2013年7月1日月曜日

特許権侵害訴訟における機能的クレームの解釈と、機能的クレームに対する均等論適用の余地について争われた事例


特許権侵害訴訟における機能的クレームの解釈と、機能的クレームに対する均等論適用の余地について争われた事例

 

知財高裁平成25年6月6日判決言渡

平成24年(ネ)第10094号 特許権侵害差止等請求控訴事件

原審・大阪地方裁判所平成23年(ワ)第10341号

 

1.概要

 本事例は、特許権侵害訴訟の第二審判決である。第一審では、特許権者である原告が被告に、被告製品の生産の差し止めなどを求めたが請求は棄却された。第二審において特許権者である控訴人は原判決の取消等を求めたが控訴は棄却された。

 控訴人が有する本件特許発明1等には「スライド可能に係合」、「分離不能に保持」という構成要件がある。この構成要件が「機能的」表現として解釈すべきかが争われ、知財高裁は「機能的」表現として解釈すべきと判断し、その結果被告製品はこれらの構成要件を満足しないと結論付けた。原告は、被告製品の対応する構成は技術分野にかかわりなく適用可能な慣用技術だと主張したが、知財高裁は「技術分野を問わず汎用される慣用技術であるとしても,控訴人が慣用技術の根拠として引用する上記各書証に開示された技術等は,発明が解決しようとする課題,発明の目的,課題を解決するための手段,基本構成及び使用態様等が,いずれも本件各特許発明とは異なるものであって,本件明細書には当該慣用技術を採用する動機付けが何ら開示も示唆もされておらず,上記各書証にも,本件各特許発明の技術的課題について何らの開示も示唆もされていないのであるから,本件各特許発明に当該技術を適用して被告各製品の構成を採用する動機付けがない」と判断した

 また、機能的クレームと解釈された構成要件に均等論適用の余地があるか否かも争われた。被控訴人(第一審被告)は均等論適用の余地はないと主張したが、知財高裁は、均等論適用の余地はあると判断した。ただし、均等論適用の要件を満たさないという理由で被告製品は控訴人特許権の技術的範囲に属さないと結論付けている。

 

2.本件特許発明1(下線部が機能的クレームと解釈すべきか争われた)

 「パソコン等の器具の本体ケーシングに開設された盗難防止用のスリットに挿入される盗難防止用連結具であって,主プレートと補助プレートとを,スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両プレートは分離不能に保持され,主プレートは,ベース板と,該ベース板の先端に突設した差込片と,該差込片の先端に側方へ向けて突設された抜止め片とを具え,補助プレートは,主プレートに対して,前記主プレートの差込片の突出設方向に沿ってスライド可能に係合したスライド板と,該スライド板を差込片の突出方向にスライドさせたときに,差込片と重なり,逆向きにスライドさせたときに,差込片との重なりが外れるように突設された回止め片とを具え,主プレートと補助プレートには,補助プレートを前進スライドさせ,差込片と回止め片とを重ねた状態で,互いに対応一致する位置に係止部が形成されていることを特徴とするパソコン等の器具の盗難防止用連結具。」

 

3.裁判所の判断のポイント

3.1.「スライド可能に係合」、「分離不能に保持」の解釈について

「本件各特許発明の「スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両プレートは分離不能に保持され」とのクレームのうち,「スライド可能に係合」及び「分離不能に保持」との機能的・抽象的な記載では,係合手段及び保持手段について,本件各特許発明の目的及び効果を達成するために必要な具体的な構成を明らかにするものということはできない。このように,特許請求の範囲に記載された構成が機能的,抽象的な表現で記載されている場合において,当該機能ないし作用効果を果たし得る構成であればすべてその技術的範囲に含まれると解すると,明細書に開示されていない技術思想に属する構成までもが発明の技術的範囲に含まれることになりかねない。しかし,それでは当業者が特許請求の範囲及び明細書の記載から理解できる範囲を超えて,特許の技術的範囲を拡張することとなり,発明の公開の代償として特許権を付与するという特許制度の目的にも反することとなる。したがって,特許請求の範囲が上記のような表現で記載されている場合には,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず,上記記載に加えて明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである。ただし,このことは,発明の技術的範囲を明細書に記載された具体的な実施例に限定するものではなく,実施例としては記載されていなくても,明細書に開示された発明に関する記述の内容から当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が実施し得る構成であれば,その技術的範囲に含まれるというべきである。

