2012年11月28日水曜日

サポート要件の趣旨が判断された事例

知財高裁平成24年11月7日判決
平成23年(行ケ)第10235号 審決取消請求事件

1.概要
 本事例は、サポート要件を満足するためにはクレーム発明が、発明の詳細な説明の記載に基づき問う業者が発明の課題を解決できると当業者が認識できるものである必要がある、というパラメータ特許事件判決(知財高裁平成17年(行ケ)第10042号平成17年11月11日判決)の考え方を支持する。本事例に係る特許はパラメータ等の特殊な方式で規定された発明ではない。

2.裁判所の判断のポイント
(1) 本件特許は,平成12年11月29日出願に係るものであるから,法36条6項1号が適用されるところ,同号には,特許請求の範囲の記載は,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」でなければならない旨が規定されている(サポート要件)。
 特許制度は,発明を公開させることを前提に,当該発明に特許を付与して,一定期間その発明を業として独占的,排他的に実施することを保障し,もって,発明を奨励し,産業の発達に寄与することを目的とするものである。そして,ある発明について特許を受けようとする者が願書に添付すべき明細書は,本来,当該発明の技術内容を一般に開示するとともに,特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにするという役割を有するものであるから,特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきである。法36条6項1号の規定する明細書のサポート要件が,特許請求の範囲の記載を上記規定のように限定したのは,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利が発生することになり,一般公衆からその自由利用の利益を奪い,ひいては産業の発達を阻害するおそれを生じ,上記の特許制度の趣旨に反することになるからである。
 そして,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

2012年11月19日月曜日

「一般的な課題」+「周知技術の適用」の進歩性拒絶に対する反論のために参考になる最近の事例


進歩性の拒絶理由において、主引用発明に対する相違点に係る出願発明の特徴点が、一般的で自明な課題を解決する手段に過ぎないと認定され、当該課題を解決する手段として別の文献に記載の周知技術を採用することは容易であると指摘される場合がある。

 このような場合でも、主引用発明に対する相違点に係る出願発明の特徴点が、具体的な狭い課題を解決する手段であること、主引用文献においても当該課題の存在は認識されていないこと、周知技術は当該課題を解決する手段として知られていたわけではないこと、などを主張することで拒絶解消にいたる場合がある。

 このような対応のために参考になる最近の二つの事例を紹介する。

 事例1は無効審判審決において進歩性が否定されたが、取消訴訟において審決が取り消された事例である。事例2は拒絶査定不服審判審決において進歩性が否定されたが、取消訴訟において審決が取り消された事例である。

 

事例1:

知財高裁平成24年10月25日判決

平成23年(行ケ)第10432号 審決取消請求事件

裁判所の判断のポイント

「・・・本件特許発明1は,支持部材の下端部が支持面である地面に係合され,上端付近(支持面の上方)にキャノピーカバー等が配置される骨組構造体であることから,風力等によりシザー要素の横方向の変形及びねじりによる変形を生じ得るという課題を有するものであり,マウント(連結装置)の「平行な側壁部分は上端部又は下端部において水平な壁部分で相互に連結されて」いる構成は,シザー要素の上記の変形を阻止する作用を有するものであり,連結部分の構造を改良・強化することにより,課題を解決する手段であるといえる。

 一方,上記ア() 認定の事実によれば,甲1には,引用発明の「優点」として,「任意に移位可能で定位できる」,「風に吹き倒されるおそれがない」ことが記載され,伸縮支柱(2)下端が一つの底台片(21)に溶接固定されること,第12図には底台片(21)に孔があることが記載されている。そうすると,引用発明は,止め孔を通じて支持面に定位され,風圧等による横方向の力の影響を受けやすい構造体の上部に屋根等が配置される(第1図ないし第6図)ことから,風圧等によるシザー要素の横方向の変形及びねじりによる変形をも考慮して,構造体の補強を指向するものと一応認められる。しかし,引用発明の上固定支えバー軸体,下活動支えバー軸体(本件特許発明1のマウントに相当すると認められる。)は,端縁シザー組立体の外側端部がソケットを有し,上記バー軸体が当該ソケット内に受け入れられるものとなっており,かつ,ソケットの平行な側壁部分は上端部又は下端部において水平な壁部分で相互に連結されていない構成であるところ,甲1には,かかる構成が,シザー要素の上記の変形を阻止する作用を有すること及びそのために連結部分の構造を改良・強化するものであること(本件特許発明1の課題と解決)については,記載も示唆もされていないというべきである。

