2012年12月24日月曜日

サポート要件違反を解消するために追加提出された実験データが考慮された事例

知財高裁平成24年12月13日判決
平成23年(行ケ)第10339号 審決取消請求事件

1.概要
 サポート要件違反の拒絶理由・無効理由が指摘されたときに、拒絶解消を目的に事後的に実験データを追加することは原則として認められない。しかしながら本事例では、発明の詳細な説明に基づき「当業者が予測できるような効果を確認する」ことを目的とする実験データ(乙1および乙3)の提出は、発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足するものではないため許容されると判断された。そして裁判所は、この実験データも考慮してサポート要件違反の問題はないと結論付けた。

2.裁判所の判断のポイント
原告は,出願後に実験データを提出して発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足することによって,明細書のサポート要件に適合させることは許されない旨を主張し,また,後から実験データを提出しなければサポート要件を満たしているか否かを判断することができない程度の特許請求の範囲の記載は,そもそもサポート要件を満たしているとはいえないと主張するので,以下に検討する。
a 乙1について
 乙1に示されたデータは,本件特許発明1が特定するコハク酸の添加量の上限値(遊離のコハク酸換算で1質量%)付近の結果を補足するもの(遊離のコハク酸換算で0.93質量%,コハク酸二ナトリウムとして1.30質量%のもの)である。
 ところで,本件明細書の表1によれば,試験品1-5~同1-8(カリウム含有量は2.34質量%と一定で,コハク酸二ナトリウムは0.05~2.0質量%と変化)についての,塩化カリウム及びコハク酸二ナトリウムが添加されていない減塩醤油A(試験品1-1)を対照とした2点識別試験法による塩味の評価は,対照と比べて試験品の方が塩味が強いとした人数が,いずれの試験品も20人中18人であったことが示されている。この結果から,減塩醤油にカリウムが配合されている場合には塩味の増強が認められ,コハク酸の添加量の相違による塩味の増強の程度は,カリウムに比べて極めて小さいと理解できる。また,これら試験品についての苦味に関する2点識別試験法の結果も,対照と比べて試験品の方が苦味が強いとした人数が20人中9又は10人であったこと示されている。この結果から,減塩醤油に添加されたカリウムの苦味の影響は,コハク酸を添加することにより相当程度解消され,その程度は本件特許発明1で特定されたコハク酸の添加量にほとんど影響されないと理解できる。
 このように,本件明細書の発明の詳細な説明には,食塩含有量の低減にもかかわらず塩味のある液体調味料を提供でき,かつ,本件特許発明1で特定された含有量のコハク酸を添加することにより,添加カリウムの苦味の影響を改善するという本件特許発明1の課題が解決できると認識できる記載があることから,乙1に示された結果は,発明の詳細な説明の記載を裏付けるものであって,原告主張のように発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足するものではない。よって,原告の主張は失当である。
b 乙3について
 乙3に示されたデータは,上記のとおり,本件特許発明1が特定する食塩の添加量の下限値(7質量%)付近の結果を補足するものである。
 本件明細書の発明の詳細な説明には,「本発明者は,食塩含有量を9質量%以下にしても塩味を感じさせる手段について検討してきた結果,食塩含有量を9質量%以下と低くし,かつカリウムを0.5~4.2質量%とした系で,特定の風味改良成分を含有させることにより,塩味がより強く感じられ,味の良好な液体調味料が得られることを見出した」(【0008】)と記載されているところ,カリウムが食塩の塩味を代替する成分であるという技術常識を参酌すれば,当業者は上記記載を理解するものと認められる。すなわち,発明の詳細な説明には,本件特許発明1が特定する食塩の添加量の下限値付近であっても,カリウム及び特定の風味改良成分であるコハク酸を配合することにより,本件特許発明1の課題が解決できると認識できる記載があることから,乙3に示された結果は,発明の詳細な説明の記載を裏付けるものであって(当業者が予測できるような効果を確認するものといえる。),原告主張のように発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足するものではない。よって,原告の主張は失当である。

