2013年5月27日月曜日

「公然実施」を理由に特許権は無効にされるべきと判断された事例


東京地裁平成25年4月26日判決

平成23年(ワ)第21311号 特許権侵害行為差止等請求事件

 

1.概要

 本事例は、原告が有する特許権(輪転機版胴に関する)を被告が侵害するか否かが争われた特許権侵害訴訟である。

 被告は、被告が実施する侵害被疑品が、原告特許権の出願日よりも前に顧客企業に納品されており、その事実は「公然実施」に該当するから、原告特許権は無効にされるべきものと主張した。

 東京地裁は被告のこの主張を認め、原告の請求を棄却した。

 本件事例では、被告製品が納入され実施された場所は被告顧客企業の工場内である。この場合に「公然性」が認められるか否かが争われた。裁判所は「本件輪転機版胴の形状が秘密として管理されていたことをうかがわせる事情は存在しない。」との理由で「公然性」を認めた。この文面からは、工場内での実施であっても「公然性」が推定され、「秘密として管理されていた」ことが立証されない限り公然実施だと判断される、ということのように思われる。

 本事例は、公然実施が認められるにはどのような証拠が必要か理解するうえで参考になる事例である・

 

2.原告が有する本件特許2(出願日平成3年3月26日)

「版を装着して使用するオフセット輪転機版胴において,

 前記版胴の表面層をクロムメッキ又は耐食鋼で形成し,

 該版胴の表面粗さRmaxを1.0μm≦Rmax≦100μmに調整した

ことを特徴とするオフセット輪転機版胴。」

 

3.納入先工場での実施(昭和63年8月)の「公然性」に関する被告及び原告の主張

(被告の主張)

「新聞印刷機業界の慣行として,新聞社や印刷会社との間でオフセット輪転機について秘密保持契約が締結されることはなく,新聞社や印刷会社は,オフセット輪転機が設置された工場を一般にも広く公開している。このことは,株式会社高速オフセット摂津工場が,原告による被告製品1の表面粗さの測定調査(乙20)を拒んでいないことからも明らかである。」

(原告の主張)

「被告は,ET-1型機に関する売買契約書等の取引書類を何ら提出しておらず,納入先である東日印刷が守秘義務を負わないことについて立証できていない。」

 

4.裁判所の判断のポイント

「本件発明2は特許出願前に日本国内において公然実施をされたものに当たるか。

被告は,本件特許2の出願前である昭和63年8月に東日印刷の越中島工場に納入したVBW型オフセット輪転機の版胴は,表面をステンレス鋼で形成したものであり,表面粗さRmaxを1.5μmに調整したものであるから,本件発明2はその出願前に日本国内において公然と実施されたものに当たると主張する。

() そこで検討すると,被告は,乙14号証の図面(以下「乙14図面」という。)が,上記のとおり東日印刷に昭和63年8月頃納入されたVBW型オフセット輪転機の外面視図であると主張する。

 「東日印刷50年史」(乙13)には,昭和63年7月8日に東日印刷社屋を越中島に移転し,輪転機フロアに被告製作のVBW型オフセット輪転機等を設置し,3列に並ぶ輪転機のうち,A列がまず完成した旨が記載されているところ,乙14図面の「東日印刷株式会社殿」,「A列O.S外面視」との記載はこれと整合するものということができる。

 また,その作成年月日が昭和62年8月と記載されていることも,これと矛盾するものではない。加えて,東日印刷従業員Pは,乙14図面は,上記社屋移転時にA列に納入されたオフセット輪転機等の外面視図に間違いない旨陳述しているのであるから(乙26),乙14図面に関する被告の上記主張は信用できるものということができ,乙14図面は,昭和63年8月頃東日印刷に納入されたVBW型オフセット輪転機(以下「本件輪転機」という。)の外面視図であると認められる。

() これを前提に乙14図面を見ると,乙14図面右下には,「WO」欄に「P-02531L」(ただし,「L」はレールフレーム部を示す記号であり,輪転機を示す番号部分は「P-02531」であるとされる。),「社名」欄に「ET-1」,「年月日」欄に「昭和62年8月26日」と表示されているから,本件輪転機の発注番号が「P-02531」,東日印刷の略称が「ET-1」,図面作成年月日が昭和62年8月26日であると認めることができる。そして,乙15号証の図面(以下「乙15図面」という。)左下の表の「出図年月日」欄「62.8.24」と記載されている行から下2行までには,「WO」欄に「P-02531」,「社名」欄に「ET-1」と表示されているのであるから,乙15図面は,乙14図面記載の本件輪転機の版胴追加工図として,昭和62年8月に出図されたものであると認められる。

