2013年5月7日火曜日

併用投与を特徴とする医薬用途発明(その2)


大阪地裁平成24年9月27日判決

平成23年()第7576号,同第7578号 各特許権侵害差止等請求事件

 

1.概要

 原告は、2つの薬剤を併用して特定の疾患を予防治療する医薬についての特許権を有する。

 被告各社は、一方の薬剤を製造販売している。被告各社の製品に含まれる薬剤は、原告の存続期間満了後の先行特許の技術範囲に含まれている。

 被告各社の製品の添付文書には、原告特許での他方の薬剤と併用することにより所定の効能を有することや、併用投与の場合の注意事項なども記載されている。

 医師が必要と判断すれば、被告製品の薬剤と、他方の薬剤とを併用し、原告特許が対象とする用途に用いられる。

 この場合に被告各社の行為は間接侵害に該当するか(争点1-1)、直接侵害に該当するか(争点2-1)について争われた。

 大阪地裁は、(争点1-1)被告ら各製品は、本件各特許発明における「物の生産に用いる物」には当たらないから、被告らの行為について間接侵害が成立することはない、(争点2-1)直接侵害にも該当しない、と判断した。

 本事例と同じ特許権の別の侵害訴訟事件の判決として、東京地裁東京地裁平成25年2月28日判決平成23年()第19435号,同第19436号がある。こちらの詳細は本ブログ2013年3月11日記事「併用投与を特徴とする医薬用途発明」に記載。

 本件の事例における大阪地裁の判断の最大ポイントは医薬用途発明のクレームが「物の発明」であり「方法の発明」ではないことを明確にしたことである。この理解は大変明確であるが、審査基準上認められている、投与量や投与形態に特徴のある医薬発明の権利範囲をどう解釈すべきなのかは更なる検討課題である。

 

2.原告の特許権

2.1.原告の本件特許発明A-1

「【請求項1】(1)ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,(2)アカルボース,ボグリボースおよびミグリトールから選ばれるα-グルコシダーゼ阻害剤とを組み合わせてなる糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬。」

2.2.原告の本件特許発明B-1

「【請求項1】ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,ビグアナイド剤とを組み合わせてなる,糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬。」

 

3.被告らの行為

3.1.製剤

 被告らは,いずれもピオグリタゾンである別紙製剤目録記載の製品(以下「被告ら各製剤」という。)につき,それぞれ薬事法に基づく製造販売承認を受けて,これらの製造販売を開始した、または開始予定である。

 被告ら各製剤は,原告が有する本件特許発明A-1及び本件特許発明B-1(以下,併せて「本件各発明」という。)の「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」に該当する。

 

3.2.添付文書

 被告ら各製剤の添付文書には,次の記載がある。

「【効能・効果】

2型糖尿病

 ただし,下記のいずれかの治療で十分な効果が得られずインスリン抵抗性が推定される場合に限る。

1.①食事療法,運動療法のみ

②食事療法,運動療法に加えてスルホニルウレア剤を使用

③食事療法,運動療法に加えてα-グルコシダーゼ阻害剤を使用

④食事療法,運動療法に加えてビグアナイド系薬剤を使用

2.食事療法,運動療法に加えてインスリン製剤を使用

【用法・用量】

1.食事療法,運動療法のみの場合及び食事療法,運動療法に加えてスルホニルウレア剤又はα-グルコシダーゼ阻害剤若しくはビグアナイド系薬剤を使用する場合

 通常,成人にはピオグリタゾンとして15~30mgを1日1回朝食前又は朝食後に経口投与する。なお,性別,年齢,症状により適宜増減するが,45mgを上限とする。」

 

4.裁判所の判断のポイント(間接侵害に関する判断)

「1 争点1-1(被告ら各製品は,「特許が物の発明についてされている場合において,その物の生産に用いる物」に当たるか)について

 以下のとおり,被告ら各製品は,「特許が物の発明についてされている場合において,その物の生産に用いる物」には当たらない。

(1) 「物の生産」の意義等

「物の発明」と「方法の発明」の区別

 法文上,「物の発明」,「方法の発明」及び「物を生産する方法の発明」は明確に区別されており,特許権の効力の及ぶ範囲についても明確に異なるものとされている。

 そして,当該発明がいずれの発明に該当するかは,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて判定すべきものである(最高裁平成11年7月16日第二小法廷判決・民集53巻6号957頁参照)。

法2条3項1号及び101条2号における「物の生産」の意義

() ・・・

() 「物の生産」の通常の語義等も併せ考慮すれば,「物の生産」とは,特許範囲に属する技術的範囲に属する物を新たに作り出す行為を意味し,具体的には,「発明の構成要件を充足しない物」を素材として「発明の構成要件のすべてを充足する物」を新たに作り出す行為をいうものと解すべきである。