2012年12月17日月曜日

結晶形態に特徴がある公知化合物の進歩性が争われた事例


知財高裁平成24年11月21日判決

平成24年(行ケ)第10098号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本件発明は,結晶形態を特定するためのX-線粉末回折パターン(本件発明1)や13C核磁気共鳴スペクトル(本件発明2)で特定される結晶性形態のアトルバスタチン水和物である。

 引用例では、結晶形態の結晶形態のアトルバスタチンが開示されているものの、本件発明のように結晶形態が特定されていない。

 進歩性が争われ、裁判所は進歩性なしと判断した。格別の効果が認められる場合や、結晶化を阻害するような特別な事情がある場合などを除いて、結晶化することが知られている公知化合物の新規結晶形態は進歩性が否定されることが多いように思われる。

 

2.裁判所の判断のポイント

「相違点に係る判断の誤りについて

・・・本件優先日当時,一般に,医薬化合物については,安定性,純度,扱いやすさ等の観点において結晶性の物質が優れていることから,非結晶性の物質を結晶化することについては強い動機付けがあり,結晶化条件を検討したり,結晶多形を調べることは,当業者がごく普通に行うことであるものと認められる。

 そして,前記(1)のとおり,引用例には,アトルバスタチンを結晶化したことが記載されているから,引用例に開示されたアトルバスタチンの結晶について,当業者が結晶化条件を検討したり,得られた結晶について分析することには,十分な動機付けを認めることができる。

 この点について,被告は,結晶を取得しようとする一般的な意味での動機付けは,具体的な結晶多形に係る発明に想到するための動機付けとは異なるのであって,およそ医薬において結晶の使用が好ましいことに基づいて動機付けを判断すると,結晶多形に係る特許は成立する余地はないと主張する。

 しかしながら,結晶を取得しようとする動機付けに基づいて結晶化条件を検討し,結晶多形を調査することにより,具体的な結晶多形に想到し得るものであるから,具体的な結晶多形を想定した動機付けまでもが常に必要となるものではない。

水を含む系による再結晶化の示唆について

・・・本件優先日前から,医薬化合物の結晶として水和物結晶が望まれており,非結晶の物質について,水を含む系から水和物として結晶させることを試みることは,当業者にとって通常なし得ることであったというべきである。

 したがって,引用例に開示されたアトルバスタチンの結晶について,水を含む溶媒を用いた水和物として結晶を得ることを試みることは,当業者がごく普通に行うことであるというべきである。

・・・

本件発明の効果について

() 濾過性及び乾燥性について

 化学物質の結晶,特に結晶多形の研究の重要性を指摘する文献(甲62。平成元年8月発行)には,一般に,単離,精製,乾燥及びバッチプロセスにおいて,結晶性製品は,取扱や製剤が最も容易であることが記載されている。

 したがって,一般に,結晶は,無定形と比較して,優れた濾過性及び乾燥性を有することは,本件優先日前から当業者に周知であったということができる。

 前記1(3)イのとおり,本件明細書には,結晶性形態のスラリー50mの濾過は10秒以内に完了したが,無定形のアトルバスタチンの場合,1時間以上が必要であった旨が記載されているところ,結晶スラリーの濾過性は,含まれる結晶の形態のみならず,大きさ(粒度)やその分布にも依存することは明らかであって,本件明細書の上記記載から,結晶性形態Iの濾過性及び乾燥性が,結晶として通常予測し得る範囲を超えるほど顕著なものであるとまで認めることはできない。

・・・

() 安定性について

 前記のとおり,結晶が無定形よりも安定性を有することは,当業者の技術常識であるということができる。本件明細書には,結晶性形態Iは,無定形の生成物よりも純粋で安定性を有する旨が記載されているが,当該記載の裏付けとして提出された各種データ(甲19,20)を考慮したとしても,なお結晶性形態Iの安定性が,通常の結晶から予測し得る範囲を超える顕著なものであるとまで認めることはできない。

