2012年6月24日日曜日

引用発明に周知技術の構成を組み合わせることが容易ではないと判断された事例


知財高裁平成24年6月6日判決
平成23年(行ケ)第10284号 審決取消請求事件

1.概要
 本件では、本件発明が進歩性なしと判断した無効審判審決が審決取消訴訟において取り消された。
 本件発明1と主たる引用発明との相違点(攪拌方式)は、甲第2号証および甲第3号証に開示された「周知技術」である。
 審決では、引用発明の攪拌方式に替えて周知の攪拌方式を採用することにより本件発明1に至ることは当業者にとり容易であると判断した。
 裁判所は、相違点に係る本件発明1の攪拌方式が周知であることは認めた。しかしながら、引用発明1に、甲第2号証および甲第3号証の開示事項を組み合わせることが容易であるか否かを具体的に検討した結果、組み合わせることが容易ではない、と判断した。
 審決では、引用発明1に、甲第2号証および甲第3号証の開示事項を組み合わせることがなぜ容易であるのかの具体的な検証は行われておらず、単に「周知技術だから組み合わせは容易である」と判断している。このような安易な判断が違法とされた。
 同様の判断は知財高裁平成24年1月31日判決平成23年(行ケ)第10121号 審決取消請求事件(本ブログ2012年2月12日記事参照)等にも見られる。こちらの事例では、副引用発明が「周知技術」であるからといって特許庁側の立証負担が軽減されるわけではないと判示されており興味深い。

2.本件発明1、引用発明、一致点と相違点
請求項1の発明(本件発明1)
「有機質廃物を経時的に投入堆積発酵処理する長尺広幅の面域の長さ方向の1側に長尺壁を設け,その他側は長尺壁のない長尺開放側面として成る大容積のオープン式発酵槽を構成すると共に,該長尺壁の上端面にレールを敷設し,該レールを回転走行する車輪と該長尺開放側面側の床面上を該長尺開放側面に沿い回転走行する車輪とを配設されて具備すると共に該オープン式発酵槽の長尺広幅の面域の幅方向に延びる回転軸の全長に亘り且つその周面に多数本のパドルを配設して成り,且つ堆積物を往復動撹拌する正,逆回転自在のロータリー式撹拌機を具備した台車を該オープン式発酵槽の長さ方向に往復動走行自在に設けると共に該オープン式発酵槽に対し,該長尺開放側面を介してその長さ方向の所望の個所から被処理物の投入堆積と発酵済みの堆肥の取り出しを行うようにしたことを特徴とするオープン式発酵処理装置。」

主引用刊行物に記載された発明(引用発明)
「有機性廃棄物を,発酵槽内に供給堆積して切返し撹拌することで,一定期間貯蔵して発酵させて堆肥化する発酵槽であって,
 発酵槽は二つの側壁と一つの端壁により三方を囲まれており,該発酵槽を挟んで端壁側とその向かい側に平行に走行レールがあって端壁側の走行レールは端壁上に敷設されており,
 走行レール間には,回転パドルを垂下する撹拌機を横行可能に備えた走行梁が,走行レールに沿って回転走行する車輪が設けられて走行可能にわたされており,
 発酵槽のブロック毎に有機質廃棄物の供給と堆肥の取り出しを自由におこない,滞留日数を独立に設定するようにした発酵槽。」

引用発明と本件発明1の一致点
「有機質廃物を経時的に投入堆積発酵処理する長尺広幅の面域の長さ方向の1側に長尺壁を設け,その他側は長尺壁のない長尺開放側面として成る大容積のオープン式発酵槽を構成すると共に,該長尺壁の上端面にレールを敷設し,該レール上を回転走行する車輪と該長尺開放側面側の床面上を該長尺開放側面に沿い回転走行する車輪とを配設されて具備する撹拌機を具備し,該オープン式発酵槽に対し,該長尺開放側面を介してその長さ方向の所望の個所から被処理物の投入堆積と発酵済みの堆肥の取り出しを行うようにしたことを特徴とするオープン式発酵処理装置。」