() そこで,乙15図面を更に見ると,乙15図面の左上には,版胴を示すとみられる図面が表示され,その上部中央付近に,「1.5-S」,「▽▽▽」の表示があることが認められる。

 昭和57年6月15日改正に係る「表面粗さの定義と表示」に関する「JIS B-0601-1982」(乙2。以下「乙2規格」という。なお,乙19によれば,昭和62年当時は,乙2規格が有効であったものと認められる。)によれば,Rmaxはμmで表されるものとされ(乙2規格3頁),最大高さの許せる最大値によって表面粗さを指示する場合には,数値の後に「S」を付けて表すものとされる(乙2規格5頁)。また,「▽▽▽」は,標準数列から選択された数値である最大高さRmax1.6S,3.2S及び6.3Sに対応するものであるとされる(乙2規格17頁の解説表1)。そうすると,乙15図面の前記表示は,Rmaxの「許せる最大値」が1.5μmであることを示すものと解することができるところ,乙2規格5頁の「備考1」によれば,ここでいう「許せる最大値」とは,指定された表面からランダムに抜き取った数か所のRmaxの算術平均値であるとされるのであるから,乙15図面は,Rmaxを1.5μmに調整することを記載したものと解するのが相当である。

() したがって,本件輪転機の版胴は,その納入時において,乙15図面に従い,Rmaxを1.5μmに調整して加工されたことが推認される。

 また,被告による本件輪転機の測定結果(乙16の1・2,17の1・2)によれば,本件輪転機(A列14P。乙14図面の「14」と表示された部分に設置された版胴であると認められる。)の版胴2本の表面粗さRzは,版胴のかからない部分において,2ないし4μmであり,版胴のかかる部分においても,大半が1.0μmを超えるものであり,その平均値は平成23年1月31日測定結果においてLS版胴につき約2.03μm,RS版胴につき約2.09μm,同年2月24日測定結果においてLS版胴につき約2.24μm,RS版胴につき約2.18μmであることが認められる。

 なお,原告は,乙16の2の測定結果に,測定日付として「2000-4-25」と表示されていることから,乙16の1記載の測定結果は平成12年4月25日に測定されたものである旨主張する。しかし,被告は,上記日付表示は測定機器の日付設定の誤りによるものであると主張しているところ,上記主張が不合理とまではいえず,乙16の1の測定結果報告書に測定日として平成23年1月31日との記載があることにも鑑み,上記測定は同日に行われたものと認められる。

 また,乙16の1・2及び17の1・2は,Rzについて測定されたものであるが,乙2規格における「Rmax」は,規格の改正により,平成13年以降,「Rz」と表示するものと改められたことが認められ(乙19),乙16の1・2及び17の1・2におけるRzは,本件発明2におけるRmaxに相当するものであると認められる。

 さらに,ステンレス鋼により形成された版胴の表面(なお,この点については後述する。)は,20年程度の使用期間で腐食することはないとされており(乙26),かつ,版のかからない部分は,使用による摩耗等の影響も少ないものと解される。加えて,本件輪転機の版胴につき,納入後の入れ替えや表面加工,改造等は行われていないものと認められる(乙26)。

 以上の事情を考慮すれば,本件輪転機の版胴は,その納入時において,表面粗さが1.0μm≦Rmax≦100μmに調整されたものであったと認めるのが相当である。

() また,乙21の1のプレートシリンダー組立図面(乙21の2はその右下欄を拡大表示したものである。)には,「WO」欄に「P-02531」,「社名」欄に「ET-1」との表示があるので,本件輪転機のプレートシリンダー(版胴)組立図面であると認められる。乙21の1には,版胴部分に向けて「L05-39004A-1」,「L05-39003A-1」との表示がされており,上記表示は詳細図面番号を表示したものと認められるところ,乙22の1及び23の1(乙22の2,23の2は,各図面の右下欄を拡大表示したものである。)には,「機種」欄に「L05-39003A-1」,「L05-39004A-1」との表示がされているのであるから,乙22の1及び23の1は,本件版胴の詳細図面であると認められる。

