2013年4月5日金曜日

請求項中の数値の測定方法が特定されていない場合の権利範囲の解釈


東京地裁平成25年3月15日判決
平成23年(ワ)第6868号 損害賠償請求事件

1.概要
 本件は特許権侵害訴訟において、被告製品が、「粒径」により特定された原告の特許権の構成要件Dを充足するかどうかが争われ、充足しないと判断された。
 原告特許発明に係る請求項及び明細書では「粒径」の測定方法は限定されていない。裁判所が認定する従来技術によれば、「乾式」の方法と、「湿式」の方法が従来の測定方法として存在する。
 特許権者である原告は「粒径」は「乾式」の方法で測定されるべきと主張した。「乾式」によれば被告製品は構成要件Dを充足する。
 一方、被告が提出するデータによれば「粒径」を「湿式」の方法で測定した場合、被告製品は構成要件Dを充足せず非侵害となる。
 裁判所は「乾式の試料及び湿式処理をした試料のいずれを用いて測定しても,本件発明の構成要件Dが規定する粒径30μm未満の粒子の真円度の数値範囲(「0.73~0.90」)を充足する場合でない限り,構成要件Dの充足を認めるべきではないと解するのが相当である」と指摘し、構成要件Dを充足しないと判断した。

2.本件発明
 本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,各構成要件を「構成要件A」,「構成要件B」などという。)
シリカ質粉末を可燃性ガス-酸素火炎中で溶融して得られた球状シリカであって,
粒径が30μm以上の粒子を30~90重量%含有してなり,
該粒径30μm以上の粒子の真円度が0.83~0.94,
粒径30μm未満の粒子の真円度が0.73~0.90である
ことを特徴とするシリカ質フィラー。

3.裁判所の判断のポイント
「ウ 真円度の測定対象試料の調整方法
() 本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載(前記ア)を基礎に,本件明細書の記載事項(前記イ)を考慮して検討するに,特許請求の範囲及び本件明細書には,「該粒径30μm以上の粒子の真円度が0.83~0.94」(構成要件C)及び「粒径30μm未満の粒子の真円度が0.73~0.90」(構成要件D)にいう各「粒子」の状態及びその真円度の測定に当たっての調整方法を限定する趣旨の記載は存在しないから,真円度の測定がされる上記「粒子」は,本件出願時に通常行われていた試料の調整方法によって調整されたものであれば,その調整方法は特に限定されるものではないと解すべきである。
・・・
 上記記載と弁論の全趣旨によれば,本件出願時,画像解析法に用いる画像解析用試料の調整方法としては,乾燥した粉体(乾燥粒子)をそのまま試料とする場合(乾式の試料)や,液相中に粒子を分散するなどの前処理をしたものを試料とする場合(湿式処理をした試料)があり,いずれの調整方法も,通常行われていたものと認められる。
 したがって,本件発明の真円度を測定するに当たっては,乾式の試料又は湿式処理をした試料のいずれを用いても差し支えないというべきである。
・・・
() 本件発明の真円度を測定するに当たっては,乾式の試料又は湿式処理をした試料のいずれを用いても差し支えないことは,前記ウで認定したとおりである。
 ところで,本件発明の真円度の測定に当たり乾式の試料を測定対象とするか,又は湿式処理をした試料を測定対象とするかによって真円度の数値に有意の差が生じる場合,当業者がいずれか一方の試料を測定対象として測定した結果,構成要件所定の真円度の数値範囲外であったにもかかわらず,他方の試料を測定対象とすれば上記数値範囲内にあるとして構成要件を充足し,特許権侵害を構成するとすれば,当業者に不測の不利益を負担させる事態となるが,このような事態は,特許権者において,特定の測定対象試料を用いるべきことを特許請求の範囲又は明細書において明らかにしなかったことにより招来したものである以上,上記不利益を当業者に負担させることは妥当でないというべきであるから,乾式の試料及び湿式処理をした試料のいずれを用いて測定しても,本件発明の構成要件Dが規定する粒径30μm未満の粒子の真円度の数値範囲(「0.73~0.90」)を充足する場合でない限り,構成要件Dの充足を認めるべきではないと解するのが相当である。
 しかるところ,前記()のとおり,原告測定データ3は,被告製品の乾式の試料を対象として粒径30μm未満の粒子の真円度を測定した場合に,被告製品が構成要件Dの数値範囲内にあることを示している。
 しかし,他方で,本件においては,被告製品の湿式処理をした試料を対象として粒径30μm未満の粒子の真円度を測定した場合に,被告製品が構成要件Dの数値範囲内にあることを認めるに足りる証拠はなく,かえって,前記()のとおり,湿式処理をした試料を対象にした被告測定データ1によれば,被告製品は構成要件Dに規定する数値の範囲外にあるというべきである。
 したがって,被告製品は,構成要件Dを充足するものと認めることはできない。」