲17公報(特開2002-129080号),株式会社大口油脂作成の規格表(甲26),甲32公報(特開2002-121428号),「油脂」(Vol.53No.102000),36~39頁,乙3),「油脂」(Vol.51No.101998),28~31頁,乙4),「油脂」(Vol.50No.71997),24~27頁,乙5)及び弁論の全趣旨によれば,B廃油に関して,次の事実が認められる。

 食品の製造や調理に使われた後の食用油は,廃食用油回収業者により回収され,不純物の除去を経て,再生油(廃油,廃食油,廃食用油の語も同義で使用されることがある。)として利用されている。廃食油業界においては,回収ルートにより廃食油の種類や品質がほぼ決まっているため,いちいち化学分析せず,色や透明感で判断されることが多いものの,①植物油Aグレード,A植物油,A植,廃食油“植物A”等と称され,ヨウ素価が概ね120超で品質の高い植物廃油(以下,単に「植物油Aグレード」という。),②それに次ぐ品質で,植物油Bグレード,廃食油(B),再生植物油B,B植等と称される植物廃油(以下,単に「植物油Bグレード」という。),③動物廃油,④動物廃油と植物廃油の混合油が,市場で区別されて取引されていた。また,①の植物油Aグレードは,品質が良いことから,主に塗料・インキ等の原料として利用されており,②の植物油Bグレードは,品質が劣るため,単独では需要がなく,工業用脂肪酸や飼料用の増量剤的な使われ方が中心であり,植物油Aグレードよりかなり低い価格で取引されていた。

上記アの記載によれば,本件発明1及び2のB廃油は,食廃油の一部であって,用途が狭く,低コストという性質を有するものと認められるところ,上記イで認定したとおり,使用済みの食用油の再生油と同義の用語として,廃油,廃食油,廃食用油などの語を用いることがあり,このうち,植物油の再生油がA,Bのグレードに区分されて取引され,さらに,植物油Bグレードは,用途が限定され,価格が低いという事実に照らすと,本件発明1のB廃油は,上記イで認定した植物油Bグレードに相当するものと認められる。

 そうすると,当業者であれば,市場において区別して取引されているB廃油を明確に把握することが可能であり,これを用いた行為が本件発明1及び2を構成するかどうかについても判断可能であるから,本件発明1及び2のB廃油は明確であって,本件発明1及び2のB廃油が不明確であるとはいえないとした審決の判断に誤りはない。」

2013年1月14日月曜日

特性により材料が特定されている場合の実施可能要件充足性が争われた事例


知財高裁平成24年12月20日判決

平成24年(行ケ)第10133号 審決取消請求事件

 

1.概要

 「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂」が構成要件のひとつである発明がクレームされている特許権の実施可能要件充足性が争われた。

 無効審判審決、知財高裁判決ともに実施可能要件は満たされると判断された。

 

2.請求項1記載の本件発明

延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂により形成した細いテープ状部材に,

 粘着剤を塗着することにより構成した,

ことを特徴とする二重瞼形成用テープ。」

 

3.審決の判断

「請求人(原告)の主張は,要するに,当業者が過度の試行錯誤をすることなしに,「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂」を選定することができるか否かであり,その点が実施可能要件として重要であるところ,被請求人(被告)は,このような合成樹脂として3M社の#1522の基材を用いて実際に本件発明を実施している。3M社の#1522は,出願時においてカタログにも掲載されている汎用的なものであり(当事者間で争いがない。),誰でも容易に入手可能なものであるから,当業者は,過度の試行錯誤をすることなしに,「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂」を選択して実施することができる。したがって,特許法36条4項違反を理由として本件特許を無効とすることはできない。」

 

4.原告(無効審判請求人)の裁判での主張

「本件発明1における「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する」という性質は,合成樹脂固有の性質である。被告は,「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する」という性質は,本件発明1において格別な意義を有すると主張するが,そうであれば,本件明細書の発明の詳細な説明にその格別な意義について記載する必要がある。しかるに,本件明細書の発明の詳細な説明はその記載を欠くので,特許法36条4項に違反する。審決の判断は,原告の主張を十分に理解しておらず,誤りである。

