2012年1月22日日曜日

審判段階での最後の拒絶理由応答時の補正が限定的減縮に該当しないと判断された事例

知財高裁平成24年1月17日 判決
平成23年(行ケ)第10133号 審決取消請求事件

1.概要
 本件は平成21年(行ケ)第10303号事件(審決取り消し判決)後の、特許庁での再度の拒絶審決に対する、審決取消請求事件である。
 第4次補正では、補正前(第3次補正後)の「前記通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能はそのまま動作可能とした」を、「前記通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能は,前記通信機能の停止を維持しながら,そのまま動作可能とし,選択可能とした」に変換した。
 上記第4次補正が「新規事項の追加」と判断され審判体により「最後の拒絶理由通知」がなされた。クレーム記載の4つの機能のうち、選択し得ることが記載されているのは「時計機能」と「電話帳機能」のみであり、「マイクによる音声を電気信号に変換する機能」と「スピーカによる電気信号を音声に変換する機能」については選択し得ることが明示されていない、というのが新規事項追加と判断する主な理由である。
 そこで、審判請求人(訴訟原告)は第5次補正(=本件補正)を行った。本件補正では「選択可能とした」を「前記時計機能及び前記電話帳機能を選択可能とした」と補正した。
 審決では、この補正が「限定的減縮」等の目的要件違反に該当し、却下されるべきであること、却下された結果復活する第4次補正クレームは新規事項追加に該当すると判断した。
 知財高裁は特許庁の判断を支持し、原告の請求を棄却した。
 補正新規事項追加を指摘する最後の拒絶理由通知応答時において、拒絶理由を解消するための補正は一般的に「発明特定事項の拡張」に該当し解消困難であることが多い(知的財産高等裁判所平成20年3月19日判決平成19年(行ケ)第10159号事件参照)。

2.補正の内容
 第3次補正(甲4補正)後の請求項1:
「通信機能と,当該通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能とを有し,通信機能と通信機能以外の複数の機能に係る表示を行う一つの表示手段と,電源キー,数字キー等を備える入力手段とを有する携帯電話端末であって,
 前記入力手段の電源キーを押下すると,前記表示手段を含む各構成部分に電力が供給され,携帯電話端末の動作が開始されて,前記通信機能と前記通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能とが使用可能状態となり,前記入力手段の電源キーとは異なるキー操作により通信機能を停止させる指示が入力されると,当該通信機能を停止させて通信接続情報の交信を行わないようになり,前記通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能はそのまま動作可能としたことを特徴とする携帯電話端末。」

 第4次補正(甲6補正)の内容:
「通信機能と,当該通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能とを有し,通信機能と通信機能以外の複数の機能に係る表示を行う一つの表示手段と,電源キー,数字キー等を備える入力手段とを有する携帯電話端末であって,
 前記入力手段の電源キーを押下すると,前記表示手段を含む各構成部分に電力が供給され,携帯電話端末の動作が開始されて,前記通信機能によって通信接続情報の交信を行って通信が可能な状態となり,通信可能状態で,前記通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能とが使用可能状態となり,
 前記入力手段の電源キーとは異なるキー操作により通信機能を停止させる指示が入力されると,当該通信機能を停止させて通信接続情報の交信を行わないようになり,前記通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能は,前記通信機能の停止を維持しながら,そのまま動作可能とし,選択可能としたことを特徴とする携帯電話端
末。」

 第5次補正(本件補正、甲9補正)の内容:
「通信機能と,当該通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能とを有し,通信機能と通信機能以外の複数の機能に係る表示を行う一つの表示手段と,電源キー,数字キー等を備える入力手段とを有する携帯電話端末であって,
 前記入力手段の電源キーを押下すると,前記表示手段を含む各構成部分に電力が供給され,携帯電話端末の動作が開始されて,前記通信機能によって通信接続情報の交信を行って通信が可能な状態となり,通信可能状態で,前記通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能とが使用可能状態となり,
 前記入力手段の電源キーとは異なるキー操作により通信機能を停止させる指示が入力されると,当該通信機能を停止させて通信接続情報の交信を行わないようになり,前記通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能は,前記通信機能の停止を維持しながら,そのまま動作可能とし,前記時計機能及び前記電話帳機能を選択可能としたことを特徴とする携帯電話端末。」

