2012年7月17日火曜日

請求項の用語の意義が、明細書を参酌して解釈された事例


知財高裁平成24年4月26日判決
平成23年(行ケ)第10336号 審決取消請求事件

1.概要
 拒絶審決において、本願発明にける「多重スイッチルータ」という特徴が、引用例2に開示された構成と同一であると認定され、この認定を前提として本願発明の進歩性が否定された。
 審決取消訴訟では、本願発明における「多重スイッチルータ」の意味を明細書の開示を参酌して解釈した。そして、この解釈を前提として、本願発明における「多重スイッチルータ」は引用例2に開示されておらず、審決は取り消されるべきであると判断した。

2.本願発明
「【請求項1】同じ構造のもの同士が複数隣接して結合し集合型コンピュータを構成するための結合型コンピュータであり,多面形状の複数のケーシング毎に,CPUやメモリIC及び入出力インターフェースなどのコンピュータ構成要素を内蔵し,該各多面形状のケーシングの各面ごとにそれぞれコードレス型の入出力用信号伝達素子を配設し,該各多面形状のケーシング毎に信号選択及びバイパス機能を有する多重スイッチルータを内蔵し,前記ケーシングの各面ごとに設けられた前記入出力用信号伝達素子を該ケーシング内の前記入出力インターフェースに接続し,前記ケーシングの各面に設けられた入出力用信号伝達素子と,これに隣接する他のケーシングの各面に設けられた入出力用信号伝達素子を通じて他のコンピュータの入出力用信号伝達素子との間で双方向のデータ伝送を行うことができるようにし,前記ケーシングの各面に設けられた複数の入出力用信号伝達素子を前記多重スイッチルータを介して該ケーシング内の前記入出力インターフェースに接続し,前記入出力用信号伝達素子による他のコンピュータからの信号の取り込み,吐き出しを信号選択及びバイパス機能を有する前記多重スイッチルータを通じて行うようにし,前記多重スイッチルータにより前記ケーシングの各面に配設されたコードレス型の複数の入出力用信号伝達素子間にバイパスを形成できるようにしたことを特徴とする結合型コンピュータ。」

3.審決のポイント
 本願発明と引用例1に開示された引用発明との相違点2は、本願発明は,「該各多面形状のケーシング毎に信号選択及びバイパス機能を有する多重スイッチルータを内蔵し」との特定を有するのに対し,引用発明は,そのような特定を有しない(そもそも,多重スイッチルータを有しない)点と認定された。
 審決では、上記相違点2に係る本願発明の「多重スイッチルータ」は、引用例2に開示された発明における「ルータ部」に対応すると認定した。

4.原告(出願人)が主張する取消理由1
「審決には,引用例2記載の発明のルータ部が本願発明の多重スイッチルータに相当するとの認定,判断をした誤りがある。
 すなわち,本願発明の多重スイッチルータにおける「多重」とは,本願明細書の段落【0015】によれば,周波数,時間,符号を使って,データ伝送路の選択を行う信号多重化機能のことをいう。本願発明においては,多重スイッチルータにより入出力ポート間に形成されるバイパスは必然的に双方向にデータ伝送路が形成されることになるから,片方向のみしかデータの伝送ができないものは,入出力ポート間にバイパスが形成されたとはいえない。これに対し,引用例2記載の発明のルータ部は,片方向のみしか伝送路が形成されず,このような状態は,入出力ポート間にバイパスが形成されたとはいえない。
 また,本願発明において,入出力用信号伝達素子は,多面形状のケーシングの各面に配設され,多重スイッチルータに接続しているから,多重スイッチルータは,少なくとも入出力ポート用に4入力4出力(六面体では6入力6出力)の構成を有しているのに対し,引用例2は,2入力2出力あるいは3入力3出力にすぎない。
 したがって,引用例2記載の発明のルータ部は,本願発明の多重スイッチルータに相当するとはいえない。」

