2013年3月31日日曜日

追加実験データが考慮できないと判断された最近の事例2件

1.概要
 下記の2つの事例はどちらも、進歩性欠如の拒絶理由を解消することを目的として、出願人が、本発明が顕著な効果を有することを証明する追加実験データを提出したところ、追加実験データは考慮できないと判断された事例である。
 事例1では「本願明細書の記載から当業者が推認できる範囲を超える」ことを理由に実験データは考慮できないと判断された。
 事例2では「本願明細書に開示された事項と矛盾する」ことを理由に実験データは考慮できないと判断された。
 
2.1.事例1
知財高裁平成25年3月18日 判決
平成24年(行ケ)第10252号 審決取消請求事件
「3 取消事由3(顕著な作用効果の看過(その2))について
 原告は,①4mM等の低いマグネシウム濃度条件下において十分に高い活性を示すという本願補正発明のポリペプチドの効果は,引用文献3に記載された発明と比較して有利な効果であり,同発明から予想できない顕著な作用効果である,②本願補正発明のポリペプチドは,4mM等の低いマグネシウム濃度条件下で十分なリボヌクレアーゼH活性を有するので,Taq DNAポリメラーゼとの共存下での使用が可能であり,引用文献3に記載されたRNase HIIPkを最適化して用いる場合と比較しても,格別顕著な効果を奏するとして,本願補正発明のポリペプチドの格別顕著な作用効果を看過した審決には誤りがある旨主張するので,以下,検討する。
(1) 上記①の主張について
 本願明細書には,本願補正発明のポリペプチドが,4mM酢酸マグネシウム濃度条件下でどの程度の大きさのRNaseH活性を示したかについて直接的な記載はないが,原告は,得られた酵素標品が所望の活性を有するかどうかを確認する目的で酵素反応を行う場合,予め複数の条件を検討して,十分に高い活性が得られる最適又は最適に近い条件を用いることが当該技術分野における常法であることから,4mM程度のマグネシウム濃度条件下の活性が最大又はそれに近いと理解できる旨主張する。
 そこで,本願明細書の記載を検討すると,上記1(1) のとおり,本願補正発明のポリペプチドであるTli RNaseHII(実施例8)以外に,Bca RNaseHIII(実施例3),Pfu RNaseHII(実施例4),PhoRNaseHII(実施例6),Afu RNaseHII(実施例7),及び,Tce RNaseHII(実施例9)について,4mM酢酸マグネシウムを含む反応液中でRNaseH活性を確認したこと,Bca RNaseH(実施例1)について,4mM塩化マグネシウム(MgCl2)を含む反応液中でRNaseH活性を確認したことが,それぞれ記載されている。上記実施例において,本願補正発明を含む上記7種類のRNaseHは,それぞれ由来が異なり,クラスもII又はIIIと異なるから,イオン要求性等の性質も異なると考えられるにもかかわらず,一律に4mMマグネシウム濃度条件下でRNaseH活性が確認されている。
 そうすると,上記各実施例において,必ずしも,十分に高い活性が得られる最適又は最適に近い条件を用いて酵素の活性が確認されたとは考え難く,本願補正発明の酵素が4mMマグネシウム濃度条件下において最大又は最大に近いRNase活性を有するか否かを,本願明細書の記載から推認することはできないから,4mM等の低いマグネシウム濃度条件下において十分に高い活性を示すという効果が,本願補正発明のポリペプチドにおける格別顕著な作用効果であるとは認められない。
 また,原告は,甲9に記載された実験データを参酌すべきである旨主張する。しかし,上記のとおり,本願補正発明について,4mM等の従来のRNase Hと比べて非常に低いマグネシウム濃度条件下において十分に高いRNaseH活性を示すという効果が本願明細書に開示されているとはいえないから,その効果について示す上記実験データは本願明細書の記載から当業者が推認できる範囲を超えるものであって,参酌することはできないというべきである。
 
2.2.事例2
知財高裁平成25年3月14日判決
平成24年(行ケ)第10229号 審決取消請求事件
「原告は,本件審決は本件補正発明に係る容易想到性の判断において,本件意見書等(甲11及び16)に記載された実験データを参酌すべきであった旨主張する。
 しかしながら,次のとおり,原告の主張は採用することができない。
 すなわち,本願明細書(【0016】)には,反応器の材質について,好適な物質としてエナメルスチールが挙げられているほか,特に芳香族であるポリマーが非常に好適であること,エポキシ樹脂又はフェノール樹脂を用いる被覆剤が特に好適であること,ニッケル及びモリブデン等のある種の金属又はその合金が好適であることなどが記載されている。したがって,本願明細書には,エナメルスチールは芳香族系ポリマー,エポキシ樹脂,フェノール樹脂より多少劣るとしても,ニッケル及びモリブデン等の合金や金属と同程度に優れた耐腐食性を有することが記載されているといえる。
 他方,甲11には,ニッケルやモリブデン等を含む合金やチタン(表1),ポリプロピレンホモポリマー及びポリ(フッ化ビニリデン)ホモポリマー(表3),エポキシ樹脂(表4)及びエナメルスチール(表2)からなる断片を,本件補正発明が前提とするグリセロールと塩素化剤を含む反応媒体中に配置した後の腐食の程度を調べた実験の結果として,合金やチタンの断片は完全に消失し,ポリマー及びエポキシ樹脂の断片は許容できない重量と厚みの増加及び機械的特性の劣化を示したのに対して,エナメルスチールはガラスライニングの曇りを示さず,腐食が生じていなかったことが記載されている。また,甲16には,甲11と同一の表1及び2に加え,エナメルスチールの腐食速度が1ないし1.5%の沸騰塩素化水素溶液中で「<0.01mm/年」であること及び本件補正発明に係る反応混合物中で「0.0029mm/年」であることを示す表3が記載され,エナメルスチールが本件補正発明の反応条件下で腐食に対して優れた耐性を示すことが記載されている。これらの実験結果は,本願明細書に「好適」と記載されたエナメルスチールが,同じく「好適」と記載された金属や合金だけでなく,「非常に好適」と記載されたエポキシ樹脂よりも優れた耐腐食性を有することを示すものであり,本願明細書に記載された事項と矛盾するものである。・・・したがって,本件補正発明の容易想到性の検討に当たり,本件意見書等に記載された実験データを参酌しなかった本件審決の判断に誤りがあるということはできない。