 すなわち,そもそも合成樹脂は,ばねのような弾性的性質と粘性的性質を合わせ持つ粘弾性体であって,荷重をかけると弾性変形が始まって伸び(弾性的性質),その後,遅れて粘性部分が負荷時間とともに伸び(粘性的性質・クリープ現象),その後,除重すると,ばね部が短時間で弾性回復し,粘性部は徐々に回復する(甲41)。言い換えれば,合成樹脂は,固有の性質として,引張方向に荷重すると同方向に伸びるように変形し,除重すると元の状態に縮む特性を有するのである。

 被告は,合成樹脂が延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有することを指摘する拒絶理由通知(甲42)に対し,「『延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有するポリエチレン等の合成樹脂』とは,ポリエチレン全てがそのような性質を有することを意味しているのではなく,ポリエチレンの中でもそのような性質を有するものを意味しています。」との意見を述べた(甲1)。しかし,被告のいう「延伸可能で延伸後にも弾性的な伸縮性を有するポリエチレン等の合成樹脂」がどのようなものであるのか,明細書には何ら言及がない。」

 

5.裁判所の判断のポイント

「上記記載によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1の二重瞼形成用テープにより二重瞼を形成する方法について,二重瞼形成用テープを構成するテープ状部材の両端を把持して弾性的に延びた状態になるように引っ張り,その状態でテープ状部材を瞼に押し当てて貼り付け,両端の把持部を離すことにより,引っ張った状態にあるテープ状部材が弾性的に縮み,このようにして弾性的に縮んだテープ状部材がこれを貼り付けた瞼に食い込む状態になって二重瞼のひだが形成されること,二重瞼形成用テープを構成するテープ状部材について,「両端を持って引っ張ったときに伸長し,しかも,弾性的に復帰しようとする収縮力が作用するもの」であることが必要があること,そのようなテープ状部材の材質として,特に,「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有するポリエチレン等の合成樹脂」が望ましいことが記載されているものと認められる。

 そして,被告は,3M社製の合成樹脂テープである#1522を用いて本件発明1の実施品を製造しており,同テープの材料である合成樹脂は,「延伸後にも弾性的な伸縮性」を有し,同テープは,本願の出願当時既に広く市販され容易に入手可能なものである(弁論の全趣旨)。また,「延伸後にも弾性的な伸縮性」を有する合成樹脂をそうでない合成樹脂から区別するために特別な装置や手順を必要とする等の事情は見当たらない。

 そうすると,上記(1)の記載に接した当業者は,格別の試行錯誤をすることなく,本件発明1の「テープ状部材」の材料として「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂」を選択することができたものと認められる。

 したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであると認められる。

(3) 原告の主張について

原告は,「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する」という性質は,合成樹脂固有の性質であり,この性質が本件発明1において格別な意義を有するというのであれば,本件明細書の発明の詳細な説明はその記載を欠くと主張する。

 しかし,製造時に高延伸させられた合成樹脂の中には,それ以上にほとんど延伸させることができないものや,延伸させることができたとしても,瞼に貼り付けても瞼へのくい込みによってひだが形成されるほどの弾性的な伸縮性を有さないものがあり得ることは,技術常識であり,「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する」という性質が合成樹脂固有の性質であるということはできない。

 したがって,原告の上記主張は理由がない。

・・・

原告は,「延伸後の長さ」や「延伸後にも弾性的な伸縮性の程度」について本件明細書において明確に述べられていない旨主張する。

 しかし,【0008】には,「延伸後の長さ」や「延伸後にも弾性的な伸縮性の程度」について,テープ状部材の両端を把持して引っ張った状態でテープ状部材を瞼に貼り付け,そのまま両端の把持部を離した際に,引っ張った状態にあるテープ状部材が弾性的に縮み,これが貼り付けた瞼にくい込む状態となることが可能である程度の「延伸後の長さ」や「延伸後にも弾性的な伸縮性の程度」であればよいことが記載されているということができ,当業者が本件発明1を実施することができる程度の技術的事項が明確かつ十分に記載されているものと認められる。

 したがって,原告の上記主張は理由がない。」