5.裁判所の判断のポイント
「「多重スイッチルータ」に関する認定,判断の誤りについて
まず,本願発明に係る「多重スイッチルータ」の意義について検討する。本願発明に係る特許請求の範囲(請求項1)には,多重スイッチルータに関して,①「前記ケーシングの各面に設けられた複数の入出力用信号伝達素子を・・・該ケーシング内の前記入出力インターフェースに接続し,」,②「前記入出力用信号伝達素子による他のコンピュータからの信号の取り込み,吐き出しを信号選択及びバイパス機能を有する」,③「前記ケーシングの各面に配設されたコードレス型の複数の入出力用信号伝達素子間にバイパスを形成できるように(する)」ことが記載されているが,多重スイッチルータの意義は,必ずしも一義的に明確ではない部分がある。そこで,本願明細書の記載を併せて参照することとする。
 本願明細書の上記記載によれば,本願発明は,多数のコンピュータをクラスタ接続して集合型超コンピュータを構成するに当たり,コードにより各コンピュータ間を接続するとコンピュータの集合体積が大きくなること,膨大な量のコードを収納するスペースが必要となること,各コンピュータの結合作業が煩雑となることなどの問題があったことから,これらの問題を解決するべく,集合型コンピュータを構成する各コンピュータの入出力インターフェース等のコンピュータ構成要素を多面形状のケーシングに内蔵し,入出力インターフェースに結合されたコードレス型の信号伝達素子をケーシングの各面に配設し,さらに,他のコンピュータからの信号の取り込み及び吐き出しを「信号選択」及び「バイパス機能」を有する多重スイッチルータを通じて行うようにしたものであることが認められる。
 そして,本願明細書の段落【0007】,【0014】,【0015】,【0016】によれば,①上記「信号選択」機能とは,他のコンピュータからのデータのうち自コンピュータが取り込むべきデータを選択的に取り込むために信号を選択する機能と,形成されたバイパスを含む信号伝送経路を選択するために信号を選択する機能とを総称したものであり,②上記「バイパス機能」とは,入出力用端子間に,入出力インターフェースに取り込まれることなくデータを伝送するためのバイパスを形成するものと認められる。さらに,本願明細書の段落【0015】によれば,「周波数,時間,符号を使ってデータ伝送経路の選択を行う」ことの例示として,各ポートに設定された周波数帯域に応じて互いに分離できるようにされた複数の信号が伝送される例が示されており,これらの記載は,いずれも「多重スイッチルータ」が周波数等を用いた弁別により互いに分離できる状態で複数の信号を伝送することを前提としたものと解される。
 そうすると,本願発明における「多重スイッチルータ」は,①データの導通と遮断を行う開閉ゲートとして作動し,ポートごとの周波数帯域を所定の値に設定することによってポートを閉じてデータの取り込みや吐き出しを阻止し,②各コンピュータが周波数,時間,符号を使ってデータの伝送経路を選択する際,特別の信号伝送経路制御装置を用意することなく,ポート間にバイパスを形成し,③バイパスが形成された場合には,当該コンピュータの入出力インターフェースに取り込まずにポートからポートへとデータを伝送する機能を有するものであること,また「多重」とは,互いに分離できるように複数の信号を物理的に1つの伝送路により伝送することを意味するものといえる。
 以上によれば,本願発明に係る「多重スイッチルータ」とは,データの導通や遮断を行うスイッチとして作動し,かつ,互いに分離できる状態で複数の信号が伝送されるルータを意味するものであって,互いに分離できる状態で複数の信号が伝送されないルータはこれに含まれないものと解される。
一方,引用例2には,以下の事項が記載されている。・・・・
・・・・・
 したがって,引用例2には,スイッチ機構を用いたルータの開示はあるものの,互いに分離できる状態で複数の信号が伝送され得るような「多重スイッチルータ」についての開示はない。
 以上のとおり,本願発明の多重スイッチルータは,互いに分離できる状態で複数の信号が伝送されているものであるのに対し,引用例2記載の発明のルータ部は,互いに分離できる状態で複数の信号が伝送され得るようなものではないから,これらが互いに相当する構成であるとした審決の認定,判断には誤りがある。
これに対し,被告は,①本願発明の多重スイッチルータにおける「多重」とは,ルータが当然に有する,データ伝送路の選択を行うための前提となる信号多重化機能を指すにすぎない,②本願発明に係る特許請求の範囲には,多重スイッチルータにつき,周波数,時間,符号を使う点についての記載はなく,本願明細書の記載を参酌しても,周波数,時間,符号を使うものに限定して解釈すべき理由はないなどと主張する。
 しかし,本願発明に係る「多重スイッチルータ」が,データの導通や遮断を行うスイッチとして作動し,かつ,互いに分離できる状態で複数の信号が伝送されるルータを意味するものであって,互いに分離できる状態で複数の信号が伝送されないルータはこれに含まれないことについては,前記のとおりであり,被告のこの点の主張は,採用の限りでない。」