 また,上記ア() 認定の事実によれば,甲5,甲7及び甲9には,ソケットの平行な側壁部分が上端部又は下端部において水平な壁部分で相互に連結されている構成が示されておらず(この点は,被告も特に争っていない。),また,シザー要素の横方向の変形及びねじりによる変形を生じさせるような力に対する考慮も示唆されていない。また,甲4及び甲8には上記構成と同様の構成が示されているが,以下のとおり,本件特許発明1や引用発明において想定される,シザー要素の上記の変形を生じさせるような力の作用を考慮した連結装置を開示するものとはいえない。

 すなわち,甲4記載の折畳み式ベンチは,交錯状に集交した脚管の端部の連結器具として軸受け盤の軸受けは平行な向き合った側壁部分を有し,その下端部が相互に連結されているが(第4図),携行収蔵に至便,組立て作製も容易なように,脚の下端が接地面(支持面)に固定される構成は有さず,脚の上下端に脚管が連結されて骨格を構成してベンチに作用する力を支持し,傾倒破損を防止する効果を有するものといえる。

 また,甲8記載の折り畳み式腰掛けは,その脚部が,筒体の下部で筒体の内部に上下に摺動可能に嵌挿された脚部保持体を有し,脚部保持体は,平行な向き合った側壁部分の下端部が相互に連結されているが(第7図),より一層軽量且つ小型に構成され,簡便に携帯可能なようにしたものである。

 そうすると,上記ベンチ及び上記腰掛けは,上記の構成,目的及び用途からして,シザー要素の横方向の変形及びねじりによる変形を生じさせるような態様の力が作用することは想定しがたいものであって,甲4及び甲8に,そのような作用を想定した連結装置が開示ないし示唆されているとは認められない。

 以上によれば,甲1には,本件特許発明1のマウントに相当する上固定支えバー軸体,下活動支えバー軸体の構成により,シザー要素の横方向の変形およびねじりによる変形を阻止する作用を有することは格別記載も示唆もされていないから,甲1に接した当業者が,かかる変形を阻止するために,さらに,上記軸体の構成を,相違点1に係る本件特許発明1の構成とすることに容易に想到するとは言い難い。

 また,仮に,甲1の記載から,引用発明における上記軸体の構成を変更することの示唆を得たとしても,上記のとおり,甲4,甲5,甲7ないし甲9は,ソケットの平行な側壁部分は上端部又は下端部において水平な壁部分で相互に連結された構成は示されていないか,シザー要素の上記の変形を阻止する作用を考慮したものではないから,これらに記載された技術を引用発明に適用することが容易とはいえない。

・・・・

 これに対し,被告は,折り畳み可能な骨組構造体の技術分野における通常の知識を有する当業者にとって,折り畳み可能な椅子の骨組構造体に関する技術知識を有していたと合理的に判断でき,その技術知識に基づけば,甲4及び甲8記載の水平な壁部での連結構造を引用発明に適用するのは極めて容易である,「側壁部分が水平な壁部で相互に連結される構成」は,たわみを阻止するという作用効果を発揮させる上で特段の意味を持つとはいえず,引用発明において,強度の向上を図るため当業者により適宜採用される設計事項にすぎない旨主張する。

 しかし,上記の主張につき,甲4及び甲8には,ソケットの平行な側壁部分は上端部又は下端部において水平な壁部分で相互に連結された構成が記載されているとしても,シザー要素の横方向の変形及びねじりによる変形を阻止する作用を考慮したものではないから,当業者が,甲4及び甲8記載の技術知識を有していたとしても,それを引用発明に適用することを容易に想到し得たとは認められない。また,上記の主張につき,本件特許発明1において,連結装置に関する「側壁部分が水平な壁部で相互に連結される構成」は,平行な側壁部分を連結してこれを補強するものであることは当業者にとって明らかであるから,シザー要素の横方向の変形及びねじりによる変形を阻止するという課題の解決手段であり,発明の特徴点といえる。甲1,甲4,甲5,甲7ないし甲9において,構造体の強度の向上を図るとの課題は示唆されるとしても,かかる一般的な課題から,シザー要素の上記の変形を阻止するとの課題が当然に発想され得ることを裏付ける証拠はないから,連結装置に関して上記構成を採用することを,当業者が適宜採用する設計事項と認めることはできない。よって,被告の主張は失当である。」

