2012年4月15日日曜日

新規性喪失例外適用における「予稿集」と「学会発表」との関係

1.概要
 平成23年改正特許法では特許法30条の新規性喪失の例外規定が大きく改正され、「特許を受ける権利を有する者の行為に起因して」新規性を喪失するに至った発明は所定の条件を満たす限り例外的に新規性を喪失していないものとみなされることとなった。
 この改正は一般的には出願人にとり有利な方向の改正であると考えられる。
 しかしながら、法改正に伴い特許庁が新たに作成し公表した「平成23年改正法対応 発明の新規性喪失の例外規定の適用を受けるための出願人の手引き」及び「平成23年改正法対応 発明の新規性喪失の例外規定についてのQ&A集」では、法改正の本筋とは直接関係がない重要な論点についてさりげなく方向転換がされているので注意を要する。
 具体的には、事前に発行される予稿集での公表と、後日の学会での発表との2回にわたり発明が公開された場合、従来は、両発明が「密接不可分」の関係にあるため原則として予稿集のみついて新規性喪失例外規定の適用を受ければよく、後日の学会発表への規定の適用は「原則省略可能」であると説明されていたのに対して、現在は「原則省略不可」と説明されている。
 新規性喪失例外規定の適用を受ける出願の多くが、予稿集が先に公表され、学会発表が後日されるパターンであり、従来は、学会発表の適用は省略されることが多かったように思われる。もちろん、予稿集に開示された発明と学会発表された発明とが同一であるといえる場合には改正法のもとにおいても予稿集のみの例外規定適用で十分なようであるが、予稿集は発明の要点のみを開示し学会発表では詳細に発明を公表することが一般的であるので、発明が同一であるか否かの判断は難しい。学会発表についても規定の適用を受けることが無難であることは間違いない。


2.新制度のもとでの基本原則
2.1.平成23年9月に公表された「平成23年改正法対応 発明の新規性喪失の例外規定の適用を受けるための出願人の手引き」
 4.公開された発明が複数存在する場合
 権利者が発明を複数の異なる雑誌に掲載した場合など、権利者の行為に起因して公開された発明が複数存在する場合において第 2 項の規定の適用を受けようとするときは、それぞれの公開された発明について第 2 項の規定の適用を受けるための手続([2.]の(a)~(c)、以下「手続」といいます。)をする必要があります。
 ただし、上記複数存在する発明のうち、手続を行った発明の公開以降に公開された発明であって、以下の 1.又は 2.の条件を満たすものについては、「証明する書面」の提出を省略することができます。
【条件】
1.手続を行った発明と同一であるか又は同一とみなすことができ、かつ、手続を行った発明の公開行為と密接に関連する公開行為によって公開された発明
2.手続を行った発明と同一であるか又は同一とみなすことができ、かつ、権利者又は権利者が公開を依頼した者のいずれでもない者によって公開された発明

 例えば、権利者の行為に起因して公開された発明同士が、以下のような関係にあるときには、先に公開された発明について手続を行っていれば、その発明の公開以降に公開された発明については、「証明する書面」の提出を省略することができます。
・・・・(略)・・・・
・ 学会発表によって公開された発明と、その後の、学会発表内容の概略を記載した講演要旨集の発行によって公開された発明1・・・・(略)・・・・
(第13ページ脚注)
1学会発表内容の概略を記載した講演要旨集の発行によって公開された発明と、その後の、学会発表によって公開された発明という関係の場合には、講演要旨集の発行によって公開された発明について手続を行っていても、原則として、その後の学会発表によって公開された発明について「証明する書面」の提出を省略することはできません。

2.2.平成23年9月に公表された「平成23年改正法対応 発明の新規性喪失の例外規定についてのQ&A集」
Q4-b:学術団体によって研究集会(学会)が開催されるに当たり、発明が掲載された予稿集が学会発表に先立って発行され、その後、その学会において発表しました。予稿集への掲載と学会発表のそれぞれについて発明の新規性喪失の例外規定の適用を受けるための手続が必要ですか?
A:予稿集に掲載された内容よりも詳細な内容で学会発表を行った場合には、学会発表によって公開された発明は、予稿集に掲載された発明と同一とみなすことができない場合が多いと考えられます。学会発表によって公開された発明が予稿集に掲載された発明と同一とみなせない可能性があるときには、予稿集に掲載された発明と学会発表によって公開された発明のそれぞれについて第 2 項の規定の適用を受けるための手続を行うことをお勧めします(「平成 23 年改正法対応手引き」の[4.]参照)。


3.旧制度のもとでの基本原則
平成18年3月に公表され、平成22年3月に改訂された「発明の新規性喪失の例外規定についてのQ&A集」
Q2-a:(平成 18 年 10 月公表時Q&AのQ5)
 発明を複数回公開した場合は発明の新規性喪失の例外規定を受けることができますか?
A2-a:
 受けることができます。
 複数回の公開がなされた場合であっても、発明の新規性喪失の例外規定の適用対象である公開については、それぞれ特許法第 30 条第 4 項に規定された証明がなされれば、適用を受けることができます。一方、発明の新規性喪失の例外規定の適用対象でない公開については受けることはできません。
 また、一の公開と密接不可分の関係にある他の公開については、両者とも発明の新規性喪失の例外規定の適用対象の公開である限りにおいて、最先の一の公開について「証明する書面」を提出すれば、他の公開については、「証明する書面」の提出を省略することができます。ここでいう「密接不可分」であるとは、例えば次に掲げる関係を指します。
・・・・(略)・・・・
・予稿集と学会発表
・学会発表とその後それに基づいて発行される講演要旨集
・・・・(略)・・・・