 乙22の1,23の1には,「胴表面にステンレス鋼溶着のこと。」との表示がされているのであるから,本件版胴の表面はステンレス鋼によって形成されているものと認めることができる。

() 以上によれば,本件輪転機の版胴は,その納入時において,

版を装着して使用するオフセット輪転機版胴において,

前記版胴の表面層をステンレス鋼で形成し,

該版胴の表面粗さを1.0μm≦Rmax≦100μmに調整した

ことを特徴とするオフセット輪転機版胴

であったものと認められ,本件発明2の構成要件を充足するものであったと認められる。

本件版胴は,前記イ()のとおり,東日印刷の越中島工場に納入されたものであるところ,東日印刷において,本件輪転機版胴の形状が秘密として管理されていたことをうかがわせる事情は存在しない。また,版胴の表面層がステンレス鋼で形成されていることや,表面粗さRmaxの数値は,当業者が利用可能な分析技術を用いることにより,容易に判明するものであると認められる。したがって,本件発明2は,本件輪転機の納入により,その内容を不特定多数の者が知り得る状況となったものであり,本件特許2の出願前に公然実施されたものであると認められる。

以上によれば,本件特許2は,平成11年法律第41号による改正前の特許法29条1項2号に違反して特許されたものであり,特許無効審判により無効にされるべきものと認められ,原告が,被告に対し,本件特許2に基づきその権利を行使することはできない(特許法104条の3)。」

2013年5月7日火曜日

併用投与を特徴とする医薬用途発明(その2)


大阪地裁平成24年9月27日判決

平成23年()第7576号,同第7578号 各特許権侵害差止等請求事件

 

1.概要

 原告は、2つの薬剤を併用して特定の疾患を予防治療する医薬についての特許権を有する。

 被告各社は、一方の薬剤を製造販売している。被告各社の製品に含まれる薬剤は、原告の存続期間満了後の先行特許の技術範囲に含まれている。

 被告各社の製品の添付文書には、原告特許での他方の薬剤と併用することにより所定の効能を有することや、併用投与の場合の注意事項なども記載されている。

 医師が必要と判断すれば、被告製品の薬剤と、他方の薬剤とを併用し、原告特許が対象とする用途に用いられる。

 この場合に被告各社の行為は間接侵害に該当するか(争点1-1)、直接侵害に該当するか(争点2-1)について争われた。

 大阪地裁は、(争点1-1)被告ら各製品は、本件各特許発明における「物の生産に用いる物」には当たらないから、被告らの行為について間接侵害が成立することはない、(争点2-1)直接侵害にも該当しない、と判断した。

 本事例と同じ特許権の別の侵害訴訟事件の判決として、東京地裁東京地裁平成25年2月28日判決平成23年()第19435号,同第19436号がある。こちらの詳細は本ブログ2013年3月11日記事「併用投与を特徴とする医薬用途発明」に記載。

 本件の事例における大阪地裁の判断の最大ポイントは医薬用途発明のクレームが「物の発明」であり「方法の発明」ではないことを明確にしたことである。この理解は大変明確であるが、審査基準上認められている、投与量や投与形態に特徴のある医薬発明の権利範囲をどう解釈すべきなのかは更なる検討課題である。

 

2.原告の特許権

2.1.原告の本件特許発明A-1

「【請求項1】(1)ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,(2)アカルボース,ボグリボースおよびミグリトールから選ばれるα-グルコシダーゼ阻害剤とを組み合わせてなる糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬。」

2.2.原告の本件特許発明B-1

「【請求項1】ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,ビグアナイド剤とを組み合わせてなる,糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬。」

 

3.被告らの行為

3.1.製剤

 被告らは,いずれもピオグリタゾンである別紙製剤目録記載の製品(以下「被告ら各製剤」という。)につき,それぞれ薬事法に基づく製造販売承認を受けて,これらの製造販売を開始した、または開始予定である。

 被告ら各製剤は,原告が有する本件特許発明A-1及び本件特許発明B-1(以下,併せて「本件各発明」という。)の「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」に該当する。

 