 

事例2:

知財高裁平成24年10月10日判決

平成23年(行ケ)第10396号 審決取消請求事件

裁判所の判断のポイント

「・・・引用文献1の図3のシール構造が具体的にいかなる機能を果たすものであるか直ちに断定できず,したがって流路内の主流の流れの乱れを小さくし,漏洩流を小さくし,かつ主流の流線型流れを促進するという補正発明の動翼プラットフォーム前縁(70)のフレア状構造を採用する動機付けが引用文献1に記載ないし示唆されているとはいい難いところ,引用文献2,3の周知技術ないし技術的事項は補正発明のフレア状構造とは技術的意義が大きく異なるし,また本件優先日当時,当業者の間では,蒸気タービン等の軸流タービンにおいて,静翼のノズルの根元付近で主流を乱す境界層が発生し,主流の流れを阻害して,タービン効率を低下させることが知られており,引用文献2のように,あえて主流の一部をホイールスペースに漏洩させて,上記境界層を除去することが試みられていたものである(甲7~11を参照)。そうすると,仮に引用文献1記載発明に上記周知技術ないし技術的事項を適用したとしても,当業者において補正発明との相違点3に係る構成に容易に想到することはできない。

 なお,被告は,タービン全体の効率のためにはあくまで主流の流れを確保することが基本であるなどと主張するが,これは流路を流れる主流が小さくなると出力に寄与する部分が小さくなるというごく一般的な見地から考察するものにすぎないというべきである。被告が本件訴訟で提出する乙第5ないし第7号証(特公平5-7544号公報,特許第2640783号公報,特開2002-201915号公報)にも専ら流路とホイールスペースとの間のシール(密封)について着目した記載があるのみで,補正発明のフレア状構造のように主流の乱れの防止や流線型流れの向上の点にも着目した構成が記載ないし示唆されているわけではないから,相違点3に係る構成の容易想到性についての前記結論を左右するものではない。当業者は,タービン効率を向上させるために,主流の流れをスムーズにするべく,少量の漏洩流を意図的に生じさせて犠牲にしたり,又は他の方法で主流の乱れを抑え,漏洩流を小さくしたり,あるいは異なる冷却等の見地から他の技術的事項を導入するのであって,他の多くの要因との兼ね合いで構成を検討するものである。したがって,主流の流量を確保することが重要であるからといって,かかる一般的な要請のみで補正発明の具体的なフレア状構造の構成(相違点3)に容易に想到できるものではない。

2012年11月12日月曜日

間接侵害の判断において「広く一般に流通しているもの」の該当性が争われた事例


大阪地裁平成24年11月1日判決

平成23年()第6980号 特許権侵害差止等請求事件

 

1.概要

 特許法101条は、2号に該当する「特許が物の発明についてされている場合において、その物の生産に用いる物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であつてその発明による課題の解決に不可欠なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら、業として、その生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為」を特許権又は専用実施権を侵害する行為であるとみなす規定である。

 すなわち「日本国内において広く一般に流通しているもの」は間接侵害の対象外である。

 本判決では、位置検出器に装着される部品である、被告が製造するスタイラス(接触針)が「広く一般に流通しているもの」に該当しないと判断された。

 裁判所は理由として以下の二つを挙げている。

(1)スタイラスは用途が検出器に限られるため、ねじや釘のように幅広い用途を持つ製品とは異なり、「広く」流通するとは言えない。

(2)用途及び需要者が限定されるスタイラスは、取引の安全を理由に間接侵害の対象から除外する必要性に欠ける。

 