3.裁判所の判断のポイント
(1) 本件補正の法17条の2第4項該当性の有無
・・・・本件補正による補正前の甲6補正に係る請求項1の「前記通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能は,前記通信機能の停止を維持しながら,そのまま動作可能とし,選択可能とした」との記載からすれば,本件補正による補正前の請求項1に係る発明(以下「甲6補正発明」という。)は,「時計機能」,「電話帳機能」,「マイクによる音声を電気信号に変換する機能」及び「スピーカによる電気信号を音声に変換する機能」を含む複数の機能それぞれについて,通信機能の停止を維持しながら,そのまま動作可能とし,選択可能としたことを発明特定事項とするものと解される。
 他方,本件補正による補正後の請求項1の「前記通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能は,前記通信機能の停止を維持しながら,そのまま動作可能とし,前記時計機能及び前記電話帳機能を選択可能とした」との記載からすれば,本件補正による補正後の請求項1に係る発明(本願補正発明)は,「時計機能」,「電話帳機能」,「マイクによる音声を電気信号に変換する機能」及び「スピーカによる電気信号を音声に変換する機能」を含む複数の機能それぞれについて,通信機能の停止を維持しながら,そのまま動作可能とし,上記「複数の機能」のうち「時計機能」及び「電話帳機能」をそれぞれ選択可能としたことを発明特定事項とするものと解される。
 そこで,甲6補正発明と本願補正発明とを対比すると,甲6補正発明では,通信機能の停止を維持しながら「時計機能」,「電話帳機能」,「マイクによる音声を電気信号に変換する機能」及び「スピーカによる電気信号を音声に変換する機能」を含む複数の機能それぞれを選択可能としているのに対し,本願補正発明では,通信機能の停止を維持しながら,上記「複数の機能」のうち「時計機能」及び「電話帳機能」のみをそれぞれ選択可能としたものであるから,本件補正により,通信機能の停止を維持しながら選択可能な機能の一部が削除されていると認められる。そして,その結果,本願補正発明では,「時計機能」及び「電話帳機能」以外の機能について,どの機能を通信機能の停止を維持しながら選択可能とするかは任意の事項とされることに補正されたといえる。
 そうすると,本件補正により,直列的に記載された発明特定事項の一部が削除され,特許請求の範囲の請求項1の記載が拡張されていることは明らかであるから,本件補正は特許請求の範囲を減縮するものとはいえず,「特許請求の範囲の限定的減縮」を目的とするものに該当するとは認められない。
 また,本件補正は,誤記の訂正,明りょうでない記載の釈明を目的とするものにも該当しないことは明らかである。
 以上によれば,本件補正について,「平成14年法律第24号改正附則第2条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項の規定に違反するので,同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。」とした審決の判断に誤りはない。
(2) 原告の主張に対する判断
ア 原告は,本件補正は選択可能な機能の範囲についてより狭い範囲の選択である特定の機能である「前記時計機能及び前記電話帳機能」を選択可能としたものであり,このように「選択可能」な範囲を狭めることは,技術的には補正後においてはその機能が限定されるものであるので,特許請求の範囲の減縮に当たること,また,時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む機能がそのまま動作可能な状態となっており,それらの中において選択対象を特定しているものであり,動作可能な選択対象の組合せは15通りあり,「時計機能&電話帳機能&マイクによる音声を電気信号に変換する機能&スピーカによる電気信号を音声に変換する機能」の組合せのみを選択対象としているのではないことは明らかであること,さらに,本願の当初明細書の段落【0030】,【0033】及び【図1】の記載によれば,「動作可能な状態」とは,通信機能以外の上記各機能を含む複数の機能の全てが常に動作している状態ではなく,ユーザによる指示あるいは制御部による処理に基づいて選択的に動作し得る状態となっているものであると明細書及び添付図面から理解されるものであるし,本願の当初明細書の段落【0011】に記載された課題から判断して,「前記通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能を選択可能と」することとは,「通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能」の各機能を選択対象としており,その中からユーザが様々な組合せを選択可能とする意味であると理解されるものである,と主張する。
 しかし,原告が指摘する上記明細書の記載箇所及び図面を検討しても,本願において,通信機能の停止を維持しながらそのまま動作可能とし選択可能とする機能を,通信機能以外の「時計機能」,「電話帳機能」,「マイクによる音声を電気信号に変換する機能」,「スピーカによる電気信号を音声に変換する機能」を含む複数の機能から,ユーザが様々な組合せで選択可能であることが記載されているとはいえず,また,本願の当初明細書等の記載から自明であるとも認められない。
 また,甲6補正に係る請求項1の「前記通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能は,前記通信機能の停止を維持しながら,そのまま動作可能とし,選択可能とした」との記載に,「複数の機能」について択一的に解される文言はない。
 さらに,本願は「携帯電話端末での通信が禁止されている場所でも通信以外の機能を使用可能として利便性を向上させ」ることを課題とするところ,携帯電話端末での通信が禁止されている場所でも使用可能な機能の数が多いほど利便性が向上することは明らかである。
 そうすると,甲6補正発明の「前記通信機能以外の時計機能,電話帳機能,マイクによる音声を電気信号に変換する機能,スピーカによる電気信号を音声に変換する機能を含む複数の機能を選択可能と」することは,「時計機能」,「電話帳機能」,「マイクによる音声を電気信号に変換する機能」及び「スピーカによる電気信号を音声に変換する機能」を含む複数の機能それぞれについて,「通信機能の停止を維持しながら,そのまま動作可能とし,選択可能とした」ことと解するのが自然であり合理的である。
 以上によれば,本件補正による請求項1の補正は,直列的に記載された発明特定事項の一部が削除されたもので,原告が主張するような択一的記載の要素の削除ではないから,原告の上記各主張はいずれも採用することができない。」

