2012年9月10日月曜日

明細書に実施可能に記載されていない発明を請求項に追加する訂正が新規事項追加に該当するかが争われた事例


平成24年8月30日判決言渡

平成23年(行ケ)第10279号 審決取消請求事件

 

1.概要

 無効審判において特許権者が行った訂正が新規事項追加に該当するとした審決の違法性が争われた。裁判所は、訂正は新規事項追加に該当するため、審決の判断は適法であると判断した。

 争われたのは、請求項1に追加された「並列の前記複数個の誘導発熱鋼管単体が,同一の押さえ金具に溶接されており,さらに,該押さえ金具が前記戸当板のコンクリート充填側に溶接されている」が新規事項か否かである。

 本事例で裁判所は、訂正後の発明が実施可能に記載されていなければ、訂正は明細書に基づくものとは言えず新規事項追加に該当する、という判断を下したようにも理解される。通常は、実施可能か否かの問題と、新規事項か否かは別の問題であるはずである。しかしながら、明細書に記載されている事項の本来の意図と離れて補正、訂正がされたが、文言上単純に新規事項だとは言えないような場合には、本件のような基準で新規事項追加と判断される場合もあるのだと理解しておくべきであろう。

 

2、訂正の内容

2.1.訂正前請求項1

「水門設備の凍結防止範囲の被加熱部材に,各々内部に軸方向に延在する絶縁電線差込み孔をもつ柱状の強磁性鋼材を有する複数個の誘導発熱鋼管単体を並べて固定する工程と,

 前記誘導発熱鋼管単体に形成された絶縁電線差込み孔に,絶縁電線を通す工程と,

 前記被加熱部材と前記誘導発熱鋼管単体との間に伝熱セメントを充填塗布する工程と,

 前記絶縁電線の両端に交流電流を接続する工程とを含む,誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法。」

 

2.2.訂正後請求項1

「水門設備の凍結防止範囲の被加熱部材である戸当板のコンクリート充填側に,各々内部に軸方向に延在する絶縁電線差込み孔をもつ柱状の強磁性鋼材を有する複数個の誘導発熱鋼管単体を並べて固定する工程と,

 前記誘導発熱鋼管単体に形成された絶縁電線差込み孔に,絶縁電線を通す工程と,

 前記戸当板のコンクリート充填側と前記誘導発熱鋼管単体との間に伝熱セメントを充填塗布する工程と,

 前記絶縁電線の両端に交流電流を接続する工程とを含み,並列の前記複数個の誘導発熱鋼管単体が,同一の押さえ金具に溶接されており,さらに,該押さえ金具が前記戸当板のコンクリート充填側に溶接されている,誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法」

 

3.裁判所の判断のポイント

「ア 原告は,訂正事項aによって,本件構成,すなわち「並列の前記複数個の誘導発熱鋼管単体が,同一の押さえ金具に溶接されており,さらに,該押さえ金具が前記戸当板のコンクリート充填側に溶接されている」という構成を付加したことは,願書に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面の範囲内においてしたものであると主張し,その根拠として,当初明細書(甲2)の段落【0012】及び【図18】の記載を挙げる。

 ・・・・・段落【0012】及び【図18】には,複数個の誘導表皮電流発熱管を押さえ金具に溶接し,該押さえ金具を戸当板に溶接することによってなる,複数個の誘導表皮電流発熱管の戸当板への取付方法が記載されているものということができる。

しかし,本件構成,すなわち,「並列の前記複数個の誘導発熱鋼管単体が,同一の押さえ金具に溶接されており,さらに,該押さえ金具が前記戸当板のコンクリート充填側に溶接されている」という構成を付加したことが,段落【0012】及び【図18】に記載された範囲内のものであるというためには,以下に述べるとおり,段落【0012】及び【図18】に,複数個の誘導表皮電流発熱管の戸当板への取付方法が記載されているだけでは足りず,「複数個の誘導発熱鋼管単体」の戸当板への取付方法が記載されていることが必要である。

 当初明細書の段落【0020】の「複数個の前記柱状の強磁性鋼材は,相互に電気的に絶縁されている。」との記載,段落【0029】の「複数個の前記柱状の強磁性鋼材は,相互に電気的に絶縁されている。」との記載によれば,「複数個の誘導発熱鋼管単体」には,相互に電気的に絶縁されている態様のものが含まれるのであるから,「複数個の誘導発熱鋼管単体」の戸当板への取付方法が記載されているといえるためには,鋼管どおしが電気的に接続されている態様のものの取付方法だけでなく,鋼管どおしが電気的に絶縁されている態様のものの取付方法も記載されているといえることが必要である。

