2012年10月22日月曜日

クレーム発明に100%合致する実施例の実験データが明細書中に開示されていない場合のサポート要件充足性が争われた事例


知財高裁平成24年10月11日判決

平成24年(行ケ)第10016号 審決取消請求事件


1.概要

 サポート要件欠如を理由とする拒絶審決に対する審決取消訴訟において当該拒絶審決の判断は誤りであると判断された事例である。

 請求項1記載の本願発明の方法は2成分(成分a)と成分b))が組み合わされた発泡剤を用いることを特徴している。明細書中には成分b)を使用した実験例は記載されていないが、成分b)に類似する化合物を使用した実験例は記載されている。

 被告(特許庁長官)は、本願発明は特定の発泡剤の組み合わせによる「意外な」、「特殊な」効果に関する発明であるから成分の選択が重要であることが前提であるとして、実験データのない本願発明は明細書に記載された発明とはいえないと主張した。

 裁判所は実験データのある化合物と成分b)とがともに低沸点であること、化学構造、理化学的性質が類似することなどを考慮して、本願発明は明細書に十分に裏付けられていると判断した。なお、原告(出願人)は成分b)を用いた実験データを意見書とともに提出し、このデータも考慮されるべき旨を主張し、被告は考慮されるべきでないと主張していたが、裁判所はこのデータに関係なくサポート要件は満たされると判断した。

 明細書に開示の実験データとクレームされた発明とが100%一致しない場合のサポート要件を考えるうえで参考になる判決といえる。


2.本願発明

「発泡剤による発泡によってポリウレタン硬質フォームを製造する方法において,発泡剤として,

a)5~50質量%未満の1,1,1,3,3-ペンタフルオルブタン(HFC-365mfc)および

b)50質量%超の1,1,1,3,3-ペンタフルオルプロパン(HFC-245fa)を含有するかまたは該a)およびb)から成る組成物を使用することを特徴とする,ポリウレタン硬質フォームを製造する方法。」


3.明細書の開示事項

 成分b)は出願時にはHFC-245faに限定されていたわけではなく、以下のように複数の物質が並列的に記載されており、HFC-245faはそのなかの一つであった。

「【0006】発泡剤を用いてポリウレタン硬質発泡材料および発泡された硬質熱可塑性プラスチックを製造するための本発明による方法には,発泡剤として,a)ペンタフルオルブタン,有利に1,1,1,3,3-ペンタフルオルブタン(HFC-365mfc)およびb)低沸点の脂肪族炭化水素,エーテルおよびハロゲン化エーテル;ジフルオルメタン(HFC-32);ジフルオルエタン,有利に1,1-ジフルオルエタン(HFC-152a);1,1,2,2-テトラフルオルエタン(HFC-134);1,1,1,2-テトラフルオルエタン(HFC-134a);ペンタフルオルプロパン,有利に1,1,1,3,3-ペンタフルオルプロパン(HFC-245fa);ヘキサフルオルプロパン,有利に1,1,2,3,3,3-ヘキサフルオルプロパン(HFC-236ea)または1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオルプロパン(HFC-236fa);ヘプタフルオルプロパン,有利に1,1,1,2,3,3,3-ヘプタフルオルプロパン(HFC-227ea)を含む群から選ばれた少なくとも1つの他の発泡剤を含有するかまたは該発泡剤から成る組成物を使用することが設けられている。」


 明細書中の実験例では成分b)としてHFC-245fa以外のものが用いられていた。


4.審決の理由および被告(特許庁長官)の主張

 審決では、本願発明は、成分a)とb)との特定を組み合わせを用いることを特徴とするにもかかわらず当業者が発明の詳細な説明に基づき当該組み合わせによって本願発明の課題を解決できると認識できるとは認められないから、本願発明は本願明細書の発明の詳細な説明に記載したものとは認められずサポート要件(特許法36条6項1号)を満足していない、と判断された。

 更に裁判段階では次のように主張した。

「本願明細書においては,発泡剤成分の組合せが新規な組合せである旨及び予測し得ない特殊な効果がある旨を述べているにもかかわらず,本願発明であるHFC-365mfcとHFC-245faとの組合せについては,その裏付けとなる実質的な実施例の記載がなく,HFC-365mfcと組み合せる対象として記載された多数の成分のうちからHFC-245faを特に選択することや,発泡剤組成物中のHFC-365mfc及びHFC-245faの各含有量を特定することについて,それらの関係を定性的に認識可能とする記載もされていない。」


