2012年8月12日日曜日

審決取消訴訟において追加された周知技術の説明のための証拠は考慮できないと判断された事例


知財高裁平成24年8月9日判決
平成23年(行ケ)第10374号 審決取消請求事件

1.概要
 本事例では、発明の進歩性を否定し拒絶された審決が取消訴訟において取り消された。
 審決では、本願発明と主引用発明との相違点に係る特徴が周知技術であるとして、「常套手段2」と認定された。そしてこの「常套手段2」は甲4文献から容易に導くことができる設計事項であるとされた。
 しかしながら甲4文献では、争われた周知技術の特徴が十分に記載されているとはいえなかった。この点を補うために、審決取消訴訟の段階になって被告(特許庁長官)は乙2文献および乙3文献を証拠として提出した。
 裁判所は新たに追加された証拠を考慮して進歩性を判断することはできないとして審決を取り消した。
 なおこの事例では証拠が訴訟の段階で追加されたことが問題となっている。審決の段階で新たに周知技術説明のための証拠を追加することが手続要件違反か争われた事例ではない。

2、本願発明
 本願請求項1に記載された本願発明は以下の通り
「風力タービンを運転することにより電気ネットワークおよび前記電気ネットワークに接続される負荷へ電力を供給する方法であって,
  前記風力タービンは,ロータ(4)により駆動され交流電力を発生する発電機と,
  前記交流電力を整流して整流直流電力を出力する整流器(16)と,
  前記整流直流電力が供給され,前記整流直流電力を交流電力へ変換し,該変換された交流電力を前記電気ネットワークに供給するインバータ(18)と,
  前記インバータ(18)を制御するマイクロコントローラ(20)と,を有し,
  前記電気ネットワークにおける少なくとも一点において,電圧を測定し,電圧測値を求めるステップと,
  前記マイクロコントローラ(20)が前記電圧測値および所定のパラメータの値に基づいて,前記電気ネットワークへ供給される電力の電流と電圧との角度を表わす位相角φとして設定されるべき値(以下「目標位相角」という)を導出し,前記インバータ(18)を制御して位相角φを該目標位相角に設定するステップと,
  前記マイクロコントローラ(20)が前記インバータ(18)を制御するステップと,を有し,
  前記インバータ(18)を制御するステップは,さらに,
 前記電圧測値が下方参照電圧Uminと上方参照電圧Umaxとの間に含まれる場合は,前記位相角φの大きさが一定に保たれるよう前記インバータ(18)を制御するサブステップと,
  前記電圧測値が前記上方参照電圧Umaxを上回る場合には,前記電圧測値のさらなる増大に応じて前記位相角φが大きくなるように,又は,前記電圧測値が前記下方参照電圧Uminを下回る場合には,前記電圧測値の減少に応じて前記位相角φが小さくなるように,前記電圧測値が所定の参照電圧を示すようになるまで前記電気ネットワークへ誘導性または容量性の無効電力が供給されるよう,前記インバータ(18)を制御するサブステップと,を含むこと
  を特徴とする方法。」

3.主引用発明に記載されていない「相違点2」
 審決においては本願発明における以下の制御ステップが引用発明には開示されていない特徴であるとして「相違点2」と認定された
「マイクロコントローラが電圧測値および所定のパラメータの値に基づいて,インバータを制御するステップと,を有し,前記電圧測値の変動を制御するよう,インバータを制御する,方法において,本願発明では,マイクロコントローラが電圧測値および所定のパラメータの値に基づいて,「電気ネットワークへ供給される電力の電流と電圧との角度を表わす位相角φとして設定されるべき値(以下「目標位相角」という)を導出し,インバータを制御して位相角φを該目標位相角に設定するステップ」と,前記マイクロコントローラが前記インバータを制御するステップと,を有し,
 前記インバータを制御するステップは,さらに,「前記電圧測値が下方参照電圧Uminと上方参照電圧Umaxとの間に含まれる場合は,前記位相角φの大きさが一定に保たれるよう前記インバータを制御するサブステップと,前記電圧測値が前記上方参照電圧Umaxを上回る場合には,前記電圧測値のさらなる増大に応じて前記位相角φが大きくなるように,又は,前記電圧測値が前記下方参照電圧Uminを下回る場合には,前記電圧測値の減少に応じて前記位相角φが小さくなるように,前記電圧測値が所定の参照電圧を示すようになるまで前記電気ネットワークへ誘導性または容量性の無効電力が供給されるよう,前記インバータ(18)を制御するサブステップと,を含む」のに対して,引用発明では,そのような特定がされていない点。」

4.審決の判断
 審決では以下のように判断し、
「電圧測値が下方参照電圧Uminと上方参照電圧Umaxとの間に含まれる場合は,位相角φの大きさが一定に保たれるようインバータを制御するサブステップと,前記電圧測値が前記上方参照電圧Umaxを上回る場合には,前記電圧測値のさらなる増大に応じて前記位相角φが大きくなるように,又は,前記電圧測値が前記下方参照電圧Uminを下回る場合には,前記電圧測値の減少に応じて前記位相角φが小さくなるように,前記電圧測値が所定の参照電圧を示すようになるまで電気ネットワークへ誘導性または容量性の無効電力が供給されるよう,前記インバータ(18)を制御するサブステップと,を含む」構成は,電圧測値に応じた位相角φを出力する際に,電圧測値の所定範囲では位相角φを一定に保つようにすること,すなわち不感帯を設けることといえるが,電力系統の電圧制御や無効電力の制御を行う技術分野において不感帯を設けることは,常套手段である(以下,「常套手段2」という。例えば,当審の拒絶理由に示した特開平5-244719号公報の段落【0001】,【0007】,図4を参照のこと。)。
 したがって,上記したような引用発明との共通課題を有する上記周知技術を,引用発明に採用するにあたり,上記常套手段2を考慮することにより,位相角φの設定により無効電力を設定・制御する際に,位相角φに不感帯を設けるようにすることは,単なる設計的事項に過ぎない。」

5.裁判所の判断
「他方,審決が認定した常套手段2は,「電力系統の電圧制御や無効電力の制御を行う技術分野において不感帯を設ける」というものであり,その具体的な制御方法等は,何ら開示がない。また,甲4文献に記載されている不感帯域は,系統母線電圧と無効電力について,目標値V0 ・Q0 の周囲に予め決められた不感帯域を設定し,負荷時タップ切換変圧器LR,電力用コンデンサCs,あるいは分路リアクトルSRの制御を行うことにより,系統母線電圧と無効電力を上記不感帯域に収めるものである(段落【0007】【0009】)。したがって,甲4文献記載の事項がいかに技術常識であったとしても,当業者が,甲4文献記載の事項を適用することにより,本願発明における引用発明との相違点2に係る構成・・・・に,容易に想到すると解することはできない。
 この点につき,被告は,本訴において新たに,特開平3-122705号公報(乙2)及び特開平10-191570号公報(乙3)を提出する。・・・
 しかし,上記の不感帯における制御に関する審理,判断が一切されていない,審判手続の審理経緯に照らすならば,本訴訟に至って,上記証拠(乙2,乙3)を考慮に入れた上で,相違点2に係る構成の容易想到性の有無の判断をすることは,相当とはいえない。」