2.原告が有する本件特許発明

「電気的に絶縁された状態で所定の安定位置を保持する微小移動可能な接触体(5)と,当該接触体に接続された接触検出回路(3,4)とを備え,当該接触検出回路で接触体(5)と被加工物又は工具ないし工具取付軸との接触を電気的に検出する位置検出器において,接触体(5)の接触部がタングステンカーバイトにニッケルを結合材として混入してなる非磁性材で形成されていることを特徴とする,位置検出器。」

 

3.被告の実施品

 被告は、ハ号スタイラス(接触針。位置検出器の接触体として用いられる)を製造販売する。

 ハ号スタイラスは本件特許発明における「接触体(5)」の要件を満たす。

 被告は、ハ号スタイラスを接触体として装着したイ号検出器およびロ号検出器を製造する。イ号検出器およびロ号検出器は、本件特許発明の技術的範囲を満足する。

 

4.争点

 ハ号スタイラスが、本件特許発明に係る物の生産に用いる物であつてその発明による課題の解決に不可欠なものであり、なおかつ「日本国内において広く一般に流通しているもの」ではない(特許法101条2号)、に該当するか?

 

5.裁判所の判断のポイント

「ア・・・・ハ号スタイラスは,「物の発明」である本件特許につき,「その物の生産に用いる物」であり,かつ「その発明による課題の解決に不可欠なもの」(特許法101条2号)といえる。

そして,原告は,被告に対し,平成22年12月3日付の「催告書」と題する書面を送付し,被告はこれを遅くとも同月6日には受領したが,同書面には,本件特許の特許番号,登録日,本件特許発明の構成要件に加え,イ号検出器が本件特許権を侵害することなどが記載されていた(乙1,弁論の全趣旨)ところ,被告は同日以降,本件特許発明が「特許発明であること」及びハ号スタイラスが「その発明の実施に用いられること」を知っていた(特許法101条2号)といえる。

・・・

一方,被告は,ハ号スタイラスにつき,間接侵害(特許法101条2号)の除外要件である「日本国内において広く一般に流通しているもの」に当たる旨主張する。

 確かに,ハ号スタイラスの用途は,これを備え付けた場合に本件特許発明の技術的範囲に属することになるイ号検出器及びロ号検出器に限定されているわけではなく,本件特許発明の技術的範囲に属さない内部接点方式の位置検出器とも適合性を有するものではある(甲2~4)。しかし,結局のところその用途は,位置検出器にその接触体として装着することに限定されており,この点,ねじや釘などの幅広い用途を持つ製品とは大きく異なる。また,そのような用途の限定があるため,実際にハ号スタイラスを購入するのは,位置検出器を使用している者に限られると考えられる。

 このような事情を踏まえると,ハ号スタイラスは,市場で一般に入手可能な製品であるという意味では,「一般に流通している」物とはいえようが,「広く」流通しているとは言い難い。また,そもそもこのような除外要件が設けられている趣旨は,「広く一般に流通しているもの」の生産,譲渡等を間接侵害に当たるとすることが一般における取引の安全を害するためと解されるが,上記のように用途及び需要者が限定されるハ号スタイラスにつき,取引の安全を理由に間接侵害の対象から除外する必要性にも欠けるといえる。