3.2.添付文書

 被告ら各製剤の添付文書には,次の記載がある。

「【効能・効果】

2型糖尿病

 ただし,下記のいずれかの治療で十分な効果が得られずインスリン抵抗性が推定される場合に限る。

1.①食事療法,運動療法のみ

②食事療法,運動療法に加えてスルホニルウレア剤を使用

③食事療法,運動療法に加えてα-グルコシダーゼ阻害剤を使用

④食事療法,運動療法に加えてビグアナイド系薬剤を使用

2.食事療法,運動療法に加えてインスリン製剤を使用

【用法・用量】

1.食事療法,運動療法のみの場合及び食事療法,運動療法に加えてスルホニルウレア剤又はα-グルコシダーゼ阻害剤若しくはビグアナイド系薬剤を使用する場合

 通常,成人にはピオグリタゾンとして15~30mgを1日1回朝食前又は朝食後に経口投与する。なお,性別,年齢,症状により適宜増減するが,45mgを上限とする。」

 

4.裁判所の判断のポイント(間接侵害に関する判断)

「1 争点1-1(被告ら各製品は,「特許が物の発明についてされている場合において,その物の生産に用いる物」に当たるか)について

 以下のとおり,被告ら各製品は,「特許が物の発明についてされている場合において,その物の生産に用いる物」には当たらない。

(1) 「物の生産」の意義等

「物の発明」と「方法の発明」の区別

 法文上,「物の発明」,「方法の発明」及び「物を生産する方法の発明」は明確に区別されており,特許権の効力の及ぶ範囲についても明確に異なるものとされている。

 そして,当該発明がいずれの発明に該当するかは,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて判定すべきものである(最高裁平成11年7月16日第二小法廷判決・民集53巻6号957頁参照)。

法2条3項1号及び101条2号における「物の生産」の意義

() ・・・

() 「物の生産」の通常の語義等も併せ考慮すれば,「物の生産」とは,特許範囲に属する技術的範囲に属する物を新たに作り出す行為を意味し,具体的には,「発明の構成要件を充足しない物」を素材として「発明の構成要件のすべてを充足する物」を新たに作り出す行為をいうものと解すべきである。

 一方,「物の生産」というために,加工,修理,組立て等の行為態様に限定はないものの,供給を受けた物を素材として,これに何らかの手を加えることが必要であり,素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為は「物の生産」に含まれないものと解される。

() 法101条は,特許権の効力の不当な拡張とならない範囲で,その実効性を確保するという観点から,それが生産,譲渡されるなどする場合には当該特許発明の侵害行為(実施行為)を誘発する蓋然性が極めて高い物の生産,譲渡等に限定して,特許権侵害の成立範囲を拡張する趣旨の規定であると解される。

 加えて,法101条の間接侵害についても刑罰の対象とされていること(法196条の2,201条)なども考慮すると,間接侵害の成否を判断するに当たっても,前記()と同様に,特許権の効力を過度に拡張したり,適法な経済活動に萎縮的効果を及ぼしたりすることがないように,その成立範囲の外延を不明確にするような解釈は避ける必要がある。

 法101条2号は,「物の生産」に用いる物の生産等について間接侵害の成立を認めるものであるが,ここでいう「物の生産」が法2条3項の規定する発明の「実施」としての「物の生産」をいうことは,明らかなものというべきである。

 そうすると,法101条2号の「物の生産」についても,前記()と同様に,「発明の構成要件を充足しない物」を素材として「発明の構成要件のすべてを充足する物」を新たに作り出す行為をいうものであり,素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為は含まれないものと解される。このことは,法101条2号において「物の生産に用いる物」と規定され,「その物の生産又は使用に用いる物」とは規定されていないことからも,明らかであるといわなければならない。

(2) 本件へのあてはめ

本件各特許は「特許が物の発明についてされている場合」に当たること

 前提事実のとおり,本件各特許発明の【特許請求の範囲】は,いずれも「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と,本件併用医薬品とを「組み合わせてなる糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬。」というものである。

 したがって,本件各特許発明は,当該医薬品に関する発明,すなわち「物の発明」であると認めることができ,このこと自体は当事者間でも争いがない。

 なお,「組み合せる。」とは,一般に,「2つ以上のものを取り合わせてひとまとまりにする。」ことをいい,「なる」とは,「無かったものが新たに形ができて現れる。」「別の物・状態にかわる。」ことをいうものと解される。