2012年1月15日日曜日

審判請求時の補正が限定的減縮に該当するか争われた事例

知財高裁平成20年12月10日判決
平成19年(行ケ)第10350号審決取消請求事件

1.概要
 最後の拒絶理由通知や拒絶査定不服審判請求時における補正が、特許法17条の2第5項第2号(改正前第4項第2号)でいう「特許請求の範囲の減縮(第三十六条第五項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであつて、その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)」を目的とした補正に該当するか否かの判断が容易でない場面にしばしば直面する。
 補正前の構成要件を単純に下位概念に限定する形式の補正だけが許されるのか、請求項を全体的にみたときに補正前の構成要件が下位概念に限定されている形式の補正も許されるのかは審査基準の事例を見ても必ずしもあきらかではない。
 本事例では、審判請求時にされた補正が限定的減縮に該当しないとして補正を却下した審決(「補正前の構成要件を単純に下位概念に限定する形式の補正だけが許される」ことを前提とした特許庁の判断)が違法であり取り消されるべきとされた。

2.本件補正前の請求項
【請求項1】ルアロックコネクタの雄型ルア先端を受け入れるルア受け具であって,
 内壁を有すると共に,基端から末端側に向けてボアが形成され,該基端が前記ルアロックコネクタ内に挿入可能な寸法であるハウジングと,
 前記基端近傍で且つ前記ボアの内部に少なくとも一部が挿置されるように該ハウジングに取り付けられると共に,上側部分と,該上側部分から下方に伸長する伸長部分と,前記上側部分の上面近傍から延伸して該上側部分を貫通し且つ前記伸長部分の少なくとも一部に延入するスリットとを有する隔膜とを備え,
 前記ハウジングは前記隔膜の上面近傍に密封力を加えて該上面近傍の前記スリットを密封し,前記伸長部分は前記スリットと交差する方向の長さであるその幅が前記上側部分の幅より狭く,前記隔膜及び前記スリットは,前記雄型ルア先端が前記隔膜の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して該隔膜の内部に挿入できる寸法に形成され,該雄型ルア先端が前記隔膜内に挿入されると,該隔膜の少なくとも一部が該隔膜の長手軸から側方に変位して変位した隔膜部分が形成され,
 更に,前記隔膜の側方に少なくとも一つのキャビティが画成され,該キャビティは,前記雄型ルア先端が前記隔膜の内部に挿入された時に変位した前記変位した隔膜部分を受け入れることを特徴とするルア受け具。