 したがって,ハ号スタイラスは「日本国内において広く一般に流通しているもの」に当たらず,この点に関する被告の主張は採用できない。」

2012年11月6日火曜日

化学発明におけるサポート要件違反の審決が取り消された事例

知財高裁平成24年10月29日判決
平成24年(行ケ)第10076号 審決取消請求事件

1.概要
 本件は、サポート要件違反を指摘する審決を知財高裁が取り消した事例である。
 本願発明に係る組成物は、不純物である3種の単環ヒンダードフェノール化合物が従来の組成物よりも少ないことを特徴としている。この不純物は酸化安定性が低く、油溶解性が低く、揮発性が高く、生物蓄積性が高いという不利な点があることは従来公知。本願発明ではこの成分を減らすことでこれらの不利益を解消する。
 審決ではこの効果を実際に確認した実験結果が記載されていないのでサポート要件違反とした。
 裁判所は、効果は実験結果がなくても予測可能であり、なおかつ、実際に製造されていないことは実施可能要件違反の問題であってサポート要件違反とは無関係であるとして、審決を取り消した。
 化学分野の発明では一般的に効果の予測が困難であるといわれる。このため効果が実験により裏づけられていないことを理由にサポート要件違反とされがちである。しかし、本願のように効果が当業者に予測可能なこともある。そのような場合に本事例の判断は参考になる。進歩性要件違反の問題としても議論されるべきであろう。
 更に裁判所は、解決課題として挙げられている課題が複数ある場合、すべての課題が解決されることまで明細書中で開示することは求められない、と指摘する。解決しようとする課題の部分は最低限達成される課題のみ記載することが一般的に推奨されるが、仮に複数の課題を記載した場合でも、本事例のような判断がなされる可能性がある。

2.本願発明(請求項1)
「化合物の混合物を含んで成るヒンダードフェノール性酸化防止剤組成物であって,該化合物の混合物が式
【化1】(省略)
の複数の化合物を含んで成り;そして組成物が非希釈基準で,
(a)3.0 重量%未満のオルソ-tert-ブチルフェノール,
(b)3.0 重量%未満の2,6--tert-ブチルフェノール,および
(c)50ppm 未満の2,4,6-トリ-tert-ブチルフェノールを含む,
上記組成物。」

 「化1」の化合物は多環ヒンダードフェノールの一種である。この多環ヒンダードフェノールは、原料として、オルソ-tert-ブチルフェノール(OTBP)2,6--tert-ブチルフェノール(DTBP)とを用いる反応により製造される。一般的なOTBPDTBPは不純物として2,4,6-トリ-tert-ブチルフェノール(TTBP)を含む。OTBPDTBPTTBPはいずれも単環ヒンダードフェノールである。
 単環ヒンダードフェノールであるOTBPDTBPTTBPは、多環ヒンダードフェノールと比較して水溶性が高く、油溶性が低く、揮発性が高いである。多環ヒンダードフェノールは単環ヒンダードフェノールよりも潤滑油などで用いられる酸化防止剤として好ましいことは従来公知であった。
 従来の一般的なOTBPDTBPを用いて多環ヒンダードフェノールを製造すると、OTBPDTBPTTBPが相当量残存するという課題があった。本願発明では、OTBPDTBPとして、TTBPの混入量が10ppm未満という微量である「超高純度OTBP」、「超高純度DTBP」を用いることで、製品である多環ヒンダードフェノールにおけるOTBPDTBPTTBPを上記(a), (b), (c) のように低濃度にすることを特徴とする。この組成物は、従来の多環ヒンダードフェノールと比べて「向上した酸化安定性、向上した油溶解性、低い揮発性および低い生物蓄積性」を有するというのが明細書の開示事項である。
 ただし明細書中には実際にこの組成物を製造し、上記の効果を奏することを確認した例は記載されていない。また、「超高純度OTBP」、「超高純度DTBP」の入手方法なども開示されていない。

3.審決の理由の要点
発明の詳細な説明には,本願発明の組成物を具体的に製造し,その酸化安定性,油溶解性,揮発性及び生物蓄積性について確認し,上記課題を解決できることを確認した例は記載されていないから,本願発明が,発明の詳細な説明の記載により,上記課題を解決できると認識できるものとはいえない。
 また,従来のヒンダードフェノール系酸化防止剤よりも低レベルの単環ヒンダードフェノール化合物,すなわち,「(a)3.0 重量%未満のオルソ-tert-ブチルフェノール,(b)3.0 重量%未満の2,6--tert-ブチルフェノール,および (c)50ppm未満の2,4,6-トリ-tert-ブチルフェノールを含む」ことにより,「酸化安定性,油溶解性,揮発性及び生物蓄積性」が改良されることが,当業者であれば,出願時の技術常識に照らし認識できるといえる根拠も見あたらない。そうすると,具体的に確認した例がなくとも,当業者が出願時の技術常識に照らし,本願発明の課題を解決できると認識できるとはいえない。
 本願発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められないし,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも認められないから,この出願の特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項1号に適合しない。」