引用発明と本件発明1の相違点
 本件発明1の撹拌機が「オープン式発酵槽の長尺広幅の面域の幅方向に延びる回転軸の全長に亘り且つその周面に多数本のパドルを配設して成り,且つ堆積物を往復動撹拌する正,逆回転自在のロータリー式撹拌機を具備した台車を該オープン式発酵槽の長さ方向に往復動走行自在に設ける」ものであるのに対し,引用発明における撹拌機は,そのような特徴を有さない点。

3.審決における、引用発明と本件発明1の相違点に係る構成の容易想到性に係る判断
家畜糞等の有機質廃物の発酵処理装置であって,発酵槽の幅方向に伸びて正逆回転可能な回転軸の全長にわたって多数本のパドルを有する攪拌機を,台車により発酵槽の長手方向に往復走行可能なようにした撹拌装置は,本件発明1の出願前に周知のものである。
・・・
したがって,引用発明において採用する撹拌方式に替え,上記周知の撹拌方式を採用することで本件発明1における発明特定事項に想到することは,当業者であれば容易になしうるところである。

4.裁判所の判断のポイント
「したがって,本件出願当時,発酵槽の長尺方向の側壁ないし縁部にレールや溝を設けたり,あるいはレール等を設けずに単に走行路を設定して,発酵槽の上方を跨ぐような構造を有する台車がこの走行路を車輪で往復走行できるようにし,かつこの台車に,回転軸に撹拌のためのパドル等が取り付けられており,正回転,逆回転による回転動作(撹拌動作)が自在な撹拌機を搭載する程度までのことは,当業者の周知技術にすぎなかったということができる。そして,甲第2,第3号証に記載されたかかる周知技術と引用発明はその技術分野が共通であり,甲第2,第3号証に記載された発酵槽(処理槽,堆積槽)が,引用発明の発酵槽と同様に,内部を隔壁で物理的に区切らない単一槽であることまでは是認できる。
 しかしながら,甲第2号証には・・・台車を所望の位置に動かして,所望の範囲(領域)で撹拌動作を指定した頻度(回数)で行うことで,領域ごとに被処理物の滞留日数及び撹拌頻度を管理することは記載されていない。また,甲第3号証にも・・・台車を所望の位置に動かして,所望の範囲(領域)で撹拌動作を指定した頻度(回数)で行うことで,領域ごとに被処理物の滞留日数及び撹拌頻度を管理することは記載されていない。
 他方,前記のとおり,引用発明が解決しようとする課題は,発酵槽内を複数の領域に概念的,論理的に区切り,領域ごとに被処理物の滞留日数及び撹拌頻度を管理する点にあり(甲1の2頁左下欄10~16行),引用発明の撹拌機も,下記第1図のとおり,発酵槽(1)内からいったん移動通路(15)上に移動させた後,移動通路上を発酵槽の長尺方向に沿って他の領域の前(開口部側)まで移動させ,再度発酵槽内に移動させることによって,上記の領域ごとの被処理物の撹拌頻度の管理を可能にするものである。
 したがって,引用発明においては,撹拌機の構成と移動通路とは機能的に結び付いているものである。
 そうすると,引用発明の発酵処理装置の構成から移動通路(15)を省略し,かつ奥行き方向に往復して撹拌する撹拌機の構成を長尺方向にのみ往復移動しながら撹拌動作する甲第2,第3号証から認められる周知技術に係る撹拌機の構成に改め,同時に概念的,論理的に複数に区切られた発酵槽内の領域を,発酵槽開口部の所望の個所から被処理物の投入・堆積・取出しを行うことができるようにするべく,領域ごとに被処理物の滞留日数及び撹拌頻度を管理することができるようにすることは,甲第2,第3号証に表れる構成が当業者に周知のものであるとしても,本件出願当時,当業者において容易ではあったと認めることはできない。したがって,これと異なる「引用発明において採用する撹拌方式に替え,上記周知の撹拌方式を採用することで本件発明1における発明特定事項に想到することは,当業者であれば容易になしうるところである。」との審決の判断は誤りである。」