2013年7月23日火曜日

機能的クレームに関する実施可能要件充足性が争われた事例


知財高裁平成25年7月8日判決

平成24年(行ケ)第10294号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、無効審判審決(特許は有効)に対する審決取消訴訟において、審決に取り消理由はないと判断された事例である。争点のひとつは実施可能要件充足性である。

 本件特許1は電子部品の樹脂封止成形方法であり、「樹脂封止成形装置に既に備えられた上記モールディングユニットに対して他のモールディングユニットを着脱自在の状態で装設することにより,該モールディングユニットの数を任意に増減調整する工程」を特徴のひとつとしている。ここで「着脱自在」を実現するための手段として、明細書図面中では「係合手段38」が開示されている。しかし、位置決め手段,固定手段,解除手段及び付帯設備等の具体的な開示はない。

 このような場合に「着脱自在」という構成を実施できるように明細書が記載されているかどうかが争われた。裁判所は「一般の機械分野においては,部品同士又はユニット同士を着脱自在とする構成については,従来から様々な手段が知られているから,当業者であれば,本件明細書に位置決め手段,固定手段,解除手段及び付帯設備等の具体的な開示がなくても,従来から知られている手段を採用することで,モールディングユニットと他のモールディングユニットを着脱自在に装設できるものと認められる。」と判断した。

 機能的表現に関しては、本件のような実施可能要件充足性の判断と、特許権侵害訴訟における権利範囲の解釈とが一致するとは限らない点には注意が必要である。たとえば本ブログでも紹介した「知財高裁平成25年6月6日判決、平成24年(ネ)第10094号 特許権侵害差止等請求控訴事件」では、「スライド可能に係合」させ「分離不能に保持」という機能的クレームの権利範囲を解釈するにあたり、一般的な機械分野での慣用技術の範囲にまで無条件に権利範囲が及ぶわけではないと判断されている。

 

2.本件特許1(被告特許請求項1)

 固定型と可動型とを対向配置した金型と,該金型に配設した樹脂材料供給用のポットと,該ポットに嵌装した樹脂加圧用のプランジャと,上記金型の型面に配設したキャビティと,該キャビティと上記ポットとの間に配設した樹脂通路とを有するモールディングユニットを用いてリードフレーム上に装着した電子部品を樹脂材料にて封止成形する電子部品の樹脂封止成形方法であって,

 樹脂封止成形装置に既に備えられた上記モールディングユニットに対して他のモールディングユニットを着脱自在の状態で装設することにより,該モールディングユニットの数を任意に増減調整する工程と,

 上記各モールディングユニットに電子部品を装着した樹脂封止前リードフレーム及び樹脂タブレットを供給する工程と,

上記各モールディングユニットを用いて,上記電子部品の樹脂封止成形を行う工程と,

樹脂封止された電子部品を上記各モールディングユニットから外部へ取出す工程とを備えたことを特徴とする電子部品の樹脂封止成形方法。

 

3.特許明細書段落0035の開示

「また、図1に示した最少構成単位の組合せから成る電子部品の樹脂封止成形装置におけるモールディングユニット5と、これに連結され或は取り外される他のモールディングユニット5との間には、両者の連結及び位置決めを簡易に且つ確実に行うための係合手段38が夫々設けられている。該係合手段38は、例えば、図3及び図7に示すように、モールディングユニット5のボトムベース39に形成した凹凸状の嵌合部等から構成すればよい。」

 

4.裁判所の判断のポイント

「4 取消事由3(実施可能要件に関する認定判断の誤り)について

(1) 「着脱自在」に関する実施可能要件違反について

 原告は,増減調整作業を簡単かつ迅速に実現するためには,その他の技術的手段として,位置決め手段,固定手段,解除手段及び付帯設備等が開示されていなければならないが,本件明細書には,これらの各手段については何ら開示されていないし,本件発明は半導体樹脂封止成形装置に関するものであるところ,半導体樹脂封止成形装置のサイズ及び重量ともに極めて大きく,モールディングユニットとモールディングユニットとの着脱作業を簡易かつ即座に行うことは全く容易ではないという事情の下で,本件発明はモールディングユニット相互の着脱を簡易かつ即座に行うことを可能にしたことを本質的要素とするものであるから,本件特許明細書中には,モールディングユニット相互の簡易かつ即座な着脱を実現するための技術的手段が詳細かつ具体的に開示されていなければならないのに,本件特許明細書に開示があるのは僅かに抽象的な「係合手段38」の記載及び図示のみであり,このような貧弱な記載及び図示のみでは,当業者が「着脱『自在』」との特許発明を実施することができるとは到底いえず,実施可能要件を充足しているとはいえないなどと主張する。

 しかし,本件明細書の【0035】には,モールディングユニットを着脱自在とするための手段として,「モールディングユニット5と,これに連結され或いは取り外されるモールディングユニット5」の「連結及び位置決めを簡易に且つ確実に行うための係合手段38」が例示されている。そして,一般の機械分野においては,部品同士又はユニット同士を着脱自在とする構成については,従来から様々な手段が知られているから,当業者であれば,本件明細書に位置決め手段,固定手段,解除手段及び付帯設備等の具体的な開示がなくても,従来から知られている手段を採用することで,モールディングユニットと他のモールディングユニットを着脱自在に装設できるものと認められる。

 したがって,原告の上記主張を採用することはできない。」