 一方,「物の生産」というために,加工,修理,組立て等の行為態様に限定はないものの,供給を受けた物を素材として,これに何らかの手を加えることが必要であり,素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為は「物の生産」に含まれないものと解される。

() 法101条は,特許権の効力の不当な拡張とならない範囲で,その実効性を確保するという観点から,それが生産,譲渡されるなどする場合には当該特許発明の侵害行為(実施行為)を誘発する蓋然性が極めて高い物の生産,譲渡等に限定して,特許権侵害の成立範囲を拡張する趣旨の規定であると解される。

 加えて,法101条の間接侵害についても刑罰の対象とされていること(法196条の2,201条)なども考慮すると,間接侵害の成否を判断するに当たっても,前記()と同様に,特許権の効力を過度に拡張したり,適法な経済活動に萎縮的効果を及ぼしたりすることがないように,その成立範囲の外延を不明確にするような解釈は避ける必要がある。

 法101条2号は,「物の生産」に用いる物の生産等について間接侵害の成立を認めるものであるが,ここでいう「物の生産」が法2条3項の規定する発明の「実施」としての「物の生産」をいうことは,明らかなものというべきである。

 そうすると,法101条2号の「物の生産」についても,前記()と同様に,「発明の構成要件を充足しない物」を素材として「発明の構成要件のすべてを充足する物」を新たに作り出す行為をいうものであり,素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為は含まれないものと解される。このことは,法101条2号において「物の生産に用いる物」と規定され,「その物の生産又は使用に用いる物」とは規定されていないことからも,明らかであるといわなければならない。

(2) 本件へのあてはめ

本件各特許は「特許が物の発明についてされている場合」に当たること

 前提事実のとおり,本件各特許発明の【特許請求の範囲】は,いずれも「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と,本件併用医薬品とを「組み合わせてなる糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬。」というものである。

 したがって,本件各特許発明は,当該医薬品に関する発明,すなわち「物の発明」であると認めることができ,このこと自体は当事者間でも争いがない。

 なお,「組み合せる。」とは,一般に,「2つ以上のものを取り合わせてひとまとまりにする。」ことをいい,「なる」とは,「無かったものが新たに形ができて現れる。」「別の物・状態にかわる。」ことをいうものと解される。

 したがって,「組み合わせてなる」「医薬」とは,一般に,「2つ以上の有効成分を取り合わせて,ひとまとまりにすることにより新しく作られた医薬品」をいうものと解釈することができる。

本件各特許発明における「物の生産」

(ア) はじめに

 前記()イのとおり,法101条2号の「物の生産」は,「発明の構成要件を充足しない物」を素材として「発明の構成要件のすべてを充足する物」を新たに作り出す行為をいう。すなわち,加工,修理,組立て等の行為態様に限定はないものの,供給を受けた物を素材として,これに何らかの手を加えることが必要であって,素材の本来の用途に従って使

用するにすぎない行為は含まれない。

 被告ら各製品が,それ自体として完成された医薬品であり,これに何らかの手が加えられることは全く予定されておらず,他の医薬品と併用されるか否かはともかく,糖尿病又は糖尿病性合併症の予防・治療用医薬としての用途に従って,そのまま使用(処方,服用)されるものであることについては,当事者間で争いがない。

 したがって,被告ら各製品を用いて,「物の生産」がされることはない。換言すれば,被告ら各製品は,単に「使用」(処方,服用)されるものにすぎず,「物の生産に用いられるもの」には当たらない。

(イ) 医師による,医薬品の併用処方が「物の生産」となるか否か

 原告は,本件各特許について,「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品とを併用すること(併用療法)に関する特許を受けたものであり,医師が「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品の併用療法について処方する行為は,本件各特許発明における「物の生産」に当たる旨主張する。

 前記()アのとおり,「物の発明」,「方法の発明」及び「物を生産する方法の発明」は,明確に区別されるものであり,特許権の効力の及ぶ範囲も明確に異なるものであり,「物の発明」と「方法の発明」又は「物を生産する方法の発明」を同視することはできない。

 前記アのとおり,「組み合わせてなる」「医薬」とは,「2つ以上の有効成分を取り合わせてひとまとまりにすることにより,新しく作られた医薬品」をいうものと解されるところ,併用されることにより医薬品として,ひとまとまりの「物」が新しく作出されるなどとはいえない。

 複数の医薬を単に併用(使用)することを内容(技術的範囲)とする発明は,「物の発明」ではなく,「方法の発明」そのものであるといわざるを得ないところ,上記原告の主張は,前記アのとおり,「物の発明」である本件各特許発明について,複数の医薬を単に併用(使用)することを内容(技術的範囲)とする「方法の発明」であると主張するものにほかならず,採用することができない。