 したがって,「組み合わせてなる」「医薬」とは,一般に,「2つ以上の有効成分を取り合わせて,ひとまとまりにすることにより新しく作られた医薬品」をいうものと解釈することができる。

本件各特許発明における「物の生産」

(ア) はじめに

 前記()イのとおり,法101条2号の「物の生産」は,「発明の構成要件を充足しない物」を素材として「発明の構成要件のすべてを充足する物」を新たに作り出す行為をいう。すなわち,加工,修理,組立て等の行為態様に限定はないものの,供給を受けた物を素材として,これに何らかの手を加えることが必要であって,素材の本来の用途に従って使

用するにすぎない行為は含まれない。

 被告ら各製品が,それ自体として完成された医薬品であり,これに何らかの手が加えられることは全く予定されておらず,他の医薬品と併用されるか否かはともかく,糖尿病又は糖尿病性合併症の予防・治療用医薬としての用途に従って,そのまま使用(処方,服用)されるものであることについては,当事者間で争いがない。

 したがって,被告ら各製品を用いて,「物の生産」がされることはない。換言すれば,被告ら各製品は,単に「使用」(処方,服用)されるものにすぎず,「物の生産に用いられるもの」には当たらない。

(イ) 医師による,医薬品の併用処方が「物の生産」となるか否か

 原告は,本件各特許について,「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品とを併用すること(併用療法)に関する特許を受けたものであり,医師が「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品の併用療法について処方する行為は,本件各特許発明における「物の生産」に当たる旨主張する。

 前記()アのとおり,「物の発明」,「方法の発明」及び「物を生産する方法の発明」は,明確に区別されるものであり,特許権の効力の及ぶ範囲も明確に異なるものであり,「物の発明」と「方法の発明」又は「物を生産する方法の発明」を同視することはできない。

 前記アのとおり,「組み合わせてなる」「医薬」とは,「2つ以上の有効成分を取り合わせてひとまとまりにすることにより,新しく作られた医薬品」をいうものと解されるところ,併用されることにより医薬品として,ひとまとまりの「物」が新しく作出されるなどとはいえない。

 複数の医薬を単に併用(使用)することを内容(技術的範囲)とする発明は,「物の発明」ではなく,「方法の発明」そのものであるといわざるを得ないところ,上記原告の主張は,前記アのとおり,「物の発明」である本件各特許発明について,複数の医薬を単に併用(使用)することを内容(技術的範囲)とする「方法の発明」であると主張するものにほかならず,採用することができない。

 ・・・このように,本件各特許発明が「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品とを併用すること(併用療法)を技術的範囲とするものであれば,医療行為の内容それ自体を特許の対象とするものというほかなく,法29条1項柱書及び69条3項により,本来,特許を受けることができないものを技術的範囲とするものということになる。

 したがって,医師が「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品の併用療法について処方する行為が,本件各特許発明における「物の生産」に当たるとはいえない。

(ウ) 薬剤師による,医薬品のとりまとめが「物の生産」となるか否か

 原告は,薬剤師が,被告ら各製品と本件併用医薬品とを併せとりまとめる行為が本件各特許発明における「物の生産」に当たるとも主張する。

 しかしながら,薬剤師は,医師の処方箋に従って,患者に対し,完成された個別の医薬品である被告ら各製品,本件併用医薬品等を単に交付するにすぎないのであって,その際,複数の医薬品を「併せとりまとめる」行為(一つの袋に入れるなどする行為)があったとしても,この行為をもって,医薬品を「組み合わせ(た)」ということは困難であるというほかない。

 すなわち,前記アのとおり,「組み合わせてなる」「医薬」とは,「2つ以上の有効成分を取り合わせて,ひとまとまりにすることにより新しく作られた医薬品」をいうものと解されるところ,上記薬剤師の行為により医薬品としてひとまとまりの「物」が新たに作出されるとはいえない。

 そもそも,前記()イのとおり,法101条2号の「物の生産」とは,供給を受けた物を素材として,これに何らかの手を加えることが必要であるところ,薬剤師は,被告ら各製品及び本件併用医薬品について,何らの手を加えることもない。