3.本件補正後(拒絶査定不服審判請求時の補正)

【請求項1】雄型ルアカニューレと,該雄型ルアカニューレを取り囲むように形成された雌型ねじ端部とを有するルアロックコネクタに結合するルア受け具であって,
 ハウジングと,該ハウジングに取り付けられる隔膜とを備え,
 前記ハウジングは内壁を有すると共に,その基端から末端側に向けてボアが形成され,該ハウジング基端の寸法は前記ルアロックコネクタ内に挿入可能な大きさに設定され,
 前記隔膜は,少なくとも部分的に前記ハウジング基端近傍の前記ボア内に挿置されると共に,上側部分と,該上側部分から下方に延在する伸長部分と,前記上側部分の上面近傍から該上側部分を貫通し且つ該伸長部分の少なくとも一部にまで延伸するスリットとを有し,
 前記ハウジングは前記隔膜の上面近傍に密封力を加えて前記スリットを前記上面の部分で密封し,
 前記隔膜の伸長部分は前記スリットと交差する方向の長さであるその幅が前記上側部分の幅より狭く,
 前記隔膜と前記スリットの寸法及び形状は,前記ハウジングの基端を前記ルアロックコネクタの前記雌型ねじ端部の内部に係入すると前記雄型ルアカニューレの少なくとも一部が前記上側部分の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して前記隔膜の内部に入り込むように,夫々設定され,
 前記雄型ルアカニューレを前記隔膜に挿入すると,該隔膜の少なくとも一部がその長手軸から側方に変位し,
 前記隔膜の伸長部分の側方に少なくとも一つのキャビティが画成され,前記雄型ルアカニューレを前記隔膜の内部に挿入し且つ前記雌型ねじ端部が前記ハウジングに嵌合した時に,前記変位した隔膜の一部は,前記雌型ねじ端部の内部で前記少なくとも一つのキャビティ内に受け入れられることを特徴とするルア受け具。

4.審決の理由
 本件補正は特許請求の範囲を一部拡張し又は不明確にするものであるから却下されるべきである。
 特許庁は上記の補正が「限定的減縮」に該当しないと判断した。

5.裁判における被告(特許庁)の主張
 本件補正は,隔膜の内部に挿入される部分について,補正前の「雄型ルア先端」を「雄「原告及び参加人は,特許法旧17条の2第4項2号「特許請求の範囲の減縮」にいう「減縮」とは,補正後の特許請求の範囲が全体として補正前の特許請求の範囲に対してより狭い範囲であれば足りるものと解すべきであると主張する。しかし,同号は,「特許請求の範囲の減縮(第36条第5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであって,その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)」と規定されており,特に,発明を特定するために必要な事項を「限定する」とは,補正前の請求項に記載された発明を特定するための事項の一つ以上を,それぞれ,概念的により下位の発明を特定するめの事項とすることであるから,補正後の一つ以上の発明を特定するための事項が補正前の発明を特定するための事項に対して,概念的に下位になっていることを要するものである。」