 ・・・このように,本件各特許発明が「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品とを併用すること(併用療法)を技術的範囲とするものであれば,医療行為の内容それ自体を特許の対象とするものというほかなく,法29条1項柱書及び69条3項により,本来,特許を受けることができないものを技術的範囲とするものということになる。

 したがって,医師が「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品の併用療法について処方する行為が,本件各特許発明における「物の生産」に当たるとはいえない。

(ウ) 薬剤師による,医薬品のとりまとめが「物の生産」となるか否か

 原告は,薬剤師が,被告ら各製品と本件併用医薬品とを併せとりまとめる行為が本件各特許発明における「物の生産」に当たるとも主張する。

 しかしながら,薬剤師は,医師の処方箋に従って,患者に対し,完成された個別の医薬品である被告ら各製品,本件併用医薬品等を単に交付するにすぎないのであって,その際,複数の医薬品を「併せとりまとめる」行為(一つの袋に入れるなどする行為)があったとしても,この行為をもって,医薬品を「組み合わせ(た)」ということは困難であるというほかない。

 すなわち,前記アのとおり,「組み合わせてなる」「医薬」とは,「2つ以上の有効成分を取り合わせて,ひとまとまりにすることにより新しく作られた医薬品」をいうものと解されるところ,上記薬剤師の行為により医薬品としてひとまとまりの「物」が新たに作出されるとはいえない。

 そもそも,前記()イのとおり,法101条2号の「物の生産」とは,供給を受けた物を素材として,これに何らかの手を加えることが必要であるところ,薬剤師は,被告ら各製品及び本件併用医薬品について,何らの手を加えることもない。

 これらのことからすれば,上記薬剤師の行為が,本件各特許発明における「物の生産」に当たるとはいえない。

(エ) 患者による,医薬品の併用服用が「物の生産」となるか否か

 原告は,患者が,被告ら各製品と本件併用剤を服用することにより,その体内で本件各特許発明における「物」すなわち「組み合わせてなる」「医薬」の生産がされる旨主張する。

 しかしながら,前記アのとおり,「組み合わせてなる」「医薬」とは,「2つ以上の有効成分を取り合わせて,ひとまとまりにすることにより新しく作られた医薬品」をいうものと解されるところ,患者が被告ら各製品と本件併用医薬品を服用するというだけで,その体内において,具体的,有形的な存在として,ひとまとまりの医薬品が新しく産生されて

いるとはいえない。

 そもそも,前記()イのとおり,法101条2号の「物の生産」には,素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為は含まれないところ,患者が被告ら各製品と本件併用医薬品とを服用する行為は,素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為である。

 これらのことからすれば,上記患者の行為が,本件各特許発明における「物の生産」に当たるとはいえない。」

 

5.裁判所の判断のポイント(直接に関する判断)

「2 争点2(被告らの行為について,本件各特許権に対する直接侵害が成立する

か)について

(1) 原告は,被告らが,医師,薬剤師又は患者の行為を支配し,本件各特許発明における「物の生産」をしていると主張する。

 しかし,上記主張は,被告ら各製品が,本件各特許発明における「物の生産に用いるもの」に当たることを前提とするものであるが,前記1のとおり,被告ら各製品を用いて本件各特許発明における「物の生産」がされることはない。

 原告の主張は前提となる事実を欠いているから,採用することができない。

 そもそも,製薬会社が,診療に当たる医師を道具として利用し,支配しているなどといえないことは,多言を要しない。

(2) 原告は,被告らが被告ら各製品の添付文書の記載等により医師に対する積極的教唆をしている旨主張する。

 しかし,被告ら各製品の添付文書には,概ね,以下の記載があることが認められる。

・・・(筆者注:上記「3.2.添付文書」参照)・・・・

 上記のうち【効能・効果】の記載は,単に,他の経口血糖降下薬による治療により十分な効果が得られない場合で,かつ,インスリン抵抗性が推定される場合に,被告ら各製品の適応があることについて記載しているものにすぎず,被告ら各製品が「本件併用医薬と組み合わせてなる」「医薬」として用いられることを前提とした記載であるとは解することができない。

 また,【用法・用量】の記載も,単に上記適応例における被告ら各製品の使用方法について記載したものであるとしか解することはできず,当該記載が積極的教唆に当たるなどと評価することはできない。

 そもそも,特許権に対する直接侵害が成立するのは特許発明の「実施」に限られ,教唆者が「実施」の主体であると評価される場合は別論として,教唆行為それ自体が直接侵害に当たると解する余地はない。」