2013年9月15日日曜日

用途限定的な特徴を含む方法発明の権利範囲が侵害訴訟において広く解釈された事例


大阪地裁平成25年8月27日判決

平成23年()第6878号 特許権侵害差止等請求事件

 

1.概要

 本事例は、特許権侵害訴訟の第一審判決である。被告が実施している被告製品1を製造する方法が、原告が有する特許権を直接及び間接に侵害すると判断された。

 この事例では大変興味深く示唆に富む以下の争点が争われた。

 

 本件特許発明1

 本件特許発明1は次の構成要件に分説することができる。

 A1 石灰を含有する白色成分,無機の着色顔料,結合剤及び水を含有する着色漆喰組成物の着色安定化方法であって,

 B1 当該着色漆喰組成物が水酸基を有するノニオン系の親水性高分子化合物を含有し,

 C1 上記白色成分として石灰と無機の白色顔料を組み合わせて用いる

 D1 ことを特徴とする方法。

 

 本件特許発明2-1

 本件特許発明2-1は次の構成要件に分説することができる。

 A2 石灰,結合剤及び水を含有する着色漆喰組成物によって形成される着色漆喰塗膜の色飛びまたは色飛びによる白色化を抑制する方法であって,

 B2 上記漆喰組成物の着色に白色顔料と着色顔料として酸化金属またはカーボンブラックを組み合わせて用いる方法。

 

 本件特許発明2-2

 C2 白色顔料が酸化チタンである,

 D2 請求項1記載の方法。

 

 争点1-1:本件特許発明1は「着色漆喰組成物の着色安定化方法」である。着色安定化という効果を狙って、白色成分とっして無機の白色顔料(酸化チタン等)を配合することを特徴とする。一方、被告は「着色漆喰組成物」である被告製品1を製造しているが、「着色安定化」という効果を狙っているわけではない。被告製品1において酸化チタンが配合される理由は、光触媒機能を得るためである。このような場合に、被告が「着色安定化方法」を実施していると言えるかが争われた。

 裁判所は、被告の行為は「着色安定化方法」の実施に当たると判断した。「着色漆喰組成物の組成が上記各構成要件を客観的に充足するよう調整,調合すれば,着色安定化方法を使用したというべきであり,酸化チタンを配合する目的が光触媒機能を得ることにあったとしても,この結論を左右するものではない。」

 

 争点1-2:「着色漆喰組成物の着色安定化方法」である本件特許発明1が、特許法第2条第3項における「物を生産する方法の発明」に該当するか否かが争われた。

 裁判所は「単純方法の発明と解するのが相当」だと判断した。

 

 争点1-3:被告製品1は、本件特許発明2-1及び2-2の方法を実施するために必要な物である。ただし、被告は、被告製品1の「酸化チタン」を配合する目的は光触媒機能を利用するためであり、「着色漆喰塗膜の色飛びまたは色飛びによる白色化を抑制する方法」は実施していない。このような場合に、被告製品1が特許法105条5項(間接侵害の規定)における「その方法に用いる物」及び「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当するか否かが争われた。

 裁判所は、「その方法に用いる物」及び「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当するか否かの判断においては、「着色漆喰塗膜の色飛びまたは色飛びによる白色化を抑制する方法」という方法の構成要件は無関係であり、被告製品1の物としての構成のみを判断材料として、「その方法に用いる物」及び「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当すると判断した。

 

2.裁判所の判断のポイント

「1 争点1-1(本件特許発明1の技術的範囲への属否)について

(1) 充足性に関する争点

 被告が製造していた被告製品1が,別紙被告製品目録の構成欄記載の構成を備えていること,すなわち,「白色顔料として酸化チタン,着色顔料として酸化金属またはカーボンブラック,石灰,アクリル樹脂エマルション,メチルセルロース及び水を含有する着色漆喰組成物」であること,そのため,「石灰を含有する白色成分,着色顔料である酸化金属またはカーボンブラック,アクリル樹脂エマルション及び水を含有する着色漆喰組成物」たる被告製品1の製造において,「当該着色漆喰組成物がメチルセルロースを含有し,上記白色成分として石灰と酸化チタンを組み合わせて用いる方法」を使用していたことは争いがない。