6.裁判所の判断のポイント
エ以上によれば,本願明細書においては,雄型ルアないし雄型ルアカニューレを本願発明に係るルア受け具に挿入する場合,その前進に伴い隔膜が変形され,またそれを隔膜から引き抜く際,管腔内に負圧が生じる可能性を有するといった機能ないし性質を有することが明らかにされているところ,この場合の雄型ルアないし雄型ルアカニューレを特定する用語としては,「ルアカニューレ(カニューレ)32」と「ルア先端32(832,932)」とが混在して用いられていることが認められる。
 そうすると,本願明細書においては,上記機能ないし性質を有するものとして指称する場合,「雄型ルアカニューレ32」と「雄型ルア先端32」とは同一のものを意味すると認められる。このことは,上記のようにスリットを介して隔膜内部に雄型ルアカニューレが入り込むような動作がなされる際,スリットに最初に接触するのが必然的に雄型ルアカニューレの先端部分となることからも明らかである。
 そして,本件補正における,「前記雄型ルアカニューレの少なくとも一部が前記上側部分の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して前記隔膜の内部に入り込む」との表現は,雄型ルアカニューレ32における上記機能が実現する場面を表現したものであることは明らかであるから,ここでの「雄型ルアカニューレ」というのは,ルア受け具に挿入されるルアコネクタの構成全体を指称するものではなく,「雄型ルア先端32」に相当する雄型ルアカニューレの先端部分である「ルアカニューレ32」を意味するものと理解することができるし,「雄型ルアカニューレの少なくとも一部」というのも,「ルアカニューレ32」に相当する部分がスリットを介して隔膜内に挿入される場合に,これが隔膜と接触している範囲を指すものであることは容易に理解できるところである。
 そうすると,本件補正において,「前記雄型ルア先端が前記隔膜の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して該隔膜の内部に挿入できる」とあるのを「前記雄型ルアカニューレの少なくとも一部が前記上側部分の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して前記隔膜の内部に入り込む」と変更することは,実質的に同じ構成を言い換えたにすぎないものであるから,これにより何ら特許請求の範囲を一部拡張するものではないし,不明瞭とするものでもない。
 したがって,この点に関する審決の前記判断は誤りといわざるを得ない。
 オこの点,被告は,仮に「雄型ルア先端」と「雄型ルアカニューレ」が同じものであったとしても,本件補正前には「雄型ルア先端」なる用語で表される部分全体が隔膜内部に挿入されていたものが,本件補正により「雄型ルア先端」なる用語で表される部分の一部で足りることになるから,本件補正による変更は特許請求の範囲を拡張するものである旨主張する。
 しかし,本件補正前の本願発明においては,「ルア先端が前記隔膜の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介し該隔膜の内部に挿入できる」として,挿入されるのはルア先端とするだけで,「ルア先端の部分全体」が隔膜の内部に挿入されるとは記載されていない。そして,上記(1)のとおり,補正発明の意義は,雄型ルアとルア受け具が係合されることにより,ルアロックコネクタの先端が隔膜内に貫入することを利用して医療流体を移送するというものであり,ここで雄型ルアの先端部分が隔膜内に貫入される態様は,医療流体を移送できる程度であることは必要とされるものの,それを超えてその全部が貫入されることは必須の要素でないことは明らかである。
 そうすると,本件補正前の本願発明においても,挿入される部分はルア先端の一部又は全部と解さざるを得ないのであって,これを本件補正により「ルアカニューレの少なくとも一部が前記上側部分の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して前記隔膜の内部に入り込む」として,挿入される部分がルア先端の一部の場合だけでなく全部が挿入される場合があることを明示することは,実質的にみて何らの変更を加えるものではないから,特許請求の範囲を拡張するものではない。