訂正が新規事項追加に該当すると判断された事例

知財高裁平成24年11月14日判決
平成23年(行ケ)第10431号 審決取消請求事件

1.概要
 無効審判における訂正が新規事項追加に該当するか否かが争われた。審決は新規事項追加に該当しないと判断したが、知財高裁は新規事項追加に該当すると判断し審決を取り消した。
 問題となった訂正は実施例に開示された具体的な下位概念への減縮のように見えるため審決の判断は妥当であるようにも思われる。しかし裁判所は明細書中の一般的な記載は限定訂正後の構成が必須であることを意味しないことと、訂正後のクレームの構成と実施例とが機能上等価であるとはいえないことを理由に新規事項に該当すると判断した。

2.訂正の内容(下線部が訂正により追加された)
 表面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上と該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上とからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなることを特徴とする液晶用スペーサーであって,かつ,前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを含み,前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,メチルメタクリレートを含み,前記グラフト共重合体鎖の前記導入は,表面に前記グラフト共重合体鎖が導入されていない重合体粒子に,前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上と前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上をグラフト重合するものである,前記液晶用スペーサー

訂正事項1:「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」について,「前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを含み,」と訂正した

訂正事項2:「他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」について,さらに,「前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,メチルメタクリレートを含み,」と訂正した

3.明細書の開示
【0011】「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体としては,炭素数が6以上の長鎖アルキル基を有するものが好ましく,炭素数12以上の長鎖アルキル基を有するものが特に好ましい。このような長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体としては,例えば・・・・ステアリルアクリレート,ラウリルアクリレート,・・・等がある。・・・(【0011】)。」
【0007】「官能基を有する重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体としては,例えば・・・・メチルメタクリレート・・・等のビニルエーテル類・・・などがあるが,これらの例示された単量体に限定されるものではない。・・・(【0007】)。」
【0024】実施例10(重合体粒子表面に長鎖アルキル基を含むグラフト共重合体鎖の導入)実施例5及び6により製造した表面に重合性ビニル基を有する重合体粒子E,F,G,Hのそれぞれ10gに対し,メチルエチルケトン200g,メチルメタクリレート50g,N-ラウリルメタクリレート50g,ベンゾイルパーオキサイド0.5gを一括に仕込み,重合開始剤開裂温度まで昇温し,窒素気流下で2時間グラフト重合反応を行い,長鎖アルキル基を有するグラフト共重合体鎖を重合体粒子表面に導入したスペーサー試料E-1,F-1,G-1,H-1を得た。
0025】実施例11(重合体粒子表面に長鎖アルキル基を含むグラフト共重合体鎖の導入)実施例7及び8により製造された表面にアゾ基を有する重合体粒子I,Jのそれぞれ10gに対し,トルエン200g,メチルメタクリレート20g,2-ヒドロキシブチルメタクリレート20g,ステアリルメタクリレート60gを一括に仕込み,重合開始剤開裂温度まで昇温し,窒素気流下で3時間グラフト重合反応を行い,長鎖アルキル基を有するグラフト共重合体鎖を重合体粒子表面に導入したスペーサー試料I-1,J-1を得た。

4.審決の判断
「訂正事項1について
 訂正事項1は、訂正前の「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」について、ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを含むものに減縮する訂正であり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。
 この点について、請求人は、平成23年10月11日提出の弁駁書において、長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体にラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートが含まれることは明らかであるから、自明なことをいっているだけであり、この訂正によって訂正前の発明特定事項は何ら限定されておらず、特許請求の範囲を減縮することにならない旨の主張をしているが、訂正事項1は、上記のとおり、訂正前の「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」について、ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを含むものに限定する訂正であるから、特許請求の範囲を減縮するものであることは明らかであり、請求人の主張は採用できない。
 そして、訂正の根拠は、訂正前の段落【0011】に、ラウリルメククリレート、ステアリルメタクリレートを含む各種の長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体が例示、説明されていることに加えて、さらに具体的に、実施例10(段落【0024】)においてN-ラウリルメタクリレートが用いられ、また、実施例11(段落【0025】)においてステアリルメタクリレートが用いられていること等に基づくものと認められる。
訂正事項2について
 訂正事項2は、訂正前の「他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」について、メチルメタクリレートを含むものに減縮する訂正であり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。
 これについて、請求人は、上記訂正事項1についての主張と同様の特許請求の範囲を減縮するものでない旨の主張をしているが、訂正事項2は、訂正前の「他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」について、メチルメタクリレートを含むものに限定する訂正であるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであることは明らかであって、請求人の主張は採用できない。
 そして、訂正の根拠は、訂正前の段落【0011】に、「他の重合性ビニル単量体としては、重合体粒子の製造に使用される重合性ビニル単量体と同様なものが使用される。」と記載されるとともに、訂正前の段落【0007】に、重合性ビニル単量体としてメチルメタクリレートが挙げられ、さらに具体的には、実施例10、11及び13(段落【0024】、【0025】、段落【0027】)においてグラフト共重合体鎖に上記「他の重合性ビニル単量体」に該当するメチルメタクリレートが含まれていること等に基づくものと認められる。」

