2012年5月28日月曜日

複数の薬剤の併用医薬の新規性について争われた事例

知財高裁平成23年4月11日判決
平成23年(行ケ)第10148号 審決取消請求事件

1.概要
 本件発明1は複数の薬剤を組み合わせたことを特徴とする、用途が限定された医薬に冠する。
「(1)ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,(2)アカルボース,ボグリボースおよびミグリトールから選ばれるα-グルコシダーゼ阻害剤とを組み合わせてなる糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬」

 本件発明1等の新規性が争われた。
 引用文献である引用例3には、本件発明1の有効成分を併用した場合の相乗的効果までは確認されていないものの、図面等や技術常識から、少なくとも相加的効果を期待して両者を併用することが記載されていると裁判所は認定した(審決では併用することが記載されていないという前提で新規性を判断し、特許は有効と判断していた)。
 裁判所はさらに、本件明細書に開示されている実験結果等が本件発明1の薬剤の組み合わせの相乗的効果を立証するものではないことから、本件発明1は引用例3に対して格別顕著な効果を有することも認められず、本件の効果を考慮して新規性を肯定することもできないと判断した。相乗的効果を証明するために被告が提出した追加の実験成績証明書は、参酌すべき基礎が明細書に見出せないことを理由に参酌されなかった。

 本件において、仮に明細書中の実験データが相乗的効果を証明するに十分なものと裁判所が認めた場合には、相加的効果以上の効果を示唆しない引用例3だけでは本件発明1の新規性は否定されなかったと考えられる。「格別顕著な効果」は一般的には進歩性判断の際に考慮される事項であるが、本件発明1のように選択発明に類似した発明の場合は新規性の判断においても考慮される。この考えは、選択発明の新規性について争われた昭和62年9月8日判決東京高等裁判所昭和60年(行ケ)第51号(本ブログ2010年8月20日記事にて紹介)において明示的に表されている。

2.裁判所の判断のポイント
「(2) 引用例3の図3に記載の発明及び本件各発明の作用効果について
・・・・本件優先権主張日当時の当業者は,これらの作用機序が異なる糖尿病治療薬の併用投与により,いわゆる相乗的効果の発生を予測することはできないものの,少なくともいわゆる相加的効果が得られるであろうことまでは当然に想定するものと認めることができる。
 よって,当業者は,ピオグリタゾン又はその薬理学的に許容し得る塩とアカルボース,ボグリボース及びミグリトールから選ばれるα-グルコシダーゼ阻害剤との作用機序が異なる以上,両者の併用という引用例3の図3に記載の構成を有する発明の作用効果として,両者のいわゆる相加的効果が得られるであろうことを想定するものといわなければならない。
イ 他方,本件各発明は,いずれもピオグリタゾン又はその薬理学的に許容し得る塩とアカルボース,ボグリボース及びミグリトールから選ばれるα-グルコシダーゼ阻害剤とを組み合わせた糖尿病又は糖尿病性合併症に対する予防・治療薬であるところ,本件明細書には,前記1(1)クに記載のとおり,塩酸ピオグリタゾンとボグリボースとの併用投与の実験についての記載がある。そして,その結果をみると,対照群(薬物投与なし)のラットから14日後に得られた血漿グルコース濃度は,345±29mg/dl であり,ヘモグロビンA1は,5.7±0.4%であるのに対し,塩酸ピオグリタゾン及びボグリボース併用投与群のラットでは,結晶グルコース濃度は,114±23mg/dl であり,ヘモグロビンA1は,4.5±0.4%であるから,併用投与群において投与後に血漿グルコース濃度及びヘモグロビンA1が相当程度減少したことが一応示されているということができる。
 もっとも,上記実験においては,併用投与群のラットは,いずれも各単独投与群が投与された塩酸ピオグリタゾン及びボグリボースの各用量をそのまま併用投与されているため,結果として最も大量の糖尿病治療薬を摂取していることになるばかりか,ラットからの血液採取が各薬剤の14日目の最後の投与から何分後にされたのかが不明であるから,上記実験結果の数値の評価は,相当慎重に行わなければならない。
 そうすると,以上の数値にもかかわらず,前記アに認定のとおり,当業者は,本件優先権主張日当時の技術常識に基づき,作用機序の異なるピオグリタゾン又はその薬理学的に許容し得る塩とアカルボース,ボグリボース及びミグリトールから選ばれるα-グルコシダーゼ阻害剤との併用投与により,両者のいわゆる相加的効果が得られるであろうことを想定するものと認められるのであって,本件明細書に記載の塩酸ピオグリタゾンとα-グルコシダーゼ阻害剤であるボグリボースとの併用投与の実験結果は,両者の薬剤の併用投与に関して当業者が想定するであろういわゆる相加的効果の発現を裏付けているとはいえるものの,それ以上に,両者の薬剤の併用投与に関して当業者の予測を超える格別顕著な作用効果(いわゆる相乗的効果)を立証するには足りないものというほかない。
ウ 以上によれば,引用例3の図3に記載の発明及び本件各発明の血糖値の降下に関する各作用効果は,いずれもピオグリタゾン又はその薬理学に許容し得る塩とアカルボース,ボグリボース及びミグリトールから選ばれるα-グルコシダーゼ阻害剤とを併用投与した場合に想定されるいわゆる相加的効果である点で共通するものと認められる。」