 これを本件についてみると,「スライド可能に係合」とのクレームについて本件明細書で開示されている構成は,従来技術及び実施例のいずれにおいても,差込片をスリットへ挿入する方向(ないし差込片の突出方向)に向かって,直線的に互いに前後移動(スライド)する構成のみであり,また,「スライド可能に係合」し,かつ「分離不能に保持」とのクレームについて本件明細書で開示されている構成は,一方のプレートにスライド方向に延びた長孔を開設し,他方のプレートにピンを固定し,当該ピンが当該長孔にスライド可能に嵌められる構成しかなく,それ以外の構成について具体的な開示はないし,これを具体的に示唆する表現もない。したがって,本件各特許発明の「スライド可能に係合」及び「分離不能に保持」とのクレームについては,上記のとおり,本件明細書に開示された構成及び本件明細書の発明の詳細な説明の記載から当業者が実施し得る構成に限定して解釈するのが相当である。

 これに対し,「スライド可能に係合」し,かつ「分離不能に保持」とのクレームに対応する被告各製品の構成は,前記(1)ウのとおり,主プレートと補助部材とを一つのピンによって一端を枢結し,上記ピンを中心に,円を描くように回動する方向でスライド可能とする構成であって,これが本件明細書に開示された構成と異なることは明らかであって,本件明細書の発明の詳細な説明に開示された主プレートと補助プレートの「スライド可能に係合」し,かつ「分離不能に保持」を実現する構成とは,その構造が全く異なるものであって,当業者が本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて容易に実施し得る構成であるということはできない。

 この点,控訴人は,複数の部材をピン等で枢結し,「スライド可能に係合」させ,「分離不能に保持」する構成を実現し,かつ,当該枢結点を中心に回転させた場合に,枢結点から離れた点においては,回転角度が小さい範囲では略直線の軌道を描くことを利用した構成は,技術分野を問わず汎用される慣用技術であり,かかる慣用技術を踏まえれば,被告各製品の構成は,本件明細書に当業者が容易に実施し得る程度に開示されている旨主張し,同主張に沿う書証として,甲14ないし18,20,22ないし29,30の1及び2,甲34ないし39,43及び44を引用する。

 しかしながら,上記各書証の技術等の開示事項は,いずれも盗難防止用連結具という技術分野に関する発明である本件各特許発明とは技術分野及び技術的課題が異なるものである上,仮に複数の部材をピン等で枢結し,「スライド可能に係合」させ,「分離不能に保持」するとの技術が技術分野を問わず汎用される慣用技術であるとしても,控訴人が慣用技術の根拠として引用する上記各書証に開示された技術等は,発明が解決しようとする課題,発明の目的,課題を解決するための手段,基本構成及び使用態様等が,いずれも本件各特許発明とは異なるものであって,本件明細書には当該慣用技術を採用する動機付けが何ら開示も示唆もされておらず,上記各書証にも,本件各特許発明の技術的課題について何らの開示も示唆もされていないのであるから,本件各特許発明に当該技術を適用して被告各製品の構成を採用する動機付けがないというべきである。」

 

3.2.機能的な構成要件について均等論適用の余地があるか否かについて

「被控訴人は,機能的クレームである本件各特許発明の技術的範囲に被告各製品が文言上属さないとされた以上,均等論を適用する余地はない旨主張する。

 しかしながら,文言上,特許請求の範囲に記載された発明と異なる構成を被告各製品が有しているとしても,一定の要件を充たす場合には例外的にこれと均等と評価されるものとして侵害を認める考え方が均等論であり,この理は,クレームが機能的に記載された構成であるか否かによって変わるものではないから,機能的クレームについてのみ,文言侵害が否定されたからといって,均等論の適用が当然に否定されるべき理由はない。したがって,被控訴人の上記主張は,採用することができない。」