5.裁判所の判断
(2) 訂正事項1及び2について
 ・・・同法134条の2第5項が準用する同法126条3項は,「第1項の明細書,特許請求の範囲又は図面の訂正は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面・・・に記載した事項の範囲内においてしなければならない。」と規定しているところ,ここでいう「明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,訂正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。
イ 本件明細書の前記(1)()及び()の記載によれば,本件発明の「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」の具体例として,ラウリルメタクリレート及びステアリルメタクリレートが,「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」の具体例として,メチルメタクリレートが,多種類の化合物とともに羅列して列挙されていたということができる。
 また,本件明細書には,実施例1ないし13並びに比較例1及び2が記載されているところ,前記(1)()の記載によれば,実施例10として,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」であるラウリルメタクリレートと,「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」であるメチルメタクリレートとからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなる液晶用スペーサーが,前記(1)()の記載によれば,実施例11として,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」であるステアリルメタクリレートと,「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」であるメチルメタクリレート及び2-ヒドロキシブチルメタクリレートとからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなる液晶用スペーサーが,それぞれ開示されていたものというこ

審決において周知技術文献を新たに引用することが適法とされた事例


知財高裁平成24年11月21日判決

平成24年(行ケ)第10098号 審決取消請求事件

 

1.概要

 審決において新たな文献が引用されることが適法な場合と違法な場合がある。

 本事例では、審決で初めて引用された新たな文献に基づいて拒絶理由の通知をしなかったことが出願人の意見書提出及び補正の機会を奪う結果となるとはいえない、と判断され、審決は適法であるとされた。

 

2.裁判所の判断のポイント

「取消事由3(手続違背)について

(1) 特許法159条,50条について

 特許法159条2項が準用する同法50条は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合には,拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならない旨を規定する。その趣旨は,審判官が新たな事由により出願を拒絶すべき旨の判断をしようとするときは,出願人に対してその理由を通知することによって,意見書の提出及び補正の機会を与えることにあるから,拒絶査定不服審判手続において拒絶理由を通知しないことが手続上違法となるか否かは,手続の過程,拒絶の理由の内容等に照らして,拒絶理由の通知をしなかったことが出願人の上記の機会を奪う結果となるか否かの観点から判断すべきである。

(2) 本件における手続違背の有無

 原告は,本件審決が,相違点5について,審査段階の拒絶理由通知において周知例1及び2を引用しなかったにもかかわらず,審決において初めて引用発明に周知技術を適用して,当該相違点が当業者に容易に発明することができたと判断したことが違法であると主張する。

 しかしながら,上記周知技術を採用した場合に,表示モードの切替えの際に,注目しているデータアイテムが失われることがないという作用効果を奏することは,当業者に自明のことにすぎない。

 そうすると,本件審決において上記周知技術を示したとしても,新たな事由により出願を拒絶すべきと判断したことにはならず,そのことが当業者である出願人に対し不意打ちになるということはできないから,本件の拒絶査定不服審判手続において改めて拒絶理由を通知しなかったとしても,原告にとって意見書の提出や補正の機会が奪われたということはできない。