 したがって,被告の上記主張は採用することができない。
カなお被告は,特許法旧17条の2第4項2号「特許請求の範囲の減縮」にいう「減縮」とは,発明を特定するために必要な事項を「限定する」ことであり,これに該当するといえるためには,補正後の一つ以上の発明を特定するための事項が補正前の発明を特定するための事項に対して,概念的に下位になっていることを要するものであると主張するところ,同主張は,補正が「特許請求の範囲の減縮」(特許法旧17条の2第4項2号)に該当するためには,これに該当する個々の補正事項のすべてにおいて下位概念に変更されることを要するとの趣旨を含むものと解される。
 しかし,特許請求の範囲の減縮は当該請求項の解釈において減縮の有無を判断すべきものであって,当該請求項の範囲内における各補正事項のみを個別にみて決すべきものではないのであるから,被告の上記主張が減縮の場合を後者の場合に限定する趣旨であれば,その主張は前提において誤りであるといわざるを得ない。
 また,特許請求の範囲の一部を減縮する場合に,当該部分とそれ以外の部分との整合性を担保するため,当該減縮部分以外の事項について字句の変更を行う必要性が生じる場合のあることは明らかであって,このような趣旨に基づく変更は,これにより特許請求の範囲を拡大ないし不明瞭にする等,補正の他の要件に抵触するものでない限り排除されるべきものではなく,この場合に当該補正部分の文言自体には減縮が存しなかったとしても,これが特許法旧17条の2第4項2号と矛盾するものではない。
 そこでこれを本件についてみると,本件補正は,「ルアロックコネクタの雄型ルア先端を受け入れるルア受け具であって,」を「雄型ルアカニューレと,該雄型ルアカニューレを取り囲むように形成された雌型ねじ端部とを有するルアロックコネクタに結合するルア受け具であって,」と補正することにより,ルア受け具の構成を限定するものであり,また,「前記隔膜の側方に少なくとも一つのキャビティが画成され,該キャビティは,前記雄型ルア先端が前記隔膜の内部に挿入された時に変位した前記変位した隔膜部分を受け入れることを特徴とするルア受け具。」を「前記隔膜の伸長部分の側方に少なくとも一つのキャビティが画成され,前記雄型ルアカニューレを前記隔膜の内部に挿入し且つ前記雌型ねじ端部が前記ハウジングに嵌合した時に,前記変位した隔膜の一部は,前記雌型ねじ端部の内部で前記少なくとも一つのキャビティ内に受け入れられることを特徴とするルア受け具。」と補正することにより,隔膜の構成を限定する部分を含むものである。
 そして,これまで述べてきた「前記雄型ルア先端が前記隔膜の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して該隔膜の内部に挿入できる」とあるのを「前記雄型ルアカニューレの少なくとも一部が前記上側部分の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して前記隔膜の内部に入り込む」とした補正は,上記のようなルア受け具及び隔膜の各構成を減縮する補正を踏まえ,これにより「雄型ルア先端」と「雄型ルアカニューレ」との用語が混在するに至ることから,これを後者の用語をもって統一したものと理解することができ,また,「雄型ルア先端」を「雄型ルアカニューレの少なくとも一部」とする補正が実質的に何らの変更を加えるものでないことは,上記エ,オのとおりである。
 したがって,本件補正のうち「前記雄型ルア先端が前記隔膜の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して該隔膜の内部に挿入できる」とあるのを「前記雄型ルアカニューレの少なくとも一部が前記上側部分の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して前記隔膜の内部に入り込む」とした部分は,何ら特許法旧17条の2第4項2号に矛盾するものではないから,被告の上記主張は採用することができない。