Q3.2.2-l:
 予稿集で発明の一部を公開後、学会発表では内容を追加して発明を公開したのですが、最先の公開である予稿集での公開についてだけ手続を行えば十分ですか?
A3.2.2-l:
 十分でない可能性がありますので、それぞれ手続きを行うことをお勧めします。 QQ2-a2-aにあるように、一の公開と密接不可分の関係にある他の公開については、両者とも発明の新規性喪失の例外規定の適用対象の公開である限りにおいて、最先の一の公開について「証明する書面」を提出すれば、他の公開については、「証明する書面」の提出を省略することができます。しかし、予稿集では公開されていない新たな発明が学会発表において追加公開されているのであれば、それらの公開は「一の公開と密接不可分の関係にある他の公開」とみなされない可能性があります。

Q3.2.4-a:(平成18年10月公表時Q&AのQ6)
 特許庁長官の指定を受けた学術団体によって研究集会(学会)が開催されるに当たり、発明が記載された予稿集が学会発表に先立って発行され、その後に、学会において文書をもって発表した場合には、どのような証明書が必要ですか?
A3.2.4-a:
 予稿集に発表したことについて証明する書面を提出すれば十分です。
 予稿集と学会発表は密接不可分の関係にあるといえますので、最先である予稿集での公開が証明されれば、学会での発表については証明が不要となります。
・・・・(略)・・・・

 平成18年10月に公表された時点での「発明の新規性喪失の例外規定についてのQ&A集」には、上記の「Q3.2.2-l」に該当する質問およびそれに対する回答は記載されていなかった。予稿集に記載されていない追加の発明が学会発表時に公開された場合には予稿集のみについて新規性喪失を受けているだけでは不十分な可能性があるということが平成22年3月の改訂時に追加されていた。

2012年4月8日日曜日

審判請求時補正における請求項の増加が許容されるか否かの判断基準

知財高裁平成24年3月28日判決
平成23年(行ケ)第10226号 審決取消請求事件

1.概要
 本事例では、審判請求時にする補正において、特許法17条の2第5項第2号の「特許請求の範囲の減縮(第三十六条第五項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであつて、その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)」を目的とする補正を行う場合に、請求項数が増す補正(増項補正)が許容されるのはどういう場合があるかが具体的に例示されている。
 訂正の際の増項補正が「特許請求の範囲の減縮」に該当し許容される場合があると判断した裁判例として、知財高裁平成22年3月10日判決平成20年(行ケ)第10467号審決取消請求事件(本ブログ2010年5月8日記事参照)がある。

2.裁判所の判断のポイント
「さらに,法17条の2第4項2号は,同条1項4号に基づく場合において特許請求の範囲についてする補正について,「特許請求の範囲の縮減(第36条5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであって,その補正前の当該請求項に記載された発明その補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)」を目的とするものと規定しているところ,これは,審判請求に伴ってする補正について,出願人の便宜と迅速,的確かつ公平な審査の実現等との調整という観点から,既にされた審査結果を有効に活用できる範囲内に限って認めることとしたものである。そして,同号かっこ書が,補正前の「当該請求項」に記載された発明と補正後の「当該請求項」に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る旨を規定していることも併せ考えると,同号は,補正前の請求項と補正後の請求項とが,請求項の数の増減はともかく,対応したものとなっていることを前提としているものと解され,構成要件を択一的に記載している補正前の請求項についてその択一的な構成要件をそれぞれ限定して複数の請求項とする場合あるいはその反対の場合などのように,請求項の数に増減はあっても,既にされた審査結果を有効に活用できる範囲内で補正が行われたといえるような事情のない限り,補正によって新たな発明に関する請求項を追加することを許容するものではないというべきである。
 しかしながら,本件補正は,請求項の数を22から56に増加させるものであるところ,例えば,第一の吸収性物品の形体が「臍の緒のくぼみを有している」(本件補正後の請求項2),「第一の吸収性物品の毛布のような感触を提供する特徴を有している」(同3),「第一の吸収性物品を第一の装着者により良く適合させる」(同4),「第一の装着者の自由な動きを可能にする」(同5),「狭い股領域を有している」(同6),「可撓性ファスナーを有している」(同7),「高拡張側部を有している」(同8)又は「第一の吸収性物品の湿り度を示す」(同9)など,いずれも本件補正前の各請求項には全く存在しない構成を付加することで,新たな発明に関する請求項を多数追加しているから,既にされた審査結果を有効に活用できる範囲内で補正を行っているといえるような事情が見当たらない。
 したがって,本件補正のうち,以上のとおり請求項2以下に請求項を多数追加している点は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものとはいえず,本件補正は,法17条の2第4項2号に違反するものというべきである。」