 これらのことからすれば,上記薬剤師の行為が,本件各特許発明における「物の生産」に当たるとはいえない。

(エ) 患者による,医薬品の併用服用が「物の生産」となるか否か

 原告は,患者が,被告ら各製品と本件併用剤を服用することにより,その体内で本件各特許発明における「物」すなわち「組み合わせてなる」「医薬」の生産がされる旨主張する。

 しかしながら,前記アのとおり,「組み合わせてなる」「医薬」とは,「2つ以上の有効成分を取り合わせて,ひとまとまりにすることにより新しく作られた医薬品」をいうものと解されるところ,患者が被告ら各製品と本件併用医薬品を服用するというだけで,その体内において,具体的,有形的な存在として,ひとまとまりの医薬品が新しく産生されて

いるとはいえない。

 そもそも,前記()イのとおり,法101条2号の「物の生産」には,素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為は含まれないところ,患者が被告ら各製品と本件併用医薬品とを服用する行為は,素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為である。

 これらのことからすれば,上記患者の行為が,本件各特許発明における「物の生産」に当たるとはいえない。」

 

5.裁判所の判断のポイント(直接に関する判断)

「2 争点2(被告らの行為について,本件各特許権に対する直接侵害が成立する

か)について

(1) 原告は,被告らが,医師,薬剤師又は患者の行為を支配し,本件各特許発明における「物の生産」をしていると主張する。

 しかし,上記主張は,被告ら各製品が,本件各特許発明における「物の生産に用いるもの」に当たることを前提とするものであるが,前記1のとおり,被告ら各製品を用いて本件各特許発明における「物の生産」がされることはない。

 原告の主張は前提となる事実を欠いているから,採用することができない。

 そもそも,製薬会社が,診療に当たる医師を道具として利用し,支配しているなどといえないことは,多言を要しない。

(2) 原告は,被告らが被告ら各製品の添付文書の記載等により医師に対する積極的教唆をしている旨主張する。

 しかし,被告ら各製品の添付文書には,概ね,以下の記載があることが認められる。

・・・(筆者注:上記「3.2.添付文書」参照)・・・・

 上記のうち【効能・効果】の記載は,単に,他の経口血糖降下薬による治療により十分な効果が得られない場合で,かつ,インスリン抵抗性が推定される場合に,被告ら各製品の適応があることについて記載しているものにすぎず,被告ら各製品が「本件併用医薬と組み合わせてなる」「医薬」として用いられることを前提とした記載であるとは解することができない。

 また,【用法・用量】の記載も,単に上記適応例における被告ら各製品の使用方法について記載したものであるとしか解することはできず,当該記載が積極的教唆に当たるなどと評価することはできない。

 そもそも,特許権に対する直接侵害が成立するのは特許発明の「実施」に限られ,教唆者が「実施」の主体であると評価される場合は別論として,教唆行為それ自体が直接侵害に当たると解する余地はない。」

2013年5月1日水曜日

(1)訂正の妥当性,(2)数値範囲の上限のみが規定された発明のサポート要件充足性が判断された事例


知財高裁平成25年4月17日判決

平成24年(行ケ)第10212号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は無効審判審決(特許権有効)の取消訴訟であり、審決が維持された事例である。

 興味深いのは以下の二点。

(1)訂正新規事項

 電解銅箔の一方の表面を「光沢面」、他方の表面を「マット面」という。訂正前の明細書では電解銅箔の「マット面」の表面粗さが10点平均粗さにして「3.0μmより小さく」と記載されている。「光沢面」の表面粗さについて文言上は3.0μmより小さいとは記載されいない。訂正明細書の実施例で具体的に開示されている電解銅箔の光沢面の表面粗さの範囲は、1.58~2.00μmである。

 無効審判段階での訂正前には、マット面の表面粗さが3.0μmより小さいということのみクレームに規定されていたが、訂正により、光沢面の表面粗さも3.0μmより小さい、という規定が追加された。この訂正が新規事項追加になるかどうかが争われた。

 知財高裁は「本件特許明細書には,電解銅箔のマット面のみならず光沢面についても,表面粗さを小さくすることが記載されているということができる。そして,本件特許明細書には,電解銅箔の光沢面の表面粗さに係る上限値について,マット面の表面粗さに係る上限値と異にすべき必要性については何ら記載されていないから,マット面に係る上限値と同程度とすべきことも明らかである」という理由で、光沢面の表面粗さを3.0μmより小さくすることは新規事項ではないと判断した。