2012年1月9日月曜日

発明の効果と実施可能要件充足性との関係について争われた事例

知財高裁平成23年12月22日判決
平成22年(行ケ)第10097号 審決取消請求事件

1.概要
 無効審判審決:実施可能要件満足、特許維持
 知財高裁:審決維持、請求棄却

2.本件発明
【請求項6】ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩からなる飛灰中の重金属固定化処理剤

3.原告の主張する取消事由1(実施可能要件に係る判断の誤り)
「(1) 本件審決は,本件発明の特許請求の範囲に記載されたピペラジン-N-カルボジチオ酸(以下「本件化合物1」という。)若しくはピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸(以下「本件化合物2」という。)のいずれか一方若しくはこれらの混合物又はこれらの塩(以下「本件各化合物」という。)その他の化合物が,化学構造が特定された化合物であり,その合成方法も当業者に周知であり(引用例2,甲63),本件発明の効果についても本件明細書に記載されているから,本件明細書には本件発明の「飛灰中の重金属固定化処理剤」の製造方法について当業者が実施可能な程度に明確かつ十分に記載されており,実施可能要件を満たす旨を説示する。そして,本件審決によれば,当業者が本件発明6を容易に想到し得ないとの根拠は,後記のとおり,本件明細書に記載の安定性試験の結果(【0020】【0021】)のとおり,本件発明6の実施品を65℃に加温しても,pH調整剤である塩化第二鉄(38%水溶液)を20重量%添加しても,硫化水素を発生しないという効果を奏する点にあるとされている。
(2) しかしながら,硫化水素を発生しないという効果を実現するためには,硫化水素の発生源であるチオ炭酸塩という副生成物を含まない,純物質としての本件各化合物の製造方法が本件明細書に具体的に記載されている必要がある。
 しかるところ,本件各化合物は,1級アミノ基を含まない2級アミンに由来する化合物であり,純物質としての本件各化合物を加温したり酸を添加しても硫化水素が発生しないことは,公知の一般則である(甲7,8,22~24,35,86,98)ものの,本件各化合物を製造するに当たってチオ炭酸塩の副生を防止する方法は,本件優先権主張日当時又は本件出願日当時には存在せず(甲2,3,7,27),チオ炭酸塩を除く精製工程(引用例2,甲63)も,本件明細書に記載がない。現に,本件明細書を原告(甲4,8,15)及び第三者(甲71)が再現して実施したところ,得られた化合物からは硫化水素が発生した。
 このように,本件明細書には,硫化水素の発生源であるチオ炭酸塩を含む本件各化合物(未精製品)の製造方法しか記載がなく,純物質(精製品)としての本件各化合物の製造方法に関する記載がないから,その記載に従って本件発明を実施することは,不可能であり,本件明細書の記載は,特許法36条4項に違反する。
(3) なお,被告による本件明細書の再現とされる実験(甲48,乙12)では,得られた化合物から硫化水素が発生していないが,これは,サンプルを合成するに当たって大量(約53%)の二硫化炭素を消耗させるなど,被告が設定した合成・試験条件が,当業者が選択する余地のないような特殊なものであったためであって,本件明細書を再現したものとはいえないし(甲31),現に,得られた化合物は,本件明細書の記載に比較して,キレート能力の高い本件化合物2(ビス体)の濃度が約半分であり,キレート能力も約67%にとどまるから,再現になっていない。
 また,被告による2回目の再現実験(乙6)を原告が更に再現したところ(甲91,92),本件明細書に記載のビス体濃度は得られず,このことは,被告が本件化合物2の濃度を高くすることを回避することで,チオ炭酸塩の生成を抑制していることを示している。このように,本件発明6は,本件明細書を特定の条件下で実施しない限り,製造できない。」

4.裁判所の判断のポイント
「本件発明は,いずれも物の発明であるが,その特許請求の範囲(前記第2の2)に記載のとおり,本件各化合物(ピペラジン-N-カルボジチオ酸(本件化合物1)若しくはピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸(本件化合物2)のいずれか一方若しくはこれらの混合物又はこれらの塩)が飛灰中の重金属を固定化できるということをその技術思想としている。
 したがって,本件発明が実施可能であるというためには,本件明細書の発明の詳細な説明に本件発明を構成する本件各化合物を製造する方法についての具体的な記載があるか,あるいはそのような記載がなくても,本件明細書の記載及び本件出願日当時の技術常識に基づき当業者が本件各化合物を製造することができる必要があるというべきである。」

「(2) 本件明細書の記載について
・・・・
エ 次に,実施例によりさらに詳細に本件明細書に記載の発明を説明する。ただし,上記発明は,下記実施例によって何ら制限を受けるものではない(【0015】)。
(ア) 合成例1(ピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸ナトリウム)の合成
 ガラス製容器中に窒素雰囲気下,ピペラジン172重量部,NaOH167重量部,水1512重量部を入れ,この混合溶液中に攪拌しながら45℃で二硫化炭素292部を4時間かけて滴下した。滴下終了後,同温度にて約2時間熟成を行った。
 反応液に窒素を吹き込み未反応の二硫化炭素を留去したところ,黄色透明の液体を得た(化合物No.1。【0016】)。
(イ) 合成例2(ピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸カリウム)の合成
 ガラス製容器中に窒素雰囲気下,ピペラジン112重量部,KOH48.5%水溶液316重量部,水395重量部を入れ,この混合溶液中に攪拌しながら40℃で二硫化炭素316部を4時間かけて滴下した。滴下終了後,同温度にて約2時間熟成を行った。反応液に窒素を吹き込み未反応の二硫化炭素を留去したところ,黄色透明の液体を得た(化合物No.2。【0018】)。
(ウ) 安定性試験
 化合物No.1及びNo.2並びにエチレンジアミン-N,N′-ビスカルボジチオ酸ナトリウム(化合物No.3)及びジエチレントリアミン-N,N′,N′′-トリスカルボジチオ酸ナトリウム(化合物No.4)の水溶液を65℃に加温し,あるいはpH調整剤として塩化第二鉄(38%水溶液)を20重量%添加して硫化水素ガスの発生について調べたところ,化合物No.1及びNo.2ではいずれも硫化水素が発生しなかったが,化合物No.3及びNo.4ではいずれも硫化水素が発生した(【0021】【0022】)。」