5.裁判所の判断のポイント

 裁判所は以下の理由から審決は違法であると判断した。

「すなわち,本願明細書には,本願発明の課題は,選ばれた新規種類の好ましい発泡剤を用いてポリウレタン硬質発泡材料を製造するための方法を記載すること等であり,特定の発泡剤,すなわち,HFC-365mfcと一定の他の発泡剤との混合物を用いてポリウレタン硬質フォームを製造するための方法により製造されたポリウレタン硬質フォームは,約15度を下回る温度において,熱伝導率が低く,熱遮断能を有するという効果を有することが判明したこと,この方法で用いる発泡剤組成物は,成分a)HFC-365mfcと成分b)低沸点の脂肪族炭化水素等とを含むものであるが,有利な組合せの一つとして,本願発明で用いる発泡剤組成物である,成分a)HFC-365mfc及び成分b)HFC-245faの組合せがあることが記載されているといえる。また,本願明細書には,本願発明で用いる発泡剤組成物を用いてポリウレタン硬質フォームを製造したことを示す実施例は記載されていないものの,成分a)HFC-365mfcと組み合わせる成分b)として,HFC-152a(例1a),HFC-32(例1b),及びHFC-152aとCO2(例1c)を用いてポリウレタン硬質フォームを製造したことが,具体的に開示されているといえる。

 そうすると,本願発明で用いる発泡剤の成分b)であるHFC-245faは,上記のとおり,ひとまとまりの一定の発泡剤のひとつとして記載されている上,本願明細書の実施例で使用された成分b)であるHFC-152aやHFC-32と同様に低沸点であり,技術的観点からすると化学構造及び理化学的性質が類似するといえることも併せ考慮すると,実施例1a)~c)と同様にHFC-245faを使用することによりポリウレタン硬質フォームを製造する方法が開示されていると解するのが相当である。

 以上のとおり,本願発明の課題及び課題解決手段,並びに,その効果が,本願明細書の発明の詳細な説明に記載されたものと認めるべきである。

(2) これに対し,被告は,本願明細書の発明の詳細な説明には,本願発明であるHFC-365mfcとHFC-245faとの組合せについて,その裏付けとなる実施例の記載がなく,HFC-365mfcと組み合わせる対象として記載された多数の成分のうちからHFC-245faを特に選択することや,発泡剤組成物中のHFC-365mfc及びHFC-245faの各含有量を特定することについて,それらの関係を定性的に認識可能とする記載がない旨主張する。

 しかし,上記のとおり,本願発明の課題は,選ばれた新規種類の好ましい発泡剤を用いてポリウレタン硬質発泡材料を製造するための方法を記載すること等であって,上記(1) の説示に照らして,実施例1a)~c)と同様にHFC-245faを使用することによりポリウレタン硬質フォームを製造する方法が開示されていると解される。

 また,本願明細書に記載された発明は,発泡剤として成分a)HFC-365mfcを低沸点の脂肪族炭化水素等である成分b)と組み合わせて用いることを特徴とするポリウレタン硬質フォームを製造する方法で,そのような発泡剤を用いることにより,低温において熱伝導率が低く,熱遮断能を有するポリウレタン硬質フォームが得られるという効果を有することが判明したというものである。成分b)としては,低沸点の脂肪族炭化水素等である具体的化合物が多数列挙され,本願発明のHFC-245faは,ひとまとまりの一定の発泡剤の中で有利なものとして記載され,実施例においても,HFC-152aを用いた場合(例1a),HFC-32を用いた場合(例1b),及びHFC-152a及びCO2を用いた場合(例1c)が記載されており,それらを同等に扱うことができないとする事情は見いだせないから,HFC-245faを用いた実施例の記載がなくとも,これを成分b)として使用することができると解すべきである。そうすると,特許法36条6項1号の「サポート要件」の判断にあたっては,本願明細書において,成分b)としてHFC-245faを選択することの技術的意味や作用効果について,更なる記載を求めるべき理由はなく,また,成分b),特にHFC-245faが発泡剤として使用できると認識できない事情も見いだせないので,発泡の機構などに関して,更なる説明を求めるべき理由もない。したがって,被告の上記主張は失当である。」