2013年5月27日月曜日

「公然実施」を理由に特許権は無効にされるべきと判断された事例


東京地裁平成25年4月26日判決

平成23年(ワ)第21311号 特許権侵害行為差止等請求事件

 

1.概要

 本事例は、原告が有する特許権(輪転機版胴に関する)を被告が侵害するか否かが争われた特許権侵害訴訟である。

 被告は、被告が実施する侵害被疑品が、原告特許権の出願日よりも前に顧客企業に納品されており、その事実は「公然実施」に該当するから、原告特許権は無効にされるべきものと主張した。

 東京地裁は被告のこの主張を認め、原告の請求を棄却した。

 本件事例では、被告製品が納入され実施された場所は被告顧客企業の工場内である。この場合に「公然性」が認められるか否かが争われた。裁判所は「本件輪転機版胴の形状が秘密として管理されていたことをうかがわせる事情は存在しない。」との理由で「公然性」を認めた。この文面からは、工場内での実施であっても「公然性」が推定され、「秘密として管理されていた」ことが立証されない限り公然実施だと判断される、ということのように思われる。

 本事例は、公然実施が認められるにはどのような証拠が必要か理解するうえで参考になる事例である・

 

2.原告が有する本件特許2(出願日平成3年3月26日)

「版を装着して使用するオフセット輪転機版胴において,

 前記版胴の表面層をクロムメッキ又は耐食鋼で形成し,

 該版胴の表面粗さRmaxを1.0μm≦Rmax≦100μmに調整した

ことを特徴とするオフセット輪転機版胴。」

 

3.納入先工場での実施(昭和63年8月)の「公然性」に関する被告及び原告の主張

(被告の主張)

「新聞印刷機業界の慣行として,新聞社や印刷会社との間でオフセット輪転機について秘密保持契約が締結されることはなく,新聞社や印刷会社は,オフセット輪転機が設置された工場を一般にも広く公開している。このことは,株式会社高速オフセット摂津工場が,原告による被告製品1の表面粗さの測定調査(乙20)を拒んでいないことからも明らかである。」

(原告の主張)

「被告は,ET-1型機に関する売買契約書等の取引書類を何ら提出しておらず,納入先である東日印刷が守秘義務を負わないことについて立証できていない。」

 

4.裁判所の判断のポイント

「本件発明2は特許出願前に日本国内において公然実施をされたものに当たるか。

被告は,本件特許2の出願前である昭和63年8月に東日印刷の越中島工場に納入したVBW型オフセット輪転機の版胴は,表面をステンレス鋼で形成したものであり,表面粗さRmaxを1.5μmに調整したものであるから,本件発明2はその出願前に日本国内において公然と実施されたものに当たると主張する。

() そこで検討すると,被告は,乙14号証の図面(以下「乙14図面」という。)が,上記のとおり東日印刷に昭和63年8月頃納入されたVBW型オフセット輪転機の外面視図であると主張する。

 「東日印刷50年史」(乙13)には,昭和63年7月8日に東日印刷社屋を越中島に移転し,輪転機フロアに被告製作のVBW型オフセット輪転機等を設置し,3列に並ぶ輪転機のうち,A列がまず完成した旨が記載されているところ,乙14図面の「東日印刷株式会社殿」,「A列O.S外面視」との記載はこれと整合するものということができる。

 また,その作成年月日が昭和62年8月と記載されていることも,これと矛盾するものではない。加えて,東日印刷従業員Pは,乙14図面は,上記社屋移転時にA列に納入されたオフセット輪転機等の外面視図に間違いない旨陳述しているのであるから(乙26),乙14図面に関する被告の上記主張は信用できるものということができ,乙14図面は,昭和63年8月頃東日印刷に納入されたVBW型オフセット輪転機(以下「本件輪転機」という。)の外面視図であると認められる。

() これを前提に乙14図面を見ると,乙14図面右下には,「WO」欄に「P-02531L」(ただし,「L」はレールフレーム部を示す記号であり,輪転機を示す番号部分は「P-02531」であるとされる。),「社名」欄に「ET-1」,「年月日」欄に「昭和62年8月26日」と表示されているから,本件輪転機の発注番号が「P-02531」,東日印刷の略称が「ET-1」,図面作成年月日が昭和62年8月26日であると認めることができる。そして,乙15号証の図面(以下「乙15図面」という。)左下の表の「出図年月日」欄「62.8.24」と記載されている行から下2行までには,「WO」欄に「P-02531」,「社名」欄に「ET-1」と表示されているのであるから,乙15図面は,乙14図面記載の本件輪転機の版胴追加工図として,昭和62年8月に出図されたものであると認められる。

() そこで,乙15図面を更に見ると,乙15図面の左上には,版胴を示すとみられる図面が表示され,その上部中央付近に,「1.5-S」,「▽▽▽」の表示があることが認められる。