「(3) 本件発明の実施可能性について
 以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には本件各化合物の製造方法についての一般的な記載はなく,実施例中に,合成例1(化合物No.1)及び2(化合物No.2)として,本件化合物2の塩の製造例が記載されているにとどまる。
 他方,引用例2(昭和59年12月20日刊行)には,ピペラジンビスジチオカルバミン酸ナトリウム(本件化合物2)を常法を参考にして比較的簡単に合成した旨の記載があるほか,甲95(昭和40年(1965年)刊行)にも,ピペラジンビス(N,N′カルボジチオアート)ナトリウム-C6H8N2S4Na2・6H2O(本件化合物2)をピペラジンと二硫化炭素から合成した旨の記載がある。このように,本件化合物2の製造方法について本件出願日を大きく遡るこれら複数の文献に記載されており,そうである以上本件化合物2を除く本件各化合物の製造方法も明らかであるから,本件各化合物は,本件出願日当時において公知の化合物であり,その製造方法も,当業者に周知の技術であったものと認められる。
 したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載の有無にかかわらず,当業者は,本件出願日当時において,本件各化合物を製造することができたものと認められる。
 よって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件発明の実施をすることができる程度に十分に記載されているものということができるので,法36条4項に違反せず,本件審決の判断に誤りはない。
(4) 原告の主張について
 以上に対して,原告は,本件発明が,硫化水素を発生させないという作用効果により進歩性が認められているのに,本件各化合物を製造するに当たって硫化水素の発生源であるチオ炭酸塩の副生を防止する方法が本件出願日当時に存在せず,引用例2等に記載のチオ炭酸塩を除く精製工程も本件明細書には記載がなく,本件明細書の記載により製造した本件各化合物(未精製品)によって本件発明を実施すると硫化水素が発生し,現に,原告らの実験結果もこれを裏付けているから,本件明細書が実施可能要件を満たさない旨を主張する。
 しかしながら,本件発明の特許請求の範囲の記載は,本件各化合物が飛灰中の重金属の固定化剤として使用できる旨を物の発明として特定しており,本件発明は,本件各化合物の製造に当たって硫化水素を発生させる副生成物の生成を抑制することをその技術的範囲とするものではない。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明に副生成物の生成が抑制された本件各化合物の製造方法が記載されていないからといって,特許請求の範囲に記載された本件発明が実施できなくなるというものではなく,法36条4項に違反するということはできない。
 なお,本件明細書の発明の詳細な説明によれば,前記(2)エ(ウ)に認定のとおり,本件発明は,飛灰中の重金属を固定化する際にpH調整剤と混練し又は加熱を行うという条件下でも分解せずに安定である,すなわち有害な硫化水素を発生させないことも,その技術的課題としているといえる(安定性試験)。しかし,上記技術的課題を解決するという作用効果は,他の先行発明との関係で本件発明の容易想到性を検討するに当たり考慮され得る要素であるにとどまるというべきである。
 また,引用例2には,そこで得られた化合物の詳細な物性や分析結果についての記載があるものの,そこにはチオ炭酸塩の含有を窺わせる記載がないから,引用例2に記載の方法で得られた化合物にはチオ炭酸塩が含まれていないものと認められる。したがって,引用例2の記載によれば,チオ炭酸塩を含有しない本件各化合物の製造方法は,本件出願日当時,当業者に周知の技術であったものと認められ,被告による本件明細書の記載の再現実験の結果(甲48,乙6,12)も,これを裏付けるものである。他方,原告らによる実験(甲4,8,15,71)により硫化水素が発生したとしても,このことは,本件各化合物の製造方法によってはチオ炭酸塩を副生するために硫化水素が発生することがあるということを立証するにとどまり,チオ炭酸塩を含有しない本件各化合物の製造方法が周知の技術であったとの上記認定を左右するものではない。
 よって,原告の上記主張は,採用できない。」