4.裁判所の判断のポイント
「2 本願明細書の発明の詳細な説明における課題解決の記載
 発明の詳細な説明には,「これらの単環ヒンダードフェノール化合物は水溶性であり,そして多環ヒンダードフェノール性酸化防止剤よりも揮発性である。多環ヒンダードフェノール性酸化防止剤はそのより高い分子量により,水溶性が一層低く,しかも揮発性が低い。」(段落【0008】)と記載されているが,この記載は,単環フェノールがメチレン架橋化多環フェノールよりも,より揮発性であり,より水溶性であり,油溶解性が低いという当業者の技術常識に沿った記載である。また,発明の詳細な説明には,「低揮発性成分は,潤滑剤の使用期間中に蒸発により失われないのでより効果的な酸化防止剤である。それゆえにそれら(判決注:酸化防止剤組成物のこと)は潤滑剤中に留まり,潤滑剤を…酸化の悪影響から保護する。」(段落【0022】)と記載されているところ,酸化防止作用を示す成分が揮発することによって減少すれば,組成物の酸化防止能も減少するので,組成物中の揮発性の成分の量を減らすことにより組成物の酸化防止能が向上することも,当業者の技術常識に沿った記載である。
 このように,発明の詳細な説明には,非常に低レベルのOTBP,DTBP及びTTBPの単環ヒンダードフェノール化合物を含有することによって,従来のメチレン架橋化多環ヒンダードフェノール性酸化防止剤組成物よりも向上した油溶解性を有する組成物を得ることができ,また,低い揮発性を有し,その結果,向上した酸化安定性を有する組成物を得ることができる点が記載されているということができるから,発明の詳細な説明の記載から,本願発明の構成を採用することにより本願発明の課題が解決できると当業者は認識することができる。
 したがって,発明の詳細な説明は,請求項1に係る発明について,その発明の課題を解決できると当業者が認識できる範囲のものとして記載されているということができるから,請求項1に係る発明は発明の詳細に記載されているということができる。これとは異なるサポート要件に関する審決の判断には誤りがある。
3 被告の主張に対する個別的判断
・・・
(2) 被告は,発明の詳細な説明には,向上した酸化安定性及び低い生物蓄積性という課題を達成し得ることの技術的裏付けが記載されておらず,また,向上した酸化安定性及び低い生物蓄積性の課題を達成し得ることが技術常識により当然に予想できるとする技術的根拠も記載されていないと主張する。
 しかし,技術常識を参酌して発明の詳細な説明の記載をみた当業者が,本願発明の構成を採用することにより,向上した酸化安定性という本願発明の課題が解決できると認識できることは前記のとおりである。
 また,発明の詳細な説明には,生物蓄積性についての課題が解決できることを示す記載はない。しかし,発明の詳細な説明の記載から,本願発明についての複数の課題を把握することができる場合,当該発明におけるその課題の重要性を問わず,発明の詳細な説明の記載から把握できる複数の課題のすべてが解決されると認識できなければ,サポート要件を満たさないとするのは相当でない。
(3) 被告は,本件出願時の技術常識を考慮すると,0~10ppm のトリ-tert-ブチルフェノールの混入物を含むDTBP単量体,すなわち本願発明の原料成分を入手することは困難なものであったから,該DTBP単量体の具体的入手手段について何ら明らかにされていない発明の詳細な説明の記載に基づいて,本願発明の組成物を具体的に製造できるとは到底いえないとか,本願発明の組成物の具体的な製造を確認した例は記載されておらず,これらが技術常識により当然に予想できるとする技術的根拠も記載されていないのであるから,「特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明」であるということはできないと主張する。
 しかし,発明の詳細な説明の記載と出願時の技術常識からは本願発明に係る組成物を製造することはできないというのであれば,これは特許法36条4項1号(実施可能要件)の問題として扱うべきものである。審決は,本件出願が特許法36条6項1号(サポート要件)に規定する要件を満たしていないことを根拠に拒絶の査定を維持し,請求不成立との結論を出したものであるから,被告の上記主張は,審決の判断を是認するものとしては採用することができない。なお,被告は本願発明の具体的な製造を確認した例の記載はないと主張するが,サポート要件が充足されるには,具体的な製造の確認例が発明の詳細な説明に記載されていることまでの必要はない。