 「本件特許明細書の全ての記載事項を総合することにより導かれる技術的事項」という基準のもとで許される訂正についての寛大な判断一例として参考になる事例である。

(2)数値範囲の上限のみが規定されている発明のサポート要件

 知財高裁は、下限を規定することは本発明の課題解決とは関係がないこと、当業者であれば下限を適宜設定できること等を理由にサポート要件は満たされると判断した。

 

2.訂正の内容

2.1.訂正前の請求項1

 平面状集電体の表面に電極構成物質層が形成されてなる正極及び負極を備える非水電解液二次電池において,

 負極の平面状集電体は,銅を電解析出して形成される電解銅箔からなり,上記電解銅箔は,マット面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さとの差が10点平均粗さにして2.5μmより小さいことを特徴とする非水電解液二次電池。

2.2.訂正後の請求項1

 平面状集電体の表面に電極構成物質層が形成されてなる正極及び負極を備える非水電解液二次電池において,

 負極の平面状集電体は,銅を電解析出して形成され,クロメート処理が施された電解銅箔からなり,

 上記電解銅箔は,マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さ差が10点平均粗さにして1.3μm以下であることを特徴とする非水電解液二次電池。

 

3.取消理由(本記事と関連する争点のみ)

取消理由1:訂正の段階で「光沢面」の表面粗さを「3.0μmより小さく」と数値限定したことが新規事項追加に該当するか否か。

取消理由2:数値範囲の上限のみを限定しており、下限を特定していないことでサポート要件が否定されるか否か。

 

4.裁判所の判断のポイント

「1 取消事由1(訂正要件の判断の誤りその1:光沢面の表面粗さ)について

(1) 訂正の適否について

・・・

本件特許明細書(甲37)には,①従来,リチウムイオン二次電池の集電体として一般に銅箔が使用されているが,この銅箔として市販の電解銅箔を使用した場合には,電解銅箔の一方の主面に大きな凹凸が形成され,両主面の表面粗さの差が大きすぎて,活物質と集電体の接触が悪いため,電池特性,特に充放電でのサイクル特性が悪くなるという問題が生じること(【0004】~【0008】),②このような問題点を解決し,活物質と集電体の接触性を良好に保って,充放電サイクルに優れた安価な非水電解液二次電池用の平面状集電体を提供することを目的として,電解銅箔のマット面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして2.5μmより小さくすること(【0009】,【0011】,【0016】),③上記数値限定を満足する実施例1~3と,一方の主面であるマット面に大きな凹凸が形成されて両主面の表面粗さの差が大きすぎて上記数値限定を満足しない比較例1の電解銅箔を,それぞれ負極集電体に用いた円筒形非水電解液二次電池について,100サイクル後の容量維持率とインピーダンスを測定し,前者が後者より優れたものであること(【0050】~【0055】)が記載されている。

 上記記載によれば,本件特許明細書には,電解銅箔のマット面について「表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」するのは,活物質と集電体の接触性を良好に保って,充放電サイクルに優れたものとするためであるということが記載されているものと認められる。

 また,本件特許明細書には,電解銅箔からなる負極集電体は,その両面に活物質が塗布されるものであること(【0034】)が記載されており,この記載によれば,電解銅箔の光沢面についても表面粗さを小さくして,活物質と集電体の接触性を良好に保つようにすべきことは,当業者にとって自明のことであるといえる。

 そうすると,本件特許明細書には,電解銅箔のマット面のみならず光沢面についても,表面粗さを小さくすることが記載されているということができる。そして,本件特許明細書には,電解銅箔の光沢面の表面粗さに係る上限値について,マット面の表面粗さに係る上限値と異にすべき必要性については何ら記載されていないから,マット面に係る上限値と同程度とすべきことも明らかである。

 また,本件特許明細書には,上記のとおり,電解銅箔のマット面と光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして2.5μmより小さくすること(【0011】,【0016】)が記載されているところ,この記載は,電解銅箔のマット面と光沢面との表面粗さを同程度とすることを意味するものといえるから,電解銅箔の光沢面の表面粗さに係る上限値を,マット面の表面粗さに係る上限値と同程度とすることは自然なことともいえる。