「(3) 本件発明1等の新規性について
 以上のとおり,引用例3の図3には,「ピオグリタゾン又はその薬理学的に許容し得る塩と,アカルボース,ボグリボース及びミグリトールから選ばれるα-グルコシダーゼ阻害剤とを組み合わせてなる糖尿病又は糖尿病性合併症の予防・治療薬」という構成の発明が記載されているものと認められ,当業者は,本件優先権主張日当時の技術常識に基づき,当該発明について,両者の薬剤の併用投与によるいわゆる相加的効果を有するものと認識する結果,ピオグリタゾン等の単独投与に比べて血糖低下作用が増強され,あるいは少量を使用することを特徴とするものであることも,当然に認識したものと認められるほか,下痢を含む消化器症状という副作用の軽減という作用効果を有することも認識できたものと認められる。
 したがって,引用例3の図3には,本件発明1等の構成がいずれも記載されており,本件優先権主張日当時の技術常識を参酌すると,その作用効果又は作用効果に関わる構成もいずれも記載されているに等しいというべきであって,これらの発明は,いずれも特許出願前に頒布された刊行物に記載された発明(特許法29条1項3号)であるというほかない。」

「(4) 被告の主張について
ア 被告は,本件優先権主張日当時,糖尿病の薬物治療においては,異なる作用機序の薬剤を併用して用いれば例外なく,相加的又は相乗的な効果が必ずもたらされるとは認識されていなかったところ,引用例3には,その執筆者の陳述書(乙24)からも明らかなとおり,将来のあり方(期待や可能性)が記載されているにとどまり,乙17(甲22)の記載からも明らかなとおりインスリン感受性増強剤と他の血糖降下剤との併用が技術的思想として確立していたとはいえないから,特許性を論じる場合に必要とされる「併用効果」の記載がない一方で,本件明細書には,ピオグリタゾンとα-グルコシダーゼ阻害剤であるボグリボースとの併用投与が単独投与よりも優れているという当該「併用効果」の記載があるし,乙20ないし23はこれを裏付けるものである旨を主張する。
イ しかしながら,前記(1)ウに認定のとおり,作用機序が異なる薬剤を併用する場合,通常は,薬剤同士が拮抗するとは考えにくいから,併用する薬剤がそれぞれの機序によって作用し,それぞれの効果が個々に発揮されると考えられる。そのため,併用投与によりいわゆる相乗的効果が発生するか否かについての予測は困難であるといえるものの,前記(2)アに認定のとおり,引用例1ないし4及び乙17(甲22)の記載によれば,本件優先権主張日当時の当業者は,これらの作用機序が異なる糖尿病治療薬の併用投与により,少なくともいわゆる相加的効果が得られるであろうことまでは当然に想定するものと認められる。したがって,被告の前記主張は,その前提に誤りがある。
 また,引用例3の作成者は,引用例3について,作用機序が異なる薬剤の併用の可能性を概説したものにすぎない旨の陳述書(乙29)を提出しているが,作成者の意図はともかくとして,前記(1)エ及び(2)アに認定のとおり,引用例3の図3に接した当業者は,本件優先権主張日当時の技術常識に基づき,当該図3にいう前記「併用」との文言がNIDDM患者に対するピオグリタゾンとα-グルコシダーゼ阻害剤との併用投与という構成を示すものであって,これらの薬剤がそれぞれ有する別個の作用機序によりいわゆる相加的効果としての血糖値の降下という作用効果が発現することなどを認識したものと認められる。したがって,前記(3)に認定のとおり,引用例3の図3には,本件発明1等の構成がいずれも記載されており,本件優先権主張日当時の技術常識を参酌すると,その作用効果又は作用効果に関わる構成もいずれも記載されているに等しいというべきである。
 また,前記1(3)オに記載の乙17(甲22)の試験結果は,インスリン感受性増強剤であるトログリタゾンをSU剤又はビグアナイド剤と併用投与した場合,SU剤又はビグアナイド剤の単独投与よりも血糖調節に改善がみられることを明らかにしているというべきであって,併用投与によるいわゆる相乗的効果を立証するものではないものの,インスリン感受性増強剤とそれとは異なる作用機序を有する血糖降下剤との併用投与について否定的な評価をもたらすものではない。
 さらに,前記(2)イに認定のとおり,本件明細書は,塩酸ピオグリタゾンとα-グルコシダーゼ阻害剤であるボグリボースとの併用投与による作用効果についても,当業者が想定するであろういわゆる相加的効果を明らかにする余地があるにとどまり,当業者の予測を超える顕著な作用効果(いわゆる相乗的効果)や,あるいは原告の主張に係る「併用効果」なるものを立証するに足りるものではない。したがって,本件明細書には,本件各発明の作用効果の顕著性を判断するに当たり,被告が援用する乙20ないし23(被告所属の技術者が作成した実験成績証明書等)の記載を参酌すべき基礎がないというほかない。」