 しかるに,【図18】は,従来の誘導表皮電流発熱管を水門鋼板製戸当板及び溝形成板に設置した断面拡大図であり(【0072】),また,明細書には【0012】以外に取付方法に関する記載がないところ,複数個の誘導発熱鋼管単体を,段落【0012】及び【図18】に記載された取付方法,すなわち,押さえ金具に溶接し,該押さえ金具を戸当板に溶接する方法によって取り付ければ,押さえ金具を用いて溶接により固定される複数個の誘導発熱鋼管単体を電気的に接続してしまうことになるため,電気的に絶縁されている複数個の誘導発熱鋼管単体の取付方法としてこのような取付方法を採用することができないことは,当業者にとって自明である。したがって,段落【0012】及び【図18】には,鋼管どおしが電気的に絶縁されている態様のものの取付方法が記載されているとは認められず,段落【0012】及び【図18】に記載された取付方法は,飽くまでも,従来技術として段落【0006】ないし【0010】に記載された鋼管どおしが電気的に接続された誘導表皮電流発熱管の取付方法として開示されたものとみるべきである。

 以上によれば,段落【0012】及び【図18】には,複数の誘導発熱鋼管単体が電気的に絶縁されているものに対して,上記「並列の複数個の誘導発熱鋼管単体が,同一の押さえ金具に溶接されており,さらに,該押さえ金具が前記戸当板のコンクリート充填側に溶接されている」という構成を付加したものが開示されているとは認められない。また,特許請求の範囲にも,そのようなものは記載されていない。

したがって,訂正事項aによって,本件構成,すなわち「並列の前記複数個の誘導発熱鋼管単体が,同一の押さえ金具に溶接されており,さらに,該押さえ金具が前記戸当板のコンクリート充填側に溶接されている」という構成を付加したことは,願書に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面の範囲内においてしたものであるとはいえない。

(2) 原告の主張について

原告は,本件訂正発明1には,構成要件上,複数の誘導発熱鋼管単体が電気的に絶縁された装置であることの限定がないにもかかわらず,審決が本件訂正発明1は複数の発熱鋼管単体が電気的に絶縁されている装置における取付方法を含むと解釈し,本件訂正発明1が段落【0012】及び【図18】に記載されていないと判断したことは誤りである旨主張する。

 なるほど,本件訂正発明1には,構成要件上,複数個の誘導発熱鋼管単体が電気的に絶縁された装置であるとの限定はないが,他方,構成要件上,複数個の誘導発熱鋼管単体が電気的に接続された装置であるとの限定もない。そして,前記のとおり,「複数個の誘導発熱鋼管単体」には,相互に電気的に絶縁されている態様のものが含まれているのであるから,審決は,本件訂正発明1に複数個の誘導発熱鋼管単体が相互に電気的に絶縁されている態様のものが含まれていることを前提として,そのような態様の「複数の誘導発熱鋼管単体」の取付方法が,実施可能な程度に段落【0012】及び【図18】に記載されているか否かを検討し,段落【0012】及び【図18】には,鋼管どおしが電気的に接続された複数個の誘導表皮電流発熱管の取付方法は開示されているが,相互に電気的に絶縁された複数個の誘導発熱鋼管単体の取付方法は開示されていないと判断したものであり,その判断に誤りはない。

原告は,審決の論理に従えば,複数の発熱鋼管単体が電気的に絶縁された装置における本件訂正発明1の実施態様を明細書に記載しなければならないことになるが,段落【0012】及び【図18】に記載された取付方法では,同一の押さえ金具に複数の鋼管単体を溶接するため,特別の工夫をしないと,発熱鋼管単体の電気的絶縁は保たれないから,特別の工夫(例えば,鋼管単体に耐熱性絶縁コーティングを施し,その上に保護鋼管を設け,保護鋼管と押さえ金具を溶接すること)をした装置を記載しなければならないことになるとして,審決の論理は,特許法36条の要求しない明細書の記載を要求するものであり理不尽である旨主張する。

 なるほど,審決の論理に従えば,複数個の発熱鋼管単体が電気的に絶縁された装置における本件訂正発明1の実施態様を明細書に記載しなければならないことになる。しかし,それは,「複数個の発熱鋼管単体」が,電気的に接続された態様のもののみならず,電気的に絶縁された態様のものを含むものであることからすれば,実施可能な取付方法の記載を要求することは当然のことといえる。原告の例示する上記の取付方法は,鋼管の固定には通常使用しない保護鋼管を使用するものであり,当初明細書の記載から自明なものとはいえないから,そのような特別の工夫をしないと鋼管単体間の電気的絶縁が保たれないというのであれば,そのような特別の工夫を要する取付方法を明細書に記載する必要があることは,より一層明らかである。」