 そして,被告製品1の「酸化チタン」,「酸化金属またはカーボンブラック」,「石灰」,「アクリル樹脂エマルション」,「メチルセルロース」及び「水」が,それぞれ本件特許発明1の「無機の白色顔料」,「無機の着色顔料」,「石灰」,「結合剤」,「水酸基を有するノニオン系の親水性高分子化合物」及び「水」に相当することも争いがないため,被告は,「石灰を含有する白色成分,無機の着色顔料,結合剤及び水を含有する着色漆喰組成物」(構成要件A1)である被告製品1の製造において,「当該着色漆喰組成物が水酸基を有するノニオン系の親水性高分子化合物を含有し,」(構成要件B1)「上記白色成分として石灰と無機の白色顔料を組み合わせて用い」(構成要件C1)ていたといえる。

 ・・・被告は「着色漆喰組成物の着色安定化方法」(構成要件A1)を使用していないとして,同構成要件の充足性を争う旨の主張を提出した。・・・本件特許発明1の属否論に関しては,被告の前記主張が唯一の争点となる。

(2) 「着色漆喰組成物の着色安定化方法」(構成要件A1)の解釈

 本件特許発明1の構成要件A1には,「着色漆喰組成物の着色安定化方法」との記載はあるものの,その手順等が経時的に記載されているわけではない。

 しかし,「着色安定化方法」との文言の後には,「であって,」と繋がれた上で,「当該着色漆喰組成物が水酸基を有するノニオン系の親水性高分子化合物を含有し,」(構成要件B1)「上記白色成分として石灰と無機の白色顔料を組み合わせて用いる」(構成要件C1)「ことを特徴とする方法。」(構成要件D1)と説明されており,これら記載の全体に照らせば,本件特許発明1の「着色漆喰組成物の着色安定化方法」とは,当該着色漆喰組成物に構成要件B1記載の物質を含有させ,かつ,その「白色成分」を構成要件C1で特定されている物質の組み合わせとする方法を意味すると解するのが自然である。

 しかも,本件明細書1において,本件特許発明1が解決しようとする課題の項に,従来の漆喰の現場調合の問題または漆喰の着色の問題を解決することを目的とし,具体的には,予め水や着色剤を配合して調整した漆喰塗材又は漆喰塗料を安定して供給するための方法を提供する旨記載されていることからしても,構成要件A1の内容である「石灰を含有する白色成分,無機の着色顔料,結合剤及び水を含有する着色漆喰組成物」について,「当該着色漆喰組成物が水酸基を有するノニオン系の親水性高分子化合物を含有し」(構成要件B1),「上記白色成分として石灰と無機の白色顔料を組み合わせ」(構成要件C1)るよう調整,調合する方法が,「着色漆喰組成物の着色安定化方法」として示されていると解される。

 したがって,構成要件A1を充足する着色漆喰組成物について,構成要件B1記載の物質を含有させ,かつ,構成要件A1中の「白色成分」を構成要件C1で特定されている物質の組み合わせとすることが,本件特許発明1の「着色漆喰組成物の着色安定化方法」に当たることになる。

(3) 「着色漆喰組成物の着色安定化方法」(構成要件A1)の充足性

 前記(1)記載のとおり,被告は,「石灰を含有する白色成分,無機の着色顔料,結合剤及び水を含有する着色漆喰組成物」(構成要件A1)である被告製品1の製造において,「当該着色漆喰組成物が水酸基を有するノニオン系の親水性高分子化合物を含有し,」(構成要件B1)上記白色成分として石灰と無機の白色顔料を組み合わせて用い」(構成要件C1)ていたのであり,まさに構成要件B1及び構成要件C1で特定されている「着色漆喰組成物の着色安定化方法」(構成要件A1)を使用していたものといえる。

 被告は,被告製品1で酸化チタンを配合するのは,光触媒機能を得るためであって着色を安定させるためではないとして,前記構成要件A1の非充足を主張するが,着色漆喰組成物の着色安定化方法について上述のように解する以上,着色漆喰組成物の組成が上記各構成要件を客観的に充足するよう調整,調合すれば,着色安定化方法を使用したというべきであり,酸化チタンを配合する目的が光触媒機能を得ることにあったとしても,この結論を左右するものではない。

(4) 小括

 以上より,被告が被告製品1の製造において,本件特許発明1の構成要件AからCまでを充足する方法を使用していたといえ,そのため当該方法が,構成要件Dを充足することも明らかである。

 したがって,被告が被告製品1の製造において使用していた方法は,本件特許発明1の各構成要件を充足し,その技術的範囲に属するものといえる(原告が,被告の使用した方法を被告方法1,すなわち,別紙被告方法目録1記載のとおりに特定したことも相当である。)。

 

2 争点1-2(本件特許権1に基づく被告製品1の製造販売等差止め及び廃棄請求の可否)について

 原告は,本件特許発明1は物を生産する方法の発明であり,被告製品1はその方法によって生産した物に当たるとして,その方法により物を生産することの差止めに加え,被告製品1の販売等の差止め及びその廃棄を請求している(請求の趣旨1の(1) 及び(2) )。

