2013年10月7日月曜日

クレーム中の「及び/又は」の明確性が争われた事例


知財高裁平成25年9月26日判決言渡

平成24年(行ケ)第10451号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本件は無効審判において権利を維持する審決に対する審決取消請求事件であり、審決が維持された事例である。「及び/又は」はクレーム中で多用されるが、明確性の問題が生じる場合もある、ということを学ぶ上で大変示唆に富む事例である。

 本件発明1は「ナトリウム(Na)を5~50ppm及び/又はカリウム(K)を5~100ppm含有する」という構成要件を含む。この「及び/又は」が不明確であるか否かが争われた。この構成要件は、「ナトリウム(Na)を5~50ppm及びカリウム(K)を5~100ppm含有する」、「ナトリウム(Na)を5~50ppm含有する」、または、「カリウム(K)を5~100ppm含有する」の3つの場合を包含する。の場合に、カリウムの含量が限定されないということであれば、カリウムがたとえば500ppmのように多量の場合も包含されるため、の構成要件(カリウムは5~100ppmである)と矛盾する。同様に、の場合も、ナトリウムの含量が限定されないとすれば問題がある。

 審決、判決ともに明確であると判断したが、解釈の仕方が全く異なる。

 一般的に、クレーム中(及び/又はを使わず)に「ナトリウム(Na)を5~50ppm含有する」とだけ記載されていれば、クレームに記載されていないカリウムについては、本発明の目的に反しない範囲で含まれていてもいいし、含まれていなくてもいい、と理解すべきであろう。審決及び被告(特許権者)の認識は、おそらくこのような理解に沿っている。

 一方、判決では、「ナトリウム(Na)を5~50ppm含有する」の場合はカリウムは含まれず、または、「カリウム(K)を5~100ppm含有する」の場合はナトリウムは含まれない、と解釈するのが本件の場合妥当であると判断した。このように解釈すれば確かに権利範囲は明確である。ただし、の場合にカリウムが5ppm未満含まれる場合や、の場合にナトリウムが5ppm未満含まれる場合は権利範囲に包含されないという問題がある。

 結果論で言えば、本件のような論争を回避するには、「ナトリウム(Na)を5~50ppm含有する」のみをクレームに記載した出願と、「カリウム(K)を5~100ppm含有する」のみをクレームに記載した出願とを別の出願とするしかないのではないか。

 

2.本件発明1(請求項1)

「ポリビニルアセタール樹脂100重量部と,トリエチレングリコールモノ2-エチルヘキサノエートを0.1~5.0重量%含有するトリエチレングリコールジ2-エチルヘキサノエート20~60重量部とを主成分とする合わせガラス用中間膜であって,ナトリウム(Na)を5~50ppm及び/又はカリウム(K)を5~100ppm含有することを特徴とする合わせガラス用中間膜。」

 

3.原告(無効審判請求人)が主張する明確性要件違反の無効理由

 「の場合、の場合は、通常、それぞれ、カリウム、ナトリウムの含有量には制限がないという意味に理解されるが、そうするとの「ナトリウム(Na)を5~50ppm及びカリウム(K)を5~100ppm含有する」という記載が無意味になり、且つ、矛盾を生じてしまう。よって、請求項1は不明確である。

 

4.審決の要点(不明確ではなく、権利は有効)

 の場合には,ナトリウム以外の成分の含有量について何ら限定するものではないから,「カリウムを含有しない」との限定を付す必要はなく,同様に,の場合には,カリウム以外の成分の含有量について何ら限定するものではないから,「ナトリウムを含有しない」との限定を付す必要もないことは当然のことである。

 

5.被告(特許権者)の主張

 の場合又はの場合に,各々5ppm未満の微量のカリウム又はナトリウムも含有されることは排除されず問題とならないが(むしろ下限値付近では帯電性の向上に貢献する。),の場合にカリウムが100ppmを超えて,又はの場合にナトリウムが50ppmを超えて無制限に含有されるとなると耐湿性の低下が認められることから,特許請求の範囲に記載がなくとも,その含有量にはおのずと上限があることは明らかであり,第三者に不測の不利益をもたらすものではない。

 

6.裁判所の判断のポイント

「本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)には,「ナトリウム(Na)を5~50ppm及び/又はカリウム(K)を5~100ppm含有する」との記載がある。JISの「規格票の様式及び作成方法 JIS 8301」(甲4)によれば,「及び/又は」の用語が「並列する二つの語句を併合したもの及びいずれか一方の3通りを一括して示す場合」に用いられることが認められる。そうすると,この文言は,ポリビニルアセタール樹脂100重量部と,トリエチレングリコールモノ2-エチルヘキサノエートを0.1~5.0重量%含有するトリエチレングリコールジ2-エチルヘキサノエート20~60重量部とを主成分とする合わせガラス用中間膜において,「ナトリウム(Na)を5~50ppm及びカリウム(K)を5~100ppm含有する」場合(の場合),「ナトリウム(Na)を5~50ppm含有する」場合(の場合),「カリウム(K)を5~100ppm含有する」場合(の場合)の三つの場合が本件発明1に