 昭和57年6月15日改正に係る「表面粗さの定義と表示」に関する「JIS B-0601-1982」(乙2。以下「乙2規格」という。なお,乙19によれば,昭和62年当時は,乙2規格が有効であったものと認められる。)によれば,Rmaxはμmで表されるものとされ(乙2規格3頁),最大高さの許せる最大値によって表面粗さを指示する場合には,数値の後に「S」を付けて表すものとされる(乙2規格5頁)。また,「▽▽▽」は,標準数列から選択された数値である最大高さRmax1.6S,3.2S及び6.3Sに対応するものであるとされる(乙2規格17頁の解説表1)。そうすると,乙15図面の前記表示は,Rmaxの「許せる最大値」が1.5μmであることを示すものと解することができるところ,乙2規格5頁の「備考1」によれば,ここでいう「許せる最大値」とは,指定された表面からランダムに抜き取った数か所のRmaxの算術平均値であるとされるのであるから,乙15図面は,Rmaxを1.5μmに調整することを記載したものと解するのが相当である。

() したがって,本件輪転機の版胴は,その納入時において,乙15図面に従い,Rmaxを1.5μmに調整して加工されたことが推認される。

 また,被告による本件輪転機の測定結果(乙16の1・2,17の1・2)によれば,本件輪転機(A列14P。乙14図面の「14」と表示された部分に設置された版胴であると認められる。)の版胴2本の表面粗さRzは,版胴のかからない部分において,2ないし4μmであり,版胴のかかる部分においても,大半が1.0μmを超えるものであり,その平均値は平成23年1月31日測定結果においてLS版胴につき約2.03μm,RS版胴につき約2.09μm,同年2月24日測定結果においてLS版胴につき約2.24μm,RS版胴につき約2.18μmであることが認められる。

 なお,原告は,乙16の2の測定結果に,測定日付として「2000-4-25」と表示されていることから,乙16の1記載の測定結果は平成12年4月25日に測定されたものである旨主張する。しかし,被告は,上記日付表示は測定機器の日付設定の誤りによるものであると主張しているところ,上記主張が不合理とまではいえず,乙16の1の測定結果報告書に測定日として平成23年1月31日との記載があることにも鑑み,上記測定は同日に行われたものと認められる。

 また,乙16の1・2及び17の1・2は,Rzについて測定されたものであるが,乙2規格における「Rmax」は,規格の改正により,平成13年以降,「Rz」と表示するものと改められたことが認められ(乙19),乙16の1・2及び17の1・2におけるRzは,本件発明2におけるRmaxに相当するものであると認められる。

 さらに,ステンレス鋼により形成された版胴の表面(なお,この点については後述する。)は,20年程度の使用期間で腐食することはないとされており(乙26),かつ,版のかからない部分は,使用による摩耗等の影響も少ないものと解される。加えて,本件輪転機の版胴につき,納入後の入れ替えや表面加工,改造等は行われていないものと認められる(乙26)。

 以上の事情を考慮すれば,本件輪転機の版胴は,その納入時において,表面粗さが1.0μm≦Rmax≦100μmに調整されたものであったと認めるのが相当である。

() また,乙21の1のプレートシリンダー組立図面(乙21の2はその右下欄を拡大表示したものである。)には,「WO」欄に「P-02531」,「社名」欄に「ET-1」との表示があるので,本件輪転機のプレートシリンダー(版胴)組立図面であると認められる。乙21の1には,版胴部分に向けて「L05-39004A-1」,「L05-39003A-1」との表示がされており,上記表示は詳細図面番号を表示したものと認められるところ,乙22の1及び23の1(乙22の2,23の2は,各図面の右下欄を拡大表示したものである。)には,「機種」欄に「L05-39003A-1」,「L05-39004A-1」との表示がされているのであるから,乙22の1及び23の1は,本件版胴の詳細図面であると認められる。

 乙22の1,23の1には,「胴表面にステンレス鋼溶着のこと。」との表示がされているのであるから,本件版胴の表面はステンレス鋼によって形成されているものと認めることができる。

() 以上によれば,本件輪転機の版胴は,その納入時において,

版を装着して使用するオフセット輪転機版胴において,

前記版胴の表面層をステンレス鋼で形成し,

該版胴の表面粗さを1.0μm≦Rmax≦100μmに調整した

ことを特徴とするオフセット輪転機版胴

であったものと認められ,本件発明2の構成要件を充足するものであったと認められる。

本件版胴は,前記イ()のとおり,東日印刷の越中島工場に納入されたものであるところ,東日印刷において,本件輪転機版胴の形状が秘密として管理されていたことをうかがわせる事情は存在しない。また,版胴の表面層がステンレス鋼で形成されていることや,表面粗さRmaxの数値は,当業者が利用可能な分析技術を用いることにより,容易に判明するものであると認められる。したがって,本件発明2は,本件輪転機の納入により,その内容を不特定多数の者が知り得る状況となったものであり,本件特許2の出願前に公然実施されたものであると認められる。

以上によれば,本件特許2は,平成11年法律第41号による改正前の特許法29条1項2号に違反して特許されたものであり,特許無効審判により無効にされるべきものと認められ,原告が,被告に対し,本件特許2に基づきその権利を行使することはできない(特許法104条の3)。」