 原告の主張は,本件特許発明1が,着色安定化された着色漆喰組成物を生産する方法であることを前提とするものであるが,特許法は,単純な方法の発明と物を生産する方法の発明とで権利を行使し得る範囲に差を設けており(同法2条3項,100条2項),そのいずれであるかの区別は明確でなければならない。

 本件特許発明1は,その特許請求の範囲の記載において,「着色漆喰組成物を生産する特定の方法」など,物を生産する方法であることを示す表現にはなっていない。また,本件明細書1の記載を参照しても,着色安定化方法によって,色飛び,色むらのない着色漆喰塗膜を形成することができるとされており,これによると,本件特許発明1の方法により生産した物とは,最終的に形成された漆喰塗膜であると解する余地があるのであり,着色漆喰組成物を生産する方法の発明であることが明確に示されているとはいえない。

 以上によれば,本件特許発明1については,物を生産する方法の発明ではなく,単純方法の発明と解するのが相当であるから,本件特許権1の侵害を理由に,被告製品1の製造販売等を差し止めたり,その廃棄を求めたりすることはできず,予備的請求である,被告方法1の使用の差止めを求めることができるにとどまる。

・・・・

争点1-3(本件特許権2の間接侵害(特許法101条5号))について

 原告は,被告製品1の製造販売等が,方法の発明に係る本件特許権2の間接侵害(特許法105条5号)に当たる旨主張するので,以下検討する。

(1) 「その方法に用いる物」及び「その発明による課題の解決に不可欠なもの」

 本件特許発明2-1は,「石灰,結合剤及び水を含有する着色漆喰組成物」を前提に,これ「によって形成される着色漆喰塗膜の色飛びまたは色飛びによる白色化を抑制する」という作用効果を有する方法(構成要件A)を示すものであるが,その方法そのものは,「上記漆喰組成物の着色に白色顔料と着色顔料として酸化金属またはカーボンブラックを組み合わせて用いる」(構成要件B2)と特定されている。このような文言からすれば,「石灰,結合剤及び水を含有する着色漆喰組成物」で,その「漆喰組成物の着色に白色顔料と着色顔料として酸化金属またはカーボンブラックを組み合わせて」いる物は,上記作用効果を有する方法発明である本件特許発明2-1との関係において,「その方法の使用に用いる物」であると共に「その発明による課題の解決に不可欠なもの」(特許法101条5号)であり,また,その「白色顔料」が「酸化チタン」(構成要件C2)であれば,本件特許発明2-2との関係においてもこれらに該当することになる。

 そして,被告製品1は,「白色顔料として酸化チタン,着色顔料として酸化金属又はカーボンブラック,石灰,アクリル樹脂エマルション,メチルセルロース及び水を含有する着色漆喰組成物」であること,被告製品1が含有する「白色顔料として酸化チタン」,「着色顔料として酸化金属またはカーボンブラック」,「石灰」,「アクリル樹脂エマルション」及び「水」が,それぞれ本件特許発明2-1及び同2-2の「白色顔料(酸化チタン)」,「着色顔料として酸化金属またはカーボンブラック」,「石灰」,「結合剤」及び「水」に相当することは,当事者間に争いがない。

 よって,被告製品1は,本件特許発明2-1及び同2-2のいずれの関係においても,「その方法の使用に用いる物」及び「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当する。

 なお,被告は,被告製品1に酸化チタンを配合するのは,光触媒機能を利用するためであり,「着色漆喰塗膜の色飛びまたは色飛びによる白色化を抑制する方法」(構成要件A2)は使用していない旨主張するが,原告は,被告が本件特許発明2の方法を使用したと主張しているのではなく,同方法に使用する被告製品1の製造販売等が本件特許権2の間接侵害を構成すると主張しているのであり,被告の上記主張は失当である。

(2) 「その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら」

 被告は,平成23年1月17日,原告から,本件特許発明2が特許発明であること,被告製品1が本件特許発明2の実施に用いられるものであることを記載した照会書と題する書面を受領した(甲6の1・2)のであるから,同日以降の被告製品1の製造販売等については,「その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら」(特許法101条5号)のものであったといえる。

(3) 小括

 以上より,平成23年1月17日以降の被告による被告製品1の製造販売等は,本件特許発明2-1及び同2-2との関係において,特許法101条5号の規定する各要件を充足するものであり,本件特許権2の間接侵害を構成するものといえる。」