該当することを表現したものと理解できる。

 そして,の「ナトリウム(Na)を5~50ppm及びカリウム(K)を5~100ppm含有する」場合とは,「ナトリウム(Na)」及び「カリウム(K)」の両者を含有し,当該「ナトリウム(Na)」の含有量が「5~50ppm」の数値範囲にあり,かつ,当該「カリウム(K)」の含有量が「5~100ppm」の数値範囲にある場合を示していることを勘案すれば,の「ナトリウム(Na)を5~50ppm含有する」場合とは,カリウムを含まない場合を,の「カリウム(K)を5~100ppm含有する」場合とはナトリウムを含まない場合を示すものと解するのが,請求項1の文理上自然な解釈であるといえる。

 このような解釈は,本件明細書の発明の詳細な説明中の「発明1の合わせガラス用中間膜には,ナトリウム(Na)を5~50ppm及び/又はカリウム(K)を5~100ppm含有することが必要である。Na及び/又はKの含有量が5ppm未満では,得られる中間膜の帯電防止効果が不十分であり,Naの含有量が50ppm及び/又はKの含有量が100ppmを超えると,得られる中間膜の耐湿性や接着力が低下する。」(段落【0020】),「また,接着力調整剤としてアルカリ金属塩を使用する場合には,中間膜中でのNa及び/又はKの含有量が前記した発明1の範囲を保つことに留意する必要がある。」(段落【0027】)との記載にも合致する。

 以上によれば,の場合は「ナトリウム(Na)」及び「カリウム(K)」の両者を含有する場合におけるそれぞれの含有量を規定したものであり,の場合及びの場合は,それぞれ「ナトリウム(Na)」又は「カリウム(K)」のいずれか一方のみを含有し,他方を含有しない場合におけるその含有量を規定したものと理解できる。

 そうすると,「ナトリウム(Na)を5~50ppm及び/又はカリウム(K)を5~100ppm含有する」との記載を含む本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載から本件発明1の技術的範囲を明確に把握できるといえるから,請求項1は明確性要件に適合するというべきである。

 同様に,請求項1を引用する請求項2も,明確性要件に適合するというべきである。

この点に関し,本件審決は,請求項1の「ナトリウム(Na)を5~50ppm及び/又はカリウム(K)を5~100ppm含有する」との記載は,ないしの各場合の3通りの事項を示したものであり,「ナトリウム(Na)を5~50ppm及び/又はカリウム(K)を5~100ppm含有する」により特定する本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載は,その技術的範囲が明確であり,明確性要件に適合するとした上で,「ナトリウム(Na)を5~50ppm含有する」場合(の場合)には,ナトリウム以外の成分の含有量について何ら限定するものではないから,「カリウムを含有しない」との限定を付す必要はなく,同様に,「カリウム(K)を5~100ppm含有する」場合(の場合)には,カリウム以外の成分の含有量について何ら限定するものではないから,「ナトリウムを含有しない」との限定を付す必要もないことは当然のことであると判断している。

・・・・

 そこで検討するに,本件審決の上記判断のうち,の場合に「ナトリウム以外の成分の含有量について何ら限定するものではないから,「カリウムを含有しない」との限定を付す必要はな」いとの部分は,特許請求の範囲に「カリウムを含有しない」との文言を付す必要がないことを単に述べたものであるのか,これにとどまらず,「ナトリウム以外の成分」に該当する「カリウム」の含有量に限定(制限)がないことをも述べたものであるのか,その趣旨が不明確であって,適切な説示であるとはいえず,仮に「カリウム」の含有量に限定(制限)がないことをも述べたものであるとすれば,前記アの認定に照らし,その点の判断は誤りであるといわざるを得ない。また,同様に,本件審決の上記判断のうち,の場合に「カリウム以外の成分の含有量について何ら限定するものではないから,「ナトリウムを含有しない」との限定を付す必要もない」との部分も,その趣旨が不明確であって,適切な説示であるとはいえず,仮に「ナトリウム」の含有量に限定(制限)がないことをも述べたものであるとすれば,前記アの認定に照らし,その点の判断は誤りであるといわざるを得ない。

 しかしながら,・・・本件審決の判断は,結論において誤りはなく,本件審決の説示における上記不適切な点等は審決を取り消すべき瑕疵に当たらない。・・・

なお,被告は,本件発明1におけるの場合及びの場合について,本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載に加えて,本件明細書の記載及び本件出願時の当業者の技術常識を基礎とすれば,各々5ppm未満の微量のカリウム又はナトリウムも含有されることは排除されない旨主張するが,前記ア認定のとおり,の場合及びの場合は,それぞれ「ナトリウム(Na)」又は「カリウム(K)」のいずれか一方のみを含有し,他方を含有しない場合におけるその含有量を規定したものといえるから,上記主張は,採用することができない。