 以上によれば,本件特許明細書には,電解銅箔の光沢面についても,「表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」することが記載されているものと認めるのが相当である。

したがって,訂正事項1,5,8~10,13,16,19,22,26,29は,本件特許明細書に記載した事項の範囲内においてしたものである。

(2) 原告の主張について

・・・・(略)・・・

原告は,本件特許明細書に記載されているのは「光沢面の表面粗さが1.58~2.00μmである」実施例1~3のみであり,2.00μmを超え3.0μmまでのものについては言及されていないから,光沢面の表面粗さの上限に関して,本件特許明細書に記載した技術事項の範囲内であるとして訂正が許されるのは,せいぜい2.00μmでしかなく,「上限を3.0μmとすること」は,新たな技術的事項を導入するものであると主張する。

 しかし,前示のとおり,電解銅箔の光沢面の表面粗さに係る上限値は,マット面に係る上限値と同程度とすべきであること等からすれば,本件特許明細書には,電解銅箔の光沢面についても,「表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」することが記載されているものと認められる。

 したがって,原告の上記主張は,前提において誤りがあり,採用することができない。

・・・

取消事由3(サポート要件の判断の誤り)について

(1) 本件訂正明細書(甲15)の発明の詳細な説明には,①従来,リチウムイオン二次電池の集電体として一般に銅箔が使用されているが,この銅箔として市販の電解銅箔を使用した場合には,電解銅箔の一方の主面に大きな凹凸が形成され,両主面の表面粗さの差が大きすぎて,活物質と集電体の接触が悪いため,電池特性,特に充放電でのサイクル特性が悪くなるという問題が生じること(【0004】~【0008】),②このような問題点を解決し,活物質と集電体の接触性を良好に保って,充放電サイクルに優れた安価な非水電解液二次電池用の平面状集電体を提供することを目的として,電解銅箔のマット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下とすること(【0009】,【0011】,【0016】),③上記数値限定を満足する実施例1~3と,一方の主面であるマット面に大きな凹凸が形成されて両主面の表面粗さの差が大きすぎて上記数値限定を満足しない比較例1の電解銅箔を,それぞれ負極集電体に用いた円筒形非水電解液二次電池について,100サイクル後の容量維持率とインピーダンスを測定し,前者が後者より優れたものであること(【0050】~【0055】)が記載されている。

 以上のとおり,本件訂正明細書の発明の詳細な説明には,本件発明の課題とその課題を解決する手段,その具体例において課題が解決されたことが記載されている。

 したがって,本件発明は,本件訂正明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであり,サポート要件(特許法36条6項1号)を満たすものである。

(2) 原告の主張について

・・・・

原告は,非水電解液二次電池の負極における活物質と負極集電体との接触性を良好にして充放電サイクル特性を向上させるためには,負極集電体用銅箔の表面粗さの範囲には下限があることが,本件特許出願当時において既に知られていた(甲18~20)から,電解銅箔の各主面の表面粗さが小さすぎる場合には,非水電解液二次電池の負極における活物質と負極集電体との良好な接触性が実現されず,充放電サイクル特性の向上を図ることができないことは技術常識であり,このような技術常識に照らせば,「マット面と光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下である」ものでありさえすれば,当業者が,本件発明の作用効果を奏するように実施することができるか不明であると主張する。

 しかし,本件発明は,マット面及び光沢面の表面粗さが小さすぎることにより生じる問題を解決するものではない。したがって,マット面及び光沢面の表面粗さの下限値を特定していないとしても,本件発明がサポート要件を満たさないとはいえない。

 なお,マット面及び光沢面の表面粗さの下限値は,電解銅箔の製造方法やコスト等の点から自ずと定まるものであり,極端に小さな値をとることはないと考えられる。そして,活物質と負極集電体との接触性を良好にして充放電サイクル特性を向上させるという課題を解決するために,好適な負極集電体用銅箔の表面粗さの範囲(下限)があることが知られていたのであれば,当業者は,そのような範囲(下限)も考慮して,マット面及び光沢面の表面粗さの下限値を適宜設定して,本件発明を実施するものと考えられる。